LLOBBY

ホテル情報誌「ホテルジャンキーズ」
Vol.74 特集記事より



ミステリーとホテル


















読むと行きたくなる
ホテルジャンキーのための
ミステリーガイド



小説に登場するホテルシーンに惹かれて、旅立つ。そんなご経験はありませんか?

アガサ・クリスティーをはじめ、ミステリーにはホテルを舞台にした作品がたくさんあります。作家たちにもホテル好きが多いようです。そこで、「ホテルジャンキーはミステリー好き?」という仮説を立て、読者の皆さんにアンケートを取ってみたところ、結果は、「ミステリー大好き?!」なミステリー派と、「ミステリー、まったく読みません」というノン・ミステリー派、このふたつに、はっきり分かれました。

ノン・ミステリー派には「そういえば、ミステリー小説みたいなもの、まともに読んだことないことに気がつきました。人生損していますかね?」という方も。そこで、ホテルジャンキーとして人生損しないような特集を組んでみることにしました。
ミステリー好きな方も、そうでない方も、お楽しみいただけます。



■アガサ・クリスティが描いた
「理想のホテル」


一九六五年に発表された「バートラムホテルにて」は、ロンドンのクラシックホテルを舞台にして謎解きストーリーが展開。ふつうのおばちゃま、ミス・マープル・シリーズのひとつです。

第二次世界大戦後のロンドン。ほかのホテルが軒並み変化の波を受ける中で、ありえないほど完璧に古き良きエドワード王朝時代の雰囲気を残し、ミス・マープルが半世紀あまりも前に訪れたころのままの時間が流れるバートラム・ホテル。それは失いたくない古き良き時代の贅沢が味わえる、夢のようなホテルです。

さて、ホテル好きだったクリスティにとっての「理想のホテル」とは、いったいどんなホテルなのでしょうか?



ちょっと奥まったロケーション。

「ハイドパークから出ている、これといった目だたない通りをはなれて、左へ右へ一、二度まがると静かな街路へ出る。その右側にバートラムホテルがある。」

都心の便利なロケーションにありながら、表の大通りには面しておらず、ちょっと奥まった静かな界隈にあります。

快適さを備えたクラシックホテル

すっかり古びて老朽化していたものに手を入れ、改修したものですが、その改修も…。

「その変革を実に巧みにやっているので、ちょっと見たぐらいでは気がつかないほどである。」

たとえば、ロビーには古式豊かな暖炉があり、そのわきには真鍮の石炭入れがあって、中には手頃な大きさの石炭がいっぱい入れてあるのですが、実際は最新のセントラルヒーティングになっているといった具合です。

無駄なスペースがいっぱい

お茶を飲む場所ひとつとってもバラエティに富んだいろいろなスペースが用意されています。ロビー、さらさ模様の応接室、紳士専用で大きな皮張りの椅子がある喫煙室、ライティングルームが二つ。そして、さらに…。

「決して宣伝しているわけではないが、そんなところが欲しい人々のためには、もっと別のかくれ場所もある」

ということで、アメリカ風のバーテンがいるバアと英国風のバーテンがいるバアがあるのです。

「さらにまた、ぜひにという人たちのためには」

廊下の片隅にテレビ室もあるといった具合で、まさに至れり尽せり。無駄なスペースがいっぱいあります。そして、いすも…。

「いすにはいろいろな種類のものがある。…中略…どんなサイズの人でも、バートラム・ホテルではじぶんにぐあいのいい快適ないすをみつけることができる。」

役柄にぴったり合った従業員

 バートラム・ホテルを象徴するシーンとして描かれているのが、アフタヌーンティーの時間です。他のホテルにはない雰囲気を作っているのは、舞台となる大ロビーのインテリアや家具、食器、昔のままのレシピの「ほんもののマフィン」や「ほんもののシード・ケーキ」などのお菓子やお茶はもちろんですが、適材適所で配された「役者」たちです。 「壮大な身体つき、男盛りの五十歳、親しみがあって、オジサンふうで、態度は丁重、もはや消滅して久しい種類の人間、完璧な従僕」

こういうタイプの給仕頭の「謹厳な指図で、背のすらりとした若者たちが実際の仕事を取り行っている」といった芸の細かさ。

ホテルではたらく従業員たちは誰もがまるで役柄にぴったりな人たちばかり。朝食の注文にあらわれたメイドも…。 「現実らしくないかっこうをしている-藤色のプリント縞のある服を着て、制帽までちゃんと頭にのせている。洗濯したてのである。微笑を浮べ、ほっぺが赤く、何ともひなびた顔をしている。」

「舞台装置」として選ばれた客層

ホテルの雰囲気をつくるうえで大切な客層も選ばれています。

「高位の聖職者とか地方在住の爵位を持った未亡人とか、または大へんにお金のかかる社交界へ出るための準備学校から帰宅途中の若い娘さんといった人たち」

しかし、高位にはあるけれどバートラム・ホテルに泊まるだけの「資力やゆとりをお持ちではない」客たちには、こっそり特別料金を出しており、それを知った登場人物のひとりはこう語っています。

「落ちぶれた貴族とか、貧乏になりさがった地方名家とかいった人たちは、ここの舞台装置みたいなものに過ぎんというわけだね?」

このホテルのモデルと言われているのは、一八三七年にオープンしたロンドンのメイフェアにある『ブラウンズ・ホテル』。ユーミンの「時のないホテル」の舞台にもなっています。

*以上本文中、「」で括られたゴシック体の文字部分は以下からの引用です。「バートラム・ホテルにて」(乾信一郎訳/ハヤカワ文庫)



■ジャック・ヒギンズに学ぶ
ロンドンの名門ホテルの選び方、
シャレ方。




ジャック・ヒギンズが描くヒーローたちの中で、ホテルの選び方や使い方に自分流のこだわりとスタイルを持つヒーローは、ショーン・ディロンである。

元IRAのテロリストだが、訳あってその後、英国情報部の仕事をしている、ひと筋縄ではいかない、アイルランド人。贅沢な遊び人だが、シャンパンの銘柄で彼がいつも指定するのはクリュッグのノン・ヴィンテージ。つまり、何年ものという指定がないブレンドである。

その理由を「密約の地」で彼はこう語っている。

「ブレンドの具合が絶妙なんだが、あまり知られていない。たいていの人はラベルに書いてる表面的な事柄にしか注目しないからね。」

作品の中で、ヒギンズはしばしば自身のホテル観を登場人物に語らせている。特にロンドンの名門ホテルの微妙な違いについての描写はおもしろい。

バークレー

「密約の地」で、「億万長者の、ホテル王にして投資家」「雑誌の社交記事の常連」であるアメリカでも屈指の上流階級の男(実はマフィアのドンの一族)が、溺愛する義理の娘とロンドンを訪れた時に泊まるホテルは…。

「『ホテルはバークレー?』アスタが訊いた。
『ほかにどこがある? ロンドン一のホテルだよ。最高級のウェリントン・スイートを予約してある。寝室が二つに、すばらしい温室がついている』」

ドーチェスター

「復讐の血族」(黒原敏行訳・角川文庫)で、アメリカ大統領がロンドンで泊まるホテルは…。

「『大統領はどこに滞在する?』
ドーチェスター、最上階のスイート…中略…テラスからロンドンが一望できるんだ。そこに立てばみんなが見える-つまり、みんなから見られるわけだ。』」

このホテルは「密約の地」でも、ブラジル大使夫妻が主催する舞踏会など、外交の舞台として登場するが、ディロンはここのピアノ・バーの常連で、時にピアニストの代わりにピアノを弾いたりして、多才なところを見せる。

このピアノ・バーは、「復讐の血族」でも登場し、アラブの名門とイギリスの伯爵家の血を引き、世界有数の金持ちであるラシッド家の人々とディロンが腹の探り合いをする舞台として使われている。



コノート・ホテル

「双生の荒鷲」(黒原敏行訳・角川文庫)では、第二次世界大戦当時、ロンドンに亡命中のシャルル・ド・ゴール将軍が暮らしていたホテルとして『コノート・ホテル(作中ではコンノート・ホテル)』が登場する。

「ド・ゴール将軍は一九四三年以降、コンノート・ホテルには住んでいなかったが、スイートルーム一○三号室は引きつづき側近たちに利用されていた。」

アイゼンハワーの幕僚をつとめるアメリカの少将の娘で「このホテルは大好き」という女医のモリーによると…。

「『以前はコーバーグ・ホテルといったのよ。たしか、ヴィクトリア女王の夫君プリンス・アルバートにちなんだ名前だったわ。でも、先の大戦の終わりごろに、先王が王室のドイツ風の名前を改めたの。それでホテルも名前をコンノートに変えたわけ』」



サヴォイ・ホテル

「双生の荒鷲」で、アメリカ大統領の腹心でもあり、大富豪の上院議員がテームズ河をのぞむ2ベッドルームスイートに一人で泊まるのは、サボイ・ホテルである。

「准男爵でもあって、途方もない金持ち」である英国貴族の部下のおごりでイギリス陸軍の高官たちがすばらしい夕食をとるのは、同ホテルの「リヴァー・ルーム」。

*以上本文中、「」で括られたゴシック体の文字部分は以下からの引用です。「密約の地」(黒原敏行訳/早川書房)「復讐の血族」(黒原敏行訳/角川文庫)「双生の荒鷲」(黒原敏行訳/角川文庫)



■アメリカの
「ホテル内幕もの」小説を
読む



「ホテル」

アーサー・ヘイリー(高橋豊訳/新潮文庫)

「いつの時代にも流行というものがある。そいつにまどわされるなということだ。いまはけばけばしい、見てくれのいい、千篇一律なものがはやっているけれども、そのうちに世の中の人はそんなものに飽きて、古いものに憧れるようになる。心のこもったもてなしとか、個性とか、雰囲気とか--つまり、その土地々々の持つ古い優れた特色を生かしていることが、要求されるようになると思う」(「ホテル」アーサー・ヘイリー/新潮文庫より)

一九六五年、今から半世紀近く前にアメリカで出版された小説なのだが、いま読んでもまったく古さを感じさせない。

ニューオーリンズ一の格式を誇る古き良き時代のホテル、セント・グレゴリー・ホテルを舞台に、複数のストーリーが同時進行する。

膨大な取材を元に書かれているだけに、ホテルという舞台で起きうることのほとんどが書かれているといっても過言ではない。

昔ながらの古い経営方法がとっくに破綻をきたしているものの、現状は変えたくないホテルオーナー。何よりも合理性が第一と考える新興ホテルチェーンのオーナーによる買収の動き。それに対抗するホワイトナイトの存在。

資産査定のために会計士たちが買収前に行う調査。クラシックホテルゆえの施設の老朽化に伴う安全性の問題。ホテルを専門とする泥棒の仕事のやり方。当時はまだ存在していた黒人客の受け入れ拒否問題。スキッパーの見分け方。バーテンダーが売上をちょろまかす方法。従業員がいかなる方法で調理場から高価な肉を盗んでいるか。二重チップの取り方。チップを多くもらうためにベルボーイがどう立ち回るか。女性客からの誘惑問題。そして、さまざまなバックグラウンドを持つお客たち。

つまり、本書を読むと、ホテルというものが、どういう生態の生きものであるかがよくわかる。


「ケインとアベル」

ジェフリー・アーチャー(永井淳訳/新潮文庫)

第一次世界大戦前の一九○六年から第二次世界大戦後の一九六七年まで、ヨーロッパとアメリカにまたがって、二人の男の人生が交差する。

持って生まれた才覚と強い意志、努力により、絶壁に爪を立てるようにして成り上がったポーランド移民出身のホテル王、アベル。

一方、銀の匙を加えて生まれてきた東部エスタブリッシュメント出身の銀行家、ケイン。

ストーリーは、運命のいたずらで宿敵どうしとなる二人の人生を対比しながら進行する。ニューヨークのプラザのパームコートで、片やウェイター、片やお客として二人が遭遇するシーンは、スタートラインにおける二人の関係を象徴している。

アベルのモデルはコンラッド・ヒルトンと言われており、彼がホテルビジネスを拡大していく過程はヒルトンの歴史とだぶるところも多い。


「ロスノフスキの娘」

ジェフリー・アーチャー(永井淳訳/新潮文庫)

「ケインとアベル」の続編的小説で、ホテル王のアベルと銀行家のケイン、彼ら二人の娘と息子の世代の物語が主となっている。

アベルの娘のフロレンティナは幼い頃からずば抜けて優秀な子どもだった。大学卒業後、すぐに父親のホテルに入ることをよしとせず、仕事を覚えるまではホテル王の娘として扱って欲しくないからという理由で、身分を隠してニューヨークのブルーミンデイル・デパートで売り子として働いていた。

そこで出会うのが、父親の宿敵でもある銀行家ケインの息子、リチャード。二人は何も知らずに恋に落ちるが、それを知った双方の父親の猛反対を受け、サンフランシスコに駆け落ちする。

フロレンティナが、女性としては初のアメリカ大統領になるというのが物語の山だが、前半では、アベルがホテルビジネスを拡大していく姿が、後半ではフロレンティナとリチャード夫婦がホテルビジネスを受け継ぎ、経営していく様子が描かれている。




*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.74 掲載特集記事より抜粋。

詳しくは「ホテルジャンキーズ」第74号をご覧下さい。