LAMAN JUNKIE

ホテル情報誌「ホテルジャンキーズ」記事より抜粋


田中潤の
アマンのワナ


楽しいことばかりじゃないサラリーマン生活の支えは「アマン」。社宅の壁はアマンで撮った「幸せな夫婦」の写真で埋め尽くされ、BGMにはアマン・ミュージックが流れる。寝ても覚めても頭の中はアマンでいっぱい。
32才の時、アマンプロでアマンデビューし、これまで訪れたアマンは計23軒。
自称アマンティストの田中さんの実録アマンレポートです。
アマン全制覇をめざし、残るはあと3軒。


  • 「番外編 オベロイ・バリにてアマンを想う」 NEW! 2011年8月
  • アマンファユン(中国) 2010年5月
  • アマンタカ(ラオス) 2009年9月
  • アマン・アット・サマーパレス北京(中国) 2009年8月
  • アマン・ニューデリー(インド) 2009年8月
  • アマンヤラ(カリブ海)  2008年6月
  • アマニカス (インド) 2007年4-5月
  • アマンバグ (インド) 2007年5月
  • アマンジェナ(モロッコ) 2006年9月
  • アマンサラ(カンボジア) 2006年3月
  • アマンガラ(スリランカ) 2005年9月
  • アマンウェラ(スリランカ)2005年9月
  • アマンガニ(アメリカ)  2004年9月
  • アマンワナ(インドネシア)2004年8月
  • アマンジヲ(インドネシア)2002年8月
  • アマヌサ(インドネシア)  2000年9月
  • アマンダリ(インドネシア)2000年9月
  • アマンキラ(インドネシア)2000年9月
  • アマンプリ(タイ)  1997年3月
  • アマンプロ(フィリピン) 1996年3月




  • 「番外編 オベロイ・バリにてアマンを想う」

    ホスピタリティ溢れる良く練られた優秀なスタッフ、欧米人ゲストの醸し出す落着いた雰囲気、ある種の風格さえ漂わせる優雅なる老舗リゾート、
    オベロイ・バリ

    だがしかし。絶対的・決定的に欠けている、アマンとは存在意義さえも異にする、その「何か」。いみじくもオベロイに滞在して、アマンの「ワナ 力(わなりょく)」、その正体を突き止めた気がしたのだった。


    ■オベロイ・バリ VS アマン



    オベロイ・バリが
    優っていると思う点



    「全てのスタッフの挨拶、説明の丁寧さ、サービス全般、ホスピタリティ、等の平均点」

    「ある程度厳格なドレスコード」

    「GMのオベロイリゾート勤務歴。オベロイ・バリにオープン以来の勤務歴がある点等」

    「中高年の欧米人ゲストが醸し出す、上質な落着きのある空間・雰囲気」

    「ハード、ソフト、全てにおいて伝統と実績に裏付けされた自信・安定感・ 落着き」

    「しっかりとした、こしきゆかしきアフタヌーンティーサービス」

    「アマン並みに秀逸なオベロイリゾートのプロモーション映像」


    オベロイ・バリが
    劣っていると思う点



    「GMのご挨拶カードがすべて印刷文字」

    「インドネシア、バリ、オベロイリゾートに対するこだわり・愛が決定的 に希薄」

    「ライブラリーがあるが無いに等しい。無い方がましなライブラリー」

    「ホテル専用の送迎車、プロデュースによるエクスカーション、テーマ音楽、或いは全ての部屋に統一してセットさ れたCDタイトルが無い」

    「ディレクトリーの内容が、インドネシアらしさ、バリらしさ、オベロイらしさ、オリジナリティーに欠ける」

    「ブローシャー、ポストカード、HP(ホームページ)、そのデザイン特に写真のセンスがかなり悪い。リゾート内の案内掲示版、室内履きのスリッパのセンスも悪い」

    「リゾート全般に関する案内ペーパーが多過ぎる。デスクに、ベッドに、テーブルに」

    「チェックイン時の演出。室内照明がオフで真っ暗。『待っていてくれた』 感がゼロだったので興ざめした」

    「天井が圧倒的に低い。遠い異国のリゾートに来た解放感を全く感じられ ない」


    あっ、これってアマンダリだ!


    今回のバリ旅行は。バリ・ハイアットが前座で、オベロイ・バリが主役。アマヌサでのランチを終えてから向かったオベロイ・バリ。評判のオベロイサービスとの初顔合せは重要だと考えて「オベロイ・バリのちゃんとしたホテル専用車で迎えに来て下さい。出来たらペイジングボードも用意して」とリクエストしたけど、そもそもペイジングボードは無いとのこと。来た車は何てことはない地元タクシー会社、「ブルーバード社」のワゴンタイプのワンボックスカー、とてもきれいだったけど。

    17:30、オベロイ・バリ到着。ブランドっぽいお店が連なる大通りを左に曲がってすぐだった。意外と街中にあるんだというのが第一印象。車寄せ兼正門は、高く大きなバリ風三角屋根。あっ、これってアマンダリだ。

    車を降りてチェックインするフロントまでの間、私のリュックサックが重いのでスタッフに預けてそのまま部屋に運んでもらう様に頼むと、すかさず女性スタッフのEMIさんが「パスポートはお手元にお持ちですか?」。さすがだ。チェックイン手続き時に提示を求められても「あー、さっき預けたリュッサックの中だー!」となってしまう。こういう小さな失態がアマンのお部屋チェックインで何度かあった様な。それを未然に防いでくれた。

    ロビーラウンジまでの回廊も、ミニ・アマンダリの印象。太い木の柱、脇に蓮池、その向こうにあるブティック。ロビーラウンジは至ってシンプル。普通にバリ風で、とても落着く空間。このロビーラウンジを抜けた超オーシャンフロントの屋外テラスにわざわざ置かれたテーブルセットでチェックイン。このシンプルな演出に素直に感動してしまった。

    夕暮れが近づいている、高い波、その波音だけが響く静かなビーチ。どこまでも続く水平線。やはりサヌールとは違う。バリのにぎやかなビーチの印象を払拭してくれる「かっこいい外国の、大人の海岸」だ。

    冷たいおしぼり、ハーブを浮かせた香り爽やかなライムジュース、ストローにわざわざオベロイロゴの紙キャップ。これらにいちいち静かに興奮する私。


    きちんとしたルール説明が
    気持ちが良い



    お部屋はオーシャンビューの236号室、メインプールがすぐ目と鼻の先。リクエストどおりばっちりだ。

    クレジットカードを提示した際、「滞在中はこのカードにブロックをかけさせていただきます」との説明。あっ、これも凄い、さすがだ。「カードにブロックをかける」。アマンヤラがチェックアウト後も外さなかった例のアレの事だ。あの時は、お陰でこっちはこっぴどい目に遭ったっけ(ニューヨークのホテルでクレジットカードが使えなかった事件!)。しかも、アマンヤラはブロックの事なんて事前にただのひとっことの説明もありゃしなかった。当時の怒りを思い出したり納得したりしながら静かに大満足。

    その後は、EMIさんの説明を聞きながら、ゆっくりと部屋に向かう幸せな時間。芝生にステップの石畳、バリ風の屋根、石を積み上げた塀、太い木の柱、籐の椅子…。目に入る物全部が心穏やかにさせてくれる。そして、やっぱりわくわくどきどきさせてくれる。

    EMIさん、館内の施設のオープン・クローズ時間等の説明が正確で細かくて凄い。アマンだとたいていの場合、私達の質問に対する第一声は、「アップ・トゥ・ユー(貴方次第ですよ)」なんて言ってまずはこちらを喜ばせる。やがて「一応確認してから後でまたTELしますね」などと言いながら結局はそれっきり、なんてこともしばしば。案外いい加減だ。だから、このきちんとした「ルール説明」は至って気持ちが良い。通された部屋の説明も然りだった。


    ゲストを迎える
    演出がないのは
    結構寂しい



    ただし残念、部屋に入ったその時は室内照明が全部オフで部屋全体が暗かったのだ。アマンの様に室内を鮮やかにライティングして見せてゲストを迎えてはくれない様だ。ちなみにバリらしい音楽もかけてくれてはいなかった。

    「ああいう演出は無しか。もしあれば印象が大分違うのに。もったいない!」。少し、いや結構寂しい。

    ルームキーホルダーもドアノブに掛ける「プライバシー・プリーズ」サインも木彫りで亀をかたどり可愛らしい、アマンっぽい。と言うよりもアマンがオベロイ・バリを真似したのだろうか? 

    ゲストへのプレゼントであるリゾートバッグが雰囲気たっぷりな網ひもスタイルなのも良い。こういうのは「実用的じゃない。使い難くて仕方ない」ほど良いのだ。そういう事を私に教えてくれたのも、やはりアマンだった。

    ただし、4室で1棟のこのラナイはやはり狭い! 特にクローゼットと洋服棚のあたり。ここにスーツケースをセットしてあるから、2人ともそれはもう頻繁にここに「通う」わけで、私達の動線がここに集中するから、この「エリア」の人口密度は必然的に非常に高くなる。

    そして残念、天井が低い! アマンで、嫁さんがベッドに横たわった時の「何もこんなに天井高くしなくてもいいのにいぃ! これって凄く無駄じゃないかなあ!」の贅沢なコメントが懐かしい恨めしい。


    なつかしいアマンのそれは
    もう嫌味なほどの
    こだわりだった



    よく見ると、ソファーセット、丸テーブル、スタンドライト、ライティングデスクの鏡etcが新しいけど、ややカジュアルで安っぽい様な気もする。アマンは勿論だが、前泊したバリ・ハイアットでさえ全体的に古めかしくはあってもこういう感じは無かったっけ。

    白く柔らかいタオル地のスリッパもとてもよくある陳腐なタイプ、シティホテルみたいで残念、全然駄目だ。何のこだわりも感じられない。 

    「もっとこういうところ、「ディテールにこだわってよ」そう言いたくなる。逆に言えば、アマンでこんな普通に履き心地の良い白いスリッパを見た事無い。アマンのそれはもっと履き難い、もっと使い勝手が悪い、もっと訳が分からない。スリッパひとつについてだけでもスタッフの説明を聞きたくなるほどなのだ。地元文化・職人・素材・テイスト…。アマンのそれはもう嫌味なほどのこだわり、小ざかしい小細工が懐かしい恨めしい。

    バスルームは全体的に合格点。木目と、床の大理石風のベージュと、オフホワイトと、半屋外の小さな庭の緑がすんなり目に入って来る。そして無論ダブルシンク。敢えて使い難いヘチマのたわし、毎回毎回結局は明かりを灯さないろうそく、香りが強烈過ぎるし地肌に悪そうなバスソルト、これらもしっかりある。

    こういう「無駄なものの品揃え」もリゾートには必要だ。これもここ15年以上の長きに渡ってさんざんアマンに教え込まれた、リゾートの必須項目だ。


    陳腐なライブラリーに
    あらためて
    アマンの余裕を感じた



    お散歩に出かけ、ライブラリーへ。と言っても、ロビー付近の壁に埋め込まれた本棚(これはこれで格好良いけど)と脇に用意されたテーブルと椅子。たったこれだけの事だ。しかもその蔵書がひどい。そのほとんどがゲストが置いて行った文庫本やら雑誌やらの類。ホテルがゲストのためにきちんと用意した写真集などただの一冊もありはしないのだ。こんなのリゾートホテルのライブラリーじゃない。ただのゲストの置いて行った本置場じゃないか!(怒)

    アマンでこんな事はあり得ない。あらためてアマンのこだわり、演出、ディテイル、余裕、奥深さ、懐の深い部分でのテクニック、を痛感してしまった。ランチで訪れたアマヌサのライブラリーのあの蔵書の豊かさと言ったら。素晴しき無駄の多さ、そしてそれこそ趣味とか遊びに絶対不可欠なものではなかろうか、とも思えて来てしまう。

    辛い、どうしようもなく辛い。私にとってはリゾートを訪れるイコール、ライブラリーでぼーっとする、なのに…。


    良心的で雰囲気最高な
    「カユ・バー」で寛ぎ
    上機嫌



    夕食は「カユ・バー」でとる事にした。メインレストラン「クラクラ」は、いわゆるちゃんとした本当のスマートカジュアルで「スニーカー・サンダルは駄目」と先程説明していたから。

    「スマートカジュアル」…。アマンの場合は行ってみると「あれれ?」となるほどカジュアル過ぎることがほとんどだけど。

    「カユ・バー」は雰囲気最高、皆リラックスして楽しんでいる。とても寛げる空間だ。テーブル席はほぼ満席だったのでカウンター席に案内される。それとなく見渡すと皆さん一杯やると言うよりも結構しっかりと食事している。ドレスコードも無い、ポロシャツ短パンサンダルOK、料金設定も良心的、気楽に飲み食い出来るから人気なのかも知れない。

    そして見事に全員欧米人ゲスト。リゾート内のお食事料金表示は全て税サ・インクルーディッドなのが、良心的と言おうかゲストを安心させリラックスさせてくれる。ご馳走様、お休みなさい、上機嫌で店を出た。


    悠然たる
    大人ゲストが色を添える
    朝食シーン



    翌朝、4:00AM、起床。5:30AM、モーニングコーヒーが来る。このホテルはウエイクアップコールをお願いするとコーヒーを届けてくれる嬉しいサービスがある。

    ビーチフロントの「朝食向け」レストラン「フランジバニ・カフェ」で朝ご飯。最高に気持良い、全席アウトドアのテラスレストラン。大好きになってしまったテンプル・アンブレラが、ボコボコと立ち、バサバサと風になびいてゲストを待っている。此処が良い意味で一番オベロイらしい場所かも知れない。気付けばどんどん席が埋まってゆく。しかもそれも見事に全員欧米人、見事に全員中高年! この素晴らしい環境に悠然たる大人ゲストが色を添えて、此処をかけがえのない場所にしている。サービスで付くトーストが木を活かしたパン立てと竹細工のボックスで運ばれるのも断然良い。


    優雅なプール。
    オベロイにして
    本当に良かったと思う。



    部屋に戻りながら、早くもメインプール周りがゲストでいっぱいになっている状況を目撃。急いで部屋で着替えてプールへ。ここメインプールにおいてもやはりテンプル・アンブレラの存在感が素晴らしい。ただただ優雅で贅沢だ。アマンに行かないこの夏の休暇を何処でどう過ごすのか、思案に暮れた結果、ここオベロイ・バリにして本当に良かった。心からそう思わせてくれる。

    デイベッドには必ずゲストの荷物入れ用に大きな籐のボックスをセットする。それと、ミネラルウォーター・グラス・おしぼり・オイル、そしてスタッフを呼ぶ際に使う白い小旗を、木製の年季の入った、でもしっかりしたトレイにセットする。人気老舗リゾートの余裕と味わいを感じさせてくれる小道具達だ。

    ここでもプールを取囲むゲストはほぼ全員大きな黒いサングラスをかけた欧米人。つまり私達夫婦は完全アウェイ、そのアウェイな状況が嬉しい。スタッフがサービスのシャーベットをゲストに配る平和な優雅な風景。この私も今やその風景を構成する一員だ。嫁さんの報告によると、プールサイドのスタッフが小さな子供に何か優しく注意していた。その後も今度はその母親が同じ事で子供を叱っていた、と言う。聞いていて感心してしまった。スタッフがゲストの子供に優しくとは言え注意するなんて、なかなか出来る事ではない。さすが!の一言だ。


    人間が出来た
    大人な
    オベロイ・バリのGM氏



    GMにインタビュー。お洒落なリゾート帽子をかぶり肌は浅黒く人なつっこく笑顔を振りまくGM氏のお名前はカマルさん。1978年のオベロイ・バリのオープン当初からずっと此処に勤務、1984年からGMに就任したとの事。それを聞いただけでもオベロイに、そしてこの人に好感が持てる。 元々オベロイ・バリはピーター・ミュラー氏のプライベートクラブだったそうだ。この人が京都の庭・燈籠などにインスパイアされてオベロイ・バリを作り、此処に触発されてアマンダリが生まれた!との事。

    アマン好きの私に話題を合せて、第三代アマンダリGMのヘンリー・グレイ氏は、オベロイ・バリオベロイ・ニューデリーなどを経て、モンテネグロのアマン・スヴェティ・ステファンに移ったなどアマン情報をいろいろとお話してくれた。

    GM氏「アマンに泊まると他のゲストを誰も見かけない、ということがありませんか? それはアマンが本当に小規模だから。それはそれで良い。オベロイ・リゾートは平均で約70室。ホテルがゲストを掌握し、充分なサービス・ホスピタリティを提供し、そしてゲスト同志が心からリラックスしてリゾートを満喫し、楽しむのにちょうど良い規模がこの70室なのです」。

    その後、私達のアマンアルバムも見てもらうと、GM氏「素晴らしい、アマンに行き続けて下さい。そして今後はオベロイにも是非ともいらして下さい」。


    アマンとは大違い。
    喜んでもてなす
    アフタヌーンティーに好感



    4:00PMアフタヌーンティーが始まるから、再びメインプールへ。スタッフが、アフタヌーンティーが屋外円形劇場風のスペースで始まっている事を我々メインプールのゲストに呼び掛けている。いいなあ、偉いなあ、好感持てるなあ。

    アマンなんて、こっちが探して探してやっと見つけると、ビーチクラブのバーカウンターに目立たない様にちょこんと置いてあったアマンヤラ。「こういうサービスまだやってますよね?」と恐る恐る訊ねてからオーダー形式でサーブしてもらったアマンウェラ。有料オーダーと間違えられてチャージされてしまったアマンガラ。お菓子だけ置いてあってお茶を頼んだらチャージされたアマンタカ。恐縮しながらお願いしてお茶を入れてもらったアマンジェーナ。「そういうの此処ではやっていないけどこれは僕からのサービス」と言われてコーヒーを頂いたアマンガニ

    とにかく、喜んで振舞う、喜んでもてなす、喜んでもらう、の精神がアマンにはゼロ。だから彼らオベロイスタッフの当たり前の呼び掛け風景は、私にとって極めてポイントが高い。重要だ。

    メインプールの少し奥にある円形劇場前のスペースにわざわざテンプル・アンブレラが立ててある。そこに用意された正方形のビュッフェ・コーナーは、可愛らしくもなかなかラグジュアリーを感じさせるプレゼンテーションだ。コーヒー、紅茶、アジア風プリン、ココナッツソースをかけて頂くバナナフライは、何とその場で揚げている!


    やっぱり
    サインは
    必要だよな…



    最終日、7:00AM、フランジバニ・カフェで2回目かつ最後の朝食。嫁さんは、サーモンとキャビア風(?)とマスタードソースが添えられたロイヤルエッグオムレツ(179000RP)。卵・トマト・マッシュルームも付いて豪勢、さすが「ロイヤル」だ。私はここの雰囲気がただただ気に入ってしまい、だからお料理もかなりの満足。嫁さんは意外と結構、そうでもなさそう、気分や雰囲気に惑わされずに冷静なのだ。可愛くない。

    プールから上がって、現段階でのビルを確認。昨日のランチのチャプチャイだけがチャージから洩れている。そう言えばこれだけは部屋から電話でルームサービスとしてオーダーした。そして料理を運んだスタッフが何故だか「サインは必要ありません。私がお部屋に付けておきます」と言ってたっけ。どこでどう抜け落ちたのか。そう、やっぱりサインは必要だよな。アマンの「サインは要りません」のたわ言フレーズを思い出す。ビルについては他は完璧。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.91 2012年4月発売号 掲載記事より抜粋。



    アマンファユン(中国)

    CS満足度 ハート3つ。


    アマンファユン決算書

    合計 46万3510円

    <明細>
    ホテル代  15,546.85元
    エア代   141,840円
    現地交通費 4,351.76元
    食事代   1,980.05元
    買物観光代  327元
    その他   6,350元
    (1元 14・2円)



    アマンファユン、懸命に好きになろうとしたのに、好きになれなかったアマン。
    夫婦同時に「いっせーの!」の大号令で出した採点結果は、何とふたりともぴったり一致のCS満足度3点。

    リゾートの中を一般通行人が普通に素通りできてしまう。
    アマンおなじみの精算間違い。騒音による部屋替え。食事もいまひとつ。
    それでも、忘れる事の出来ない素晴らしい想い出もあり、好きか嫌いか、と言えば、やっぱり好きな方のアマン、ではある。


    いつもながらの
    心憎い演出
    心憎い手口に誘われて。


    「中国ふたつめのアマン、アマンファユンオープン!」

    アマン香港オフィスから国際郵便で絵葉書が届く。鬱蒼とした森を背景に静かに凛と佇む中国古民家風のヴィラ、そして中国詩人がかつてうたった杭州の素晴しさを今に伝える詩の言葉も添えられている。

    いつもながらの心憎い演出心憎い手口。ホームページで確認すると、4月末迄はオープニングレート。何とか日程的に無理してでも4月中に一泊はしたい、そう思いながら予約作業にかかった。

    それともうひとつ、GM(総支配人)があのアマンワナの元GMのイアン・ホワイト氏であると言う。忘れもしない2004年8月、アマンワナ到着時の彼の、我々を歓迎する気のこれっぽっちも、さらさらもありはしない、逆に我々を怒らせたいかの如くのその行為。『私の手が少しだけ触れたその瞬間にダラーっと手を降ろしてしまう、握手とは言えない様な代物の握手』。あの彼との再会がそれはそれで大いに楽しみだ。

    1月31日(日) アマンへ予約のメール送付。

    3月初旬、奈良から下関に転勤の発令。「中国行くのには逆に随分と近くなっちゃったんじゃないの?」とか嫁さんと言いあう。いろいろ調べた結果、ルートは福岡〜上海に決定。

    問題は、上海〜杭州〜アマンファユンの往復をどうするのか、だ。上海〜杭州は中国新幹線を利用するのが一般的で、費用は最も安くあがる。新幹線「和諧号」だと約1時間30分で料金はグリーン車でも64元。1人片道約1000円でもお釣りが来てしまう程のお手軽さ。私達にとってアマンの送迎は何よりの楽しみ、距離が長いなら長いでそれはそれでまた面白い。但し、いくら楽しみとは言え、往復ともにアマンの送迎はあまりにも贅沢過ぎやしないか。思案に明け暮れる日々が続いた。

    3月27日(土)、下関に引越。
    上海〜アマンファユン間の移動往復手段は、いろいろと考えた結果、大変贅沢にもアマンカー(片道250ドル++)を手配する事に決定。

    もろもろ一切合切の手続き・手配は、すべて嫁さんがやってくれた。嫁さんよ、本当に本当にお疲れ様でした。そして、心からどうもありがとう?! 

    さまざまな、本当に一言では言い尽せないさまざまな想い・感慨が脳裏をよぎり、そして交錯する中、いよいよアマンファユンへの出発を迎える。


    ああ、この男は、
    アマンが何たるかを
    わかっちゃいない。


      5月1日(土)、4:20 起床。5:30 自宅出発。車、高速バス、地下鉄を乗り継ぎ。8:25 福岡空港到着。

    アマンまでの道程は果てしなく長い遠い。ラウンジで、アマンファユンでやる事リスト、自分へのアマンファユンお土産リスト、アマンファユン日記(つまりコレ)を書く。

    15:25 CA0916便で上海へ出発。

    16:10 上海浦東国際空港に到着。

    飛行機を降りて通路を歩き出すと少し暑いが、通路はかなり広い。嫁さん、はしゃぎまくり。

    到着ロビーに出ると大勢の人人人。少し捜すとすぐに「AMANFAYUN」の竹ボードを持った男性スタッフを発見。半袖ワイシャツにネクタイ姿でどうやらアマンスタッフではなく、提携している空港係員のよう、そう思わせるいでたちだ。
    愛想はかけらも無い。それどころか我々を急かせる急かせる、ずんずん勝手に進んで行ってしまう。ああ忙しない、せっかくの「ようやく到着したアマンの空港」で、こんなのいやだ、絶対にいやだ。ああ、この男は、アマンが何たるかをわかっちゃいない。

    17:00 ピカピカ紺色の高級ワゴン車で出発。

    おしぼりも冷たい水も差し出さないが、コーラ・オレンジジュース・緑茶のサービスを受ける。5分割されたとても大きな木製の丸い器、そこに入った大量のミックスナッツとピーナッツ菓子とポテトチップスが一度手を伸ばすと止められない止まらない。BGMがないのでリクエストすると、ラジオをオンにして音楽番組に合わせた。

    車は高速道路を時速120キロで飛ばし始めた。上海郊外を巨大な住宅団地を遠くに見ながら走ること約2時間、高速道路を降りて、今度は杭州市街地をゆっくりと走る。約45分間、その街並みが意外にも大都会である事に驚きながらも、今度は少しがっかりする。

    すっかり日も暮れて暗くなった坂道を上がると「AMANFAYUN」の標識に沿って右折、ゆうーっくりと走った所、ここでドライバーが少し迷って間違える。弱冠の方向転換の後、

    19:45無事アマンファユンの正門ゲートに到着した。茶色の制服を着た男性スタッフ2名がお出迎え。

    アマンの到着時には暗闇が良く似合う、そして此処は、暗闇が良く似合うアマン。暗闇の庭を少し下って古民家風の建物内に通される。とてもこじんまりとしたクラシカルな温もり感のあるレセプション。

    今想えばアマン到着時って私が一番興奮している瞬間であり一番幸せな瞬間だ。

    ウェルカムドリンクとして熱いお茶を出されるが、熱過ぎるし、お茶の葉が大量に浮いていてとても呑み難い。やがてカジュアルな白シャツにチノパンツ姿の男性マネージャー氏が登場、お名前はミスター・バギー。GMはメインダイニングでゲストに挨拶中らしい。

    早速ではあるが、彼に私達のアマンアルバムを見てもらう。とても静かに、けれどそれなりにゆっくりしげしげと写真を一枚一枚眺めてくれたバギー氏。おざなりに見るGMもいる中、とてもいい人だ。

    疲れた体を湯舟に沈めたい。ここアマンファユンは、各部屋にバスタブは無いものの、「バスハウス」なる立派なバスタブ完備のバスルームを利用出来ると聞いていたので、早速21:00からの利用を予約。

    そして、ようやくバギー氏と若い男性スタッフ、ジョンの案内で部屋に向かう。

    途中、部屋のアップグレードを告げられた。やはり嬉しい。
    レセプションからけっこう歩く、暗闇なので歩きにくく、なおさら遠く感じる。
    だけど、この鬱蒼とした木々に囲まれた暗闇を奥深く分け入るうちに、私は早くもこのアマンファユンを「私のお気に入りのアマン」にほぼ決めてしまったのだった。どうしても同じ中国アマンのアマン北京と比べてしまう訳だが、こっちのこじんまり感、暗闇の庭を歩かせるリゾート感の方がよっぽどいい、いいのだ。

    私「この暗さが良いです好きです」
    バギー氏「実はこの5月と言うのは良い季節なんです。緑もきれいだし気候も穏やかだし」

    現在42室ある部屋は満室状態、日本人ゲストは我々を含めて5組だそうだ。


    すっかり満足・ご満悦感が
    体中に充満、
    とろける様に寝てしまった。


    我々のお部屋は、ビレッジスイート(780ドル++)No・7。ワンランクのアップグレード。

    中に入ると仕切りはないがけっこう広い。少し大袈裟なボックス型天蓋のベッド。その天蓋・太い柱・窓枠・天井・天井に回るファンは深い漆黒の木目。テーブルセット・戸棚・ミニバーは白木色。壁は白色。床は中間色のダークグレー。レセプションとの統一感がありながらも部屋の方がやや明るめな色調。いずれにしても中国古民家風と言う統一的なテーマがしっかりと実現されていてとても好ましい。

    オーディオセットとCDの用意はあるがBGMとして流してはいなかった。それと少し暑い。バギー氏が出入口とは別のドアを開けて、「ここにアウトドアーテラスもあります」と案内してくれた。

    気になるディレクトリーが中国語で「入住指南」とは笑える。私にとってアマンのディレクトリーは、まさに指南書中の指南書。どんなデジタル機器の取扱説明書も手に取る事さえしない私もアマンのディレクトリーとなれば、一心不乱貪るように読み漁り、読み尽し、熟読し、そして一気に精通の域に達してしまう。

    ディレクトリーと一緒にルームダイニングメニュー、アクティビティーリスト、スパメニュー等がそれぞれとてもがっちりした材質感充分なカバーに綴じ込まれているのだが、その全部が四隅を切取った八角形の木箱に収納されていて、そのスマートさアマンらしさに私はもう早くもウットリ。渡された部屋の鍵に付いているキーホルダーはシンプルに一節の竹1本。

    21:00

    時間になったのでバスハウスに向かう。部屋を出て少し階段を下りて小路を左に進むとブティックがある。さらに進むと奥にスパ棟が現れる。ここのレセプションで受付してからバスハウスに案内された。

    たっぷりひと部屋分はありそうなソファー・スペース、バスタオルたっぷりのトリートメントルームとミネラルウォーター完備のダブルシンク、広々余裕のドレッシングスペース。

    裸になって中に入ると、満々とお湯が張られた、まん丸大きな湯舟は、まるで五右衛門風呂に浸かっている気分にさせてくれた。キャンドル・アメニティ・タオル等のセッティングはいつものアマン流。奥には洗い場がふたつあり、木の椅子に座り木の桶を使って体を思い切りごしごしと洗う。さらにスティームサウナとレインシャワーも用意されていて、まさに至れり尽くせり。

    部屋にバスタブが無いのは不便だし不満だが、こんな優雅なバスルームを家族風呂風にひとり占めで使える(無料)のなら、これはこれでアリだな、などと満足。

    部屋までの帰りにティーハウスなるクラシカルな茶店「和茶館」が存在する。中に入るとやや雑然としていて あまりきれいに片付けが出来ていない様子だ。ここで食事も出来るのか聞くのだが、我々の英語と彼らの英語がかみ合わない。結局何が何だかよく分からないまま、この茶店を後にする。

    22:00

    弱冠のぼせ気味で部屋に戻ると、今度はお腹が空いて来た。スタッフを部屋に呼んでメニューを見ながらコレとコレ、と言う具合にお料理をオーダー。

    運ばれたお料理のセッティングは荒い荒い。ただテーブルの上にぽんと置いて、そして帰ってしまった。炒飯(60元++)ふたつに青島ビール(30元++)2本。届いた炒飯は海老、肉、豆などの具材の存在感と飯の香ばしさ・パラパラ感の絶妙さ加減が嬉し過ぎる程で◎。青島ビールにまああ良く合う事。要するに美味い!のだ。

    まだ夜だけでよくは分からないものの、リゾート全体の木々と小川に囲まれた雰囲気、古民家風のビレッジスイートはアップグレードのおまけ付、優雅なバスハウス、絶妙に美味くて舌を唸らせる食事…。

    社宅から持込んだインスタントコーヒーを入れ、柿ピーナッツを食べながら、どっと押し寄せる疲労感と、すっかり満足・ご満悦感が体中に充満し、とろける様に寝てしまった。1:30頃だったと思う。

    4:30、約束したとおりのウェイクアップコール。しかし不覚にも起きられない、また眠り込んでしまった。


    「こういうのが
    好きなんでしょう?」と
    自信満々なライブラリー。


    5月2日(日)

    7:30 起床。朝食にメインダイニングへと向かう。此処はレセプション、ゲストルーム、バスハウスとは弱冠趣きを異にする。外観は白亜のお屋敷風。白い壁、黒い窓枠、よく見ると屋根は瓦、蓮池と石の通路に囲まれている。やや大袈裟でこのリゾートの中では派手な印象を残す建物だ。したがって私個人の採点はずばり△。

    店内はゲストルームよりもさらに明るめ。壁も柱も白く、テーブルと椅子は白木色、ソファーとクッションも白、床だけベージュがかっている。内装・インテリア的には此処が一番アマンファユンらしさが弱く、ややつまらなく感じた。

    私がオーダーしたフレンチトースト(45元++)は甘さ控え目、ブルーベリージャムが美味しくて○or□。嫁さんはエッグベネディクト(85元++)。まずまずで○。コーヒー(40元++)。

    気付けば店内中央に日本人中年カップル、右隣に中国人老夫婦、奥に白人大家族、それに白人子供連れ。ずいぶんとにぎやかになってきた。それと意外にインターナショナルで華やいでいる。

    と、ここで、GMのイアン・ホワイト氏登場。白のポロシャツ姿、挨拶しながら汗をぬぐっているのはどうかと思う。お行儀が悪くはないだろうか? アマンワナホテルボラボラアマンファユンというGM歴だそうだ。

    私にとって7番目のアマンがアマンワナ。そこでこのイアン・ホワイト氏とお目にかかったのだが、最初の挨拶の握手があまりにも失礼で、以来「私のアマン史上最悪のGM」と我家の評価は固定していた。さあ、6年振りの歓迎の握手はいかに!? いやがおうにもどきどきして来る。

    それは意外にも淡々とあっさりと済んでしまった。結果はまあまあと言ったところ。ただし、今回も決して固い握手ではなかった。ここ中国杭州の地においても、彼は彼なのだった。今日一日、そして今夜は何をする予定なのかを聞かれる。そして18:00頃からお話しましょうみたいな事を言われて会話を終えた。

    9:00、レセプションで女性スタッフにエクスカーションについてあれこれ伺う。日本人女性スタッフのユウコさん登場。京都生まれの台湾育ちとの事。そのためなのか中国を「大陸」と呼ぶ習慣が身に付いている。

    10:00、ファユンプレイス(ライブラリー)に行く。わああ、素敵!
    2階建の中国古民家をまた一段とラグジュアリーに磨き上げて演出する事に大成功している。1階が受付デスクと音楽鑑賞ラウンジ。壁、太い柱、天井、ドアーは全て深い木目、これが良い。白木のテーブルセット、アイボリーのクッション、額縁に収められた漢詩、花瓶に活けられた細かくて小さな黄色い菜の花、ほの暗い照明、深いグレーの床、赤い絨毯のアクセント、中国弦楽器のBGM…。

    これら全部が自分の中に「おたく、こういうのが好きなんでしょう?」と自信満々に言いながら入って来る、そんな感じだ。

    2階は空間・間取りの使い方が充分過ぎる贅沢過ぎるライブラリーとシガールーム。内装・インテリアは1階とほぼ同じ。ライブラリーの本棚は間接照明で黄色く浮び上っていてこれが魅惑的。私はまるで闇夜の灯りに吸寄せられる虫の如き、だ。

    ほんのり薄暗い照明、どっしりと重たげな写真集は全部に目を通す事はおそらく無理に違いない、思わずよだれの出そうな充実のアマンブローシャー、腰掛ける椅子・寝そべるソファーには全く不自由しない。1階と同じ柄の赤い絨毯がアクセントになっているその揃え方も大好きだ。そして眠ってしまっても構わなそうな、それ位に寛ぎ感充分なソファーベッド&クッションの敷き詰められたお部屋がふたつも用意されている。いついつまでもいくらでもまったり寛げそうなファユンプレイス。この中国第二のアマンをまた一段と好きになってしまう。

    そんな気持ちでお茶を飲み、お写真を撮りまくっていたそのとき、階下の談話室から会話が聞こえて来た。どうやら日本人女性ゲストがGMに、アマンファユンについて弱冠の意見申入れをしている様子だった。かなり興味津々な出来事ではあるけれど、こっそり聞き耳を立てるのはマナーに反する。一応自重はしてみたもののやはり会話の中身は強く気になる。この時の私の聴力は普段の5倍はあったに違いない。どうしても聞こえてしまう会話の様子は、彼女達がGMに何だか随分と議論を吹っ掛けている様に受け取れた。後で聞くと、

    【1】一般の観光客や地元の住人が平気で素通り出来てしまうアマンファユンの敷地の在り方と管理方法。

    【2】メインダイニング(インターナショナル)とスチームハウス(飲茶料理)のふたつだけと言う選択肢の乏しいダイニングについて。

    だったそうだ。
    いやああ、色々とおっしゃるゲストがいるものなんだなあ、と嬉しい様な、日頃の自分を投影している様で恥かしい様な。私もこの時点で早くも感じるところ思うところは色々とあった訳だが、さすがにこの段階ではまだ考えが充分によくまとまっていなかったので、ふうぅーんと関心薄げに聞き流したのだったが…。


    「ひとり占めさせてあげる」
    この贅沢で優雅な発想
    そういうアマンって大好き!


    5月2日(日)、朝食後、嫁さんは先に部屋に戻り、私だけライブラリーのお写真撮影。

    11:30、お部屋に戻ってお写真撮影の後、お寺観光に出発。我々の部屋を出てリゾート内の小路をずっと左に進み、アマンファユンの一番端の出入口の右側にお寺のチケット売場がある。出入口のすぐ向うには観光客がうじゃうじゃ見えるし早くもかなりの騒々しさ。アマンとお寺が簡単なゲートひとつだけでまさに隣接している訳だ。ははあぁん、さっきの日本人ゲストはきっとこういうのがヤダと言っていたのかな、などと勝手な推察。

    ところで、この寺にアマンのエクスカーションで訪れるのは、一般の観光客はまだ入山不可能な早朝5:00頃だったはずだ。であるから、自分たちだけで優雅にこの境内を独占出来て、自由に思い切り思うままの構図でお写真が撮れて、こんなストレスを感じなくて済むのだ。静かでひと際美しいのだろうなあ。そのための代金がお二人様で800元++(約1万3300円)なり。

    そうかそうゆう事なんですね。私の様にわがままで自分勝手な人こそ利用すべきなのかも知れない。一般観光客には決して味わう事の出来ない、そこ本来の姿・本来の静寂・本来の表情を享受させる…。「ひとり占めさせてあげる」と言う、この贅沢で優雅な発想。こういう事を考えているアマンって好き、大好きだ。


    アマン敷地内の店なのに
    部屋付けにはできないし
    アメックスも使えないなんて


    アマンの敷地に入って部屋に戻る途中、ブティックに立寄った。オリジナルグッズを置いているわけでもなく、ほとんど興味関心をそそられない内容だ。そしてスタッフも何となくあまり感じが良くない。「買うの買わないのどっちなの?」的な視線で私にプレッシャーをかけて来る。

    ブティックを出た所でちょうどよく嫁さんと合流。少し歩くと昨夜お風呂の後に立寄ったティーハウス(和茶館)なるお茶屋兼軽食処に行き着いた。昨夜は話がよくわからなかったが、ここでお食事(夕食)出来るかどうか確認してみた。結論は、食事は出来るし、料金は野菜コースが税サ込で88元(約1092円)、魚コースが156元(約1930五円)。安い!

    そして更にびっくりしたのは、昨夜、会話の通じなかった男性マネージャー氏が実は日本人だったのだ。こちらがへたに英語で話そうとしたから彼も日本語で返答出来なかったのだそうだ。

    このティーハウス、実はアマンの直営ではなく杭州市内で人気の中国茶の専門店。アマンファユンのオープンと同時に敷地内でタイアップした提携をする事になったそうだ。どうりで店内があまりよく片付いていないと思った。しかし、このアマンではあり得ないリーズナブルな料金設定にだいぶ気をそそられながら部屋に戻って来た。

    14:30、お部屋でウェルカムフルーツと持参の柿ピーナッツをオレンジジュースで流し込む。

    15:00、レセプションに散歩に行き、お願いしておいたバックヤードツアーのスタートを待つ。そこへスタッフの張さんが現れた。日本語も堪能。私「こういう事をリクエストするゲストって他にいますか?」。張さん「こんなの初めてですよおっ!」。

    スタッフの食堂を見学した後、会議室へ。ここは何とも立派過ぎるほどゴージャス。新入りアマンスタッフとの顔合わせ会を開催したり、アマンファミリー哲学を叩き込まれたり、ゲームに興じたり、仕事の流れを確認したりする時に使うのだそうだ。

    張さんによると、彼自身はアマンファユンのメインダイニングの食事よりもスタッフ食堂の方が美味しいと言うか口に合うのだそうだ。ちなみに日本人女性マネージャーのゆうこさんは、リゾート内提携店であるティーハウスが大のお気に入りだそうだ。

    オイオイ、じゃあ肝心のメインダイニングは、誰も美味しいとは思っていないって事なの!? 嫁さんと大受け。

    何はともあれ最高に楽しいバックヤードツアーだった。

    16:00、レセプションにてゆうこさんと打合せ。エクスカーションがなかなか決められない。マネージャーのバギーさんが「これから何処へ行くのですか? いや、何処にいらしてもいいですけれど…」。何も決めてない私と嫁さん、「そうですねえ、何処に行くんですかねぇ」。するとゆうこさんが、「何処にいらしても探し出します!」。そんなに我々の居場所が気になるのかなあ、と思いつつレセプションを後にする。

    16:30、ファユンプレイス(ライブラリー)。滞在二日目にして早くもここは、何度も来たい、このリゾートで一番好きな場所。レセプションやゲストルームとの統一感、それだけでなく、ここの場合は微妙な内装・雰囲気の違い、そのバランス感覚が素晴しい。

    スタッフに「ウォーター」と頼むと即座に何故だかホットウォーターを持って来た。改めて冷たいお水を頼むと相当時間がかかった。何でだろう?

    17:00、ティーハウスで夕食。テラス席で、杭州ビール「緑雨」(日本で言う中瓶478ml・27元)、中国ビール「雪花」(日本で言う大瓶576ml・18元)で乾杯。食事は私が野菜コース88元、嫁さんがお魚コース156元。野菜コースは胡瓜系の和え物は酸っぱくて△、お魚コースは白身魚の炒め物が○or□、両方に共通の青菜の炒めものが□。どちらも「まずまず美味しい」と思わなきゃいけないだろう、と言う感じだ。この値段でもかなりのボリュームなので私の満足度は高い。が、嫁さんは表情が冴えない。「どうも味がぼやけている」。

    食事の途中でマネージャーのバギーさんが小路を通りすがる。ビールをついでくれながら、「お食事終りましたか? この後はライブラリーでしたよね?」。私「えーと、たぶんそうなると思いますけど何故ですか?」。バギーさん「ナッシング、いや別に。スィー・ユー・レイター!」。少し不可解な会話の後、バギーさんは立ち去った。

    18:40、食事の精算。ここはアマン直営のダイニングではないのでお部屋付けには出来ない。そして何と驚いたことに、アメックスが使えない! 


    私を「ワナ」に落とし
    恋焦がらせてきた仕掛人・操り主の
    張本人とのご対面!


    会計を済ませてから嫁さんとは別方向にお散歩。私のお散歩の目的は、ブローシャーでこのリゾートの顔としてとても魅力的にお披露目されていた離れのNo.26の全景のお写真を撮る事。正真正銘ブローシャー写真の「本当の本人」と対面した。こういうのって最高にうれしい。想い焦がれたその相手にやっと出逢えた喜び、達成感、征服感。

    それにしてもアマンの写真って本当にウソみたいに良く撮れている。このビレッジルームについても、ブローシャーだと泊りたくて仕方なくなる程の魅惑のオーラを放っていたのだが、「本物」は何て事のない普通のお部屋。これぞアマンフォトグラファー陣のお仕事の素晴しさと評価し認めるべきなのだろう。私が恋焦がれていたのは、実際には存在しないまさしく偶像(アイドル)であったと言うべきなのか。

    またまたバギーさんが現れる。「イアンとファユンプレイスにいます」「えっ? まさか私を待っているのですか?」「はい、実はそうなんです。リトルサプライズがあるんです」。

    GMがゲストを招いてカクテルパーティーでも開いているのかな、くらいに考えながらファユンプレイス一階のラウンジに入ったその瞬間、しばらくは呆気にとられてしまった。

    そこにはGMのイアン氏、ゆうこさん、バギーさんと長髪黒スーツ眼鏡男の四人だけで他にゲストは一人もいない。つまり私だけを待っていてくれたのだ。一体全体どういう事なのか。

    そしてこの偉そうに悠然と振舞う長髪黒スーツ眼鏡男は一体何者?

    ワクワクドキドキしながら紹介されるのを待っていると、GMが立ち上って紹介してくれた。「彼」の名は、いや「彼」こそはバジル・パオ(香港人らしい)。これまで幾多のアマンブローシャー、そしてアマン設立十年目と二十年目を記念しての写真集、ブータンアマンオープンに伴うブータン写真集を撮影したその人だったのだ。

    驚きと嬉しさと歓びと感激…。そして、いつもいつも自分にこうまで無理をさせてアマンに引っ張り出す・引きずり込む、それほどまでに魅惑的なアマン写真を撮り続けている張本人、いわばまさに「アマンの罠」をこの私に仕掛け続けている「犯人」である人物を遂に突き止めた・捕まえたような到達感が脳一杯と体全体に爆発した。

    彼は、ここアマンファユンの撮影はもとより、中国アマン全体をイメージ出来る、中国、特に杭州の写真集を制作するために滞在しているとの事。

    「それにしてもここアマンファユンに私の写真集を一冊も置いてくれていないのは釈然としないな」と冗談半分本気半分な口調。GMのイアン氏、それはさらりと聞き流して、私に言う。

    「実は昨夜、貴方の素晴しいアマンアルバムを見て決めたのです。これはぜひとも貴方の事をパオさんにご紹介しなくては、と」。

    何とまあ嬉しいことを言ってくれるではないか! ああ…。ああ…。アマンアルバムを持って来て良かった、嫁さんとふたりで一生懸命ファミレスでスタバでアマンアルバムに入れる写真を選び続けて来て良かった、そして何よりアマンに行き続けてきて良かった。こんな具合にこれまでのすべて全部をまとめて「良かった」とひとくくりに総括出来る事はこれまでの人生でめったにない、いや、なかった。

    そしてシャンパンで歓喜の乾杯。「夢なら覚めないでくれ!」。

    GM「アマンファユンのご感想は如何ですか?」。
    私「好きなタイプのアマンですね。こじんまりしているから。昨夜到着してから部屋に案内されるまでの小路が真っ暗、周囲が鬱蒼とした林、茶畑農家住居のリノベーション、リゾート全体の統一感、周囲を取囲む寺院との融合、とても好きになりました。リゾート内の施設に大袈裟なシンボル(たとえばアマンキラの三段プール)がないのもこれはこれで良い。余計にファユン村と上手に溶け合えている」。

    そこへパオさんが割りこんだ。
    「だからこのリゾートは良いフォトを撮るのは難しい」。

    その時はこの言葉の意味が良く理解出来なかったが、日本に帰って自分の写真を観てみて何となく理解出来た、私なりのお写真レベルにおいて。

    つまり、アマンファユンと言ったらここ!と言うシンボルがないからどれもこれもピタッと決まっていない。そして、周囲の村落と完全に調和している位だから、とにかく視覚的にも地味。贅沢な海外リゾートの華やかさとか、自然をひとり占めして享受している開放感とかが微塵も感じられないのだ。周囲にとろけ込み閉じ籠ったリゾート…。そうかこういう事だったのかあ。

    そうこうする内に嫁さんが見つかった。良かった、これでゆうこさんに通訳してもらわなくても会話が出来る。

    パオさん「まだ夏でもないのにここは蚊が多いですよね。蚊には参りました」。
    私「蚊くらいいないとアマンじゃないですよ。私は虫がいるとアマンに来たんだと言う気がして来るくらいです」。
    嫁さん「そんな風に思うの、あなたぐらいでしょうね」。

    嫁さんが来たおかげで緊張もとけ、調子が出て来た私は、更に調子に乗ってこんなリクエストをしてみた。

    「私のアマンアルバムの中から、あなたの考えるベスト3を選んでみて下さい」。

    パオさんはあまり愛想の良い人物ではないが、頼まれて引き受けた事はそれなりに大真面目に取組むタイプ、と見た。神妙な目付き顔付きで私達のアマンアルバムのページをめくる戻るめくる戻る、これを何度か繰返しているが、このほんの数分間、GMのイアン氏は実に退屈そうに全く別の写真集のページをめくっていたのだった…。


    部屋の近くのレストランの
    閉店後の従業員の声がうるさくて
    またしてもルームチェンジ…


    21:00、ファユンプレイスで嫁さんと二人で残って反省会の後、バスハウス。

    22:00、お部屋のソファーでライブラリーで借りた二冊の写真集を見ながらウトウトする。

    22:45〜00:50、このアマンファユン日記を手帳に記録、書き留め、あらためてひとりしみじみする。

    00:50、深夜のお散歩。レセプションに行って中国人男性スタッフのトミーさんにエクスカーションについて相談する。と言うよりも相談したり話し合うこと自体を楽しみに行くのだ。トミーさん、流暢でなめらかな英語で西湖とヨンフーシー(永福寺)について熱く語ってくれた。うーん。お話を聞きながら彼のプレゼンそのものにこそ「アマンの罠」を実感出来て、うっとりしてしまっていた。誰もいない、いるはずのない真夜中のレセプションで、私一人だけが、アマン・プレゼンテーションを受けとめる至福の時間だ。

    お部屋の居心地についても相談してみた。「アップグレイドには大変感謝しているけれども、深夜まですぐ近くのティーハウスのスタッフの声が聞こえてうるさいし気になる。だからもし出来たらルームチェンジして欲しい」。トミーさん、「マネージャーに相談してみて、明朝10:00には回答します」。

    2:20、お部屋に戻って幸せな深夜の「ひとりアマン」にかなりの名残を感じつつもベッドに入る。嫁さんはとっくのとうに爆眠中だ。眠りに就こうとするのだけれど、やはりすぐ近くのティーハウスの従業員の会話が聞こえて来てうるさい。彼らにしてみたら、仕事がようやく終ってそれはさぞかし解放感一杯だろうが、これから眠ろうとしているゲストにしてみたらこれはとんでもない。

    それに第一、アマンに泊りに来て、「スタッフの声がうるさくて眠れない」、なんて事があって良いのだろうか? アマンのお部屋でうるさくて眠れないのだったら、一体世界の果てその果ての果て、何処に行けば静かに眠れると言うのか? 自宅のある下関の社宅の方がよっぽど静かだなんてそんな事があってはならないのだ。

    4:30、ウェイクアップコール。いったん起きるも疲れ切った体全身が自分自身の熱い熱い気持ちに追い付いて行けない事を認めざるを得ない。行動を起す事を断念して再度ベッドに。こういう私に嫁さんが言う。「もうそういうの止めにしたら?」。

    確かにそうだ、そうに違いない。しかし、アマンで「ああ、良く眠れたなぁ!」なんて、絶対にやりたくない。そんな風に迎えるアマンの朝なんてアマンの朝じゃない、この私にとっては。


    「村の中にある」が、私の中で
    だんだんマイナス方向に
    強く働いてくる


    5月3日(月)

    6:00、今度こそ本当に起床。シャワーに洗面にトイレにお着換え、それとインスタントコーヒー、といろいろ。

    6:50、散歩に出かける。昨日永福寺に向かうために通過したゲートとは反対方向に歩く。こちら側は大したゲートもないので、何てこともなくリゾートのお外に出る事が出来てしまった。なるほどこれなら一般人、付近の住民、観光客、参拝客、誰でも平気のへっちゃらでアマンファユンの敷地を歩けてしまうって訳だ。何となく納得しながら散歩というよりも調査・確認を続ける。

    『村の中にある』とは言っても、リゾート内を行交う付近の住民である彼らは、実際には『現代の村人』なのだ。つまり、お伽噺に出て来る様な木こり風のいでたちでもなければ、可愛らしい爺様婆様でもない。ややだらしないジーンズ姿で買物のビニール袋をぶらぶらさせる通行人達でしかないのだ。『村』と言う言葉からイメージされるプラスポイントが実際にはマイナス方向に強く働いている…。だんだんとこのリゾートに否定的になってゆく自分自身を確認しながら、歩を進める。

    お写真を撮りながら部屋に戻る途中、デジカメを覗きこんでチェックしていたら、後ろから一緒になって覗きこむ輩がいる。慌てて後ろを振り返ったら、驚いた事に何とスタッフの張さんだった。親しみの表れだろうが何とも馴れ馴れしい。しかも、服装はよれよれのデニムシャツでリラックスし過ぎ。でも、この彼、何とも憎めない、可愛らしいのだ。

    8:00、約束していたお写真タイム。揃ったのはGM、張さん。張さんはさっきのデニムシャツのまんま、こんなんで良いのだろうか? 撮影はポイントや角度に迷いに迷い、見かねたGMに提案を受ける始末。とっくのとうにいらついている嫁さんにも思い切り急かされながら何枚か撮影して、納得感の得られないまま止むなく終了。

    9:00、スチームハウスで朝食。飲茶セット(120元++)のコースしか選択肢がない。しかし食べてみるとかなりイケる。ワンタンスープは薄味ではあるものの微妙なコクとまろみが良い感じで○、点心3種(海老、野菜、カスタードクリーム)は○or□、餃子2個と焼売1個(芽キャベツ、エノキだけ、豚肉)は○、海老春巻(米粉のロール)は海老のまるごと食感と酸味の効いた醤油ソースが良くて◎、甘さの優しいココナッツゼリースープは○or□。

    店内の雰囲気も飲茶専門の個人店よろしくなかなか絵になっている。わざわざゲストにガラス越しに見せている厨房には蒸し器のみが高々と積上げられて、飲茶一筋な専門店らしい意気込みが伝わって来る。

    10:00、ファユンプレイス。此処はいつ来ても何とも優雅でアマンらしい中国らしいBGMが流れている。

    「ルームチェンジの件、OKです。今のお部屋から更にアップグレイドさせて頂いてデラックス・ビレッジ・スイートと言うカテゴリーになります。室料はもちろん今のままです。13:30に同じカテゴリーのお部屋がふたつ空きますので、ふたつともご覧になってからどちらかお気に召した方をお選び頂けますよ」とのこと。

    2階のライブラリーにいる嫁さんに事の次第を報告。嫁さん、呆れた様子で「別に全然構わないけど、私の荷物、また片付けてまた荷解きするのはもう勘弁して欲しい。だからそれだけは任せたよ。じゃあその間私はひとりで清河坊街に行ってくるよ」。

    この清河坊街とは、西湖からほど近いお決りの観光・お買物ストリート。スタッフの「いつ行っても物凄い人混み」の一言で一瞬にして私が却下を下したエクスカーション候補の一つであった。ただ、その後も嫁さんは行きたそうにはしていたのだった。

    11:00、嫁さんが出かけている間、ライブラリーでひとり充実の時間をまったりゆったりと過ごす。お互いひとりになって寂しいどころか、ある意味これでようやく思い切り自分のしたいやりたい様に出来る、と言うある種の解放感も得られていたりする。


    果敢に孤軍奮闘した
    部屋のお引越し作戦は
    嫁さんに誉めてもらいたい一心で


    12:00、お部屋に戻り、ウェルカムフルーツのオレンジを一気に貪ってコーヒーで胃袋に流し込んでひと寝入りした。

    13:00、ガバッと跳ね起きると、部屋中に散らかった荷物をスーツケースに詰め始めた。嫁さんの荷物もだから、これはやはり想像通りで猛烈に忙しい。しかもまた、嫁さんの荷物の多い事と言ったら…。

    13:32、女性スタッフのジェニーに候補であるふたつの部屋に案内してもらう。ところが中には入れない、これでは全く意味がないが一応ふたつの部屋のカテゴリーを訊ねると「ふたつともビレッジルーム」と素気なく答える。

    「確かそうではないはずですよ。よく確認して下さい」と言うと、何やらやや面倒くさげに携帯電話で連絡を取っている。そして数分間の後、「確かにふたつとも『デラックス・ビレッジ・スイート』とステファニーが言っています。だからデラックス・ビレッジ・スイートです」と、何だか気持ちのよくない訂正の仕方をした。

    要するにこの人、このリゾートの事を良くは知らないし仕事が丁寧でないし、それと誠実さの微塵も感じられない。その上、私服っぽいややだらしない服装だった。鍵を用意してからまた来てもらうよう伝えていったん部屋に戻った。

    14:00、No.10とNo.11の前に行き今度こそ中を見せて頂く。さすがのワンランクアップグレイド、1階のNo.10はとにかく広い、そして家具調度品の配置が今の部屋に比べて何だかすっきりと整っている。今の部屋にはないテレビもある。

    2階のNo.11は2階だけあって窓からの眺めが良い、しかしやや狭い。今の部屋の方がまだ広いのではなかろうか。但しNo.11だと1階奥にあるプライベート・ダブルマッサージ・トリートメントルーム(専用シャワー付)も自分達だけで自由に使う事が出来る。うーん、上手くスペース配分が出来ている、大いに迷うところだ。

    ジェニーが「1階の部屋だと、もし2階の部屋にゲストが入った場合に上のウォーキングとかがメイビー少しうるさい、気になると思う。だから迷うのであれば2階のNo.11のお部屋をお薦めします」とアドバイスしてくれた。ただお部屋の広さ・快適さは圧倒的にNo.10に軍配が上がる。プライベート・ダブルマッサージ・トリートメントルームなんて私達にとってはどうせ無用の長物だし。と言う訳で一階のNo.10に決定。

    15:00、自分のリュック、嫁さんのバッグ、昨夜頂いたアマン写真集などを抱えこんでお引越し。嫁さんのスーツケースからたくさんの荷物を一切合切全部取出して衣装棚に整理しながら収納してゆく。ものすごく面倒くさく、なおかつ厄介な作業ではあったが、不思議と一心不乱に取組んでしまった。と言うのもおそらくは、嫁さんが部屋に入って来た時に「やっぱりチェンジをお願いして良かったね」と心の底から思って、この私を少しは誉めてもらいたい、その一心であったのだと思う。こんな事、これまでの結婚生活で一回もやった事ない。

    15:45、嫁さん、部屋まで案内されて帰って来る。部屋がとても広くなったと素直に喜んでいる。「この部屋だったら元の部屋と違って、ずっとお部屋にいたくなる部屋だね」。良かったああ! この一言が聞けて。先程までの作業の疲れも吹っ飛んだ。

    私「コレとコレはここに入れといたよお」。
    嫁さん「おおう、良く頑張ってここまで一人でやってくれたなああ。えらいなああ、良くやったぞう」。嫁さんに誉められた。

    16:00、ふたり仲良くジムに行ってみる。中国人女性二人が私服で現れたので何かと思ったら、「私達はここのスタッフとして働く予定です。ここはまだ完全にオープンしている状態ではありません」と教えてくれた。

    それにしても仕事中でないとは言え、スタッフがリゾート内を平気で私服で歩き回る、そしてゲストに平気で挨拶までしてしまうのって何とかならないものだろうか。私服姿では決してゲストの前に立たないだとか、何かもう少し緊張感とメリハリを出して欲しい。

    17:00、嫁さんと二人でお散歩。


    旅立ちの朝
    静寂と充実と情熱の2時間半は
    あっという間だった


    19:00、お部屋に戻ってシャワーを浴びて、少しだけ最終日の夕食らしくしてスチームハウスに行く。ガランとした店内は少しばかり寂しい。そんな中、店内中央やや左奥の席に座る。嫁さんは白身魚の唐揚げ(128元++)を注文。あぶらの乗った魚の淡泊な味わいが冴えているが、量が如何にも少な過ぎる。嫁さん、「たったの4切れ、少な! この魚、きっと高級魚なんだろうね」。

    牛肉のソテー・グリーンピース添え(88元++)も美味しいけれど、お皿に盛られているほとんど全部がグリーンピースで牛肉は顔をのぞかせている程度なのには驚いたし正直がっかり。メニューには「牛肉・ウィズ・グリーンピース」とあるのに。嫁さん、「これじゃあ『ウィズ』が逆! 『グリーンピース・ウィズ・牛肉』だよ、完璧に」。炒飯2つ(15元++×2)は量も小ぶり、味もおとなしい。飲物はビール2本(40元++×2)。

    要するに、美味しいけれど私達には断然物足りない!

    20:15、嫁さんと二次会を画策。そう、ティーハウス(和茶館)だ。嫁さんだけクレジットカードを取りに部屋に戻る。

    「もう食事は済ませたのだけれど、まだ小腹が減っているからもう少しだけ食べて飲みたいんだけど、あの88元のコースではなくて単品で軽く食事させてもらえないだろうか?」

    日本人スタッフの進士さん、「オーナーに交渉してみる」。やがて出た答は、「集金システムの関係でやはりどうしても88元++のコースになります。昨夜来て頂いていますので、同じお料理にならないように種類と野菜の量を調整して、お二人で合計4皿お持ち出来ますよ」。よく意味がわからないがよしとする。

    どれもこれもまずまず美味しかったが、やはり昨夜と似たりよったりの感は否めない。それでもこれだけのボリュームをアマンの敷地内で満喫して、おひとり様約1400円とは安い安過ぎる。そんなに安く食事が出来てしまったらアマンダイニングとのバランスが崩れてしまう。先ほどの「集金システムの関係」と言う変な説明のほんとの意味が理解出来たような気がした。

    21:55、部屋に戻りレセプションに電話してビル(請求書)を届ける事と2:30のウェイクアップコールをお願いする。ビルはほどなくして届いたが、封筒に入れるでもなく、ぴらぴらの紙切れ一枚だ、別に良いけれど。内容をチェックしながらソファーで今度は爆眠。とは言ってもほんの3〜4時間。今夜に限っては目覚めたらお日様が昇っていた、と言う事にだけはなりたくない。

    5月4日(火)

    2:30、ウェイクアップコールで起床。インスタントコーヒーを飲みながら「日記メモ」を記入する。

    これこそが最後の夜明けに相応しい充実のアマンファユンタイムだ。静寂と充実と情熱の2時間30分はあっと言う間だった。

    5:30、嫁さんと散歩。6:50、スチームハウスで朝食。8:00、レセプションでいろいろ確認やお願い。8:30、最後のお写真タイム。9:45、ファユンプレイスで最後のリラックス。12:30部屋で撮影、荷物詰め作業、最後のシャワー…。

    オーダーしたルームダイニングサービスのセッティング風景をムービー撮影。2皿テーブルに置いただけでさっさと出て行ってしまった。ここでは他のアジアアマンのような、白いクロス、それぞれの位置と向き、椅子とクッションのセット等はまったく指導・教育されていないようだ。

    14:00、レセプションへ。ビルの訂正と確認と精算がスタート。意味不明にチャージされていた69元++は訂正して「無し」になった、当り前だけど。

    車に乗込む。見送りは張さんとバギーさんの二人。車が動き出す。そしてお互いにその姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた二人。その手を振り続ける姿が見えなくなるまでムービーを回し続けたので、いつもそうだけど車に少しだけ酔っ払う。


    さて、帰国後。休日の社宅。

    アマンファユン映像を再生、頂いたBGM・CDを流し続け、嫁さんと反省会。

    私「やーっぱり部屋にバスタブは欲しいよね。あそこにプールは無理なのかなあ。リゾート行ったら裸になりたいなあ。リゾート内を歩く村人も風情を感じさせてくれる様ないでたちなら良いんだけど、実際は買物のビニール袋をぶら下げてたりしてるし。あの日本人女性ゲストの主張、なんだかんだ言ってけっこう的を得ていたのかも。リゾート内を通行人が歩けてしまう事、選択肢の乏しいダイニング。早朝に西湖のエクスカーションを頼んだらもっと今の印象が良かったのかな」。

    嫁さん「食事も全般的には正直いまひとつ。『すんごく美味しい!』は無かったもんね」。

    最後に夫婦同時に「いっせーの!」の大号令で出した採点結果は何と二人ともぴったり一致の、ハート3つ。

    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.84&85 掲載記事より抜粋。



    アマンタカ(ラオス)

    CS満足度 ハート4つ。


    アマンタカ決算書

    合計 38万6791円

    <明細>
    ホテル代  960ドル(アマン)
          1853.78バーツ(バンコク)
    エア代   245,195円
    国内交通費 12,880円
    食事代   187.2ドル(アマン)
          1294.7バーツ(バンコク)
    1,168円(バンコク空港)
    買物観光代 2,868円
    その他   9,600円



    我ながら驚きました。あんなに大満足だったデリーと北京よりもアマンタカを好きになってしまったのです。

    シティアマンではあり得ない不便さ、最高に使い勝手の悪いだだっ広さ、日本人スタッフのいない不自由、不機嫌なスタッフが一名、そしてきわめつけはビル(請求書)の間違い…。

    あのだらしないいつものアマンに帰って来た、そう思いながらも「アマンはやはりリゾート」を実感しました。

    ああ、絶対にまた行きたい、行ってやる。

    CS満足度はハート4・5つ。


    メコン川を機上から眺め
    タラップを降りると
    気持ちが高揚せずにはいられない。


    9月19日(土)、とても静かに当日を迎えた。今さらですが私は仕事もしていまして、毎日朝7時にはデスクにつき、仕事終わりは夜9時過ぎ、一日14時間以上の労働です。週末は平日勤務だけでは終わらない資料作成を社宅に持ち帰る、サービス残業とサービス休日勤務の日々…。

    そして迎えたアマンの日、だ。自分とアマンが一体となって「わたし自身」をいたわってやってあげたいと思う。誰にも邪魔はさせません。

    今回の旅は、9月19日(土)から23日(水)までの暦どおりの5連休を使ってのサラリーマンならではのアマン小旅行。バンコクで前泊、アマンは2泊、帰りは成田・羽田経由大阪伊丹着。

    奈良の社宅を6:15AMに出て、関空にはフライト出発9時間前の9:20AM着。ラウンジで「アマン前」の時間をたっぷりしみじみ味わいながら18:30PMのバンコック行きJAL便を待つ。

    バンコクでは、空港に直結したノボテルスワンナプームエアポートホテルに前泊。

    9月20日(日)朝、ルアンプラバーン行きフライトのゲート付近に着くと、あたりにだーれもいない! ラオスなど誰も行かないと言う事なのか。これがまた気分が良い。アマン行きの途中はこうでなければ。

    ずっと低空飛行だったが一段とさらに低空飛行になり、目的地が近い事を感じさせる。窓から目に飛び込んで来るすごい濃そうな森の緑と泥川(これがかの有名なメコン川!)の茶色のコントラストが異様だけれどとてもきれい。空の青、雲の白、森の緑、メコン川の茶、それぞれが濃いい濃いい。こんな景色見た事なくてすごく新鮮で嬉しい。小さな町の上空をこんなに低空飛行で良いのかなと思ったと同時に1:40PM着陸。  タラップを降りると、眼に眩しい濃い青空、周りには何ひとつ無く、空港ビルがちっぽけ、むせ返るような熱気に土のにおい…。気持ちが高揚せずにはいられない。嫁さんと二人、DVDカメラを交換し合ったりして心からはしゃいでしまった。

    あまりにも簡単シンプルな入国ゲート、中には軍服姿の係員。さっさと審査を済ませてスーツケースが来るのを待っている私の視線の向うに白制服のアマンスタッフ発見! どうやらちゃんと木枠のボードを持っている! そして何気なく目で私達を探している。

     我々を待つアマンカーはごく普通の白のワゴン車だが、シートにはおろしたての真っ白いカバーがパリッと掛けてありアマンらしさが漂う。お盆にのせて差し出される冷たいおしぼりもアマンの古典的スタイル。ただ、シートに用意されている冷たい水・キャンディをわざわざ勧める事はしない。スナック類、アマンパンフレット、雑誌などの用意もない。BGMもリクエストして初めてかけてくれた。窓の外に移ろうまさしく農村の原風景といたって素朴な街並みに、ラオス民族音楽のコロンコロンの音色がとってもいい感じ。バリもいっとう最初はこうだったのかなあ、などと想う。


    ああ、アマンに来たんだなあ。
    とてもしんみり、
    じわあーっと幸せな気持ちに。


    約10分でアマンタカ到着、きれいな学校みたいな佇まい。お迎えはアマニカスでお目にかかったミズ・チチマー(マネージャー)、Gパン(そういう着こなしだった)に眼鏡のマネージャーらしき男性(てっきりGMだと思っていたこの方、後で知ったのだがダイニングマネージャーだった)。そして、この後すぐに部屋を案内してくれるアナバ君と、最終日にバックヤードツアーをしてくれたケエ君も、うやうやしく出迎えてくれた。

    何だかとっても落着くコロニアル風なレセプションに通され、氷の浮かぶ甘いウェルカムドリンクをいただきながらご挨拶。

    嫁さんに促されて早速ではあるが、GMに見せる用私達のアマンアルバムを見て頂いていると、やがて、もうおひとかた、女性マネージャーのマーライさんが登場して場が一気に和む。この方、ドイツで6ヶ国語を学んだタイ人でアマンプリが長かったのだが、この10月からは何とアマン東京オフィスを任される事が決まっているらしい。それを聞いて一気に私達の興味関心視線質問が彼女に差向けられる。

    「オフィスって東京の何処? どんなオフィスになるの? 京都アマンはどうなったの? 千葉にアマンウミ出来るんでしょ?」。

    優しく微笑むマーライさんにミズ・チチマーが「カメラが回っているからシークレット!」と厳しく釘を刺す。ミズ・チチマーの「オーケェーイ(それじゃあいい加減そろそろ)」の一言をきっかけに、長-い挨拶タイムが終わってようやく重い腰を上げ、アナバ君と3人でお部屋へと向かう。

    途中、よく手入れされた芝生に囲まれた、こじんまりと落着きのあるプール、そこで欧米人ゲストが泳ぐ風景がとっても優雅。平和なるワンシーンだ。広い芝生の庭の奥またずっと奥、遠い。

    案内されたお部屋は、何とプライベートプール付の「カン(リバー)・スイート」No・7(10月末迄のオープニングレート600ドル++。11月以降の正規レートは800ドル++)、2ランクのアップグレードだった。

    部屋にたくさんあってわけが分からない電気スイッチの確認(どうすると何処が点くのか消えるのか)、ベッドルーム、リビングルーム、ドレッシングルーム、バスルーム、シャワー、プライベートプール、それぞれの配置と行き方(どのドアが何処につながっているのかが分かりづらくて、楽しい)、レストランやメインプール等のオープン時間を入念に確認してから、アナバ君には帰ってもらった。

    その後、室内の入念なお写真&DVD撮影。じっと黙っている嫁さんはこれが終わってからの荷解きが待ち遠しい。

    白を基調に、ドアと窓枠のみスモーキーなモスグリーン、木目の調卓品と色使いがとってもシンプル、統一感ばっちりなのが気に入った。床タイルも渋めのベージュで落着く。やや丸みを帯びたソファーセットと椅子も目に優しい。

    ゆったりと独立したダブルシンクはラグジュアリー感に溢れている。木目のフレームに収められたルアンプラバーンの伝統文化を伝えるモノクローム写真何枚かが白壁に飾られ、わざわざスポットライトで照らし出される演出はかっこ良くて見事・大好き。

     セットされたCDはラオスの民族音楽を奏でてくれ、「ああ、アマンに来たんだなあ」。とてもしんみり、じわあーっと幸せな気持ちにさせてくれる。

    ベッドの上にウェルカムカードと帽子二つのプレゼント、竹細工の籠バックはクローゼットにセットされていた。とんがり帽子がユニークなバスケットに盛られたウェルカムフルーツは、食べにくそうで訳が分からないところがいい。ライティングデスクの各種ディレクトリー、最新のアマン写真集、ラオス写真集、部屋に飾られているモノクローム写真の解説集に胸を躍らされる。

    ディレクトリーの中でも、特にエクスカーションリストブックが私をとらえて離さない。素材感のあるがっしりした表紙、GMの挨拶文、寺院・僧侶・托鉢・メコン川・洞窟・滝・壺・市街地・村・セレモニー・ディナーetcを、魅力たっぷりに伝えるデッサンのイラストと文面の約30ページがあまりにも素敵。一発で、アマンタカとそして此処ルアンプラバーンの虜になってしまった。

    そう、訳もなくその土地を好きにさせてくれるアマンの評価・順位は私の中でめっぽう高いのだ。ルアンプラバーン市街地の簡単なイラストの地図も、可愛らしくも愛おしい。プライベートプールもそこそこに広い。テーブルセット、デイベッド、パラソルが用意され、お庭・芝生・タイルと合せてしっかりとアマンのプールなのだ。

    アマンタカ。ここはいいぞお、当たりのアマンだぞお!」。

    部屋の隅々とプライベートプールを何度も何度もそれこそ舐める様にDVDカメラで撮りまくった。但し、其々のスペースが独立し過ぎているから使い勝手は悪そう、実際に悪かった。

    そしてドアノブの握りを気をつけないと、ドアの閉め方によっては指を思い切り挟んでしまう羽目になる。私は早速これで指を挟み弱冠の出血。お着替えに忙しい嫁さんに「ばんそうこう持ってるかーい?」。「おおー、持ってるけど一体どうしたあー?」。しばらくはばんそうこうにお世話になった。

    撮影終了後はこれもいつも通り、ロビーラウンジでこれからの行動計画を練る事にした。


    アマン価格とローカル料金を比較
    高価格を立証して喜んでいると、
    嫁さん少しばかり機嫌悪くなる。


    ロビーラウンジだが、テーブルにプチケーキ、ポテトチップ、甘辛い地元のお菓子など計10種類のおやつが品良く置いてある。ご自由にどうぞ、のスタイルなのでつまんでいたらスタッフが「お飲物は如何ですか?」と聞いて来る。これもご自由にどうぞ、っぽかったので私はアイスコーヒー(5ドル++)、嫁さんはアイスティー(4ドル++)をお願いしたらドリンクはしっかりと有料だった。

    その後エクスカーションについてミズ・チチマーの説明を聞きながら迷いに迷った。
    早朝の托鉢(無料)、ルアンプラバーン市街観光(100ドル++)、メコン川サンセットクルーズ(120ドル++)、コウモリと仏像のパーク・オー洞窟ツアー&メコン川クルーズ(165ドル++)…。 

    そりゃあお金さえ払えばアマンスタイルで何でも叶えてくれそうだが、ここで舞上がると精算時に大変な事になる。

    やりたかったのは、托鉢、市街観光、早朝マーケット、ナイトマーケット、一番有名だと言うワットシェントン寺院、アマンタカHP上で憧れた名も知らない寺院…。

    これ全部をなるべくお手頃料金で実現したいと言う、私達の欲張りかつわがままな願望を察したミズ・チチマーが、少し苛立ちながらこう結論付けた。

    「オーケェーイ。5:30AMから托鉢、いいわね。その後7:00AMからは自転車でこの私が案内してあげる。その途中で観たい寺院や早朝マーケットの場所も教えてあげるから。とても小さな街だからすぐひと回り出来るからついて来てくれればいいから」。

    料金については一切触れなかったけど「だったら私に任せなさい」的な強制力に「わかりました。ありがとう。それでは明朝お願いします」と返答するしかなかった。

    気付けばもう夕方。自転車を借りて(無料)メコン川のほとりを散歩してみた。川は特段美しいと言う訳ではないが、森の緑に囲まれていてローカルなボートの風景と合せて実にのんびりした感じだ。そして本当にこじんまりした路と広場に観光客とそれ目当てのボート屋さんが何とはなしにゆっくりと行き交う楽しい時間。

    アマンだと120ドル++(つまりは144ドル)かかるメコン川サンセットクルーズ。地元のボート屋さんに頼むといったいいくらでやってくれるのだろう? こういう事を確かめるのって好きだ。

    ボート屋さん曰く「2人で30ドル(!)」。実はその安さに驚いて黙っていると「いいや25ドルでいいよ」。さらに「20ドルでもいいから」と激しく言い値を下げて来る。

    面白がって聞いていると嫁さんが「もう行こうよ。いくら安くてもどうせ頼まないんでしょ? 私はいやだからね」と私を急かしながら釘を刺す。私の結論は「保留」。それにしてもあの勢いだと最後は15ドルでもやってくれそうだった。

    と言う事はアマンのほぼ10分の1! バリアマン等の経験から、一般的にアマンは何にしてもおおよそ地元ローカル料金の10倍から30倍、と言う認識は持っていた。たとえばバリで屋台のナシゴレンが約50〜60円、アマンだと1500円〜1800円と言う具合に。ここルアンプラバーンでもそれは立証された形だ。

    「そんな事確認して何が満足なの?」。嫁さんはこういう時少しばかり不機嫌になる。

    そろそろ夕暮れ時。あたりに夕闇が訪れ、ナイトマーケットが一段と活況を帯びて来た。行き交う人とバイクと車。ちなみにメコン河畔からメインマーケットは目と鼻の先。ミズ・チチマーが言う様に本当にこじんまりとした街なのが何だか嬉しい。すぐに全部を把握出来るから気が楽だ。

    マーケットで一番目を引いたのは鳥や豚の丸焼き系。煙もうもうでグロテスク、絵的には観光には打ってつけだ。他にも生魚、焼魚、肉の串焼き、揚物、ソーセージが食欲をそそる。やがて自転車に乗りながらだとかえって不便と気付き、近くに停めてからは徒歩で楽しんだ。短いメインストリートだが何処まで行ってもある物は同じ。丸焼き、串焼き、ソーセージ、煙もうもう…が続く。


    アマンのフォトグラファーに遭遇。
    感激するも、英語の壁に涙。
    ワオー!を繰り返すのみ。


    アマンタカに戻って、まだ間に合うだろうか、夕景写真を撮る事にした。嫁さんは一足先にお部屋に戻り、私のみシャッターを押しながら敷地内をうろつく。広い芝生の庭で三脚を立てて本格的にアマンの夕景を撮影している短パン姿の男性ゲストがいる。どちらからともなく話しかけてほんの一言二言話す内に凄い事実にぶち当たった! この男性こそ、そう、アマンのフォトグラファーその人、リチャード氏であったのだ!

    その後は感激で感激でもう何を話したのかさっぱり覚えていない。ただアマンが凄く好きで、だから新しくできる度に訪れていて、今後も全部行きたくて、わけてもアマンのパンフレット、その写真に最高に魅せられて自分はここまでのアマンジャンキーになってしまったのだ…みたいな事を無我夢中でしゃべくりまくった。

    ただ本当に正直言えばアマンのパンフレットは昔の方がもっともっと好きだった。あの細長いごく限られたパンフレット誌面の中で、アマンは何とも言い様の無い緊張感溢れるシーンを切り取って見せて我々ジャンキーを訪れる前から魅了し続けてくれた。そこへいくと今の正方形スタイルのパンフレット写真は余りにも全てを大きく見せ過ぎている。見せてしまい過ぎている分だけそこには緊張感が欠如している。言わば「そのまんま」なのだ。全部を見せれば良いってもんではないのは、他の世界の何にしても言える事であろう。「秘は秘すべし」。だから、見たくなる知りたくなる行きたくなる、のだ。

    ただこの場でそんなアマンパンフレット論をぶつ程の英会話力があるはずもなく(こういう時は英語が出来ないのが本当に悔しくてもどかしい)、ただただ自分を魅了し続けるこのアマンという魔物、そのエキスであるパンフレット制作の張本人にお目にかかれた大幸運に心で雄叫びをあげ続け、言葉で「ワオー!」を繰り返していた。

    「また後ほどお目にかかりましょう」みたいな挨拶でその場を後にしたのだった。

    バスタブに浸かって今日1日の汗を流したら8:30PM。ディナーはたった1つのダイニング(こういうのも好き。逆に幾種類もダイニングのあるアマンは大型ホテルみたいで好きじゃない)に向かった。

    マーライさんが来て「お席はどちらにしましょうか? ああ、あの一番角のキャンドルライトのお席ですね。ロマンティックなディナーになりますね!」と盛り上げてくれるのは嬉しいが、今ひとつこちらは白けてしまいそうだ。

    席に着いてメニューに目を通そうとして気付いた。ロマンティックどころか暗い。暗過ぎてメニューが見えない! 何とも我々のアマンステイらしい滑稽な困り方だ。誰も悪くない誰も責められない。懸命に目を凝らしてメニューの分かり難いお料理名、材料・ソースの説明書きと格闘する。更に地元ラオス料理の分かり難さがこの格闘に輪をかける。

    我々のアマンダイニングって何時でもこう、この格闘を繰り返すのだ。そしてオーダー前にいつもひと悶着起こすのだ。

    私「これが美味そうだ。安いし」。嫁さん「それってアヒルじゃないの? やめとこうよ。あたしはこれとこれ!」。私「何それ? えぇーっ!そんなに高いのをふたつもー? ひとつにしておかない?」。嫁さん「まったくもう、せこいんだから。じゃあどれにするの?」。私「うーんと海老はどれだっけ? それから鳥はどれだっけ?」。嫁さん「結局また海老とチキンだね。まあ無難にそうしておこうか」。私「いや待てよ。折角のラオスアマンだし俺はローカルディッシュにする!」。嫁さん「チャレンジャーだねぇー。私はチキン」。今回はこんな具合だった。

    オーダーの前後、フィリップ(フード&ビバレッジ・マネージャー)が何度もテーブルに現われて気遣ってくれてはいる。

    私はラオス・イブニングミールなるラオス風ディナーコース(35ドル++)で5品のお料理とライスとデザートとコーヒーのコース。嫁さんは鶏胸肉のロースト(15ドル++)。飲物はラオビール(4ドル++)とラオダークビール(4ドル++)を1本ずつ。

    全体的にはまあまあ。私の牛肉と野菜炒め△の牛肉が少し硬くて残してしまう。ぶっとくてジューシーなルアンプラバーン・ソーセージ◎と香ばしいホウレン草の炒め物○と、こちらの風習から手掴みで食べなくてはいけないもちもち感いっぱいのライス○がイケる。筍サラダ△、ラム肉のグリル△はよくは覚えていないがいまひとつだった。嫁さんの鶏胸肉のロースト□は「胸肉だから少しパサパサしていた」との事。

    英語が通じなくて少しいらついたが、デザートとコーヒーはラウンジに場所を移していただく事にした。チョコアイスはただただ甘い。ラオコーヒーは香りが深くていい。しっかりとテーブルが確認出来る明るいラウンジでいただいたこのデザート&コーヒーでディナーの最後が引き締まった様に思った。ロマンティックも良いけど、やはりお料理は目で確認して楽しんで、それから舌でじっくり味合わないと。撮影したDVDも暗くてほとんど何も写っていなかった。

    お部屋に戻るとベッドの上にトンボを模した地元ラオスの木細工のギフト。最初はギョッとしたが手に取る頃には私の目も優しくなっていたに違いない。その後はお風呂とお洗濯。途中、停電になるがすぐに回復する。フロントデスクにウェイクアップコールを依頼してから、ラウンジで借りたラオス写真集を一冊だけ眺めて寝る。1:30AM頃だったはずだ。明日は托鉢のため4:30起床だ。


    GMではないって…。
    それではあなたは一体、
    フー・アー・ユー?!


    アマンタカ3日目。9月21日(月)4:00AM起床。托鉢の時間は5:30AMだ。ラウンジに行くとグローバル・セールスマネージャーのマーライさんと男性スタッフが托鉢セットを用意している。篭いっぱいの炊きたてのご飯、肩に掛けるおまじないの布、地面に敷くござ等。さあ出発、と言ってもアマンタカの門を出てすぐの道端にござを敷いて僧侶が来るのを待つだけ。まだ夜が明け切っておらず辺りはほの暗い。

    やがて…来た! オレンジ色の装束を身にまとった僧侶達が約十五人、わりと足早に通りをこちらに向かって歩いて来る。よく見ると手にお揃いのお釜を抱えていて、その中に我々が用意した炊きたてご飯をお布施(?)する、と言う按配の様だ。一気に来た全員のお釜にご飯をちぎって入れていく。けっこう忙しい。そして僧侶達は無愛想。これが五回程繰り返されて今朝の托鉢は無事終了。この風景が毎朝町中の至る所で繰広げられているわけだ。

    いったん部屋に戻って7:00AMになると、今度はミズ・チチマーと市街をサイクリングだ。ミズ・チチマーは速い、速過ぎる。我々の進み具合など知った事かと言わんばかりにどんどんグングン前に行ってしまう。必死で追いかける我々。約十分経過、アマンのHP写真で使われていた寺院と有名なワットシェントン寺院の場所などを「これがそうだから」と教えてくれ、マーケットまで連れて行ってくれた。

    8:30AM、アマンタカに戻り、ミズ・チチマーに9:00AMからお願いしていたお写真タイムを1:00PMからに変更してもらう。その後、GM(だと我々は思っていた)眼鏡ジーパン男のフィリップと会話。朝食はどうするのか気遣っているらしい。通じない英語で話を進めていく内に、一ケ所だけ確かに通じた部分の衝撃が私の全身を駆け巡った!

    「申し訳ないがお写真タイムの時間を1:00PMからにして欲しい」
    「ノープロブレム」
    「GMとの記念撮影をどのアマンでも楽しみにしているんです」
    「昨日見せて頂いた写真ですね。素晴らしい。ただし、我々のGMは今ここにはいないんです」
    「エッ! あなたはこれから外出ですか?」
    「いいえ。私はここにずっといますよ。いないのはGMです」
    「エッ! それではあなたは一体、フー・アー・ユー?!」
    「私はここのフード&ビバレッジ・マネージャーですが」
    「エェーッ!」

    我々の誤解が判明。聞くとGMは明日の午後アマンプリから戻るそうだ。と言う事は、バンコク経由で戻る訳だ。明日バンコクへ発つ我々とは空港で遭遇出来るのでは? GMの空港到着時間を確認すると、どうやらGMが到着後わずかな時間差で我々が出発。あのちっぽけな空港、何処にいるのかお互いに見つけられずじまいだった、などと言う事は起こり得ない、あり得ない。そこでフィリップに切望した。

    「GMと空港で引き合せて欲しい。そしてその場で写真を撮りたい。出来れば木枠のウェルカムボードも用意して。よおおく便名、到着・出発時間等を確認して、決してミスのない様にしてもらいたい」

    私の人生で、仕事においてもこんなに真剣に同僚・部下にものを伝えた事はそうそうない。

    「わかった、GMにもよく確認する。いずれにしてもベストを尽くす」「本当に頼みましたよ」

    今から想えば何とまあ厚かましいわがままなゲストだが、この時は必死だった。懸命だった。望みをかなえたい一心だった。最後の「ベストを尽くす」がとても気になりながらも、メインプール前でボーっと待っている嫁さんの元へ。

    このメインプール前のスペースも素敵だ。すべて白のソファとクッションで統一されたテーブルセットとソファセットとパラソル、きれいに整えられた芝生、ベージュの屋根とモスグリーンの窓枠以外は白で統一された外観…。見事に調和された美しい空間だ。

    「おいおい大変だ。あの眼鏡男、実はGMじゃなかったんだよ」
    「道理でねえ。ねえ、朝ご飯はどうするの?」
    「でも何と俺達の出発日にちょうど戻って来るらしいんだよ。だから空港で引き合せる様に強く頼んでおいたよ。どうだ妙案だろう、こういう事を思いつく俺って偉いだろう? おい、俺を誉めてくれ」

    「そんな事頼まれてむこうだって都合があるんだし、困るんじゃないの?(近くのスタッフに)メニュー・プリーズ!」
    興奮する私をよそに、嫁さんの関心は朝食だった。


    ひとりメインプールでお昼寝…、
    をやりに行く。これこれ、
    これがやりたくてここに来ている。


    朝食は、私は地元きし麺(?)料理+生野菜付(6ドル++)と地元お粥料理(6ドル++)をどちらもハーフサイズで(料金も前述の半額)、嫁さんはポテト生地の上にスモークサーモンとポーチドエッグをのせた一品(9ドル++)をオーダー。目の前のスタッフにメニューを見ながらオーダーしておいてお部屋に運んでもらって食べる。

    最近の我々のアマンでの流儀だ。部屋で食べたいけど電話のオーダーは英語力の問題でストレスとトラブルが重なって疲れる。スタッフにメニューを見せながら「コレとコレ」、これに限る。

    朝食はオーダーを受けたシャン自身がお料理を部屋に運んでくれた。が、ドアが開かない。やはりこのお部屋、建てつけが悪い様だ。後で大工さんが来て、ドアの足元のわずか数センチをのこぎりでカットしてこの問題は無事解決した。

    リビングルームに行儀正しくテーブルセッティングするアマンのお作法をゆっくりじっくり確認出来るのもルームダイニングの醍醐味だ。さて肝心のお料理だが、地元きし麺料理と地元お粥料理はマイルドな酸味が絶妙で最高の美味。◎で「当たったー!」と言う感じがとても嬉しい。嫁さんの方も美味しくないはずがなく◎だった様で、「普通のウェスタン(西洋料理)って気楽だし美味しいねえ」。

    11:00AM、お写真タイムまであとちょうど2時間。ひとりメインプールでお昼寝、をやりに行く。

    プールのお写真、プールに浸かって波間からのアマンタカ・ホテル棟のお写真。真っ青なラオスの空、真っ白なアマンタカ、白いパラソルと白いデイベッドに緑の芝生だけの平和なプールサイド。時々スタッフの静かな足音がする、それくらいに静かなアマンタカ…。うーん充実のひととき、これこれ、これがやりたくてここに来ている、そう実感した。

    プールサイドのデイベッドでお昼寝にチャレンジ。ところが蟻に何度も何度もくわれて、その都度「痛っ!」と目を覚ます始末。蟻のせいでお昼寝出来ない、それが可笑しくも幸せな気分。これは相当優しい気持ちになっている様だ。気づくと、だらしなく脱ぎっ放しにしておいたユニクロで買ったばかりの洋服をスタッフがパラソルのハンガーに掛けておいてくれている。ただし、カボス入りの水を持って来てはくれるが、おしぼりは持って来ない…。


    「少しばかりはしゃぎ過ぎだよ」
    興奮しまくりの私を
    静かに厳しく私を戒める嫁さん。


    ラウンジには私が一番乗りだった。このラウンジがまた良い、良いのだ。白い壁、モスグリーンの窓枠、木目の調卓品、丸みを帯びた椅子、モノクローム写真…。お部屋とうりふたつのインテリア・デザイン・色使いで、その統一感こそが見事に美しい。

    やがてやって来た嫁さんは着替えに気合が入り、ミズ・チチマーもやや濃い目のメーク、フィリップだけそのまんま。何だかこの人いつも緊張感が感じられなくて残念だ。

    全員揃ったところで集合写真。その内に昨夕お会いしたカメラマンのリチャードが真っ赤なポロシャツにアーミーパンツ姿で登場、お写真に入って頂く。どうやら例のGM用アマンアルバムを彼も見てくれていたみたいだ。

    そして最後には何と彼に我々2人の写真を撮影して頂く事に! アマンフォトグラファーが我々2人を最新アマンで撮影する! これは本当に言い表わし様のないくらいに凄い事だ、私にとっては。私のアマン史がまた大きく大きく塗り替えられたその瞬間だった。

    「少しばかりはしゃぎ過ぎだよ」。
    興奮しまくりの私を静かに厳しく戒める嫁さん。デジカメを覗き込んで出来上がりをチェックすると、確かに彼の撮った写真はシンプルかつアマンのシンメトリーが活かされていて素敵。私の撮った写真は何だかとてもごちゃごちゃしている。

    後日談があるのだが、嫁さん曰く「あなたの撮った写真がごちゃごちゃしているのは、被写体のこの人の着ている服の色のせいだよ、完璧に! アマンで赤シャツはちょっとダメ、難しいでしょう、完璧にNGでしょう。この人、写真は上手いかも知れないけど」と何とアマンフォトグラファーにダメ出し。これには二人で何度も大爆笑。

    ああ、嫁さんとアマンとアマンの登場人物とアマンの出来事の取り合せって本当に愉快痛快爽快でお腹を抱えて最高に笑える。

    リチャードは、アマンタカのポストカードにコメント付きのサインまで用意してくれていた。コメントの一部にこうあったのが嬉しい。『貴方がアマンとそしてアマンのブロウシャー(パンフレット)を楽しんでいると聞いて嬉しい』。

    撮影終了後、ラウンジに戻ると、黒シャツ姿のカッコいい白人男性に「汗が凄いですね。シャツが濡れていますよ」と話しかけられる。名前はアントニー、グローバルセールス・マネージャーだそうだ。こういうカッコいいマネージャーの登場とその方との会話は素直に嬉しい、アマンに来たのだと言う気になる。


    もうすっかり慣れたことだが。
    請求書のまちがいに、
    やれやれまたいつものアマンだな。


    そろそろお昼時、ロビーには地元ルアンプラバーンの民族音楽が2人のおじさん奏者によって奏でられる。木琴と太鼓による至ってシンプルかつ素朴な音色が心を和ませてくれる。部屋に戻って、昼食は私が春巻(7ドル++)、嫁さんが目玉焼きを乗せたナシゴレン風料理(10ドル++)をオーダー。

    ところがナシゴレン風ではなくてミーゴレン(麺)風料理(10ドル++)が届いてしまった。嫁さんの「まあ、このミーゴレン風も美味しそうだし、またわざわざオーダーし直すのも時間が掛かるからこれを食べるよ」の一言で決着。春巻◎は見た目に美しく、意外にもナイフとフォークですんなりと食べやすく、アマンタカのお得意料理と見た。口あたりも良く勿論美味。問題のミーゴレン◎も嫁さんの「アマンのミーゴレンが美味しくないはずがない!」の言葉通りだった様で結果オーライ。

    お部屋で少しばかりゆっくりする。4:00PM過ぎ、アフタヌーンティータイムのスタートだ。いざラウンジに急ごうとドアを開けると、我々のお部屋の前で写真を撮ろうとしている男女各一名のタイ人。彼らは芸能関係者でタイ人俳優フロイさんの写真を撮影中。

    ラウンジのアフタヌーンティーでは、柔らかくて美味しいケーキとホットラオティー(これは無料)を楽しんだ。

    6:30PM。地元民族衣装に身を包んだ少女達がいそいそと準備にせわしそうだ。やがて嫁さんも合流。嫁さんによると例のタイ人俳優御一行様のためにバシ・セレモニー(エクスカーションガイドによるとラオスに古くから伝わるスピリチュアル・セレモニーでディナー付、一人130ドル++)が行われようとしているらしい。

    マーライさんに「タナカさ?んも、どうぞどうぞだいじょうぶですよ」と勧められて便乗させて頂く事にするが、こんなどうでもよい儀式よりも、どうしてもアマンマネージャー達とゲストの立振舞いが気になって仕方ない。先程のカッコいい白人男性マネージャーがタイ人俳優フロイに話しかけている。今日チェックインしたスキンヘッドの白人男性ゲストにも。ミズ・チチマーは厳しい表情で全体の様子を見守っている。ああ、この風景の方がよっぽど面白い。

    8:30PM終了。それにしても眠い、猛烈に。だけど、今夜は最後の夜、ナイトマーケットにGO!しなければ。町の中心部に着くと、大きなビニール幕で夜店毎に仕切られているから通りは狭く閉塞感一杯だが、それを楽しまなくちゃと思わせてくれる。通りと夜店を明るく照らす豆電球が大活躍だ。

    このナイトマーケットは、もろに観光客向けのものだが、店先の看板に目をやるとソーセージ1本、コーヒー・ジュースも5000KP(約50円)。こういうお店も凄く楽しそうだ。いつか何処かでこういうのを楽しみたい、絶対に! 

    世界中のアマンに行っておきながら、地元のチープなレストランにこれ程強く憧れるだなんて、何て順番的に贅沢な夢の持ち方なのだろう。まったくあらためて幸せな男だ。とてつもない幸せ感と何とも言えない名残り惜しさの両方を抱きしめてアマンタカに戻ったのだった。

    9:40PM、ラウンジでディナーをオーダー。もちろんスタッフの目の前でメニューを見ながら「コレとコレをお部屋に運んで」、スタイルで。

    お部屋に戻るとビル(請求書)が届けられていた。昨夜のディナー、私のみがオーダーしたラオスディナーコースが2人分チャージされていて、「やれやれ、またいつものアマンの精算だな」。

    そうこうする内にお料理が部屋に運ばれて来た。これまではリビングルームでいただいたから、今夜は寝室でいただく事にしよう。ランチで食べる予定だった、目玉焼きを乗せたナシゴレン風の焼飯(10ドル++)のリベンジは、食べてみたら嫁さん曰く「そこそこのお味」で○。フレッシュウォーターフィッシュ(14ドル++)は要は白身の川魚だが、添えられたマッシュポテトとバターソースが絶品で◎! ラオビール(4ドル++)とラオダークビール(4ドル++)の飲み比べと共にアマンタカ最後の晩餐を大いに堪能したのだった。

    食べ終わるやいなや嫁さんが物すごく眠そうだ。私もバスタブにお湯をいっぱい張って全身浸かる。11:40PM、私も倒れこむ様にベッドに入ったのだった。


    やり残しだとか、
    想い出作りのし忘れだとか、
    本当にもうないのか。


    9月22日(火)、4:00AM起床。お昼までにやるべき事の総点検。だいぶ遅れて嫁さんも起床、2人で早朝サイクリングに行く事にした。私が先に部屋を出てラウンジで支度に時間のかかる嫁さんを待つ事に。

    スタッフに「コーヒーなどは如何ですか?」と訊かれ、「確かラオ・ホットティーはフリーですよね?」。スタッフ「違いますけど、ラオ・アイスティーはフリーですよ。お持ちしますね」。何だかよくわからない。そのラオ・アイスティーだがこれが甘くて美味しい。

    メインダイニングには、タイ人団体客御一行様向けにであろう朝食がビュッフェ形式できれいにセットされている。嫁さん、「そうかあ。アマンでも団体で来るとビュッフェにされてしまうのかあ」。

    自転車にまたがり、カン川沿いからメコン川沿いに走る。雰囲気の良さ気なカフェが点在。次回はもっとゆっくりこの町に滞在して絶対に入りたい。

    7:30AM、アマンタカに戻る。フィリップに完成間近のライブラリーを見せてもらう。窓越しにメインプールが拝める絶好のロケーションだ。塗料でセメダイン臭い室内、組み上げられた鉄パイプ・剥き出しの壁と床はまだまだアマンのお部屋と言うよりは工務店・建設屋さんの独壇場だが、そこに上質な家具・本棚がそろそろセッティングされつつある。黙ってじーっと「工事現場」を見つめる。これほどの「愛のある眼差し」を「単なる建設工事現場」に向けた事はかつてない。再訪をひとり静かに誓ったのだった。

    朝食はフィリップにオーダー。私はもう一度食べたかったルアンプラバーン・グリルソーセージ(12ドル++)、嫁さんはマーライさんお薦めのグリーンパパイヤサラダ(7ドル++)をオーダー。スタッフのケエ君にバックヤードツアーを9:00AMから予約してお部屋に戻る。

    ケエ君が朝食を運んできてくれた。ルアンプラバーン・グリルソーセージは、外側のパリパリこんがり感と中のジューシーさと素朴なあらびき肉の味わいを同時に口一杯にほおばる幸せを感じさせてくれて◎。

    ところでこのソーセージ、市場では確か一本5000KP(約50円)で売られていたから、その約14倍のお値段設定と言う事になる。物価が日本の約5分の1から10分の1の土地に来て日本の約2倍から3倍の値段で宿泊し食事をとる…。アマンに泊ると言う事はそういう事をやりに来る、と言う事なのだ。

    嫁さんのグリーンパパイヤサラダは酸っぱい上に苦くて△。静かにぼそっと「やっぱりお料理のオーダーだけは自分を信じる事が大切なんだね」と意味深長。そして何故だか遠くを見つめていた。よっぽど悔しかったと見える。

    さあ、朝食後はお楽しみのバックヤードツアーだ。「お楽しみ」って一体私は何をしにアマンに泊りに来ているのだろう?

    まずは、アマンタカ敷地内にあるハウスキーピングオフィスを訪問。ルームナンバー、ゲストネーム、パスポートの顔写真が壁にずらーっと貼られていてこれは面白い! 声をあげて興奮する私を不思議そうに笑顔で見守るハウスキーピングの女性スタッフ達。

    次はスタッフの共同宿舎に向かう。宿舎前が工事中で、何でもテニスコート建設中だと言う。てっきりスタッフ用と思いきや、これが何とアマンタカゲスト用と聞いて少し失望してしまった。スタッフの宿舎前にゲストのテニスコートを何故作るのよおー? 優雅さも何もあったものじゃないじゃあないか! 肝心の(?)宿舎は極々普通の二階建アパート形式。それでも白い外観にドアと窓枠のモスグリーンだけがアクセントをつけている点では、アマンタカと全く同じ。大した統一感だ。

    10:30AMにはお写真撮影も終了。最後にメインプールでくつろぐ、をやる事にした。

    嫁さんは、マンゴ+パイナップル+バナナのフレッシュフルーツスムージー(6ドル++)をオーダー。彼女は「アマンでスムージー」がお得意・お決りだ。そりゃあ、新鮮で甘い果物を混ぜ合せてアマンで飲むのだから美味しくないはずがないではないか。

    ところが、オーダーを受けたスタッフ(シャン君)、の感じの悪い事悪い事。とにかく不機嫌なのだ。何がそんなにおもしろくないのだろうか。思わず、けんか売ってんのかよ、と言いたくなってしまうほどだった。

    嫁さんだけ帰り支度のため先に部屋に戻り、私はそのまま残った。その差はわずかに二、三十分だったけれども、この最後の「ひとり時間」が私にはひどく重要だ。

    チェックアウトまでにすべき事。部屋で、ロビーで、玄関で。チェックアウト後にすべき事。アマンカー車内で、空港で、飛行機内で。これからの場面でやるべき事はその時々に確実に消化しなければならない。その場を逃すともう先は決して無いのだから。

    11:45AM、部屋に戻り、猛烈な勢いで帰り支度。最後にプライベートプールで最後のバチャバチャ、最後のバスタイムでバスタブにザブン、最後のシャワーの頃にはもう既に心が観念しかかっている。

    そして実はこれが一番大変なのだが、本当にこれで自分はここ、アマンタカを去ってしまっていいものなのか、やり残しだとか想い出作りのし忘れだとかが本当にもうないのかの物心両面の総点検。焦燥、回顧、総括、推敲、絶望、刹那、虚無…。

    交錯しながらも、襲いかかって来るこれらの想いを振り払ってくれるのは、「どうしても此処に帰って来たければ、また何時でも帰ってくれば良いではないか。自分にはそれが出来るではないか。まして自分には嫁さんもいるではないか」と言う「希望」の二文字。


    我が「心のアマン友」
    アマンジャンキーX氏と遭遇、
    まるで自分を見る思い…。


    12:30PM過ぎ、今度は私が先に部屋を後にしてロビーへと向かう。まずはビルの確認。初日のコースディナーが誤って2人分チャージされていた一件は当り前だがきちんと精算されていた。

    やがてようやく嫁さんが姿を現してレセプションに長いことへばり付いている私の横に座るが、スタッフはにっこり笑って何故だか私にだけ冷たいおしぼりを差出したのだった。同じおしぼりひとつなら普通ならば今来たばかりの嫁さんに差し出すだろう。私の方がよほど「おしぼりが必要な人」に見えたのだろうか。

    そして、今でも克明に覚えているのが、お隣でチェックアウトの手続きをされていた日本人ゲストX氏の事である。彼も相当なアマンジャンキーのご様子。スタッフにジャンキーならではの質問を浴びせていた。克明に覚えているのは、その場のただならない雰囲気。

    私と彼、同じ日本人でありながらお互いにひとっことの挨拶もしない。ただひたすらに自分だけの目的遂行のためにレセプションデスク正面のスタッフに向き合い、やや迫力のある、これからチェックアウトするゲストの談笑とはとてもほど遠い、殺気さえ感じさせる口調で「最後の取材」を敢行していた。今から思えば何とまあ二人とも大人気ない事だが。スタッフからして見れば、さぞかしうっとおしい日本人ゲストの二人だったに違いない。しかもその二人が同時にチェックアウトとは…。

    どうやら彼のワゴン車が先に出発して我々がすぐその後に続く、という段取りの様だ。と言う訳で、ワゴン車の中から彼のアマンタカお別れセレモニーをじっと見守る事になった。エントランスを出た車寄せスペースにスタッフ一同を並ばせ、その真中に入って記念のお写真を撮りご満悦な彼。ああ、いつも私がこれでもかとやっている事だ。それをここから客観的に見つめる、この気恥ずかしさよ。そう、彼の行動はタナカ氏のそれそのものなのだ。

    空港到着後、事件は起こった。
    X氏がある事に気づいたのだ! 我々のスーツケースにはアマンタカ・オリジナルのタグが付いているのに彼のには付いていないのだ。慌てて「何故なんだ?」とスタッフに問いただす彼。その様子を尻目に我々は余裕しゃくしゃくだったが、この場面はやはり他人事とは割切れない。

    こういう事があってはならないのだ。だからアマンはもっともっとマニュアルを徹底しなければならないのだ。私の様にリクエストして念を押すゲストにはタグを付け、何も言わないゲストにはうっかり付け忘れる。こういうのって最低だ。これでは彼が憤慨するのも無理はない、逆にこちらも同情してしまうほどだ。

    スタッフ「後日、日本に必ず送ります」。
    X氏「それ本当なの? 約束する、そう言っておいてまた忘れたりするんでしょう?」。そんなやりとりが手に取る様に聞こえてくる。そして結局は、この短い便待ちの時間内にスタッフが再度アマンタカに戻ってタグを持って空港に帰って来て確実に手渡す、と言う話になった様だ。大急ぎでアマンタカに引返すスタッフ。

    それにしてもX氏の発した言葉から、彼も以前にアマンのルーズさから何か嫌な思いをさせられた私と同じ「被害者」である事が容易に想像出来た。その点において実は世界中の誰よりも仲良くなれた人だったかもしれなかったのに、一言も口をきかなかったとは、かえすがえすも残念だ。

    この様子を見ていたマーライさんが「あの方も相当なアマンジャンキーですからね。こだわりがあるんですね」と、それこそ他人事の様に言ってのけたのには驚いてしまった。

    アマンジャンキーであるかないか、そんな事はこの際、まったく関係がない。同じゲストにたったこれだけの同じサービスが何故出来ないのか。彼はそれを言っているだけではないか! 

    世界中のホテルチェーン、たとえばホリデイ・インが当り前にやっている事を最高級ホテルブランドのアマン様が何故出来ないのか。やはりよっぽどルーズ、簡単なマニュアルのあまりの徹底不足、としか言い様がない。「マニュアルには決して謳っていない、マニュアルを超えたパーソナルなサービスこそアマン流」を声高らかに叫ぶ一方で、こうした基本的・初歩的な約束事が履行されなくても平気のへっちゃらなアマンて一体全体何なのだろう? 

    最後の最後に嫌なものを見てしまった気もしたが、いやそうではない。アマンタカの、アマンの性懲りのない残念な本質を確認する事が出来たと思えば有意義なひとときだったわけだ。

    話を元に戻す。いよいよGM様御一行が御到着だ。奥さまお子さんとそれこそたっくさんの荷物。ゲートを通過したGMと束の間の瞬間的なご挨拶。そして記念撮影は僅かに写真二枚。「また来てね」。作り笑顔で軽く手を振りバイバイしながら立ち去るGM。

    「それじゃあ私もここで失礼します。タイソンさんと一緒にアマンタカに戻らなくてはいけませんので」とマーライさん。ここではたと気付いた。そうかそうだったのか、マーライさんは我々のお見送りのために空港まで来た、のではなくて、GMのお迎えのために来た、のである。さっさとワゴン車に乗込むGMとマーライさんを、私は何とも言えない寂しい気持ちで見送った。

    それにしても「心の友」X氏は、GMと我々とのこの場面をどんな気持ちで眺めていたのだろう?


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.81&82 掲載記事より抜粋。



    アマン・アット・サマーパレス北京


    CS満足度 ハート3つ。


    アマン・アット・サマーパレス北京決算書

    合計 約17万1,815円

    <明細>
    ホテル代  8,652.6元
    送迎代   1,529.5元
    食事代   1,182.2元
    買物観光代  567.3元
    合計    11,931.6元
    (1元 14・4円)



    アマン北京。 『豪華さとは裏はらに薄味なアマン』、これに尽きます。
    シティアマンが裏目に出た部分を強く感じさせられたアマンでした。
    『一体全体ここは何処なのだろう? どうして自分はここにいるのだろう?』
    アマンでしか感じ得なかったこの不思議な感覚。
    シティアマンでアマンが失ったものはやはり大きい、あまりにも大きい。
    そう感じています。


    アマンへ向かう道とは思えない
    あまりに快適で
    あまりにつまらない車窓風景。


    8月13日(木)。デリーからのフライトではインドアマンの疲れが一気にドッと押寄せ、疲労困憊クタクタ状態。寝ている間に飛行機は離陸。北京空港に到着すると、ボーディングブリッジを渡ったすぐの所に中国人男性スタッフが「Mr・Mrs・JUN・TANKAK」(?!)と書かれた革製ボードを掲げて待っていた。彼の名前は周さん。先導してくれるがルートは他の一般乗客と何ら変わらないのが不満だ。唯一、一ヶ所だけ並ばないで済んだ所があったっけ。「要人」(つまりVIP?)なるマークを進み、VIP専用ラウンジらしきフロアの通路脇を進んで白いアマン・ボルボの待つ駐車場へ。周さんはここまで。実にあっさりとしたものだ。

    車に乗りこむと、普通に感じの悪いおじさんドライバーがボルボを飛ばす飛ばす。車内はクリーム色の皮張り、中国観光案内のDVDがかかっていて、これがCGを駆使した映像も鮮やかで美しくも格好良い。どうやら西太后にまつわる物語らしい。アマンのパンフレット類は、ない。おしぼりと水が置いてあるけど、ドライバーは一言もそれにについては触れない、と言うよりもこのおっさん、全くお話しないのだ。

    外に目を向けると実にきれいに整備された新しい高速道路をびゅんびゅん飛ばしている。アマンに向かう道程、アマンに向かう車窓風景とはとても思えない、つまらない。あまりにも快適。ボルボが高速道路を滑るような無言ドライブが約四十分間、車はあっさりとアマン北京に到着してしまった。

     観光バスが停められる程余計に広い駐車スペース、このスロープはまるっきり×。これではアマンではない! 

    その真中向うに正面玄関があり、GM(総支配人)のマーク・スウィントン氏と日本人スタッフの智恵さんがお出迎えしてくれた。GMは、私達がブータンのアマンコラを訪れた際に、アマンパロでお会いした事のあるマネージャーだった。それだけに「クズサンポー!(ブータン語でこんにちは)」とまたお会い出来ましたね感を全面に出してくれた。

    中華風に大ゴージャスなロビー向かって左側のソファーセットで私たちのアマンアルバムを広げ見てもらう。たっぷりと時間をかけて見てくれるその気遣いが嬉しい。

    今回も「ゲストルーム」という一番スタンダードなカテゴリー(それでも室料550ドル++)を予約していたが、デラックススイート(室料が2倍の1100ドル++)にアップグレードしてある事を告げられ、だいぶ疲れが取れたような気がした。いつもそうだがアップグレードを告げられた時の私達夫婦はGMを神の如く畏敬の念・眼差しで見つめ、それから深々とお辞儀をしてお礼を申し上げる。「サンキュー・ベリー・マッチ」、哀しいかな、そうとしか伝えられない。この時も同じだった。ひとつのホテルにリピートとか、ひとつのホテルブランドに絞ると、やっぱりこういう恩恵に与りやすいよなあ。これまで訪れたアマンを脳裏でざっと振り返る。


    カルチャールーム一帯は、
    お高くとまった偉そうな雰囲気が
    ムンムンでよろしい。


    ショートカットの女性スタッフに案内されて、いよいよロビーからお部屋に向かう。途中に色々なものがあり過ぎて、疲れている私たちは把握するのにひと苦労だ。まず、ザ・ラウンジ、到着パビリオンと同じ敷地内にあるオールデイ中庭を渡るといかにもアマンらしい素敵に無駄なスペースが現れる。その名もカルチャールーム。中央は中国書道家のデモンストレイションスペース。正装した大先生がゆっくりと習字の書をしたためているが、時間をかけてじっくり見ていると実は大分暇そうだ。でも私はこういう無駄が実は大好き。アマンはこうでなければ。

    右手にライブラリー、とは言ってもデスクや椅子は用意されていないので、ここで選んでお部屋でゆっくりどうぞのスタイル。中国、北京、万里の長城、サマーパレス(頤和園)等々の写真集がゲストを圧倒せんとばかりに、実に美しく整然とディスプレーされている。そして待ってました、愛しきアマンのパンフレットたち。左手にはブティック。陶器、扇子、書道具、など気品に溢れていずれもごたぶんにもれず超高級品だ。

    中央にもどるとソファーセットが用意されていて、ここで中国茶、オレンジジュース等がいただける(無料)。この奥にあるのが「ザ・バー」。進んだ向って右手がカウンター、左手が今流行りのシガールーム。中央はかなり広く、数多くの座席が用意され、正面向いは蓮の池に面したアウトドアテラスへと続く。

    このテラス、夕闇の訪れとともにキャンドルライト、中国音楽の演奏で一段とムーディーに演出される。そしてこのテラスから蓮池の向うに見えるのがその名も「ミュージックパビリオン」。立派な瓦屋根を8本の柱がしっかりと支える、さながら湖上に浮かぶ演舞場だ。夕暮れからディナータイムにかけて音楽の奏でられるスペースだが、ロマンティックプライベートダイニングにも利用出来る(何と私達は翌日ここで夕食を取ってしまった!)。

    とにかくカルチャールームからここまでの「地域一帯」が、お高くとまった偉そうな雰囲気がムンムンでよろしい、とても気に入った。それにしても部屋までの道程が長い。さらにその先、小学校の渡廊下風の少し狭目の通路を歩く。

    これは確実に迷子になるな、と思ったその矢先にシャリーンが立止まって左手の月を模した丸い窓を指さし、「あの月の輪が目印です」と説明してここで右折。その先、少し外に広く視界が開け芝生のお庭が広がっていたが、これはもう既に私たち自身のお庭であった。

    右奥に控えるヴィラっぽい建物がコートヤードNo.7。正面のコモンルーム(共有スペース)右手のスイートNo.2が、私達を待っていたデラックススイート。

    ということは、コモンルームの左手には別のゲストが宿泊する可能性があるということだ。実際、この後ヨーロッパからの三人組ゲストがチェックインしていた。

    このコモンルーム、テーブル&ソファーセット&照明&キャンドルがアマンらしく贅沢に配置され、思い切りくつろげそう。共有スペースにしてはもったいないと思わせるほど。

    コモンルームを挟んで
    「お向かいさん」が丸見え。
    ここは会社の集合社宅か!


    さて、室内を紹介する。平米的には広い、広いのだろう。そして居間、寝室、廊下、ドレッシングルーム、バスルーム、と全部独立しているのがいかにもスイートルーム然とした風格を漂わせている。ただし、昨夜までのアマンニューデリーのように入った瞬間にワアッ!とは全くもってならなかった。残念ながら何故だかそれにはほど遠い。

    何故なのか…。どうも少し薄暗い。家具調度品がそれなりに豊富なお陰でさほど広さが感じられない。テーブル、ソファー、ライティングデスク、ドレッサー、ミニバー、TV・オーディオコンポ収納家具、それといちいち置かれた本来であれば格調高い中国の飾りひとつひとつも少しばかり豊富過ぎて、逆にややごちゃごちゃした感が否めない。そう、このごちゃごちゃ感のせいだ。

    入ってすぐのリビングルーム。正面に低いテーブルセットとソファーセット、真中に置かれた紫色のクッションがアクセントになっている。テーブル上には、ウェルカムカード、ウェルカム甘菓子(美味しかった)、小さいけど存在感のある真っ赤なお花、小さくてもしっかり重たい灰皿、新聞。正面左手にTV・CD機器を収納した背の高い家具。そこから中国音楽が流れている、誰しも一度は中国料理店で聞いた事があるような。正面右手にはミニバー。けれど巨大な木製の戸棚を閉めるとここにミニバーとは全く分からないのはポイントが高い。

    ソファーセットの奥のライティングデスク上が、これまた忙しい。セットされた物が多いのだ。日本人ゲスト向けのミニガイドブック、スパ案内、頤和園(サマーパレス)ガイドブック、ステーショナリーボックス、鉛筆が何十本と立てられたペン立て、モバイルフォン、書道セット! 各種ディレクトリー、ミニシアター上映ガイド、赤い傘の照明ランプ…。

    しかし、私の場合、これらの充実度と満足度は決して比例しない。いや正確に言うとある程度の所までは比例する。しかしやり過ぎてはいないだろうか? と感じた瞬間から満足が崖下に転げ落ちて行く。ホテルってつくづく難しい。それとも難しいのはこの私の方なのか。とにかく、とても目のやり場、心のやり場の忙しいデスクで、決してスマートではない。

    右手全面は太い格子の窓ガラスだが、ここから見える芝生のお庭はコモンルームを挟んだ向いの他のゲストも歩く事になる、つまり共有のお庭。嫁さんは「お向いのゲストの動きが丸見えだなんて、ここは会社の集合社宅か」。そして、ずっとお隣のヨーロピアンゲストの事を「お向いさん」と呼んでいた。そういうこともあってか窓の簾が半分位まで降ろされ室内は、全体的にややほの暗い。

    寝室に行こう。右手には窓だが居間の窓と同じ「お向いさん」向きなので、やはり簾が降ろされている。窓の手前に長細いテーブル。正面の狭い壁に漢字の掛軸。そして左手に天蓋付きのどっしりがっしり重厚なベッド。置かれた赤いランプはライティングデスクのものと統一されている。そしてこのベッド、いささか背が高い。横になるためにはベッドの上によじ登る、そんな表現が大袈裟ではないほどだ。

    私はアマンではどうせさほどは眠らない。忙しくてそれどころではないから。眠るなんて日本の社宅ですれば良い事だから。この天蓋付きベッドのあるお部屋はデラックスルームを含めて数少なく、このベッドをリクエストするリピーターが早くも出現しているほどの人気、というお話は決して悪い気はしなかった。

    寝室を出て右奥に進むとドレッシングルーム、化粧台、ダブルシンク、衣類棚へと続く。ハンガー棚にはまるであの太宰治が着ていたような重々しい部屋着が掛けられている。ここにも赤いランプが二本セットされた化粧台、その両脇に置かれた私たちのスーツケースは派手な蛍光色のベルトが巻かれどう見ても下品だ。このお部屋全体を汚している。

    シンクの左手前にトイレ。シンク周りは必要最低限のアメニティが陶器に収まりアマン本来の無駄のないシンプルな上品さを実現している。奥にバスタブ、その左手前にシャワールーム。白いバスタブを深いこげ茶色が包んでいるデザイン。脇に丸いテーブルが二つ、太いキャンドルと石鹸が其々の真中に。シャワールームは敢えて普通の白い格子タイルと言うシンプルなデザイン。

    ここは本当に恐れ入った
    ミニシネマシアターの
    贅沢ウェイティングラウンジ


    カルチャールームで日本人スタッフの智恵さんと滞在中のプランについて打ち合わせの後、館内を案内してもらう。地下に降りるとそこに「アマン・スパ&フィットネス」が存在している。まず最初に何とも洗練された居心地最高の屋内プールの登場。壁一面の間接照明、暗い水中を照らすライト、プールサイドにはぶ厚いマットの敷かれたデイベッド。それだけではない、その奥には更なる寛ぎへと誘うお休みスペースが設置されている。リラクゼーションスペースもとてもゆったりとしていて、大きなジャクージバスに浸かることが出来る。悔しいけど、とても使いこなせない。それが第一印象だった。

    お次に現われしはスカッシュコート! やってみたかったけどここに入るのはこの時が最初で最後になった。格好良いジュース・バー、フィットネスルーム、そしてデリー同様のヘアースタジオ「キムロビンソン」へと続くのだが、洗練されていればいるほど、このホテルの印象がどこかアマンからどんどんと遠ざかっていくようにも感じられた。「こういうのってアマンじゃなくてもやっている。どうせ他の超高級ホテルたちがやっている事をアマンがやりだしたってことかぁ」。

    最後にここは本当に恐れ入った、のがミニシネマシアター。シアターそのものだけでなくそこに至るアプローチが凄い。都内の大劇場のそれよりも広くて立派なのだ。ド広い通路の両脇にゲストひと組毎に寛げるソファスペース、これが20もあったろうか。一定の間隔毎に往年の名画のモノクロームポスター、深いグレーの壁・床・天井もモノクローム、そこにこれまた間接照明…。本当にお洒落で贅沢な空間。気に入ったのはたった37席のシアターのためにこれほどゆとりある贅沢なウェイティングラウンジを作ってしまった事。これぞアマンならでは、アマンらしい芸当で満足納得、絶対に何か映画を観てやる、と心に誓ったのだった。


    サマーパレス専用門。
    この快感こそアマンだけが
    私に与えてくれる快感…。


    部屋に戻っても外はまだ明るい。暗くない。これならすぐお隣に隣接するサマーパレスのサンセットタイムに間に合いそうだ。「サマーパレスに行きます」とフロントにTELすると、5分も経たぬ間にスタッフが出迎える。持って来てくれた黒いリュックサックの中にはサマーパレス・マップ、ミネラルウォーター、扇子、そして携帯電話。

    アマンとサナーパレスは本当に壁のこちらと向うという位置関係。アマンの敷地から大きな赤い門(ノブの付いた大きな木のドア)をくぐるとそこはサマーパレス。ただし、もちろんこの門には鍵がとり付けてある。つまりお出掛け時には内側から鍵を開けてもらって出発、お帰り時には渡された携帯電話を使っての「ただいま」コール、内側のアマンスタッフに門を開けてもらうという按配だ。面白い、気に入った。

    いざ出発。ウォーキング目的の地元市民もたくさん見かける。二、三分歩くと広場に出るが、ここからはもうウンザリするほどの観光客、聞こえて来るそのほとんどが中国語だ。そうかこういう所だったのかぁ。予想はしていたものの正直がっかり、そしてこのとんでもない人波にどっと疲れた。

    広場の向うにはもうクンミンレイクが見えている。アマンから歩くことものの五分だった。広大な湖の遥か向うの小山の中腹に中国情緒を漂わせる如何にもな塔建築、これが風景全体のアクセントにもなっていて綺麗と言えば綺麗だ。まだ暑さの残る夕暮れ時、湖面に夕日が映えている。

    足元に目をやると大きな蓮の葉、見上げると優雅な柳、ここから眺める夕日に照らし出されたクンミンレイクはなかなか情緒がある。と思うやいなや、聞こえてしまう観光客の罵声にも似た歓声、目撃してしまう下着の白いランニングシャツをお腹丸見えまで捲り上げても全くもって平気なおじさん。やれやれ観光地はこれだからかなわない。何度も何度も誓ったが、改めてもう一度、観光目的の旅行は決してしない宣言をひとり静かにしたのだった。

    誓いの後、数分のお散歩でアマンに戻る。来た道を戻って白壁の赤い門を探せばいい。ただし、似たような赤い門は幾つもあることに帰りになって気付いた! それ位、アマンとの境界線はごくごく目立たない自然なサマーパレス的風景の中に溶けこませてあるのだ。こういうのって格好良い、好きだ。

    渡されていた携帯電話でスタッフに連絡を取ると一、二分で赤門がギギーと開き、壁の向うから現れた白制服スタッフがおしぼりと水をお盆にのせて「お帰りなさい」と差し出した。この光景、道行く観光客には少しばかり目を引いた様で、赤門の向うもサマーパレスの続きと勘違いした観光客がスタッフに、どんな観るべきものがあるのか訊ねて来る。「そうではない。此処から先は、ホテルなのだ」と困惑して答えるスタッフ。その問答の様子を気持ちよ?くしみじみと味わうこの私。この快感こそ、アマンだけがこの私に与えてくれる快感…。


    インドアマンからの疲れが
    どっと出て、
    不覚の八時間睡眠…。


    お部屋に戻り、湯舟に浸かってあれこれ真剣に考える。今夜これからでも可能なすべき事、明日の内には済ませておきたいすべき事、明後日には絶対にしなければならないすべき事。ひとり湯舟で真剣勝負をしている私。頭の中が猛烈に忙しい。

    たぶん、今、この私が世界一忙しく、世界一幸せかもしれない。

    夕食はルームサービスで取る事にした。記念すべきアマン北京の初ダイニングだ。細いネギをまぶした焼そばは、一見するとごく平凡だが口に運ぶと稀な非凡さがきらりと光る秀逸な一品で◎(55元++・約911円)。色鮮やかな緑の青菜の炒め物はオイスターソースの加減が程良く○(75元++・約1242円)。オーダーの際に「ライスは付くのですか?」と尋ねた。バリアマンのイメージで訊いたのだが、「それでは今回はサービスでお付け致します」とのお答え。油っこいお料理に美味しい白いご飯がすすむすすむ。ミニバーの青島ビール(小瓶・45元++・約745円)の爽やかな辛口が、火と油の産み出した深く静かに美味しいお料理と共に私達の舌と喉を唸らせた。私達お互いに本当に目を合わせながら「ウーン(イケる!)」、「ウーン(ホントだ!)」と唸り続けていたのだった。

    夕食後、10:30PM頃から爆眠開始。2:30AMにウェイクアップコールしてもらったが起きられず、結局6:00AM起床。溜まっていたインドの疲れと受け留めたばかりの中国の疲れを取るにはこれ位の睡眠時間はやはり必要だったのだろう。インド、中国と続いたこのツアー中、今回初めて熟睡した気がする。お陰でせっかくの天蓋付きベッドの天蓋をよく味わう事もなく、人生の中に約8時間の空白時間をつくることとなった…。

    実は今回、日本人スタッフの智恵さんに、「HJ誌には出来ればお食事代金については書かないで下さい。本当にしばしば料金の変更がありますので」。この理由は納得出来ない。

    であればHJ誌の誌面、特に偵察記の大半は成り立たなくなってしまう。料金の変更はあっても当然、それはホテル側にその権利があるのだし。「食事代が以前よりも高くなった」。それを言われる事に何故それほどまでにナーバスになるのだろう。

    であれば「室料がぐんぐんと高くなって行く」。これを言われている事にこそ、もっとナーバスになって頂きたいものだ。いずれにしても、料金の変更はホテル側の当然の権利、堂々とやれば良いのだ。

    二日目の朝、
    名残惜しさに切なくなり
    延泊してみようかと…。


    8月14日(金)。嫁さんが朝っぱらからお腹が減ったとうるさい。で、早速ルームサービスをオーダーし始めた。美味しいおだしの良くきいたお粥は七種類の漬物・珍味と一緒に楽しめて、楽し美味しくて○(55元++・約910円)。揚げパンも付いていたが、これはあまりいただけなかった。中国茶はあまりにも普通で□(50元++・約828円)。嫁さん曰く「特に感想もない」だそうだ。

    9:00AM、カルチャールームで智恵さんと打合せ。そしてこんなの私自身アマンで初めての事だったけれども、何と一泊延泊と帰りのエアーチケットの取り直し再手配にチャレンジしてみたくなった。だってまだ昨日着いたばかりなのに明日にはもう帰らなきゃいけないだなんて、あまりにも切なく想ってしまったから。幸い、延泊しても日曜日中には日本に帰れるし。問題はエアーチケットの取り直しの可否と料金が一体どうなるかだ。依頼をかけてもらって回答を待つ事にした。

    そしてお写真タイムスタート。ところがこのアマン北京、建物内のパブリックスペースはどこもややほの暗く、私のようなずぶの素人観光客カメラマンには鬼門難所が連続する。リゾート内をお散歩しながらの智恵さんのトークが段々といつの間にか、とっても熱いトークへと変貌してゆく。「将来の夢、オーストラリア時代、アマンガニ時代、バリ・アマン時代、アマンプロ時代、そしてアマン北京でのお仕事について…」。何よりうれしかったのは本誌48号掲載の私のアマンガニについて書いたホテル偵察記を読んでいてくれた事。こういう快感もアマンでしか得られない、間違いなく絶対に!

    第1回お写真タイムが無事終了してロビーに戻るとエアーチケットの見積もりが出ていた。二人で5600元(約84000円)はやはりお高い。そもそも関空?デリー?北京の往復チケット代金を約16万円(2人分)を既に支払った上での追加代金である訳だし。とは言うものの、その場でキャンセルするのも何処か心残りで保留にした。

    早くもお腹が空いて来た。昨夜が中華、今朝がお粥だったので、西欧料理のザ・グリルでのランチを選択した。ザ・グリルに向かう途中でGM登場。レストランまで我々を丁寧に案内し、お薦めだと言われるままに席に着くと今度はお薦め料理の説明を始めた。が、聞いていると「○△□ステーキ! ○△□ロブスター! ○△□スペシャルソース! ○△□ワイン! ○△□シャンパーン!…」と、どうやらディナーのフルコース並みのご馳走をペラペラと流暢過ぎてわからない英語で説明して来る。結局はメニューを見て自分達でじっくり選ぶことにした。

    嫁さん、「私が『お薦めは何?』って聞いたからだね。あんなにたくさん言いだすと思わなかったよ」とメニューを見ながら涼しい顔をしている。

    蟹のフライバーガー&コールスロー&フライドポテトのセットはまずまずの美味で○(128元++・約2120円)。チーズをのせたミニステーキのサンドイッチ&サラダ&フライドポテトのセットは食べごたえ充分だが肝心のお味は微妙で△(138元++・約2285円)。中国人スタッフとの間で英語が通じずに悪戦苦闘。


    スタンダードルームは
    その位置と言い、風体と言い、
    とてもアマンの部屋とは思えない!


    昼食を済ませると、当初予約した一番スタンダードなカテゴリーの「ゲストルーム」をとっても見たかったので案内していただいた。

    まず驚いたのは、このカテゴリーと次の次のカテゴリーは、ゲストを迎えるメインエントランスのロビーラウンジからいったん外に出た場所に位置している事。まったくの「蚊帳の外」といった感じなのだ。もちろんヴィラ形式ではないので、宿泊棟の何棟かの中に部屋が詰め込まれているわけだ。その位置と言い、風体と言い、まるでスタッフ様の宿泊棟の様だ。

    そして、部屋に通されると更に驚く。バスタブがないと知っていたので想像はついていたが、とにかく狭い、アマンの部屋とはとてもじゃないけれど思えない!のだ。ソファーセットさえ置いてないので、最近の日本のましなビジネスホテルよりも劣ると言っても言い過ぎではない。小さなライティングデスクのみがどうやらこうやら壁にへばり付いている。これで550ドル++というのだから本当に驚いてしまうし、アップグレードされて本当に良かったと思わず胸を撫で下ろしてしまった。

    次のカテゴリー「コートヤードゲストルーム」(室料650ドル++)はこれとほぼ同じ内容の部屋がコートヤード(ヴィラ)内に位置しているというもの。実際に、私たちのコートヤード内にも存在していて、3人一組のゲストがヴィラと合わせて宿泊している様子だった。嫁さん「ヴィラにはバスタブがあってゲストルームにはないわけでしょう。ゲスト同志でもめないのかなぁ?」と、なるほどと思う感想を洩らしていた。

    次に案内されたのが、同じ宿泊棟の中にある「スイート」(室料850ドル++)。「当初、田中さんにはこちらでご案内する予定だったのです」と智恵さんもこの部屋にはちらりと自信をのぞかせた。もしここだったらそれでも2段階のアップグレードになっていたわけだ。まず、さすがに広い。ゆーったり出来るソファーセットがドーンとある。でかいバスタブも。これなら一応はアマンの部屋だ。ここでも充分にアップグレードに満足感謝していただろう。私たちの部屋はこれよりもさらに一段格上の「デラックススイート」(室料1100ドル++)、コートヤード内のヴィラだから、これまでショウルームしたタイプとは全く別格のカテゴリーだ。改めて嬉しさがこみ上げて来た。

    「ちなみにショウルーム時のお写真ですが、ビジターのお客様にはお断りしています。宿泊のお客様だけに限らせて頂いております」と智恵さん。非常に良く理解出来るルールであり、必然の成行きだ。

    ただ、私はこのようなルール・取決めがアマンリゾートに必要になってしまっているその事自体が非常に気になってしまった。たとえば、モヨ島、パマリカン島、あるいはインドの平原テントに誰がわざわざ見学に来るだろうか? 辿り着いた時は泊る時。アマンはそういう場所でなければならなかったし、またそういう場所であり続けて欲しかったのだが…。

    ビジター観光客の見学を容易にしてしまった事それ自体、想定されていた事とは言え、シティアマンの産み出した負の要素と言わざるを得ない。


    何とまあ贅沢な屋内プール。
    しかしこれは、
    本来のアマンのお仕事ではない。


    街歩きから帰って来た後、初めて屋内プールに遅い昼寝をしに向かう。下見時にも思ったが、何とまあ贅沢なプールだ。どこの超高級シティホテルのそれと比較しても遜色はないであろう。屋内まして地下にある事を活かして変に明るくしようとはせずに、逆にこのほの暗さをアマンお得意の間接照明で最大限に演出している。グランドハイアット東京の屋内プールを更に数段格好良くした感じだ。サイドテーブルに運ばれたおしぼり、甘いソースでいただくお団子とシャーベットのスイーツも贅沢の限りを尽くした演出だ。

    ただ想う。この人工的な贅沢はやはり第2番に位置するものであって、最大の贅沢とは自然のもたらしてくれる恵みをそのまま享受する事の方だ。間接照明でグッと雰囲気を演出した室内プール…。眩しいほどに青い空、緑の木陰に守られて、太陽の光にきらきら輝く水平線をじっと見つめる…。

    迷わず後者に軍配を上げるのは私だけではないだろう。そして、後者こそが最大の贅沢であることを一番私に教えてくれたのが、他でもないアマンそのものであった。

    だからこの屋内贅沢プールは本来のアマンのお仕事ではない。よそのホテルチェーンに任せておけばいい仕事だ。

    そんな事を考えながらパンフレットを眺めたりデジカメをチェックしていたら、いつのまにか熟睡してしまったようだ。8:00、嫁さんといったんお部屋にもどる。いろいろと身支度を整えて9:00になったらお部屋にディナーのお迎えが来てくれた。


    物凄く過剰な演出の
    ディナーの後は、
    貸し切りシアター。


    ここで何ともうれしい演出が。三輪自転車に乗ってゆーっくりとまずはメインエントランスまで向い、そこからわざわざ遠回りしてダイニングパビリオンに向かうというもの。うれしいやら気恥かしいやら。ディナーは智恵さんのお話通り、ミュージシャンのパフォーマンスとロマンチックプライベートダイニング専用のゴージャスなパビリオンにゴージャスにセッテイングしていただいた。

    何がゴージャスって、このパビリオンの位置が池に突き出す様に目立つ場所。屋根が横浜中華街の高級中国料理店風の大げさなあれ。テレビのクイズ番組だったら歴代チャンピオンが座る様な所なのだ。真っ赤なテーブルクロス、キャンドルライト、赤い花、湖面に映える向う岸のアマンのバーラウンジ。ここまでされたらここまで来ると、本当に見事にロマンティックだ。池の対岸にあるバーラウンジからは、私たちが物凄く目立って見えているはずだ。まるでガーデンウエディングの新郎新婦の様に!

    大興奮の内に大期待して臨んだディナーだったが、意外や意外、そのお料理のお味たるや実に平々凡々なものであった。麻婆豆腐は何とも普通で□(68元++・約1126円)。鶏肉の照焼きもこれまた普通で□(78元++・約1292円)。水ギョーザはまたまた普通で□(78元++・約1292円)。いやあ、この物凄く過剰でロマンティックな演出の中でごくごく普通の三連発とは驚いた、決して不味い訳ではない、普通に美味しいのだけれど。そんな中でもやはり、中華にビール(45元++・約745円)は良く合う。喉ごし最高、流石にすすんで二人で3本空けてしまった。

    食事中、ランチで見かけたメガネの女性マネージャーが挨拶にいらした。ワイン専門マネージャーだそうだ。嫁さん、「ワインは美味しいし大好きだけれど、私の場合飲むとすぐに眠くなってしまうんです」。マネージャ氏、「実は私もそうなんです」。そして、中国第二のアマンとなるアマンファユン(杭州)は美しい湖畔にあって、非常に静かできっといいリゾートになるでしょう」と我々を上手にそそのかしてくれた。

    夕食後にミニシアターでの映画鑑賞を予約していた(無料)。いざという時のために地下に用意された王様専用の核シェルターのようなこのミニシアター。そこに向かうアプローチの見事さ、その感激については前編で触れた通りだが、シアター内には21平米のスクリーンに皮張りのリクライニングシートが37席。これを私たち二人だけで独占出来る贅沢さ。うれしくってたまらない。

    いよいよ二人だけのために上映開始。このタイミングでドリンクとポップコーンの大サイズ(!)が届けられた。映画が始まる前に既に大満足! リクエストした映画は「007・カジノロワイヤル」。ストーリー展開を理解しなくてもいいから楽でイイ。嫁さんは大ファンだ。が、始まって10分で超爆眠スタート。私も大半はウトウトしていた。これも含めて映画って楽しい、その世界に入ろうが入るまいが、時々入ろうが入るまいが自由だもの。そして、何故だか終わるとスッキリ頭が冴えているものだ。エンドロールのちょうど良いタイミングで大劇場よろしくスクリーンに幕が降り、場内が明るくなった。ああ良く寝た、ああ気持ち良かった。


    嫁さんの寝顔を見て
    「こいつをずうっとアマンに
    連れて行き続けよう」と誓う。


    夜も更けて、時刻は既に11:00。嫁さんは先に部屋に戻り、私ひとり何をしたか。アマン北京の夜の姿をカメラに収めるべく、深夜の館内散歩をしながらひとりシャッターを押し続けた。シアターまでのアプローチ、ロビーラウンジ、メインエントランス。だーれもいないアマンって大好きだ。私とアマン二人きりで思いっきりしみじみ出来るから。

    ちょっとだけ外に出てこのアマン北京の大正門に向かう。そこには、見つけた! めっけもん! の光景が…。何人ものスタッフが大正門の巨大な壁・柱に脚立を使ってよじ登り、この大アマン様の大正門を清掃し磨き上げているではないか。写真を撮って良いか訊ねると、面倒くさそうに「公にしなければ良い。個人で楽しむだけならば」みたいな事を答えた。ならばとバチバチ撮りまくらせて頂いた。この深夜の大清掃だが、無理もない。深夜でなければ、こんな大掛かりな全部の汚れを落とす大作業をまさかゲストの目にさらす事など出来るはずもない。それだけに深夜のひとり散歩でしか決して見つけられない今回の私の大収穫であった。

    部屋に戻ると嫁さんは爆睡中。溜まりに溜まった重たーい疲れを、体中全部から一旦全部抜き出して、その上で生きるに必要な全部のエネルギーを全部補充している、そんな全部全部の、こちらも静かな作業の進行中であった。見ているこちらが気持ちイイ位のいい寝っぷり! 

    そう言えば以前に嫁さんが眠りながらニヤーと笑みを浮かべた事があった。起きてから「今日どんな夢見たの?」と聞いたら「アマンでシャンパン飲んでる夢だった!」と答えた事があって、その時私は「そうか、よおし、ならばこいつをずうっとアマンに連れて行き続けよう」と心に誓ったものだった。

    さて、私はと言うと、オチオチと寝るわけにはいかない。何せこの6泊8日の「インド・中国二つのアマンを巡る記録取材ルポツアーの最終章」を迎えているのだから。この今こそ、最後のしみじみ、最後の記録、最後の感謝を、あと数時間で迎える事となる夜明けまでに全部全部全部、修了完了達成しなければならない。アマンと嫁さん、そして私。「三者全員」揃って同時の全部作業。へんてこりんな一体感を確認しながら、深夜の静かな大作業に勤しむ私であった。

    こんな時のためにアマン北京の用意してくれた甘菓子(クッキー、チョコレート、アプリコット)をつまみながら、こんな時のためにアマン北京の用意してくれた大量の鉛筆をなめなめ…。


    最終日の朝。
    カウントダウンタイムは
    慌ただしく過ぎ…。


    8月15日(土)。人生で一番充実の一番孤独を楽しんだ夜明けは意外にも早く来てしまった様だ。朝のサマーパレスにお別れを言いに行くか、それとも時間がもったいないから敢えてホテル内に駐留しつつ、しみじみし続けるか…。本当に本当に考え悩み苦しんだ挙句に出した結論は、やはりサマーパレスにもお別れをしておかなければ、というものだった。

    7:30AM、スタッフに電話して急きょガイドをお願いする。「ノープロブレム!」このフレーズにこの抑揚、世界中のアマンに共通するひとつの言語のごとく受話器の向こうから耳に届く。

    ほどなくスタッフがお散歩グッズセットを届けてくれて、いざサマーパレスにお別れ早朝散歩ツアーのスタートだ。例のあの大きな赤い扉を開けると、そこから先はもう既にサマーパレスの敷地内だ。わずかなお散歩の後に到着してしまうクンミンレイクの畔は、早朝とは思えないほどの早くも人人人の渦が湧き上がる様に出来上がってしまっている。呆れ果ててしまい、疲れ果ててしまう。まだ早朝と言える時間帯、此処が世界一人口密度の高い場所なのではなかろうか、と本気で思いこんでしまうほどの驚きと呆れと疲れだ。

    静かでさえあればさぞ美しいであろうクンミンレイクの畔で、その風情をぶち壊す、ぶつかりそうな位の人の多さを傍目に、私はお別れのコメント・挨拶をアマンスタッフの構えるDVDカメラに向かってスタートしたのだった。その最後のコメント・挨拶は、溜息、感謝、安堵、疲労、充実、希望、回想…の想いを順不同に繰返しながら。

    部屋に戻ったら嫁さんも既に起きていて、何だか殺気立っている。嫁さんなりに私とは違った視点から、あと残す数時間のアマンへのお別れカウントダウンを逆算しているようだ。

    一応、本当に一応、智恵さんにエアーチケット再手配の料金について最終確認してみた。チケット代金が昨日確認したよりもさらに高くなっていて、ここで最終的に延泊を断念。

    残された短いカウントダウンタイム。私は、以下の計画で臨むことにした。
    GMと智恵さんとのお写真→プール→ジャクージ→お部屋写真→リゾート内写真→入念な精算→智恵さんにご挨拶→チェックアウト。

    ちなみに嫁さんの方は、GMと智恵さんとのお写真→サマーパレス散歩→ランチ→チェックアウト。嫁さんの計画は、常に私よりもずっとゆったり満喫コースだ。

    大いに盛り上がった大興奮のお写真タイムについては、誌面のスペースの関係上、割愛させていただかざるをえないのが実に残念だ。

    4人合同のお写真タイムの後は各自それぞれのポジションに戻るが、私が一番忙しいに違いない。

    最後の「プール&ジャクージでくつろぐ」をやりながらも頭の中でやり残しが本当にもうないものなのか、ぐるぐる真剣に考えをめぐらせる。史上最も気忙しいジャクージ男であったに違いない。

    部屋に戻ると、嫁さんもサマーパレス散歩から戻って来ていた。もう既にランチをルームサービスでお願いしたと言う。私が最後のバスタイム、スーツケースその他の身支度、精算に向かう下準備…と猛烈な忙しさの最中、嫁さんのオーダーしたそのチャーハンが届いた。

    嫁さんの「少し食べるかい?」に部屋中を駆巡りながら「サンキュウ」と腹の減っていた私。一口二口超慌しく頬張りながら実は驚いていた。「何て美味いチャーハンなんだ!」。芳ばしさ、米のパラっと乾いた炒め具合、米一粒一粒のほど良い硬さと存在感、そのすべてが絶妙で大満足の◎(78元++・約1292円)。これは絶対偶然に違いないだろうけれど、どうも、此処アマン北京は、ルームサービスが全部粒揃いの絶品で◎、レストランだと弱冠微妙で○もしくは□。こんな方程式が私たちの中で出来上がってしまった。


    インド・中国アマンの旅。
    巨大な楽しみの後の
    空しさ哀しみ…。


    さあ、いよいよ「精算」である。
    アマン・デリー同様何事も起こらないといいが。最後に後味の悪い思いはしたくない。ただこれまでがこれまでなだけに、正直心のどこかで何が起ころうと慌てまいという、何だか不思議な覚悟をしつつ、ロビーラウンジに向った。

    精算完了。結論から言うと何事も起こらなかった。私自身の付けていた記録結果とすべて一致したのである。これで当り前なのだが。それどころか、お願いしたDVDディスクの買物は代金のみで手数料としてのサービスチャージは付けず、インスタントコーヒーのみ智恵さんが事前に了承を求めたその通りに15%のサービスチャージが付けられていた。極めて良心的である。部屋にセットされていたテーマ音楽CD3枚のコピー、延べ3回お願いしたサマーパレスガイド、市街地までのサイクリングとそのガイド、ロマンティックプライベートダイニングのセッティング、ミニシアターの貸切、等々は説明されていた通りに無料であった。ああ、何事も起こらない精算って気持ち良い。

    精算書に真剣に目を通し電卓で確認する私。私以上に真剣な眼差しでその成行きを見つめる智恵さん。アマン・デリー同様、これまでのアマンでの精算トラブルが情報として伝わっている様だ。でもそうでなければ困る。あれだけの事があれだけ起こったのだから。

    最後に智恵さんより、「今回のアップグレードですが、田中様に特別にさせていただいたものであって、他の日本からのお客様にいつもこのようにして差上げられるものではありませんのでお含み置き下さい」。

    何だか少しばかり「?」な説明である。そもそもアップグレードって原則的には不公平・理不尽なものなのだ。それを分かっていてその上で、ゲストはたまたまの幸運を喜んだり、ホテル側のたとえばリピーターに対する誠意・配慮・サービスに率直に感謝しているだけなのである。だから、どんなにご常連様のゲストであっても「アップグレードがない」ことに不満を持つのはおかしい、絶対に。いや、本音では正直いろいろあるにせよ、それをホテルに主張してはいけないのだ。この私も、それをアマンに言うことは将来に渡って絶対にないと言い切れる。それはただのおねだり、あるいはダダをこねているだけと言うものだ。

    その内にゆっくりとチャーハンのランチを終えた嫁さんがロビーラウンジにやって来た。「精算終わったの?」。全くいい気なものだ。

    そしていよいよクライマックスのチェックアウトを迎えた。送迎ボルボの前で、最後の記念写真。ああ、これでずっと楽しみにしていた、このツアーも本当に本当に終わってしまうんだ。巨大な楽しみがその終焉を迎えると、空しさ哀しみも想像以上に巨大である。

    行きと同様、愛想のまったくないドライバーの操るボルボは、市街地を抜けるとほどなく高速道路に入ってしまった。

    そう言えば、アマン北京で無愛想なのは、送迎ドライバーだけではない。ホテル内ですれ違うスタッフも例外なく笑顔ひとつありゃしない。ちなみにおっさんドライバーは何の挨拶もなく、ボルボと共に立ち去った。

    機中ではずっと爆眠。関空に到着、奈良駅行きのリムジンバスに間に合って良かった。奈良駅のバス停のベンチで嫁さんにスーツケースと一緒に待っていてもらって歩いて勤務先の駐車場に。コンビニで夕食のお買物→社宅到着→スーツケースから一切合切を取出して、洗濯物を洗濯機にぶち込む。コンビニ弁当を電子レンジでチンして嫁さんと「乾杯!」。インド・中国二つのアマンを巡る6泊8日の旅は終わった。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.79&80 2010年4月&6月発行号 掲載記事より抜粋。



    アマン・ニューデリー(インド)


    アマン・ニューデリー決算書

    合計 351,950円


    ■深夜のデリー空港、
    待てど暮らせど、
    お迎えが来ない!


    8月8日(土)、01:40AM、深夜デリー空港到着。さああ、ザ・マナーホテルのお迎えはどんなかな? と楽しみに出口に向かったが、いない! どんなに目を凝らして何度も何度も捜してもいない。オベロイやハイアットなど他のホテルのお迎えは何十人といるのに、ザ・マナーだけはいないのだ。

    うろたえる我々の様子を見かねたスーツ姿の男性が話しかけてきて、携帯でマナーに電話を入れてくれる。その結果、お迎えの予約が入っていないと判明! その親切な男性が「タクシーでホテルに行ってからタクシー代はホテルに払ってもらいな」と言ってくれるが、タクシーって不安だし、ホテルが代金を払う保障はないし…。「アイ・ウェイト!」。ホテルのお迎えを待つ事をきっぱり宣言する。

    待つこと約四十五分間、来た! が、お迎え男は何の挨拶もなく、スタスタと駐車場まで歩いて我々を先導する。空港前の道路まで歩いた後、車を移動させるからここで待っていて、と言われて待っている間に雨がぱらつく。車到着、実に普通の白の4ドアー車。このお迎え男、運転スタートと同時にせきを切った様にしゃべくり始める。「夜中に突然あなた達を空港に迎えに行くよう叩き起こされた」とのこと…。


    ■「ウェルカム」ドリンク、
    勧められたけれど、
    フリーじゃないものって…。


    約四十五分後、車は静かな住宅街に入ってザ・マナーホテルに到着。小さなロビーの脇が改装中だ。オレンジ装束の男性スタッフが出迎え、「空港お迎えの件は我々の方にはノーインフォメーションだったのです」と弁解。

    この件とはまったく関係なく、予約した「スタンダード」税サ別で七千五百ルピー(約一万五千円。一ルピー=二円として計算。以下同様)から「ジュニアスイート」税サ別で一万二千七百五十ルピー(約二万五千五百円)にアップグレイドされた。今回、ここはアマンのコロンボオフィスを通して予約した。スタンダードルーム+朝食+頭か足のマッサージ+空港ホテル間の送迎片道サービス+インターネット接続で税サ別六千五百ルピー(約一万三千円)のお得な宿泊プランを利用した。

    「何か飲物は如何ですか? コーヒー、紅茶、ジュース、ビールもありますよ」「フリーなの?」「ココナッツジュースだけはフリーです」「じゃあココナッツジュースを下さい」。フリーかどうか確認して良かった…。

    深夜でもしつこく暑い館内を階段で二階に上り、部屋に通される。

    通されたジュニアスイート09号室は、まあまあ広いシンプルだけれどシックな感じの落ち着ける部屋。最初にこの状態をDVD&写真撮影で残したいのでベルボーイにすべてのライトをONにする様お願いする。撮影が終わって軽い荷解き、大理石風のバスルームのバスタブにじゃぽん。シャワーブースがせまい! お湯で髪の毛バサバサになる。トイレ流すのに結構な力が必要で大変。シングルシンク。部屋のカーテン開けると管理オフィスビュー。

    館内のエクスカーションもしたい。でももう5:30AM、ウェイクアップコールを6:30AMに頼んで就寝。始発電車らしき音が近くに聞こえる。


    ■「どうもおぉー」
    デリーアマンのお迎えは
    元気な日本人女性。


    8月9日(日)11:15AM、アマンのお迎えが来た。窓の向うに元気そうな日本人女性、シミズヒサヨさん。ザ・マナーホテルのレセプションに入るや「どうもおぉ、田中様ですよねえ。ヒサヨですうー、よろしくうー」。ソファーに腰掛け嫁さんとトークスタート。

    私はビル(請求書)の確認、ホテルガイドやダイニングメニューのコピーの依頼、DVDカメラとデジカメで館内撮影の最終チェックと猛烈に忙しい。

    ヒサヨさんが空港での件をお詫びしてきた。「今朝は空港で大変でしたよね。本当に申し訳ございません。私共のコロンボオフィスに確認したらアマンからザ・マナーホテルには確かにお迎えのお話をしておりますので、何かの間違いが起きたとしか考えられません。いずれにしてもホテル側のミスです」。

    日本人同士だとこういう具合に物事が流れる。こちらから何も言わないのにきちんとお詫びして来たし悪い気はしない。

    アマンのホームページで何度も見つめたラグジュアリーなアマンカーに乗りこみ、アマンに向かう。車内におしぼりと水はあるけど勧めてはくれない。BGMを頼んだらインド・クラシックのフルート演奏をかけてくれる。革張りのシートにアマン・ニューデリーアマン北京のニューパンフレット、思わずよだれが出る。ヒサヨさんが滞在中の世界遺産観光と買物を勧めてくれ、車代とガイド代金はコンプリメンタリーだとのこと。

    ほどなくアマン・ニューデリーに到着。大通り沿いだ、ビルディングだ、本当にシティホテルだったんだ、これが第一印象。ゲートで厳重なセキュリティチェック。アマンカーの車体後部、車体下部、トランク内、こんな事初めてだ。

    そびえ立つホテル棟は淡いベージュの石を積重ね組合わせた形のビルディング。本当に一見何の変哲もない普通の高級シティホテルだ。鮮やかなオレンジ色のマリーゴールドを水に浮かべたりオブジェの象にまとわせたりしている。

    アマンカーを降りると待っていたのは麻のトレーニングパンツ風の白人男性、GMのアントニー・トレストンさん。ただ、館内に入る前に再度ゲスト当人のセキュリティチェック。アマンの敷地内で持物検査、ニューデリーってそんなに危ないところなの?


    ■部屋のプールからは
    裸でニューデリーの
    街が見下ろせる!


    エレベーターで九階に上がって通されたのは、スタンダードなカテゴリーのアマンルームの801号室。このアマンルームは圧巻の素晴らしさだ。使い勝手もものすごく良さげ。ひと目で全体を見渡せる、けれどたっぷりゆったり出来そうな広さ。手前にニューデリー市街地の道路網、意外に豊かな街の緑、左にタージマハルホテル、正面向うに世界遺産のフマユーン廊と抜群の眺めの良さ。白とダークブラウンのバランスがほどよい壁と黄土色の絨毯が深いブラウンとどっしりとした黒の家具・調卓品を包んでいる。簡単に言えば、趣味が良い、とっても落着く、居心地最高、そしてカッコ良い。

    プライベートプールがまたすごい。それなりに泳げる広さと充分な深さ、そしてプール部分の天井のまた高いこと。鳩が平気で迷いこんで来ている。天井を見上げてあの高さまで私たちだけで占有している事の贅沢さ! プールから一段上ったスペースに大きなこげ茶色のソファーマットレス。ここから裸でインドの首都ニューデリーの街を見下ろせるのだ。どんなにか気分が良いだろう。室内にどっしりゆったりと置かれたライティングデスクを前に、「書くぞー、使うぞー」と武者震い。

    広-いテラスにもどーんとテーブルセット(日中は暑くて使えない)、プール脇のバスタブとシャワーには何回お世話になろうか、ダブルのシンクは嫁さんの出撃前の楽屋裏だ。スーツケース棚と洋服棚とセーフティーボックスが隣合せで、唯一わずかに狭さを感じさせる空間。 

    正面テーブルにウェルカムカードと真っ赤なウェルカムフルーツ(一種類だけなのがスマートで素敵だ)、カクテルグラスに真っ赤なウェルカムドリンク、そして冷えた白ワインがフルボトルでセットされていた。日本人スタッフのヒサヨさんが「私どもから昨夜のお迎えの件のお詫びです」。

    あの不安、あの動揺とはとても簡単には引換えられないが、それでも素直にお詫びの気持ちは受止めさせていただいた。ミニバーのソフトドリンクはコンプリメンタリー。

    ヒサヨさんとエクスカーションと外出先の食事について打合せをした後、館内ツアー。ラウンジという名前のライブラリーは、私たちのお部屋の素敵さと甲乙つけ難い、キム・ロビンソンなるセレブ御用達のヘアーサロン、ここまでやるかの贅沢スパ、ワインセラーとシガーバーは我々には使いこなせるはずがない。ブティックはこれからオープンのようだ。

    メインプールは石壁の客室棟とレストラン棟に囲まれた超高級ホテルのプール然とした佇まい。正面にテニスコート、プールサイドにジムと軽食のとれるプールバー、無論しっかりとしたデイベッド、サイドテーブル、キャンドル立ては他のアマンに勝るとも劣らず健在だ。

    ダイニングについてはまず大きくジ・アマンサイドとザ・ロディサイドの二つに分かれる。

    ジ・アマンサイドは縦長で、奥からタイ・インド料理の「ジ・アマン」、フランス懐石の「ナオキ」、軽食・アフタヌーンティーの「アマンラウンジ」。

    そして反対側に位置するザ・ロディは、一階がエントランスレベル、二階がアッパーレベル、地下一階がダイニングバール風の「タパス」(タパスとは小皿料理の意)になっている。二階天井一面にはアマンバグのウェルカムドリンクでも使われている金箔を総貼付けしており、壁は牛皮張り、ただインド人にはそうは説明していないのだとのこと。


    ■ご機嫌アフタヌーンティーの
    気分をぶち壊したのは
    BGM。


    遅いランチはアマンラウンジに行ってアフタヌーンティーすることにした。大きなテーブルにプチケーキが四種、クッキーが四種、フルーツケーキが一種並べられてご自由にどうぞのスタイル。この他にサンドイッチ、フライ、海老のパイ包みのフィンガーフーズをサーブしてくれて、これが美味。コーヒー、紅茶もお替りをサーブしてくれる。これで一人税サ別で五百ルピー(約千円)。

    お腹を満たしながらご機嫌にトークしていたら急に強烈な違和感を覚える事態が。BGMである。アマンのパブリックスペースで生演奏でないBGMを耳にした事はない。アマンウェラのラジオは論外として。それがここでは平然ととってもポピュラーな名曲のインストロメンタルが普通に流れているのだ。映画で何回も使われているような名曲のスタンダードの数々。いくら何でもこれはないだろう、いかんだろう。カンファタブルになってもカジュアルになってはいけないと思うのだ。これには本当に驚いたし、さすがに少し落ちこんだのだった。

    しばらくしてやってきたヒサヨさんと話し込む。その後ライブラリーに移動し、新発売のAMAN写真集をお借りする。部屋に戻って、プール、風呂、ベッドで仮眠、7:45PM起床、ディナーに出かけるため8:05PMレセプションに降りる。

    アマンカーに乗込み、日本食レストラン「たむら」へ。食事中、嫁さんが眠そうだが実は私もだった。店に頼んで、アマンにTELして今すぐにでもドライバーに迎えに来てもらうことにした。

    部屋に戻ると、しっかりとしたターンダウンサービスの形跡。ベッド脇にインド風の甘菓子と説明付の固形物(嫁さんが「食べ物ではなさそうだよ」と確認)、正面テーブルに果物。ライティングテーブルには決して読まないであろう地元インドの新聞。

    館内を散歩して夜のライブラリーとお部屋があんまり素敵なものだから、むさぼるようにシャッターを押してしまう。嫁さんが長風呂だ。私は3:30AMにウェイクアップコールを頼んで「飲物は?」と聞かれ「ノーサンキュー」と答えて就寝。

    1:00AMに目が覚めた時…これは初めてのアマン・ニューデリーで、初めて目覚めた記念すべき時間でもあるが…最高のアマンで、隣には嫁さん、あまりの幸せに「死にたくない!死んだらアマンにまた来れない。死んだら嫁さんと一緒にここに戻って来れない」。泣きじゃくりたくなるような切なさを胸に感じ、心でそう叫んでいたのだった。


    ■「平和なる場所」のはずが、
    部屋の真上から響く
    工事の音…。


    8月10日(月)、結局4:45AMに起床。アイスコーヒー、コーラを飲みながらこれを書いている。

    嫁さんが起き、朝食を部屋で取ることに決める。生まれて初めて食べるエッグベネディクト、税サ別で四百ルピー(約八百円)は濃い味付が複雑に絡み合って○、パンケーキ、税サ別で四百ルピー(約八百円)はあまりにも普通。

    8:00過ぎメインプールに出かける。冷たい水とおしぼりのサーブは健在。9:10になったら教えてとプールサイドのスタッフに頼む。水に浸かると、深い、温かい、気持ち良い。プールから上がるとマンゴーラッシーを持って来てくれた。寝ていたらGMが挨拶、そのうち女性スタッフが時間を教えに来た。

    9:22、部屋にもどって風呂、毛染めを済ませ、レセプションへ。エクスカーションに出発。ガイドはアマンオリジナルの黒Tシャツ(背中にスローガンみたいな言葉がプリントされている)にジーンズのエドワード。ドライバーはラケシ。彼がシートを前にずらしてくれないから私の座席は少しだけ狭い…。音楽(インドクラシックのフルート)も言わないとすぐにかけ忘れる。凄い渋滞の後、着いた所は、ハウスカースなる地域で「専門職人達のヴィレッジ(村)」と聞いていたが、私の勝手なイメージとは程遠く高級ブティックが点在しているだけの一角。

    デリハットという最高に楽しい土産物と雑貨の集合市場で嫁さんが、ランプシェードとしても使える木彫りのスツール、八百ルピー(千六百円)を本気で買おうか迷っていたので、「そんな物どうやって社宅まで運ぶんだよ!」。「社宅」と言う言葉で一瞬にして現実に、そして我に返った様子の嫁さん。物凄く真剣な売る気満々の店員をどうにか断った。

    アマンに戻り、部屋に入る。すると、部屋の真上から工事の音が響いている。いくらソフトオープンとはいえ、これには閉口してしまった。嫁さんはあきらめムードだが、私は「ここはアマンだろ。平和なる場所とか何とかかんとか説明しといて、これじゃあ平和なるどころか喧騒なる場所じゃないか。しかもここは一泊五百五十ドル++払っている部屋の室内だよ。一応ひと言だけは言わせてもらう!」。電話に出たスタッフに「ベリーノイジー。プリーズストップ、イミーディエトリー!」を繰返す。

    たぶん通じたのだろう、ほどなく工事の音はおさまった。「通じたんだな。静かになったよ」と言うと、嫁さん、「ちょうどインド人達の工事の休憩時間なだけじゃないの? また始まったら出かければいいじゃん」。二人で爆笑。3:30PMから昼寝、ずいぶんゆっくりして6:30PMに起きる。


    ■アマンであってアマンではない
    ダイニングバールに満足しつつも
    超複雑な心境に陥る。


    日本人スタッフのヒサヨさんに電話して、7:00PMにライブラリーで待ち合わせる。「騒音の件すいませんでした。アントニー(GM)も気にしてましたよ」とヒサヨさん。「でもちゃんと工事をやめてくれましたので」。日本人同士らしい会話だ。後で嫁さんが私に「『アントニーも気にしてたって言ってたけど、アントニーもうるさがっていた』と言う意味だったら笑っちゃうね」。二人でまた爆笑。

    ヒサヨさんが「お部屋にあるリゾートガイドの日本語版、あれ私が書いたんですよ」。いや、確か部屋にセットされてはいなかった…。そう言うと、「今すぐ確認します」と言って携帯電話で確認。「先ほどお持ちしましたと言ってますけど、確かになかったのですよね。ああ、またウソを言っている、こういう事、よくあるんです。こちらのスタッフは絶対に非を認めたがらないんです。いい子たちなんですけど。とにかくお部屋に戻ったら日本語版もセットしてありますので」とのこと。

    その後、メインプールを散歩。プールのオープン時間は朝8:00AMから夜8:00PM、プールサイドでの音楽の生演奏は夕方の5:00PMから6:00PMとスタッフが言うが、この時間については、聞く度、確認する度に異なる。そのうちに水とおしぼりとマンゴーラッシーとフルーツの串刺しを運んでくれた。

    部屋に戻ると、確かにリゾートガイドの日本語版がセットされてはいるが、今度は英語版がない。気に入っていた当初のCDも取り替えられていた。が、お願いしたカップ&ソーサーは使いかけだったのをきれいにセットし直してくれていた。

    8:50PM ザ・ロディサイドの地下一階、ダイニングバールの「タパス」へ。生ビールふたつ、税サ別で(以下同様)七百ルピー(約千四百円)。女性チーフのカビータが薦めてくれたガーリックの効いた三品は全部爪楊枝が刺してあって食べやすい。ぷりぷりの海老○、イカリングのフライ○、マッシュルームのソテー◎、これがお値段全部それぞれ二百ルピー(約四百円)程度。生ビールお替りとベルギー産ビール三百六十ルピー、嫁さんがノンアルコールカクテルのモクテル三百ルピー。またまたカビータお薦めのスパニッシュオムレツ□、鳥串焼き○。とにかくすべて食べやすくて美味しかった。会計は三千二百五十五・四五ルピー(約六千五百円)。アマンのダイニングとは信じ難いリーズナブルな料金設定だ。

    店内はフラメンコ風の情熱的なBGMが流れ続け、カウンター内のスタッフは我々の目の前で平気で紙パックのジュースを使ってカクテルをつくり、お客さん達は明らかに宿泊客ではない様子。つまり、この美味なる小皿料理のダイニングバール、ここはアマンであってアマンではない。六本木ヒルズ内の雰囲気の良いお値打ちなダイニング。そんな佇まいであるからして、リーズナブルで美味しいお酒とお料理に舌鼓を打ち、気持ち良くほろ酔い気分の我々は、超複雑な心境に陥った。


    ■スタッフルームに貼られた
    我々ゲストの写真と
    注意事項メモ。


    八階の部屋には毎度エレベーターで戻るわけだが、たいていスタッフが八階エレベーターホール前で待ってくれている。「どこで待機しているの?」と聞いたら、廊下の奥を曲がってすぐのところまで案内してくれ、「このスタッフルームですよ」と実に気軽に中に通してくれた。

    エアコンの効いていない超蒸し暑く狭苦しい部屋の壁には、八階に滞在中のゲストのパスポート写真のコピーが張られている。ゲストのチェック(リクエスト)メモに我々の事を「明日午前中にエクスカーション、カップ&ソーサー必要、レセプション近くの部屋が好き、インドのクラッシック音楽を好む、スパイス味が苦手」と書かれてあった。アマンジャンキーとは書いてくれていないのが大いに不満。

    10:50PM、いったん部屋に戻り、その後ひとりでライブラリーに行き、写真集を三冊借りる。

    非常口の位置を案内するペーパーによると、我々の801号室は少しだけ他のアマンルームよりも広いように思える。それとプライベートプールの天井のこの尋常でない高さ、これは八階最上階ゲストだけの特権であって、七階以下の部屋のプールの天井はこれほど高くはないのではないか、そう思っていた。この二点、深夜スタッフに一生懸命説明し、部屋まで来て確認してもらった。

    結果は、残念ながら違っていた。すべてのアマンルームは広さ・高さ共にすべてのフロアで統一されているとのこと。非常口案内ペーパーで801号室を多少広く表現しているのは、非常口が近いためにそれを強調するためのバランスの関係上との説明であった。残念だったが、事実を突き止め確認した事には納得、心地良い疲労感を覚えた。 今夜のターンダウンサービスのお菓子は和菓子に似たゴマ団子だ。


    ■スリー、ツー、ワン…私の合図が
    アマン中にこだまし続けた
    「お写真タイム」。


    8月11日(火)、4:30AMのウェイクアップコールで起きられず、5:00AM起床。5:30AM、アマンカーで約五分のドライブでロディガーデンに行く。

    ニューデリー市民憩いの場であるこの公園は早朝だと言うのに思ったよりも人が多いのにびっくり。皆さん、ひとしきり歩いたあとはヨガに没頭している。この公園、きれいに整備された広大かつ目に鮮やかな緑の芝生に約五百年前建立のベージュ色のドーム型遺跡が点在していて、そのコントラストが実に美しい。

    アマンは「ここでヨガ」という実に魅力的なエクスカーションを用意しているが、カップルに付き六千五百ルピー(約一万三千円)と、ちと高い料金設定。ところが、『ザ・マナーホテル』の方に頼むと一人五百五十ルピー(約千百円)、なんと,十分の一以下で同じ事が実現してしまうのだ…。

    6:40AM、アマンに戻る。お部屋で朝食。プレーンオムレツ、三百五十ルピー(約七百円)は至って普通で○、インド風マサラオムレツ、四百円(約八百円)は僅かにスパイシーでこれも○、ミューズリー、三百ルピー(七百円)も○。

    9:00AMにロビーに降り、「お写真タイム」。メインプール、アマン館内でマリーゴールドを編みながら歌を口ずさんでいる地元女性と、ライブラリー、シガーバー、ラウンジ、アマンカー前でヒサヨさんにシャッターを押してもらうこと、二十五回ほど。その約三十分間、私の「スリー、ツー、ワン、ゼロー!」の合図がアマン中にこだまし続けた。ヒサヨさんは一回毎に出来上がりをチェックしながら「最高」、「もっと最高」、「年賀状写真はコレに決まり」、「凄いです」、「もっと凄いです」と必ず何か誉め言葉を冗談めかしにおっしゃり、とてもとても大興奮の私をさらにさらに盛り上げてくれたのだった。

    部屋に戻って五分間だけ休憩し、アマンカーでエクスカーションに出発。向かったオールドデリーは興奮と熱気と喧騒の街。アマン・ニューデリーのホームページで見たそのままの風景が目の前で展開している事が私を興奮させた。

    ラウンジで「ジ・アマン」のメニューを見せて頂き、ヒサヨさんのアドバイスを受けながらランチのオーダーを決める。海老入りヤキソバ、七百五十ルピー(約千五百円)と迷った挙げ句に野菜とチキンと海老の全部入りチャーハン、千五十ルピー(約二千百円)を特別にオーダー、お部屋で食べる事にした。

    スタッフがセットするのを見ているだけで本当に美味しそう。実際食べたら凄かった。ヤキソバは薄い玉子焼きでヤキソバを包んだ凝ったつくりで味付け絶妙。具材全部入りの豪華チャーハンは、それぞれの材料の旨味・特長がチャーハンの中でひとつに融合。ここアマン・ニューデリーのめしも他のアマンに勝るとも劣らずにやっぱり旨い。

    そのうち外は凄い豪雨になった。今日一日の行動計画を全部終えた後の豪雨だったのでラッキーだった。


    ■メインプールで
    ガンディー・ファミリーと遭遇。
    監視対象となる。


    2:45PM、コーヒーを飲みながら日記をつける。3:30PM、嫁さんが寝ている。 雨がやんだのでメインプールに行き、待望の「アマンのメインプールのデイベッドでのお昼寝タイム」が実現。かれこれ二時間は寝たか、起きて時間を尋ねた相手はどうもアマンスタッフではなさそう。気付いたら同じく数人のセキュリティが物々しくトランシーバーで連絡を取り合っている。どうやら超VIPがプールサイドのジムをファミリーで利用中らしい。今このメインプールに一般のゲストは私ひとりだけ。と言うことはだ、この私の動き、それを監視されているというのか!? そんななか大胆にもタオルを剥いで泳ぎ始める私。警備員に緊張が走っているような気配が。プールサイドに上って事の成行きを見守っていたら、VIPがジムから出て来た。夫、妻、おばあちゃん、子供二人。夫がプールで泳ぎ始め、体格の良いおばあちゃんが私を睨みつけながらプールサイドを歩く。

    後でプールスタッフに聞くと、このファミリーは、政治家ソニア・ガンディーのお嬢様のご家族。お嬢様のプリアンカ・ガンディーとその夫で実業家のロバート・ワデラ、彼の実母と子供二人との事。アマンのダイニングで開かれる慈善事業パーティーに列席予定だそうだ。そう言えばこの日のメインエントランスは車の入庫が多くて大変な騒ぎになっていた。いよいよ遂にアマンもコンベンションセンターに成り果ててしまったということか。

    部屋に戻ると、嫁さんが見るからにディナー用の服に着替えている。ラウンジで「ジ・アマン」のメニューを確認してから、そこに入るかどうか決めることにした。そのうちにヒサヨさんが来て、「チキンのガーリックソテーでも作らせましょうか?」等々薦めてくれる。とりあえずは店内に入って、自分たちで決めることにするが、結局は薦められた海老のガーリックソテー、九百ルピー(約千八百円)とチキンのガーリックソテー、六百ルピー(約千二百円)をオーダー。

    インド音楽の生演奏がアマンのディナーっぽい。今宵はアマン最後の夜、酔っ払ってすぐに眠りこけたら台無しになってしまう。そう思ってビールを我慢しようとしたが、お料理の味に負けて後から注文する。

    部屋に戻ってからライブラリーにひとりで行ってインドの写真集、デリーの写真集、婦人画報のアマン特集号を借り、スタッフにもう一度部屋の広さと天井の高さの件を確認して部屋に戻る(我ながらしつこい)。

    ターンダウンサービス、今日は洋菓子風のプチケーキと洋梨とまたいつものあの固形物だ(これが何であるかは未だ確認していない)。

    その後、部屋のプールでしみじみ。プールの壁際で鳩が寝ている! 何て幸せ者の鳩であろう。バスタブでしみじみ。そしてこの最後の一夜を絵にして残したい衝動に駆られて、シャッターを押しまくった。

    そうこうしているうちに2:30AMになってしまった。4:30AMのウェイクアップコールを頼む。


    ■精算も今回は無事にすみ、
    最後の最後の瞬間まで
    「しみじみ」し尽くす。


    8月12日(水)、6:00AM起床。プライベートプールと風呂。

    実はシャワーブースの床の傾斜角度がへんてこりんなので、シャワーで使ったお湯が流れずにバスタブの脇に溜まってしまう。お陰で私はシャワーを浴びる度に、バスタブ側に溜まったお湯を自らの素足で(!)排水口までキックで移動させていた。私の泊まった801号室だけの事かも知れないが直してもらっておいた方が賢明であろう。

    朝食は7:00AMにルームサービスで。卵の黄身を除いて作ったホワイトオムレツ、四百ルピー(約八百円)はやはりどこか物足りず△、ハムチーズバゲット、六百ルピー(約千二百円)も△。パンが固くて口の中をケガしそうだ。

    8:00AM、GMとのお写真撮影のため、支度してロビーフロアに降りる。十五分遅刻してアントニー(GM)登場、麻のベストとパンツに白のシャツと少しばかりお洒落している。そう言えばヒサヨさんもいつにも増して服装に気合いが入り、我々は無論一生写真に残っても悔いを残さない服装でスタンバイOK。つまり、お写真撮影大会に臨むに当たって全員が気合い充分と言うわけで、これは素直にうれしかった。

    そこで計画通り、我々四人全員を他のスタッフに写真に撮ってもらい、そのお写真撮影風景を別のスタッフにDVD撮影してもらうと言う暴挙に打って出た。とにかく最高に痛快興奮快感至福を感じる事の出来る時間だった。わざわざこのためにアマンカーを象のオブジェ前まで移動させる手のこみようだった事も付記しておきたい。

    さあ、残された半日間、何をしようか。そう言えば、嫁さんと二人でメインプールに入っていなかった。億劫がる嫁さんに強く勧めてメインプールに。

    お部屋とパブリックスペース、エクスカーション、お写真タイム、アマンとデリー市街でのお食事、とやるべき事をほぼやりあげつつある安堵感と、本当の意味でのリラックスした気持ちで、メインプールの水しぶきを上げて二人ではしゃぎまくった。

    最終日のランチをどこで取るか。プールサイドのデイベッドか、プールサイドのプールバーか? 

    どちらにしてもすぐ近くなのでどうでもいい選択なのだが、こんな事でも「迷う」のが残りわずかな滞在時間の中ではけっこう楽しい。

    結局プールバーに陣取って、ジ・アマンのメニューをお願いし、野菜焼きそば、六百五十ルピー(約千三百円)とグリーンアスパラのソテー、四百五十ルピー(約九百円)、マサラティー、二百ルピー(約四百円)をオーダー。運ばれた焼きそばは前回の様にエッグネットに包まれておらず、言うと「作り直します」。

    部屋に戻ると、頼んでおいたビル(請求書)が届く。スタッフが「室料の一泊分はサービスで二泊分しかチャージしていませんから」とニンマリ笑いながら私にビルを手渡した。それはそれはうれしいことだが、何でだろう? 

    あとでロビーで会ったGMに一泊分無料のお礼を言うと、「まだソフトオープンなため、工事の騒音でご迷惑をおかけした」そのお詫びのしるしだ、との説明。確かに工事の音はひどかったけど、それにしても余りあるお詫びだ。

    9:37PM、そんなわけで、今回は、何のトラブルも疑問質問もなく、無事、精算を済ませる。何かご不明な点はございませんか? 慎重に処理を見守るヒサヨさん。その真剣さはこれまでのアマンでの度重なる精算トラブルの件が彼女の耳に入っている事を私に察知させた。

    最後のお風呂、最後の支度で結局11:00PM過ぎになってしまったので、アマンでの夕食は取り止める事にした。さあ、いよいよ本当のお別れだ。

    空港に向かう車の準備も出来たようなので、DVDカメラを回しながらロビー、エントランスへとゆっくり進み、アマンカーに乗り込む。

    暗闇の中でスタッフが、いつまでも手を振り続けてくれていた事が本当に痛いほどうれしい。


    ■○最後に…。

    アマン・ニューデリーにいると自然とヨダレが沢山出て来る。もうアマンが欲しくて欲しくて仕方のない「アマンジャンキーだけが自覚する特別なヨダレ」が…。このヨダレの量と満足度・快感度・アマン度は比例する、間違いなく! というわけで、ハート4・5。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.76&77 2009年10月&12月発行号 掲載記事より抜粋。



    アマンヤラ(カリブ海)


    アマンヤラ決算書

    合計 935,476円
    (アマンヤラから国際電話代としての返金分、10,841円を差し引いて)



    ■「実録」アマンヤラの精算トラブル

    私にとって十九軒目のアマンである、カリブ海のアマンヤラに、2008年6月1日(日)〜3日(火)にかけて二泊してきたことについては本誌68号の「ホテルCS座談」において、少しだけお話させていただいた。

    その際、アマンヤラへの再訪を問われ、「リピートしたいとは思わないですね」「ホスピタリティーは一切期待していません」などと発言させていただいたことについて、読者の方々から編集部あてに「田中さん、また何か事件でもあったんでしょうか?」と、お問合せがあったそうだ。

    ハイ、ありました。アマンでは毎度おなじみの精算トラブルが。それも、考えられないほどひどいレベルの…。

    アマンを心から深く愛するアマンティストとして、深く憂うことでもあり、今回、その詳細を時系列で追いながら、実録で書かせていただこうと思う。


    ■予約段階

    アマンヤラは室料二泊分と税金十%(二千四百二十ドル)を前もってデポジットする、と聞いていた。アマンガニもそうだったし、それはそれでいい。

    ところが予約後何ヶ月経ってもデポジットの気配が全くない。クレジットカードの引き落としがないのだ。さすがに心配になって、アマンのコロンボオフィスのミス・ピイリスさんに尋ねる。答えは「デポジット、行っていなかった様です。でも、予約は確かに入っていますので」。その後ようやくデポジットされた。オイオイ大丈夫なのかよ。この時点で既に不安がよぎった。


    ■出発前

    空港までの送迎は無料と聞いていたが、今回我々がチェックアウト後に向かうのは、空港ではなく後泊ホテルのコンフォートスイート。無料で送ってもらえるかピイリスさんに尋ねると、「無料でお送りします。そして、ディナーの後にアマンヤラを発つとの事なのでお部屋を夜まで無料で使える様にプッシュはしておきます。田中さんはお得意様なので。ただ、その日の状況次第では無理かもしれませんのでご了承下さい」との回答であった。


    ■滞在中

    最終日の午後三時、女性スタッフ・パイさんが、「ヴィラ、夜八時までフリーで使えます。それまでどうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」。


    ■チェックアウト

    ライブラリーでビル(請求明細)を見て驚いた。

    「レイトチェックアウト」として、何と、室料の半額++(税サ)の六百六十ドルがチャージされているではないか!

    「パイさんに『フリーで使える』と聞いていたので、払うつもりはない。何ならパイさんに連絡を取って確認して欲しい」と力説。

    すると、「パイは新米だからどうやら誤った説明をしてしまったらしい。これはチャージされます」と平気で言う。

    「六百六十ドルもの支払いについて『誤った説明』で済ませてしまうのですか?」。当然私も譲らない。何度も怪訝そうにレセプションに戻って確認する黒人女性スタッフ、エイドリアン。

    最後は大柄な責任者らしき黒人女性マネージャーが現れ、「どうやらパイの誤った説明でお話が混乱している様です。チャージのお話は取り消しさせて頂きます」と、こうなって当たり前の説明を聞いて大きくひと安心。

    ところが、続けた言葉にまたしても驚かされた。 「コンフォートスイートまでのお車代はチャージさせて頂きます」。

    「コロンボオフィスのピイリスさんに後泊ホテルまでの車代は無料、とメールを頂いたけれど」と話すと、「そのメールのペーパーはお持ちですか」とくる。

    「コロンボオフィスのピイリスさんのメール記録を確認して下さい。ちゃんと伝わってないのですか。連絡とかの控えはないのですか?」あきれ気味に苛立つ私。

    少しして「無料で結構です」と二度目の訂正をしたビルを私に手渡す。エイドリアンも少々お疲れ気味だが、アマンヤラが何度も間違えるものだから仕方がないと思う。私が正当に訂正を求めているだけの事。

    滞在中、体調不良を訴えた際に運ばれたミネラルウォーターとゲータレイドの本数も大幅に間違えていて、もう私も訂正を申し立てる事にほとほと疲れた。でも申し立てた、間違えているのだから。受けていないサービスにお金を払う必要は全くないはずだ。

    三度目のまさしく再三の訂正で、ようやく正当なビルが届けられた時には、何だか妙な達成感の様なものが感じられて、どう考えてもやはり変だ、この精算、このアマンヤラというホテル。室料二泊分のサービス料(千百ドル×二泊×十%)+飲食代金(税サ込)=六百十一ドル二十セントを見届けてから、ようやくにして納得のサイン。自ずと力が入った。


    ■後泊のニューヨークにて

    ところが、話はそれだけでは終わらなかった…。

    NYで二泊後泊するのは、インターコンチネンタル・バークレー

    チェックイン時に支払いに使うクレジットカードの提示を求められて、我々のメインカードであるJALカードを提示すると、「このカードではだめだから、他のカードにして下さい」と言う。「何故か」聞くと、「私にもわからないが、今このカードは使用不可だ」と続けるのみ。「昨日もおとといも使えた」と食い下がると、「昨日おととい使えても、今日、今は使えなくなっているのだ」と彼も力が入る。この理解不能の状況を受け入れられずに、それでもしぶしぶ使いたくない他のカードを提示すると「これならOK」。

    何故なのだ? さてはこの旅行中にどこかで悪用されたのか。それともスキミング被害か。部屋に入り、この渦巻く大きな不安の解消・解決のため調査に猛然と取りかかった。当然の事ながらクレジットカード会社に電話。二度三度、異なるオフィス、異なるセンターに電話の掛け直しを求められ、ようやく「当局」であるヘルプデスクとの話が始まる。どうやら限度額オーバーが原因で使用不可になっている、との説明。そんなはずはない。しっかり計算済みで今回の旅行に臨んでいるのだから。簡単な本人確認の後、私のカード使用履歴を読み上げてもらった。

    アマンヤラ様で約三十六万円ありまして、これで田中様の限度額をオーバーしているのがカード使用不可の原因です」とヘルプデスク。それを聞いた時にはもうあきれと怒りと脱力感で、力なく笑うより他なかった。つきとめたら、やはり彼(アマンヤラ)だった、そんな感じだ。

    約三十六万円! もちろんこれはデポジットの室料二泊分+税金の二千四百二十ドルと、チェックアウト時にサインした室料二泊分のサービス料と飲食代金である六百十一ドル二十セントの他にもまだある、と言う話。つまり、約三十六万円も余分にアマンヤラが私のクレジットカードの枠を押さえてしまっているというのだ。

    怒りを静めて、懸命に努力して冷静に説明する。
    「まったく使っていない三十六万円分です。確かに一昨日までそのホテルに二泊滞在しましたが、先ほど読み上げて頂いた様に、すべての代金はこのカードで既にチャージを受けています。明らかにこのホテルが私のカードに誤ったチャージをかけています。NY滞在中は全てこのカードで支払うつもりなので大変困っています」と私。

    「わかりました。それではたった今からこのアマンヤラ様からの約三十六万円の請求を消去します。データは一切残らず、その代わり今からすぐにカードが使える様になります。それでよろしいでしょうか?」と、ヘルプデスク(そんな事が出来るんだ! さすがヘルプデスク様)。「大変助かります。今すぐにそうして下さい」と私。

    JALカードを握り締めて再びフロントに提示。「OK、これならこのカードはご使用になれます」。

    部屋に戻って今度はアマン・コロンボオフィスに電話 。ピイリスさんに「被害」を報告する。

    「本当に申し訳ございません。大至急詳細を調査します」。その後は時差の関係で深夜0時の電話を待つ事に。だが調査時間不足で、再度翌日深夜0時の電話を待つも、答えは同じ。詳細がわかるまでは数日間の時間が必要、との事。電話の向うでピイリスさんはえらく恐縮されている。

    二日連続NYで深夜0時に、アマンオフィスからの電話を待って、結局、原因の詳細は日本に帰ってからに持ち越し。


    ■まだまだ続く。帰国後…

    六月九日(月)。こちらからアマン・コロンボオフィスに電話。

    ゲストのクレジットカードに不当な三十六万円もの請求、それが原因でカードが使用不可に。また、その事に気づいた我々自身がカードを原状回復させるための(カードを使用可能に戻す事)国際電話代も結局百ドルかかってしまった事、以上について改めて申上げた。何故この様な事が起ってしまったのか、原因とプロセスと責任の所在を明確に説明するよう求めた。

    「わかりました。田中様がおっしゃる事は当然でございます。もう少しお時間をいただきましたら、必ず責任を持って説明と回答と謝罪をさせて頂きます」。ピイリスさんの言葉はいつも丁寧ではある。

    六月十一日(水)。ピイリスさんからのメールが入った。予想した通りのとんでもないミステイクが起きていた。

    アマンヤラが誤って室料二泊分と税サの二千四百ドルをブロックに加算してしまったようです。本来であればアマンヤラは、『ブロック』と言う国際的に認められた補償システムを使って室料の五十%の二泊分のみをブロックする(チャージとは異なり、チェックアウト時の精算と同時に消去される)のが正当な手続きでありました。ところがこれを大幅に誤って、ブロック代金の千ドルに、二泊分の室料と税サ分を加えて、何と、合計三千四百ドルもの金額をブロックしてしまった。これが誤った約三十六万円の内訳です」。

    あきれながらも私は、実は内心でもう一度、あきれていた。現在アマンヤラの室料は千百ドル。それがすべて千ドルで計算されているという事。重大なミスの中に、輪をかけてもう一度しようもないミスがあるわけだ。こんな事もういちいちわざわざ言わなかったけれど。

    「現在上の者と相談しておりまして、大変なご迷惑をかけてしまった事についての正式な謝罪・説明は今しばらくお待ち下さい」と電話の向うで本当に申し訳なさそうなのが伝わって来る。

    だいぶ気の毒にも思い、「ピイリスさんにはかえって申し訳ないです。問題はアマンヤラです。また、電話代を請求している訳では決してありません」という事を念押しさせていただいた。

    そして、一ヶ月後。ところがその後一ヵ月間、いっこうに連絡がない。「お詫びの督促」なんて本当にしたくない事なのだが、業をにやしてコロンボオフィスのピイリスさんに電話。

    「あのう、何も連絡を頂けないのは、どういう事ですか?」と私。
    「えっ? 六月十三日にメールさせて頂きましたけれど…」。ピイリスさんはどこ吹く風だ。
    「どんな内容のメールですか。誓って私には届いてませんよ」と私。
    「こんな大事な事をメールの受信確認もしていないのかよ」と私は思いながらも、それは言わずにいた。

    しばらく時間をおいてから、
    「すみません。通常とは異なるウェブサイトを使ったメールだったものですから、記録が残っておりません」とピイリスさん。
    「記録に残っていなくとも、ピイリスさんは内容を把握していたのですよね。要するに当の私本人には、何も伝わっていないのです」と私。
    「えーとですね、次回アマンヤラにいらした時に、とは言っても、田中様は世界のアマンをご旅行される予定なのですよね。ですので、今後のアマン滞在時にですね…」とピイリスさんは回答に苦慮している。
    「覚えているのであれば、はっきりとおっしゃって下さい。要するに、私が次回アマンを訪れた時には今回の事を含めてサービスします、という事なのですか? そんな事よりも何の手違いであるにせよ、一ケ月も経って、当の私からの督促で初めて回答がなされるとはどういう事ですか? そういう所こそが一番の問題なのですよね。今日の電話まではアマンヤラの問題と捉えていました。申し訳ないけれど、この一ヶ月間という時間、これはピイリスさんの問題だと考えています。それからくれぐれも誤解なきように願いたいのですが、何かを具体的に求めているのでは決してありません。常識的な期限内にきちんとした説明とお詫びの言葉が聞きたかっただけです」と私。

    クレーマー扱いだけは避けたいと固く思い、相手を信じて努めて冷静に、けれど堰を切った様に、お話させていただいた。
    この日の夜、一ヶ月以上なしのつぶてであった事についてのお詫びのメールがピイリスさんから入った。
    「本日アマンヤラから田中様のクレジットカードに百ドル返金させていただきました次第です。これで充分なお詫びになっているとは到底思いませんが、今後とも何卒よろしくお願い致します」。

    自分がクレーマーになってしまったような後味の悪さを思い切り感じつつも、私自身もそれでは今さらどうしたらすっきりするのか、と問うても答えは見出せない。百ドルの返金など一度も求めていなかった事を再度説明。「今後共お世話になります」などと挨拶の言葉を並べて、この話はもう止める事にした。

    この精算トラブルを振り返ってみて、驚いて、憤って、呆れ返って、気を静めて、説明して、気を遣って、信じて、待って、催促して、受け入れて…とても疲れた。


    ■闘い終わって、私はこう思う

    アマン。何故いつもこうなのだろう?
    私はまがりなりにも十九軒のアマンリゾーツを経験した者として、その体験だけをよすがとしてものを考える事が出来る。繰返されて来た事実を「たまたま」とあっさり結論するのではなく、経験測から得られた、ある一定の法則性みたいなものを見出す事が出来ている、誠に残念ながら。

    アマンは「レストランでサインが要らない」と胸を張る。それこそがゲスト一人一人を把握しているアマンホスピタリティそのものの象徴なのであろう。

    ところが、私はこれこそが、このスタイル、この発想こそが、そもそも間違いの始まりではないか、と考えるに至っている。サインがない、という事は証しが残らない、残さないという事になる。だからこれまで私はアマンで幾度となく、
    「こんな物食べていない。こんなに飲んでいない」「このツアーは無料だったはずだ」と申し立ててきたが、たいていの場合、その答えはあっさりと、「了解しました。おっしゃる通りのようです」なのである。

    それはそうだろう、証拠がないのだから何の確認も出来ない、言わばウラを取りようがない。私のようなゲストの申し出をほぼうのみにするより他はないのだ。でもこれって実は大問題ではなかろうか。サイン(確認書)を残さないダイニング、いとも簡単にチャージを訂正するレセプション。

    だから振返るにそもそもアマンは、サインとか記録とか確認書とか精算とか約束事とか時間とか、事務的(約束的)な事柄にめっぽう弱い、ルーズだ。それはサインという証し、約束(例えばダイニングにおいては、この食事した分は払いますと言う約束)をはじめから軽んじているからに他ならない。

    人間は忘れる事もあれば、ましてや時に間違える事もある。このシンプルな事実にアマンは率直に目を向けるべきだろう。だから約束事は必ず書面に残す必要がある。絶対に、お互いのために。

    『貴方の家にいる様に、友人の別荘に招かれた様に寛いで下さい』今あらためて聞くと何て空しいフレーズだろう。アマンは決してわが家でも友人の別荘でもない。れっきとしたホテル、それも室料だけは超高級のホテルなのだ。

    「サインは要らない」。聞こえこそいいが、要するに「間違えても後で何とかなる、どうにでもなる」の裏返しだ。「サインは要りません」。「いえ、サインします。させて下さい。私とあなた(スタッフ)の記憶にだけ頼る精算は、お互いのためにも良くない事ですから」。そう言って次回アマンではサインを申し出てみたい、本気でそう考え始めている。


    ■嫁さんの弁

    今回の旅行で、ホリデイ・インアマンヤラコンフォートスイートインターコンチネンタル・バークレー、と四つの海外ホテルにステイしたが、「予約確認、精算、質問への回答、何につけても一番遅くてだらしなかったのはアマンヤラ。一番早くてきちんとしていたのは、コンフォートスイート(!)。ホリデイ・インインターコンチネンタル・バークレーもテキパキしてたよ」とは、全行程の旅行手配係であった嫁さんの弁である。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.71 掲載記事より抜粋。



    amanbagh アマニカス(インド)


    アマニカス決算書

    合計 約736,000円(2人分、アマンバグと2軒合算)

    宿泊代金…約13万円(1泊)。室料750ドル+食事代150ドルですべての食事・ソフトドリンク代込み。サービス料10%+税金10%。ランドリーサービス、ヨガスクール、アマンバグへの4時間の送迎はコンプリメンタリー。
    列車代…約4万3000円(デリーから)
    エアー代金…東京〜デリー 約26万2000円 、女満別〜東京 約4万9000円。



    始まりは、
    虎に食われる覚悟と、
    超強行スケジュール。


    たどり着くまでの苦難は予約段階で早くも始まっていた。十三軒目にして初めてのアマン・オフィスへの直接予約。クレジットカード、パスポート、ビザ、そしてアマニカスが野生動物保護区の国立公園内にあるため、何が起ろうと一切アマンには異議申し立て致しませんの誓約書の提出。そう、アマニカスは命がけで行く、トラに食われる覚悟を持って臨むアマンなのだ。

    そして、スケジュール。デリー着は四月二十九日夜なのだが、アマニカスは五月一日昼で今シーズンは終了し、クローズしてしまう。

    デリーでアマン手配のホテルザ・マナーに前泊し、翌日午後発の個室列車で四時間ほどゆったりと車窓を眺めて到着、というのがアマン側からの強い提案だ。ただこれだとアマニカスに一泊しか出来ず、滞在時間はわずか十八時間ほどになってしまう。なのにアマンは平然と言う、「アマニカスは最低二泊からのみ受け付けます」!  

    じゃあ、いったい全体、どうすればいいの?

    これらアマンの厳しい「宿泊約款」をかいくぐってアマニカスに我々が滞在できる道はただひとつ。デリー到着その日の晩から深夜未明にかけて夜行列車でアマニカスに向かってしまうことだった。


    旅立ちは
    混沌とめまいの中で。
    夜行列車の長い夜。


    出発はニューデリー駅。夜十時をとうに過ぎても大変な人ごみだ。列車を待つホームは暑く暗く汚く臭く思わずめまいがしてしまうほど。飲み干したペットボトルは平気で線路に投げ捨てられる。ここで待つ事一時間半! 

    突然の線路の変更で階段を上がってホームを変える羽目に。重たいスーツケースはアマンスタッフ、そのスタッフの用意したアマンの「小道具」を我々がかついでの大移動。ここは力を合わせるより他ない、そんな危機感さえ三人の間に漂っていた。

    深夜零時、ようやく夜行列車が重たげにゆっくりと出発。我々の寝台車両はいちおう最上級のAC装備付きだ。が、それでも薄暗くカビ臭く不衛生でジメッとした感じが廊下・トイレ・寝室いっぱいに漂う。これほど劣悪な条件で夜を明かすのは人生で初めてのことだ。が、すべてはアマンにたどりつくその瞬間のため!

    夜食用に用意されたデリーのザ・マナーお手製のサンドイッチ、フルーツ、クッキー、ポテトチップス、コーヒー、紅茶で一息ついたのだったが、この紅茶のまた美味いこと!


    荒涼と殺伐たる平原に
    インドでの初夜は
    明けてゆく。


    眠れたのか眠れなかったのかもよくはわからないが、とにかく朝を迎えたようだ。汚い車窓の向うに夜明けの風景が映る。「世界の車窓から」などとはほど遠い。途中駅のホームには雑魚寝する人の長い行列、また畑の真ん中で人が平気で用を足している! だらだらと続く荒原に民家や電線や作りかけの建物が散在している。何たる荒涼、何たる殺伐とした世界。それでも朝を迎え、新しい一日が始まろうとしている。

    何て贅沢で手の込んだゲームに我々は参加したのだろう。そう思ったのは七時間の壮絶な長旅の後にたどり着いたサワイマドプール駅だった。

    お迎えワゴン車から一挙にアマンが押し寄せた。おしぼり、ドリンク、スナック、白いクッションとシート、インド音楽。この興奮を味わうために今までのすべてがあったのだ。

    白い布カバーのワゴン車内に流れるアマンプロデュースのインディアン・ミュージックがすばらしく、激しく興奮をかきたてられる。 何処だ? まだか? もうすぐだ!


    すべてはこのため。
    ガマンの後のアマン、
    アマニカス到着!


    到着ゲートをくぐると綺麗に手入れされた芝生に囲まれたテントが美しい庭園のごとく静かにたたずんでいた。まさにアマン=ピースフル=平和なる世界だ。

    予想したよりもずっと人工的に美しく整備された芝生の敷地中央に大きなキャンプファイヤースペース、その手前両脇をオフホワイトのパブリックテントが固めている。

    テントに案内されるやいなや「飲物は?」と聞いてくれたのは、ニューデリー駅から一晩ずっと同行してくれた若いスタッフだ。彼の顔も昨夜とは違いすっかりアマンの顔になっている! いったいいつ時変身したのだろう。

    真ん中に配置された広びろくつろぎスペースに高級リゾート雑誌「S3=SAND、SEA、SERENITY」やランタンボール国立公園ガイドが並ぶ。コーヒーを飲みながらそれらのページをめくる瞬間の恍惚と錯覚。

    そう、この感じ。これぞアマンマジックの原点だったように思う。

    客室のテントは、
    アマンワナよりもずっと本物のテント、つまり全部が白い幕だけでしっかりと覆われている。その幕をくぐると手前にダイニングテーブル、中央に大きなソファーの広いくつろぎスペース。左側にシンクとクローゼット、右側にシャワー、バスタブ、トイレ。一番奥にダブルベッドが両脇にライティングデスクを随えて控えている。

    バスタブ、シンク、他の調度品どれもこれもザックリとした素材感たっぷり。広くて優雅。欧米人のサファリライフを彷彿とさせるテイストやアイテムが満載でさすがと思わせる。

    ライトブラウンの革張りのイス、団扇、テーブルにライトを照らして探検日誌でも書きたくなってくる。映画のワンシーンにあったように。この非日常感がもたらす昂揚は久々でかなりのものだ。でかしたぞアマン! 心がはしゃいでいた。


    草原のプール、
    キャンプファイアー、
    めくるめく夢の時間。


    ランチはガスパッチョスープ、ボイルしたコールドチキン、自家製生野菜、さまざまな風味が楽しめるチジミ風インディアンブレッドが何種類も。いつもながら地元料理をマイルドに仕上げるアマンの調理法はここでも冴えに冴えていた。

    うれしいことに二年前にプールが完成していたとは知らなかった。草原のテントリゾートにプール、とは贅沢な話だ。大げさな構えではなく林の中にひっそりと佇む大人のオアシス風。

    白いマットと三角形のピロークッションにモスグリーンのバスタオルがアクセントになっている。タイルも同じモスグリーン。嫁さん曰く「デイベッドでないのがかえってイイネ」。

    陽が傾きかけた午後、昼寝から目覚めてこのこじんまりした最高にラグジュアリーなプールにいたのは、世界で私とミラノ在住のイタリア人カップルの三人だけ。

    夕暮れ時にはダイニングスペースに巨大なキャンプファイアーが焚かれてインディアン・ミュージックが奏でられ、いやがおうにもキャンプ気分を盛り上げてくれる。

    ディナーはトムヤンクン、ヌードルサラダ、チキンカレー、ガーリック風味のパン、バタースコッチ・アイスクリーム。食事はどれもこれもかなりイケた。そして自家菜園で採れる新鮮生野菜の美味しい事! 自然に育まれた緑の葉っぱの苦味と甘みに驚きだ。そして深いコーヒーがインドの暑さに引き立つ様な気がした。

    GM(総支配人)はジョナサン・ブリッツ氏。南アフリカ人で、とてもそうは見えなかったが二十七才の独身。彼にはずいぶんと気遣いしていただいたように思う。

    あるスタッフに「私は英語が話せないのでアマンへの想いを言葉に出来ずそれが哀しい」などと話していたのだが、それを聞いてかディナーの際、私たちのテーブルで長い時間ゆっくりと会話を交わしてくださった。

    曰く、アマニカスは五十年前のこの土地の自然を湖も含めて人工的に再現したものだ。アマンコラは四月と十月がベスト。故郷のケープタウンにもスモールラグジュアリーないいホテルが結構ある。今後はニューオープンのアマンで新しいスタイルを構築したい、などなどゆっくりとていねいにお話してくれた。後からケープタウンのホテル&レストラン情報をネットで調べてプリントアウトしてくれた。

    翌日早朝、嫁さんは、敷地内の静かな湖畔でプライベートのヨガスクールを楽しんだ。日常生活で傷んだ彼女の精神と肉体もさぞかし浄化・リセットされた事だろう。

    猛暑のインド、なのでトラを見るサファリ(所要時間約三時間で一人六十ドル)はパスした、惜しいけれど。ライブラリーにエアコン設備がない、なので写真集をめくりながらアイスコーヒーを飲んでまったり、も出来なかった、悔しいけれど。

    クローズのまさに当日、今シーズン最後のゲストとして、とても忙しい滞在を終えた。

    この日から三日間、七十人がかりでテントとすべての調度品を倉庫に格納し、風雨の六月から八月はクローズ。そして、九月になると一ケ月かけて設営、十月からのオープンに備えると言う。まさしく季節限定のワイルドなネイチャーリゾートなのだ。


    けっこう不便も多い、
    けれど、とにかく、
    もう一度行きたい。


    さて、アマニカス滞在での残念な点もいくつかある。

    まず、これはアマニカスの残念とはいえない、体調不良。二日目の朝からお腹に来た。原因は、(1)GM曰く、スパイスだろう。(2)プールの水。(3)美味しいアイスコーヒーの氷。嫁さんはこの時点で何ともなかったから、(3)が一番怪しい。村瀬さんのアドバイスどおり、氷は控えればよかった…。

    けっこう不便が多かった。電話がないのでいちいちスタッフを呼んでからリクエストを出す。エアコンの効き具合がテント内でも場所によってムラがある。ダイニングやライブラリーにはエアコンそのものがない! セーフティーボックスがないのでフロントに預ける必要がある。大きなトカゲがテント内に出現。などなど。

    しかし、ここはアマニカス。サファリを目的とするキャンプリゾートだ。多少の不便も「らしさ」に置き換え楽しんだ方がいいのかも知れない。

    気になったのが寝台列車の乗車料金だ。スタッフ同行料金も含めてアマンに三百ドルプラス税サで約四万三千円払った。スタッフのスニールに聞くとあっさりと半券を見せながら教えてくれた。その額約二千二百インドルピー、二人でたったの約六千六百円! 昼間の料金もほとんど同額だそうだ。差額はすべてアマンにいく訳で、アマンってやっぱり高い、を実感した。複雑な心境でもらって来た半券も貴重な想い出アイテムのひとつだ。

    が、しかし、とにかくもう一度行きたい、今すぐにでも。滞在時間が短かったせいだけではない。体験とか想い出とか時間とかが、とても特別で刺激に溢れていたからだと思う。とてもスペシャルで贅沢な車中一泊&アマニカス一泊だった。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.62 2007年6月発行号 掲載記事より抜粋。



    アマンバグ(インド)


    アマンバグ決算書

    合計 約736,000円(2人分、アマニカスと2軒合算)

    宿泊代金…約13万円(1泊)。室料750ドル+食事代150ドルですべての食事・ソフトドリンク代込み。サービス料10%+税金10%。ランドリーサービス、ヨガスクール、アマニカスからの4時間の送迎はコンプリメンタリー。
    列車代…約4万3000円(デリーから)
    エアー代金…東京〜デリー 約26万2000円 、女満別〜東京 約4万9000円



    そして、アマンバグへ。
    脇役だったのが、
    行ってみたら一躍スターに。


    アマニカスにつらく悲しい別れを告げ、相当にコンディションの悪い道路をドライブすること約三時間半。薬のおかげで爆睡。目を覚ますとアマンバグに到着していた。朝からの体調不良も上向きになってきている。

    うれしいことに、予約したのはコートヤードハベリスイート(六百ドル)だったのに、最上級カテゴリーのプールパビリオン(九百五十ドル)にアップグレードされていた。何と三段階、しかも三泊全部だ。いったいいくら得したのだろう…思わずそんな計算が頭を渦巻いてしまった。

    そのプールパビリオンはゴージャスの一言に尽きる。まず門からドアまでの庭だけでも広過ぎる。中に入って右奥がベッドルームで、ダブルベッド、ライティングデスク、ミニバー、CDプレーヤー、リビングスペースまでもがすっぽりと収まっている。

    おまけにサラウンドシステムとかで声が妙に響き渡る。左奥がバスルームで、バスタブ、シャワー、シンク、クローゼット、トイレがあり、意外とここにいる時間が長かった。白と黒を基調に大理石もふんだんに使われ、さながらインドのモダンなお屋敷をイメージさせる。長い廊下には大げさなゴールドの照明の傘が四つもぶら下がっている。

    そして、ベッドルーム、長い廊下、バスルームのどこからでも出入り出来るプライベートプールとお庭がもっとすごい!

    プールのタイルはモスグリーンでバスタオルも色を合わせてある。長方形のしっかりと泳げるプールだ。アウトドア・ダイニングテラスとデイベッドもゆったりと贅沢に備わっている。公園ほどの広さの芝生のお庭は子供がソフトボールくらいは出来そう。けっこう大きな猿が時々縦横無尽に走り回っていた。

    パブリックスペースは、メインプールの南北にレセプション、ダイニングレストラン、バー、ライブラリー、ギャラリー、ブティック、スパエリアがあり、東西に二階建ての客室棟が位置している。

    パブリックスペースはどこもオフホワイトを基調に大理石やシルバーがアクセントになっていて、テラス、天井、柱、窓際がお城風。こういうのがいわゆるインドのハベリ(邸宅)なのだそうだ。

    メイン棟はレセプション、ダイニング、バー、ギャラリーが一階に、階段を上がった二階にライブラリー、ブティック。そしてライブラリーからテラスに出るとメインプールを中心にアマンバグ全体が一望出来て気持いい。お昼を過ぎればどこからともなくフルート奏者が優しくインド音楽を奏でてくれている。

    食事については、アマニカスで崩した体調を案じて自重気味ではあったが、やはりはずれのないアマン・ダイニングの底力は感じ取る事が出来た。 

    フレンチトーストが四百五十ルピー(約千六百五十円)、フルーツラッシーが二百ルピー(約七百五十円)。カリッと揚がった香ばしいバンズにマイルドなカレー、インディアン・バンズとポテトカレーが三百ルピー(約千百円)、インディアンオムレツが三百ルピー(約千百円)、チャイティーが百五十ルピー(約五百五十円)。

    オリジナルでオーダーした大きな海老のグリル+にんにく醤油風味の野菜九百五十ルピー(約三千五百円)は絶品だった! 


    思いがけず、
    バックヤードツアーまで。
    これは楽しかった!


    エクスカーションでガイド&ドライバーをつとめてくれたシタランさんはしっかりとしたガイドとユーモア、なかなかの紳士だった。彼の勧めでアマンバグの自家菜園、スタッフの英会話教室、宿舎まで見学させてもらえたのはうれしかった。

    ありとあらゆる野菜を少しずつ生産する自家菜園はあまりにも普通の畑なので拍子抜けしてしまった。英会話教室は皆真剣そのもの。よく見ると昨日挨拶したスタッフの顔も見える。ゲストにとっては楽園でも彼らにとっては厳しいトレーニングの場なのだ。

    スタッフの食堂には「アマン フィロソフィー 3か条」が掲げられ、日本企業を思い起こさせる。そしてインドの有名カメラマンの滞在時に作成された、スタッフ一同とあのエイドリアン・ゼッカー様のお写真もしっかりと額縁付で飾られていて、私などは思わず深々と敬礼してしまったのだった。

    スタッフの宿舎は全室二段ベッドの相部屋でいたってシンプル。相部屋でも決して時間が重ならない様にシフトされるため、最低限のプライバシーは保たれるそうだ。他に共有の簡単なラウンジもあった。全スタッフの内、約六割が地元の村からの採用。最初の月給は約五千インドルピー(約一万五千円)、アマンバグのスタッフの平均月給は約二万インドルピー(約六万円)との事。そう考えると京都アマンの室料はいったいいくらにはね上がってしまうのだろう、心配になった。

    私のような狂信的アマンジャンキーにとってはまたとないうれしい見学会となった。


    幸せすぎて怖い。
    この満足感はやっぱり
    アップグレードのおかげ。


    夢のようだったこのホテル滞在で、唯一これだけはいただけなかったのが水周りの悪さ。熱いお湯がまったく出ない、バスタブの栓が壊れる、エアコンのパイプから水がポタポタ、スコールの際、お庭から雨水が部屋に浸水。その都度、言うとすべて早急に解決してくれたが、一度総点検した方が良いと強く思う。

    私たちが使ったパッケージプラン「シャンティ・エクスペリエンス」は本来マッサージ一回とエクスカーション一回を含むのだが、それをエクスカーション二回にかえてもらった。

    一つ目は、ラクダに乗って地元の小さなしかし古くからの市場と村を訪れ、甘いチャイ(ティー)と固いクッキーをいただき、帰りに小さなお寺で祈りを捧げる、というもの。キャメルライドは初めてで興奮、村の山羊と子供たちは可愛らしい。ヒンズー教の寺院でのお祈りは実に不思議な気持になった。説明書によると、二人で六千インドルピー+税サで約二万二千円の内容。

    二つ目は約四百年前まで栄えた町の遺跡ツアー。市場、浴場、宮殿が今は完全な廃墟と化してはいるが、すべてが石で造られているため当時の栄枯盛衰を偲ばせ、芝生の緑にベージュの遺跡が美しい。遺跡はよく見ると実に緻密な石の組合わせになっている事がわかる。ここでもまったく同じチャイとクッキーでひと休み。灼熱の陽射しが傾きかけた午後、不思議の迷宮の歴史に想いを馳せたひと時だった。これは二人で四千インドルピー+税サで約一万四千五百円の内容。

    ヨガスクールは週三回、朝七時からメインプール正面で行われる。時間になるとGMのサリーさんも参加していた。彼女は気さくで明るいニュージーランド人女性。二年前のGM就任時からヨガを始めているらしい。一時間がとても長く感じられるストレッチのトレーニング、自分の体がいかに老化しているかを思い知らされたのだった。 

    さて、アップグレードがなかったらどんな部屋に泊まっていたのだろう? わびしい好奇心を抑えきれず、すべてのカテゴリーを見せていただいた。予約したコートヤードハベリスイート(一階)はメインプール側に向いているが、壁に阻まれ眺めはまったくない。 

    ガーデンハベリスイート(一階)は反対の山側に向いているので名前の通り芝生のお庭とせせらぐ小川に癒される。テラスハベリスイート(二階)の山側は山と小川に面してさらに開放感を増している。

    おすすめはこのテラスハベリスイート(二階)のメインプール側。テラスからアマンバグ全部が見渡せ、ここの主(あるじ)気分に浸れる。

    今回はアマン十四軒を訪れた中で、これまでで一番いいお部屋に泊まる幸運に恵まれた、しあわせ感いっぱいのアマン。「頑張って仕事して頑張ってアマンに来ている自分への神様からのご褒美なのかなあ」、単純だからそんな風に信じこんで過した、幸せ過ぎて何だか怖い四日間。

    「ホテルに籠ってばかりではなくて、たまにはエクスカーションに参加するのもなかなかいいものだね。だから印象深いのかなあ」との嫁さんのコメントにも説得力を感じている。


    そして、帰国後、
    クールダウンし、
    ちょっと冷静になってから。


    どちらも刺激にあふれ最高でした。予想をはるかに上回る満足度。インドにはもうひとつのアマンがデリーに計画されているそうで、その時のリピートが今から楽しみです。

    ただ、ウェルカムシャンパンやアフタヌーンティーなどのかつてのアマンのお約束はここインドでは完全に姿を消したようです。さすがに私も今ではそれほどこだわってはいませんが、一度味をしめたファンについてはどう考えているのでしょうか。

    それとビル(請求書)の間違い、これはアマンではほぼ毎回のことです。

    今回は約二万円多く請求されていました。本誌61号のカルデラ百合さんの偵察記は、その点、非常に冷静な内容であったと思います。アマンウェラなどまさしくあんな感じです。

    それでも次のブータンがグングンと楽しみになって来るのですからこれはやはりちょっとした中毒症ですね。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.62 2007年6月発行号 掲載記事より抜粋。



    アマンジェーナ(モロッコ)


    アマンジェーナ決算書

    合計 約920,000円(3泊、2人分)

    但し、06年9月の料金でパビリオンの室料は1泊850ドル+サービス料10%+税10%+観光税34ディラハム。 宿泊したのはパビリオン#24。3泊室料約356,400円。食事代約34,000円。マラケシュ市街へのドライブ代約4,200円。国際電話代金約1,500円。

    エアーは女満別〜羽田(日本航空)が約54,000円、HIS手配で成田〜パリ〜マラケシュ(エールフランス)が約470,000万円(航空保険料、燃油サーチャージ、出入国税、成田空港施設使用料込み)。



    最高傑作。愛と夢と感動の72時間

    いちばん落着けないアマンでもあった。何せ忙しい。お写真&ビデオ撮影。アフタヌーンティータイムはお菓子をモロッカンティーで流し込みながら、スタッフからの情報収集。プールでは欧米人ゲストに混じってひと泳ぎ。早朝テニスはアマンプロ以来10年ぶり。ハマムスパのスチームサウナとジャクージは退屈しのぎにはゴージャス過ぎる。きょろきょろとリゾート内のお散歩。ライブラリーでは重たい写真集のページをめくり、ギャラリーではお気に入りを手にとってみる。お部屋ではバス&シャワータイム、案内書の解読(?)、CD&DVD鑑賞、次の食事についての思案、コーヒーをすすりながらの瞑想。時間がもったいないからお昼寝タイムも当然とても限られてくる。どれだけ長く滞在すれば「何もしない贅沢」とやらにこの私もひたることが出来るようになるのだろう。こうしてアマンジェーナをせわしなく愛し続けた、朝も昼も夜も。お別れまでの72時間をカウントダウンしながら…。

    ■夕暮れ時

    アマンジェーナの写真を見て、今さらながらに発見し確信した事実がある。それは「夕暮れ時が一番美しい」ということ。パープルに染上がった空と、水と緑のオアシスの中でライトアップされた輝く宮殿・アマンジェーナの、この世の物とは思えぬほどのフォトジェニックなコントラスト。私がこの世で目にした中で一番美しい。そして、この麗しきコントラストの美に見とれることのできる時間の短いことと言ったら!  夕暮れは気づくともう夕闇になっている。生きていることのはかなささえも感じさせてしまうのだった。

    ■暖炉

    お部屋に暖炉、は初体験だ。初日の晩、レストランのテラス席で寒さが身にしみた後、部屋に戻ると暖炉の薪がバチバチと音を立てて燃えさかり、私たちを暖めるべく待っていてくれた。その驚きと感激、最高のシチュエーションだ。オレンジの炎が頑丈な薪を燃やし砕きながら、さらに大きな炎を生み出している。まるで生きているかのように。そこに生や命を感じてしまったのは大げさが過ぎるだろうか。私は一晩中この生きた炎の真赤なゆらめきを見つめ続けていた。この夜を生涯忘れることはないだろう。

    ■ダイニング・ザ・モロッカン

    「最後の晩餐」という言葉を想い出した。ダイニング・ザ・モロッカン、此処こそ、その場所にふさわしい。どこまでも高い天井、何十もの円柱、天幕のごときカーテン、オリーブの木、無数のキャンドルライト、香辛料のオブジェ、モロッコ民族音楽の演奏、そして何と、小さな池まで。生きていることと死んでゆくこと、それ以外の何を祝うためにこれほどまでに贅を尽くしているというのだろうか? 私には訪れるのが早すぎた。此処は「死ぬ前に行くべき最後の晩餐の場所」であったのかも知れない。まさに「華燭の饗宴」。

    ■バサン

    アマンジェーナに滞在中、外に目を向ける必要がなかった。アマンジェーナそのものに目を奪われて忙しかったから。果てしなき空の青さを背景に、砂漠を思わせる赤茶色のアマンジェーナの、羽を大きく広げたかのようなその雄姿と椰子の木の緑がバサン(貯水池)の水面にくっきりと浮かび上がっており、これはもう見事としか言いようがない。これ以外の何処に目を向ければこれ以上の感激が得られると言うのだろうか。何よりも美しいアマンジェーナに見とれ続ける至福の時。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.59 2006年12月発行分 掲載記事より抜粋。



    アマンサラ(カンボジア)


    アマンサラ3泊決算書

    合計 594,200円(2人分)

    但し、06年3月当時の料金で「レギュラースイート」の室料は1泊650ドル。プラス150ドルで朝食と昼食もしくは夕食が付くシステム。ハウスワイン、ビール、ソフトドリンクとガイド付きのルモックはコンプリメンタリー。+サービス料10%、税11%。宿泊したのは「プールスイート」の#25。(予約した「レギュラースイート」からのアップグレードで、室料は850ドル)。3泊室料約345,800円。ポロシャツが約3,200円。乾電池約700円。エアーはHIS手配で、女満別〜羽田(日本航空)、成田〜ホーチミン〜シェムリアップ(ベトナム航空)で約244,500円(航空保険料、燃油サーチャージ、空港施設使用料込)。。



    ■完璧だ。けれど、一度でいい。

    ベストを尽くしているアマン、だと思う。本当に隅々までよく行き届いている。マニュアルを忠実に徹底・実践している貴重なアマン、でもある。『マニュアルを越えたサービス』とやらは基本的なマニュアルを徹底出来たその後にしてもらいたい、が私の持論だ。これまでアマンで遭遇した数え切れないほどの凡ミス、不行届きはここでは起こらない。だからCS満足度はハート5つ、いや6つ(!)かも知れない。それほどまでに完璧なのだ。

    では、もう一度行きたいかと言うと、そうは全く思わない。理由は簡単。美しい空・海・山々などのビューを満喫出来るリゾートではないから、ただそれだけ。ロケーションのせいで完璧だけれど、色気がないのだ。果てしのない何処までも続く景色をぼーっと眺めながら偉そうに自分自身を総括する、これが出来ない。と言うよりも、これを楽しみにアマンを訪れていた事にここで初めて気づいた。もちろん、アマンサラには何の責任もない。


    ■まるでアマンミュージアム

    どこにいても「アマンテイストとはかくあるべし」を静かに、けれど力強く主張している。客室インテリアの白と深いこげ茶の完璧なるシンメトリー。庭から伸びる高ーい椰子の木も、それほど座ることもないであろうセンスの良い低ーい椅子。中庭の芝生はこれ以上手入れのしようがないほど、きれいに整然とカットされている。メインプールは静かで気品に満ちている。まるで美しい中庭の池のように。そして、タイルはアマンブルーの藍色だ。ギャラリーは暗がりに骨董品を浮び上がらせる間接照明が見事だ。


    ■その完璧なるホスピタリティ

    スタッフはゲストとすれ違う度に、お辞儀をしながらさっと両手を合わせる。そして会話する時、彼らの顔はいつでも私よりも低い位置にあった。私が腰かけている時、昼寝している時でさえもだ。プールサイドのデイベッド・メイキングでは、脇にだらしなく脱ぎ捨てられたままの私のシャツと短パンまで丁寧にたたんでくれた。しかもとってもさりげなぁく。ターンダウンサービスは毎晩フラワーバスが用意される。前日中にオーダーの必要な朝食の料理をわざわざ教えてくれた。追加チャージのかかる特別料理でもないのに。


    ■量質共に文句なしの「食」

    一皿一皿が期待以上の内容だった。西洋料理かクメール料理、どちらかのフルコースを選ぶシステム。可能な限りの品数にトライしたが、要するに全部美味い。前菜に始まり、ラストのチーズ、デザートに至るまで、これはちょっと口に合わないというものがまったくなかった。これは凄いことだと思う。ワイン、ビールはフリー。その上、いつ来てもワイン、チーズ、ホームメイドのケーキ&クッキーが贅沢に並んでいるし、部屋の冷蔵庫には常にアルコールを含めたドリンクが毎日満タンに補充される。


    ■このGMにしてこのアマンあり

    「GM以外は完璧」と感じたアマンが実はある。が、ここではGMがベストを尽くしているからこそ、ハード・ソフト共に最高のコンディション作りに成功している。何せ時間に正確。これから使うテーブルを自ら綺麗に片づける。私がビデオカメラをまわすよう頼んだスタッフには「カメラはもっとゆっくり動かして」と指示を出す。私が持っていた本誌にも興味津々で「それ私に下さい。後で翻訳させて読みたいから」好奇心旺盛だ。彼がホテル内に住まない理由は「ずっとここにいたら新鮮なアイデアが浮ばないから」だそう。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.56 2006年6月発行号 掲載記事より抜粋。



    アマンガラ(スリランカ)


    アマンガラ2泊決算書

    合計 297,000円(2人分)

    但し、05年9月17日(土)〜19日(月)当時の50%オフ料金で、「ベッドルーム」の室料は1泊225ドル(11月からの正規料金は500ドル)+サービス料10%+税17.65%。宿泊したのは「チェンバーズ」#28(予約した「ベッドルーム」からのアップグレード)。2泊室料約65,000円。コロンボ空港〜アマンガラの往復送迎代金約14,500円。飲食代金約11,500円。関空〜シンガポール〜コロンボのエアはシンガポール航空約206,000円(保険料、施設使用料、出入国税込)。



    ■古くて新しい宝箱

    「古くて良い物を、大事に上手に活かして使う」最近こんなフレーズに妙に弱い。アマンガラはまさしくそれだ。白亜の建築それ自体がいかにもオールドスタイルで歴史の重みを感じさせ、テーブル、長椅子、飾り棚などの家具・調度品はよく磨き込まれ、骨董品物のシャンデリア、鏡から放たれる光は何とも不思議な雰囲気を演出する。階段は歩く度わずかにきしみ、とても重たげで古めかしい元は金庫(!)が今はロビー中央で番人の様にアマンガラを見つめている。

    もちろん、すべてのデザイン、インテリアが出来た当時からのままであるはずがない。実際にはほんの一部であって、最新の快適さは十二分に確保されている。見事なのはそれら使い込まれた古い物を、上手にこのアマンガラに溶け込ませている事だ。CS満足度は4点。その土地の風土、歴史、文化との調和・融合。このテーマを具体的に細部にまで実現してみせたアマンガラは、さながら古くて新しい宝箱のようにチャーミングだ。


    ■最初の一歩で罠に落ちる

    早朝4時のチェックイン。1920?30年代を彷彿とさせるクラシカルなオールドデキシージャズが室内に流れると、まるで1世紀をタイムトリップしてここに迷いこんできたような、軽いめまいのような心地良さを体感させてくれた。クラシカルなコロニアル調に、スリランカ風の深いこげ茶とアマンの白が絶妙。天井のファンがゆっくりと回り、広い室内にジャズの2曲目が流れる頃、いわくあり気なアンティーク風の調度品その一つ一つに目を奪われながら、私は早くも確信していた。「ここは間違いなく当りのアマン」。


    ■全身で味わった美味なる世界

    最高級ルームカテゴリーである2階建ての館「ガーデンハウス」は、ディナータイムだけ貸切りにできる。手間ひまかけたソースやバターのたっぷりかかった魚のグリル、大豆やサラダを添えた鳥料理の凝った一皿。これを食していたほんの数十分間、私たちが全身で味わっていたのは幸福感そのものだ。灼熱の太陽が照りつける午後のプールサイドでふるまわれるのはココナッツを混ぜた水、甘い果物、とろけるアイスクリーム。日陰に逃げこんだゲストのおやつだが、これひとつとってもかなりイケル。


    ■ライブラリーでのアフタヌーンティー

    懐かしき我が学び舎、その古い図書館もしくは教会を思わせる、ノスタルジーと気だるい気分に浸れる空間。そこにはこの建物の旧ホテル(ニューオリエンタルホテル)時代の歴史を物語る写真、報道記事、とても古い宿帳なども陳列されている。そのすべてがセピア色で、さながら大河映画のワンシーンでも観ているかのよう。このホテルの魅力のスパイスとして一役買っている。床・机・椅子・本棚はよく磨きこまれてピカピカ、広さ・蔵書のボリューム・陽の当り具合も絶妙。だからここでのアフタヌーンティーは優雅そのもの。


    ■サンセットタイムの西向き廊下の窓際

    何の変哲もない西向きの広い廊下の窓際。そこにお待たせ、出ました! アマン流に白いクロスのかかったテーブルとイス、キャンドルライトがセットされ、「ここで寛げ」と誘っている。窓の向こうにゴールの旧市街(さびれている)、遠くにあの津波で荒れ狂ったというインド洋(今も相当に波は高い)。背後にべったりとスタッフを従えて、眺めるのはスリランカの夕陽、きらきら光る波高いインド洋、全く興味を持てない(?)ゴールの古い街並、照らすキャンドルライト、味わうシャンパン。ああ実に退屈、実にしあわせ。


    FONT COLOR="#5F9EA0" SIZE="2">*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.54 2006年2月発行号 掲載記事より抜粋。




    アマンウェラ(スリランカ)


    アマンウェラ3泊決算書

    合計 356,500円(2人分)

    但し、2005年9月当時の50%オフ特別料金で、「プールスイート」の室料は1泊275ドル(11月からの正規料金は600ドル)+サービス料10%+税17.65%。宿泊したのは「オーシャンプールスイート」の#110&#105(予約した「プールスイート」からのアップグレード)。ちなみにこのオーシャンプールスイートの50%オフ料金は350ドル(11月からの正規料金は800ドル)。3泊室料約116,000円。アマンウェラ〜コロンボ空港の片道車代金約14,000円。飲食代金約25,000円。関空〜シンガポール〜コロンボのエアーはシンガポール航空で約206,000円(保険料、施設使用料、出入国税込)。



    ■言い訳は聞きたくない。でも…。

    残念な事が一番多かったアマン。期待が大きかっただけになおさらだ。スリランカのニューアマン、リノベーションでなく正真正銘の出来立てホヤホヤ。全室オーシャンビュー、全室プールスイート、パブリックプールと水平線の一体感…。ひょっとすると最も完成度の高い、いわゆる「イイとこ取り」のアマンなのかも! このわくわく感は、3泊4日の短い滞在でもろくもズタズタにされてしまった。

    「まだ出来たばかりだから」。この言い訳をアマンウェラのスタッフから何度聞かされた事か。だとすれば、だ。もう少し時間をおいて訪れ、その完成された姿を確かめてみたいアマン、という事にもなる。アマンでも1・2を争うその絶好のロケーション。そして加えて最高にスタイリッシュな白を基調としたそのハード。だからこその「残念」なのだ。もったいない!

    CS満足度はハート1つ。けれど、私がハート5つをつけた他のアマンよりももう一度行きたいと思わせる理由は、この「残念」にこそある。複雑だ。


    ■あまりに未完成すぎるのでは?

    赤茶色の汚い土がリゾートのそこかしこにむき出しにさらされている。スイートをつなぐ小道の脇などは、それはひどいもので、まるで宅地造成中のようだ。ビーチ付近の芝生もかなりはげてしまっている。美しい植物・花々でリゾート全体を綺麗に整えるなど程遠い。

    また、ここでは土、砂利、芝生を踏みつけて歩かねばならない事が多過ぎる。小さな舗道やステップを用意してくれていないのだ。バルコニーの一角には変な空きのスペース。当初、観葉植物を置くためだったが、潮風で枯れてしまってそのままなのだそうだ…。


    ■アマンブランドの失墜

    空港での出迎え時にスタッフが目印にかざしているのは、何とピラピラの紙切れ。我が目を疑った。直立不動のスタッフが木製のプレートを掲げるあの姿を見つける瞬間こそ「ああ、アマンにしてよかった」と実感する、とても大切な儀式なのに…。

    チェックイン時に他のアマン滞在歴などのアンケート提出を求められた。これを事前に「いつの間にかやってのけた」のがこれまでのアマンだったのに…。「ゲスト一人一人を把握」はいったい何処へ?

    ビーチクラブのレストランでは、何とラジオをかけている、このデリカシーの無さ。


    ■しかし、ここにしかないビューと寛ぎも。

    オーシャンプールスイート#110からのビューはすごい、圧巻だ。他のアマンでは決して味わう事の出来なかったオーシャンフロントビュー。南国の濃いブルーがすぐそこにあって目に眩しいほどだ。バルコニーは、大きなダブル仕様のデイベッド、テーブルセット、観葉植物を置いてもまだあり余るほどの広さ。ここでのランチタイムは天国だった。ビーフバーガー、チキンサラダ、海老のグリル、カルボナーラ、マンゴフルーツ…。いつも思う事だがここでも改めて納得。アマンのメシは美味い。


    ■スタイリッシュなアマン

    フロント、ラウンジ、レストラン、ギャラリー、ライブラリー、ほぼその何処からも白(アマンウェラ)と緑(椰子の木・芝生)と青(ビーチ・空)のコントラストが同時に目に入る。その美しさにハッとさせられる事がたびたびだった。眺める自分は、ラウンジの真っ白フカフカのソファーでアイスコーヒーを飲んでいたり、モダンなライブラリーで写真集を手に取っていたり、あるいはレストランでディナーのメニューについてスタッフに相談していたり、と今から思えばかなり優雅で贅沢なシチュエーションだ。


    FONT COLOR="#5F9EA0" SIZE="2">*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.54 2006年2月発行号 掲載記事より抜粋。




    アマンガニ(米・ワイオミング州ジャクソンホール)


    アマンガニ4泊決算書

    合計 約65万円(2人分)

    但し、2004年9月当時の料金で北側のスーペリアスイートの室料は1泊700ドル(税サ別)。4泊の室料約36万円。飲食代金約43,000円。ドライブツアー代金約15,000円。マグカップ2個で約2,000円。テーマCD約2,000円。
    関空〜ジャクソンホール往復のエアー代金は約228,000円(空港使用料+保険料込)。



    ■異邦人気分に浸れる

    いちばんアマンらしくないアマン、その一言に尽きる。良くも悪くも……。CS満足度は4点。

    何もかも初めて尽くしだった。アジアでなくアメリカ大陸、南国でなく雪が降る地、ビーチリゾートでなく標高2000メートル、ヴィラではないホテル棟の客室。そして、アジアのアマンのいわゆる「お約束」的なサービスもない。ただ本当に久しぶりに旅人・異邦人気分を味わった。

    サンフランシスコ、デンバー、ジャクソンホールという乗継ぎごとに、周りから日本人、東洋人、黒人が順々に見当たらなくなり、最後はほっぺたの赤い純朴そうな白人ばかりに囲まれていた。だから、滞在中もずっと異邦人気分にたっぷりと浸る事ができた。これはアジアのアマンでは今や絶対にあり得ないことだ。

    遥か太平洋の彼方、遠い遠い北の大地に立つアマンガニ。だからこそ、ここで目にした事、感じた事のすべてがたまらなく懐かしい。


    ■素晴らしきマウンテンビュー

    遠くに雪を抱いた雄壮な山々、手前に牧歌的でなだらかな丘陵と草原。深夜のチェックインから目覚めた翌朝、バスローブをはおってバルコニーに出ると、この素晴らしい眺めに見とれた。そして、何とも気持の良い草の香りを運んでくるそよ風。思わずひとりで「ムフフ」とニンマリした瞬間だ。この素晴らしい眺めはバスタブから、シャワーブースから、そしてトイレからも拝む事が出来る。ただし北側の部屋、プールから向かって左側の部屋に限った話だ。


    ■ワイルドなネイチャーシーン

    グランドティートン国立公園までのわずか2時間のドライブツアー、これは本当に素晴らしかった。迫力ある雪の岩山が眼前にそそり立ち、木々に囲まれたジェニーレイクの青緑の湖面にもその雄姿が鮮やかに映し出されている。楽しみだった動物たちとの遭遇こそなかったが、空(青)と山(白)、森(緑)と湖(青緑)の織りなす絵葉書のごとき美しさに、私たちは我を忘れて歓声を上げていた。イエローストーン国立公園まで足を伸ばす、これこそ私の次なる野望だ。


    ■暖炉の前ですごす寛ぎの時間

    パブリックスペースは木目と黒、サンドベージュの石をたくみに組合わせたインテリア。そこにネイティブアメリカン(先住民)、カウボーイ、動物をイメージしたオブジェが配置されている。これまで見たことがなかったカッコよさだ。ラウンジでばちばちと音を立てて燃えさかる暖炉の薪、その赤々とした炎をぼーっと眺めて時を過ごす。何度見渡そうと、ここで日本人ゲストを目撃する事はなく、私たちも「外国人」ゲストになりきれる。はるばる来た甲斐があったというもの。


    ■最高のマウンテンビューを望むプール

    体をブルブル震わせながら、冷たいプールに何度か入ってみた。出た後も寒さで、とてもデッキチェアーで昼寝など出来はしない。今から思うとこれがとても心残りだ。夏の陽射しを受けてあのプールで水と戯れ、お日様が暖めてくれたデッキチェアーに濡れたままの体をだらしなく投げ出し、運ばれたミネラルウォーターで喉を潤し、フルーツをほおばりながら、あの最高のマウンテンビューを満喫出来たらどんなにか爽快であったろう。今度はぜひ、夏のアマンガニに来たい。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.55 2006年4月発行分 掲載記事より抜粋。



    アマンワナ(モヨ島)


    アマンワナ決算書

    合計 54万3,500円(2人分)

    但し但し、2004年8月当時の料金(当時のジャングルテントの室料は650ドル。プラス150ドルで三食の食事とアルコールを除く飲物がつくシステム)。
    #7の2泊室料+食事・飲物代金が約21万5,000円。
    デンパサール〜スンバワ島の往復は全てアマンの手配で約6万6,000円。
    国際線のエア代金は往復約25万4,000円。インドネシア出国税が約8,500円。



    ■ギャップの罠のマジック

    遠く長い道のり、その決して快適な旅とは言えぬ、ちょっとした冒険の末に、ようやくやっとでたどり着く、原始・野生さえをも感じさせる秘境の地。どこか別の惑星にでも連れて来られたような。そこに信じ難いほどの、洗練の極みとも言えるスモールラグジュアリーな秘密の園(基地)が、汗だく・ほこりまみれの私たちを優しく包みこんでくれる。

    このギャップこそが、アマンリゾーツの仕掛ける壮大かつ巧みな演出・舞台装置、つまり「罠(ワナ)」そのものだ。そう、「出発」からアマンは始まっているのだ。疲れさせておいて、優しく迎える。このマジックを最も効果的にゲストに魅せてくれるのが、今回のアマンワナだ。

    CS満足度は4.5点。唯一の減点材料は当時のGM(総支配人)と握手をした際の、まったくこちらの手を握ろうとしない、逃げるようなその右手、それのみだ。


    ■プライベートハンガー

    アマンクルーザーの桟橋である専用のプライべートハンガーから、まだ着いてはいないのに、突如として「アマン」が出現する。バリ風の屋根、正方形のカウンター、籐でできた座り心地抜群のイス、白いクロス。さらに、微笑むバーテンダー、冷えたシャンパン、最高に美味な前菜…。

    「此処で少し休んでからクルーザーに乗って」と案内されたが、私達は「いえ、此処にずっといたいのだけれど・・・」。私達だけを静かに待つアマンクルーザーを浮かべたその水面の美しい事と言ったら!


    ■食事はいつでも何処でも

    食事はいつでも何処でも本当にOKだ。私は皆が寝静まった深夜2:00に誰もいないレストランでサンドウィッチをオーダーした! 普段から細かなメニューブックはなく、その都度、スタッフが料理名の書かれた大きな黒板を運んで来ては「どれにする?」とオーダーをとる。そのおおらかなザックリ感も素敵だ。サンセットクルーズ、スノーケリングなども、サービス精神旺盛なスタッフが、全部ゲストの思い通りにかなえてくれる。


    ■スペシャル感

    シャワーのみでバスタブもない。ゴージャス・ヴィラにはほど遠い。バリでの前泊が必須で、8名乗りのプロペラ機でロンボク島へ渡り、専用クルーザーに乗り換える。遠いし、ハードだけで言えば他のアマンとは比べ物にならないほど、見劣りがする。なのに、この愛おしさ。そこに辿り着けた者だけに与えられる「スペシャル感」とでも言おうか。たとえば、だ。メインデッキで日光浴をしていれば、他のゲストが後から後から桟橋に到着するシーンが、いやでも目に入る。でも、他のお客たちは、決して、そしてかたくなに書物からその視線を上げようとはしない。つまり、「無視」…。素晴らしきこの閉鎖性! やはり、アマンはハードのみでアマン足りえているのではない。


    ■素晴らしきネイチャー

    ジャングルの闇に光り輝く星の美しさ。早朝に出逢う猿、ライブラリーの窓越しに目が合った鹿、透明な海で優雅に浮かんでいたウミガメ、そして思わぬ遭遇の鮫! 間違いなくここは、大宇宙の中のひとつの美しい、奇跡の如き惑星だ。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.54 2006年2月発行分 掲載記事より抜粋。



    アマンジヲ(インドネシア・ジャワ島)


    アマンジヲ決算書

    合計 約54万6,000円(2人分)

    但し2002年8月当時の料金(当時のスイート室料は税サ別で600ドル)。

    室料が約27万円(スイートで予約したがアップグレードされ、デラックススイートに! #28の3泊宿泊料 & ホテル〜空港の送迎料)。 その他、食事代が約3万1,000円。エアー代金(関空-デンパサールージョグジャカルタの往復)が約24万5,000円。



    ■バブリーなショウルームのよう

    私にとって6つ目のアマン。この頃すでに、アマンについては少々小うるさくなっていた私を黙らせた(うならせた)、充実感溢れるリゾート。滞在中ずっと、お酒落で少しばかりバブリーなショウルームにいるかの様に思わせる全空間、何もしなければしないほど、動かなければ動かないほど贅沢感が満喫出来る。その証拠に最大・最古の仏教遺跡ボロブドゥールにさえ行かなかった、行きたくなかった。

    早朝、近くの村からイスラムのお祈りが響きわたる。その音で目覚める毎日、これもアマンジヲならではの事だ。すべてにおいて完璧、と言い切れるアマンだ。とはいうものの、CS満足度は3.5点。ここがビーチリゾートだったら…などと考えるのは野暮とわかってはいるのだが。


    ■完璧なるハード

    スイート、ガゼボ等のプライベートスペース、プール、ダイニング、ブティック、ライブラリー等のパブリックスペース、その全てが幻想的で重厚、荘厳ささえ漂う。仏教観や宇宙観、古代と未来に想いを馳せたりもさせられる。文化の香りにどっぷり浸かれる、と言うよりも、最初の内は少しばかり気恥ずかしくなるほどの大げさ感。それでも慣れて来れば、ソファーに深々と身を横たえ、自分が何者かであるかの如く「大いなる勘違い」を楽しんだ。


    ■完璧なる食事

    熱心に勧める宮廷料理「マカンマラム」には目もくれず、バリ島ガイドブックの写真と料理名を見せてコレとコレ、と言う具合に毎回メニューにはないオリジナルをオーダーした。そのすべてにきちんと応え、しかもことごとく大変に美味。「アマンって食事が美味しかったんだあー」。再認識させてくれたのだった。


    ■完璧なるホスピタリティ

    「あのプールサイドの角でボロブドゥールを眺めながら食事したいのだが」とリクエストすると、答は「ノープロブレム」。数人のスタッフが総出で、とても重たいテーブルとイスを思った通りにセットしてくれた。食事を終えるとスタッフがこう言って笑った。「あなたが発案した新しいオプションだね」。

    GMは元アマヌサのエグゼクティブシェフ、ショーン・フレクラー。チェックイン前に丁寧に挨拶、初めての事だ! その際、アマヌサのビーチクラブで食べたタイ風サラダがとても美味しかった、と話すと「それを作ったのは私だ!」。そして、私たちのためだけにクッキングクラスをやってくれた。何とも嬉しいではないか


    ■完璧なるアマンマジック

    ライブラリーで催されるジャワカルチャーのスライド上映会。このリゾートの文化性、品位の高さ、古代文化の不思議へのロマンを巧みに強調、わけもわからずその演出に酔わせてくれる。このテクはずるい!巧い! そう言えば、部屋には画用紙と絵具があったりもした。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.53 2005年12月発行分 掲載記事より抜粋。



    アマヌサ(バリ島)


    アマヌサ決算書

    合計 約31万7,000円(2人分)

    但し、2000年9月当時の料金(当時のデラックススイート室料は税サ別で650ドル)。
    ジ・アマン・バリ・エクスペリエンス「バリ・アマン7泊で3,700ドル(税サ別)」ツアー代金のうち、アマヌサ2泊相当分が約13万7,000円(デラックススイート#14の2泊宿泊料&コンチネンタルブレックファースト&マッサージ&、バーベキューディナー&ビーチクラブランチ&空港の送迎を含む)。
    その他、食事代が約1万円。エアー代金(関空-デンパサール)が約17万円。


    ■バリ・アマンとのお別れの場所

    インドネシアにあるアマンのターミナル・ハブ・ステーション、いわば中央待合広場だ。アマンワナ、アマンダリ帰りのゲストとアマンジオに向かうゲスト同士がここで行き交い、レストランで、プールサイドで、アマンについて語り合う。私にとっては唯一、2度訪れたアマンでもある。

    3軒のバリ・アマンの最終ステイ、そしてアマンワナの帰途で。だからここの想い出はいつでも切ない。そろそろ帰りのエアーチケットを確認しながら、無意識にスーツケースを帰りに備えて整理しながら過ごしている。バリの奥深く、キラ・ダリの懐に抱き包まれていた数日前の自分が恨めしい。アマンの夢からいやでも覚めなければならない、その時が刻一刻と近づいている。胸が締めつけられる切なさだ。
    バリ・アマンとのお別れの場所、それが私にとってのアマヌサだ。


    ■シティホテルさながらのスイート

    部屋はモダンでスタイリッシュ。チェックイン時には、フランス語のボサノバが流れていた。ベッドルーム、バスルーム、ドレッシング・エリアとどれを取っても優雅さと機能性が見事にバランスをとっている。観光マップやイベントガイドも充実。そう、とても快適で便利なアマンなのだ。だからこそ泣けてくる。「ここはもう、半分アマンではない。別れの時は近い」と。


    ■ゴルフコース&ヒルトンゲストビュー

    リゾート全体がもろにゴルフコースビュー。パンフを見て知ってはいたが、実際に目の当りにすると改めて哀しい。また、プライベートビーチ、と思いたいが、すぐ向こうにヒルトンのゲストが寝そべっているのが見えてしまう。アマンゲストでないバリ島観光客を目撃するのは、バリに着いた日以来だ。その時はっと気付いた。「そうか、もう既に帰路の途中なのだ」と。


    ■充実のギフトショップ

    アマンリゾーツの総合ギフトお取扱店の趣き。ここに来ればアマンギフトのすべてが揃えられる(?)。そして、ウェディングプラン。旅行代理店のウェディングプラン専門のパンフレット、今やその表紙にアマヌサが堂々と登場している。出来れば止めて欲しい。


    ■夜景とビーチクラブでのディナー

    バーのテラスから遠くに見える夜景がきれいだ。アマンで夜景なんか見たくないのに…。どこからか打上げ花火の音さえ聞こえてくる。そう、ここは隠れ家なんかではないのだ。

    と、突然の神のお告げが、感傷に浸る私を急かした。「もう充分にアマンの世界を楽しみましたね。もはやこれまで! さあ、いよいよお別れの時が来たのですよ」。バーベキューディナー、タイサラダのランチ。ともに大変な美味で「デリシャス!」を連発。楽しかったバリでのアマン・エクスペリエンスを締めくくる、まさに『最後の晩餐』…と、何を見ても、何をしても、ついついアマンとの別れのさびしさに結びついてしまうのが、ここアマヌサなのである。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.52 掲載記事より抜粋。



    アマンダリ(バリ島)


    アマンダリ決算書

    合計 約31万7,000円(2人分)

    但し、2000年9月当時の料金(当時のデラックススイート室料は税サ別で650ドル)。
    ジ・アマン・バリ・エクスペリエンス「バリアマン7泊で3,700ドル(税サ別)」ツアー代金のうち、アマンダリ2泊相当分が約13万7,000円(2泊宿泊料&コンチネンタル・ブレックファースト&トレッキング&半日カルチャーツアー&空港の送迎を含む)。



    正直に言うと「期待はずれ」。
    アマンは大切で愛しい存在。アマンに想いを馳せているだけで、とても幸せな気持になれる…。そんなアマンジャンキーの私が、唯一がっかりしたのが、アマンダリだった。

    今から5年前に訪れた当初は「ウブドの超高級旅館」などと自分でもメモ書きしていたのだが、年月が経つにつれ「どこがそんなにいいのかな?」に変わっていった。とても珍しいパターンだ。想い出は時が経つにつれ、美しくなっていくはずなのに…。

    ひと言で言うと「期待はずれ」。期待し過ぎたせいか? それとも私がニューヨーカーではないからか? 結局、何がそれほどまでにいいのか、よくわからなかった。

    たった2泊のアマンダリ体験だったが、CS満足度はハート2・5。アマンダリでの「期待はずれ」感をお茶を濁さず、勇気を奮って紹介したいと思う。


    ■ホリゾンタル・プール

    ドラマティックな憧れのプールにやっと逢えた!と思ったのも束の間「え、これのことなの?」と思うくらい、あっけないほど狭く、借景はただの荒れ山。それでも狭いプールサイドのデイベッドには、欧米人たちがとても満足げに寝そべっている。「ここでそうしている事がそんなに気持いいの?どうして?」思わずそんなお節介を焼きたくなった。


    ■デュープレックス・スイート

    オープンエアのバスタブは、星空を眺めながら優雅に…などと言っている暇はない。まずバスタブに落ちている細かい葉くずと虫を洗い流す、という家でもやらない「お風呂掃除」が待っている。無意味に広い庭と、何故あるのかわからない古びたバレは、まさかプールヴィラの作り損ねの名残か? 2階は専用ベッドルーム、つまり狭い寝室だ。深夜、何処からかバイクの音が聞こえたのには驚いた。ここは「精霊の集う神秘の森」ではなかったの?


    ■プライベート・バレの朝食

    渓谷に張り出したプライベート・バレで絶景を堪能しつつ朝食をとれる、と聞き実際にやってみた。何の事はない。バレはホリゾンタル・プールの脇を5、6歩降りただけの所にちょこんとあって、朝のお散歩にもならないあっけなさ。

    テーブルクロスをかけるわけでもなく、ごく普通のコンチネンタルブレックファーストを淡々と、そして黙々といただいた。また、眺めは絶景というにはほど遠く、目の前には荒れ山と汚い泥の川。おまけにこの泥の川がわずかに臭ったような気さえした。ここは蚊にとっては絶好の環境らしく、おかげで朝から蚊の餌食になった! こんなことならおとなしくレストランの2階(確かエアコン設備もあり、蚊にも悩まされずに済む構造)で食べた方がよっぽど優雅だったに違いない。実にほろ苦い想い出を作ってしまった。


    ■アマンダリ・スイート

    「最高級の部屋で写真を撮りたい」と頼むと案内されたのがここ。デミ・ムーアも泊まったと聞いていやがおうにも興奮した。見事に手入れされた美しいライステラス(地元の農夫が間近で平然と作業をしている!)にベージュのヴィラと青緑のプールが映えている。何枚も写真を撮って満足した。思えば唯一、自分が泊まるわけではないここだけが、うっとりとさせてくれた。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.51 掲載記事より抜粋。



    アマンキラ(バリ島)


    アマンキラ決算書

    合計
     約38万5000円(2人分)

    但し、2000年9月当時の料金(当時のデラックススイート室料は税サ別で650ドル)。
    ジ・アマン・バリ・エクスペリエンス「バリアマン7泊で3700ドル(税サ別)」ツアー代金のうち、アマンキラ3泊相当分が約20万5000円(デラックススイート3泊宿泊料&コンチネンタル・ブレックファースト&スノーケルクルーズ&ピクニックブレックファースト&ホテル〜空港の送迎を含む)。その他、食事代が約1万円。エアー代金(関空〜デンパサール)が約17万円。


    ■テクニシャンなアマンキラ

    アマンジャンキーの心をくすぶる仕掛けと細工が盛りだくさん、まさに、「罠(ワナ)」が次から次へと繰り出されるアマンキラ。お出迎えからそれは始まった。漆黒の闇をドライブすること二時間半、到着するとまずプールを見ろと言う。ライトアップされた三段プールは艶めかしいほど美しく、明日からのステイがきっと極上のものになると約束しているかのように、そしてはやる私をなだめすかすかのように、静かに横たわっている。なんと麗しいその姿! 

    デラックススイートの室内には既にライトが灯され、私たちのチェックインを待っていた。室内に入るとガムランの音色とお香の香りが、長旅で疲れた心と体にじわーっと染みわたる。ああ、何て幸せなんだ。これはきっと凄い滞在になる。


    ■ピクニック・ブレックファースト

    山道をジープで15分ほど走ると、アマンのプライベート・バレが現れる。極上のパノラマビューと共に味わう私たちだけの朝食スペースだ。王様気分で優雅な朝食を楽しんだ。が、よく見ればバレは至ってシンプル、周りは草木がぼうぼう。わざわざ此処で朝食をとらせることを、ひとつの魅力的なオプションとして成立させてしまっている。テクニシャンのやる事はいちいち手がこんでいるものだ。


    ■アマンキラ・スイート

    朝、シャワーのお湯の出が悪いとクレームをつけると、何と最高級カテゴリーである大きなプール付のアマンキラ・スイート(「タイタニック」のジェームズ・キャメロンが泊まった!)を半日だけならと使わせてくれた。つかの間の数時間、ハリウッドの映画監督気分を味わった。トラブルがこんな素晴らしいご褒美になるなんて。テクニシャンの手にかかれば、ミステイクもサプライズに変えてしまうのだ。


    ■三段プール脇のガゼボ

    そしてとどめは、果てしない水平線のロケーションをひとり人占めの三段プール、ではなくて、その脇で自信たっぷりにゲストを待ち構えるガゼボであろう。アマンキラに行ったと言う事は、このガゼボで昼寝したという意味に等しい。それほど此処にいれば、リゾートと水平線双方の眺め、漂う独特の緊張感、スタッフとの会話や食事のオーダー、他のゲストのチェック(!)、とアマンキラのすべてが手に入る、まさに象徴的スペースだ。それにしても、ガゼボにあえてリゾートの主役を張らせるとは…。恐るべしアマンキラ。人を唸らせる侮れないテクニシャンだ。


    ■ビーチ・クラブ

    たった20秒間、わざわざゲストをカートに乗せてお連れするビーチクラブ。ゲストの気持ちとシーンそのものをいったんリセットさせる、かなり高度なテクニックだ。そして三段プールではなく、あえてこちらのプールで遊ぶ愉悦! ここに極まれり。決してきれいとは言えない砂浜だが、等間隔に置かれたバリ風ガゼボのお陰で、さも上質なビーチリゾートに仕立上がっている。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.50 掲載記事より抜粋。



    アマンプリ(タイ)


    アマンプリ4泊決算書

    合計
     約467,000円(2人分)

    但し97年3月当時の料金(当時の室料はスーペリアガーデンパビリオンで約500ドル)。
    ジャルパックのアイルツアー「大人が恋するアマンプリ6日間〜熱帯のパラダイス編〜」ツアー代金43万円が、六本木のアウトレットショップ・コレチオーネカードで10%引きの38万7000円。ツアー代金に含まれるものは、成田・プーケットの往復エア代金、アマンプリのスーペリアガーデンパビリオン4泊(食事なし)、プーケットでの空港送迎。
    ツアー代金以外の出費は、エレファントトレッキングが約5000円、ダイビングが約2万3000円、プライベートクルーズが約3万7000円、全食事代金が約1万5000円。


    ■アマンプリで「次は絶対…」

    パンフレットの表紙に恋焦がれていた。メインエントランスとレストラン、椰子の木に囲まれたかの高名なブラックタイルプール。脇にはテーブルがセットされ、その先は急な断崖を思わせる角度の水平線、沈む夕陽。「お金持ちの好きそうなシチュエーションだなあ」身勝手な想像を働かせた。そして少し不安だった。自分なんかが行って充分満喫できるのだろうか。この不安は当らずも遠からずで、終始、圧倒的なヒエラルキーの存在を振り払えないステイになった。


    ■ヴィラ・ホーム

    スタッフにカメラマンを頼み、ヴィラ・ホームで写真を何枚も撮ってもらった。群青色の海に浮かんでいるかのようなオーシャンフロントのだだっ広い空間に、立派なブラックタイルプール、いくつものパビリオンとリビング&ダイニング・サーラが備わり、これをゲストひと組が独り占め出来るという。素晴らしさに感激する反面、私のパビリオンとのあまりのギャップに少し白けてしまった。「次は絶対ヴィラホーム、私もここの主になってみたい」こぶしを固く握りしめたのだった。


    ■プライベート・クルーズ

    007のロケ地として有名なパンガー湾へのクルーズを、約半日プライベートチャーターで楽しんだ。私としてはかなりの豪遊であった。しかし、船はもっと大きくゴージャスなものがいくつもある中、私は一番小さな、船内スペースもまったくないタイプ。遥かパンガー湾まで全力疾走で辿り着き、そして大急ぎのトンボ帰り。次は絶対もっと大きな船で、大海原から勝ち誇った様にアマンプリを眺めつつ、優雅に停泊と洒落こみたい。


    ■リベンジを決意した時

    何度かレセプションを訪ねては、サンセットクルーズを頼むかどうかで大いに思い迷った。私としては高額な料金だから。と、その時だ。信じられない屈辱を味わったのは。男性スタッフがボールペンのノック部分をデスクに当てて「コンコンコンコン」とあからさまに音を響かせ始めたではないか。その音は私にこう命じていた。「一体何時まで迷ってんだい?早いとこ決めろよー」。忘れたくても忘れられない、悲しくも忌わしい出来事だ。けれど、何も言い返せなかった。まだまだホテル修行が足りなかったあの頃は。


    ■ああ、私もここにいたい

    ビデオテープに収めたアマンプリを再生してみる。嬉しいのは映像ではなく、アマンのあの静けさ・空気感が再現出来ることだ。遠くに波音、近くに小鳥のさえずり、そして読書に耽り決して口を開かない黒いサングラスの欧米人ゲスト。ああ、私もここにいたのだ。今から思うと外に出かけすぎた。エレファントトレッキング、ダイビング、プライベートクルーズ。あのブラックタイルプールでそしてホテルのプライベートビーチで、もう一度心からゆったりと、朝から晩まで美味しい食事を堪能し、静けさに包まれながら、海を眺めて過ごしたい。だから私にとってアマンプリは、もう一度行きたいアマンの第一位だ。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.49 2005年4月発行号 掲載記事より抜粋。



    アマンプロ(フィリピン)


    アマンプロ決算書

    合計
     約50万(2人分)

    但し、96年3月当時(当時の室料はツリートップカシータで350ドルと今の約半分強)の料金。
    ツアー代金 約46万円(2人分)、食事代 約3万円、レジャー代 約1万円(ボートダイビング1回)。

    *ツアー代金に含まれるのは、アマンプロのツリートップカシータ N0.30(朝食2回付)での4泊の他、マニラでの前・後泊@ヘリテイジホテル(朝食2回、夕食1回付)、ノースウェスト航空の成田-マニラ間往復エアー代金、アマン専用機でのマニラ-リゾート間往復代金。フィッシュフィーディング、シュノーケリング(ソフトドリンク付)、サンセット・クルーズ(スナック・ドリンク付)、テニス(お相手プレーヤー付)は全て無料サービス。


    ■アマンプロで落ちた

    「恋はするものではない、落ちるもの」と言ったのは、どなたか有名な作家の方だった。不肖田中、四十一才のごく普通のサラリーマン。生保会社の営業マンとして毎日朝から晩まで地道に働いている私が、ホテル界でも別格の豪華さを誇るアマンなどという身のほどしらずの世界にいかにして落ちたのか、今一度振り返ってみたい。

    九年前、記念すべくアマンデビューをアマンプロにするかアマンプリにするかでとても迷った。後になってみて、アマンプロにして良かったとつくづく思う。もしアマンプリにしていたら、その後もアマンを訪れたであろうか。そのくらい私にとって、プロとプリの差は激しく大きい。私がはまったアマンプロにしかない魔法の数々を以下ご紹介したい。


    ■ウェイティング・ラウンジ

    すべてはここから始まった。マニラ市街の喧騒から一変、まるで秘密クラブの様な雰囲気の専用ラウンジ。あそこに足を踏み入れた時、あの時の衝撃と白日夢状態は思い出すだけでもうっとり出来る。あれから九年、私はまだあの夢から醒めていない。


    ■名前で呼んでくれる

    専用機がリゾートに到着、スタッフが私に近づき「ミスター・タナカさん」。他にも日本人は大勢いたのに何故私がタナカとわかったのだろう‥。その後も、いたるところでスタッフたちが、私を名前で呼んでくれるのだ。日本ではしがないサラリーマンでしかない私のことを‥。これは、後に訪れた他のアマンでも経験したことだったが、最初の時は衝撃的でうれしかった。


    ■ぴったりのテーマミュージック

    アマンプロのテーマミュージック、H・スタッグのフィーザーライト。チェックイン時、この曲がカシータに流れ出したその時、木の温もりが贅沢なカシータ、窓の向こうのビーチとマナモアイランド、これが一瞬にして逆にB・G・Vと化し、時は止まり、私はふわぁーと浮き上がった。すべてから解き放たれ、すべてを許し、まるでこの美しい地球上のすべてが私一人を祝福してくれているかのような世界への完全なるトリップ。そのあとの事は覚えていない。


    ■この世のものと思えないビーチ

    プールの如き静かなターコイズブルー、パウダーの如きホワイトサンド、等間隔で白いパラソルとデイベッド。手つかずの自然ではない。何者かが完璧に計算し、用意したものだ。私一人のために‥。思わずつぶやいた、「こんなの神様にしか作れない」。私はこのビーチの砂をボトルに詰めて持ち帰り、今でも時々匂いを嗅いではあの時を思い出している。


    ■私だけのためベッドメーキング

    プールサイドのデイベッドで昼寝した翌日のこと。プールサイドに行くと、何とそこには前日自分流に居心地良い様にバスタオルを何枚も使ってセットしたのと全く同じようにベッドメーキングされたデイベッドがあるではないか! 息を飲んだ。自分は見られている。とてもつぶさに。これは想像以上にとんでもない所に来てしまったぞ‥。

    ここを訪れる前、勤務先でとてもイヤな事があった。良かれと思ってした事が裏目に出て攻撃され、ひどく傷ついていた。そして出逢ったアマン。「これからは何でも我慢出来る。また此処に来られるならば…」。私のアマンジャンキーの歩みはこうして始まった。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.48 2005年2月発行号 掲載記事より抜粋。



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