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ホテル情報誌「ホテルジャンキーズ」記事より抜粋
建築コラム
From Architectural Point of View
ホテル設計を手がける建築家であり、 ホテルジャンキーでもある
浅野一行さんによる ホテルのハードに関するコラムです。
あさの・かずゆき
●1961年生まれ。設計事務所勤務。ホテルジャンキーズクラブ会員。
ホテルのミニバー
ホテルのプール
ホテルと災害
ホテルの家具
客室のトイレタリー
ホテルのパーラー
ホテルのバスタブ
庭のホテル
アール・デコのホテル
アール・ヌーヴォーのホテル
コンバージョンによるホテル
変わるホテルのパブリックトイレ
■ホテルのミニバー
バトラーに頼めばすぐに何でも手に入るようなホテルは別にして、喉を潤す飲み物くらいは客室内に備えておきたいものです。ルームサービスを頼むほどではない、そんな時、ミニバーが活躍します。ちょっとしたティータイムを部屋で楽しんだり、お休み前に軽く一杯。ミニバーは、ホテルライフに彩りを添えてくれる存在といっていいでしょう。
従来、ホテルの客室には不可欠なものと思っていましたが、いつの頃からか、客室の冷蔵庫が空のホテルが増えました。運営の合理化ということでしょうが、必ずしもホテルグレードによるとも限らないようで、そのホテルの運営方針がストレートに出ている場所なのです。
今回は、ホテルのミニバーについてお話させていただきます。
ミニバー利用事情
便利なミニバーですが、では、どのくらいの人が利用しているかといえば、残念ながらかなり少ないのが実情のようです。
ネックになっているのは、その値段。市場価格の二?三倍以上がほとんどですから、普通の人は気軽に手を出せるものではありません。ホテル側からすれば、在庫管理や補充業務とたいへん手間の掛かるサービスなので、仕方のない価格ということでしょう。
そのうえ、商品の回転が悪いので、ビールが期限切れになっていたなどという話も聞きます。また、ファミリーユースの場合は、実際にほしいものを外で購入したいので、冷蔵庫は空のほうが自由に使えて便利。飲まないリキュールのミニチュアボトルが並んでいてもまったく意味がない。なんていう意見も聞こえてきます。
これでは、ホテル側がいっそのことやめてしまおうと思うのもわかる気がします。望まれていないサービスをあえてすることはないし、空の冷蔵庫さえ置いておけば、勝手に自販機か近くのコンビニを利用してもらえて、特に苦情にならないというのですから。
一方、夜中にホテルに到着した場合や、ホテルの周りに何もないような場合、客室は最後の拠りどころとなります。ミニバーの存在は、これほどありがたいものはありません。
そうでなくとも、部屋で寛いでいて外に出るのが億劫な時、やっぱりミニバーは便利です。すぐに冷たいビールをグイっとやりたい時もあるではありませんか。
私自身は、あらかじめ外で飲み物を購入してからチェックインするといった用意周到な行動は苦手なうえ、ほしい時は我慢できない性質なので、ついつい利用してしまう、ホテルにとっては良いお客さんです。
一流ホテルのサービスを想定すれば、もちろんあって然るべきミニバー。煩わしい思いや、要らぬ心配をさせないのもサービスです。
ホテルによっては、オールフリーでサービスしていますし、ミニバー飲み放題というプランを出しているところもあります。
ミニバーが、そのホテルのサービスにふさわしいかどうかは、どのレベルで、どういうサービスを行ないたいか、ホテルの考え方次第と言えそうです。
ミニバーのアイテム
一口にミニバーといっても、そろえているアイテムはホテルによって様々です。軽装備なものから重装備なものまで、順を追ってみてみましょう。
まず、冷蔵庫を空にしているところでも、ティーバッグの煎茶・ほうじ茶・コーヒー(有料の場合も)・紅茶などは用意されており、付属器具としては電気ポットとアイスペールは必需品です。このケースでの茶器は、グラスと茶碗、せいぜいカップ&ソーサーがつく程度でしょうか。
冷蔵庫がビール、ミネラルウォーター、ジュースで満たされると、次はアルコール類の充実が図られます。ウイスキーやリキュール類のミニチュアボトルが用意され、ワインが置かれます。スナック菓子も付くようになります。
さらに、飲み物が充実してシャンパン、焼酎などが用意されるケースになると、グラスにワイングラスやシャンパングラスが足され、お茶と共に急須と茶碗も上等なものに。カップ&ソーサーは、ブランド物といった具合です。ワインオープナーやソムリエナイフなどの道具も充実してきます。
近頃では、エスプレッソマシーンを置くホテルもあります。まだ少数ですが、個人的にはとても嬉しいサービスで、増えてほしいと思います。
そして、ミニバーにお洒落な流しを備えているものは、「ウェット・バー」と呼ばれます。何度も使うグラスやカップを洗うのにも便利ですし、手慣れた方なら、おつまみやカクテルを作って楽しむこともできます。しかし、設備に負担がかかるためか、最近のホテルではあまり見かけなくなりました。
ところで、ホテルの冷蔵庫には、就寝の邪魔にならないよう静音性が求められます。通常の冷蔵庫は、ガス圧縮式で、コンプレッサーを使う方式なので、皆さんよくご存知の音が出ます。そこで、コンプレッサーを使わないガス吸収式(冷媒にアンモニアなどの液体を使った方式)やペルチェ式(ペルチェ効果という原理を応用した電子冷却方式)という方式が、ホテルの小型冷蔵庫には採用されてきました。それで、あまり見慣れない形が多いのです。最近は一般的なガス圧縮式も音が静かになってきたことから、使われる例が増えてきたそうです。
ミニバーのいろいろなタイプ
ミニバーを客室のどこに配置するかについては、ホテルによってさまざまです。
昔、テレビがブラウン管式だった時代、部屋に露出するのを嫌がった高級ホテルでは、それを収納するアーモアと呼ばれる家具が部屋の中央(ベッドからもパーラーからも良く見える場所)に置かれました。ミニバーは、この意匠上重要な家具の一部に組み込まれることが多かったように思います。
アーモアが消えた今、ミニバーは、それ自体の大きさにふさわしい場所に、納められるようになりました。
■ライティングデスクの一部
一番コンパクトなのがこの方法です。ホテルディレクトリー等を納める抽斗の下部に冷蔵庫、さらに幅があれば電気ポット、アイスペール、グラスなどを納めます。納まりきらなければ、デスクの上も使うことになります。
スペースに余裕のないビジネス系のホテルや、出来るだけコンパクトに納めたい場合によく見られます。
また、ローコストのビジネス系のホテルだと、冷蔵庫に外扉を付けて隠すかどうかが問題にされます。当然、隠した方がデザインコントロールしやすいのですが、昨今の厳しい建設コストゆえ、露出タイプでデザインを頑張る事例も増えています。
■専用棚
壁面の一部に、ワイド60センチ程度で縦一列に専用の棚を用意し、まとめてコンパクトに納める方法です。下から、開き戸内に冷蔵庫、抽斗にミニチュアボトル・スナック菓子・茶器、石の天板に電気ポット・アイスペール・茶器、そして、その上にガラス板を渡してグラス類を並べる事例をよく目にします。
ウェット・バーにする場合は、このタイプのワイドを広げた天板に流しを組み込むことになります。
■専用家具
ミニバー用に設えられた専用の家具を配置する方法です。ミニバーのアイテムが増えるほど、収納スペースが要り、こうした家具が必要となるわけです。造り付け家具とする場合と、置き家具にする場合の両方があります。
大きな部屋、ラグジュアリーホテルによく見られるタイプです。
多くのアイテムをすべてバランスよく一つの家具に収納するのは、運営側との調整はもとより、備品にいたるまで、すべてのデザインを把握したうえでしか出来ないことです。
大きなテレビの納め方と共に、インテリアデザインの見せ所となります。
●ミニバーを見せるか隠すか
ヨーロピアンクラシックが流行っていた頃のミニバーは、様式的な意匠を身に纏い、きれいなミニチュアボトルやグラスをミラーに映し、華やかさを演出した、「見せる」デザインが多かったように思います。
ところが、シンプルモダンのデザインが主流となった現在では、ミニバーは整然と家具の中に納まり、露出度の低いデザインが増えたように思います。
でも、決して無味乾燥なものになったわけではありません。この辺に入っているかな、と引き出しや扉を開けると、宝石箱を開けたときのように、計算されつくしたレイアウトできれいに並べられたアイテムが出現するのです。思わず頬が緩むのは、私だけではないでしょう。
ミニバーは、そんな期待を抱かせてくれる存在でもあります。
■ホテルのプール
プールの底にモザイクタイルで描かれたホテルのロゴマーク。リゾートホテル、シティホテルを問わず、洗練されたホテルのは、昔からホテル愛好家の心をしっかりと捉えてきました。
それでいて、お気に入りのプールは人によって千差万別。こだわるところが違えば、好き嫌いがはっきりわかれる、プールとはそんな施設のようです。
一方、ホテルへのスパの参入やフィットネスのあり方との兼ね合いで、プールを取り巻く環境は大きく変化しています。
そんな状況下、昨今の国内外におけるホテルのプールの動向は?
今回は、ホテルのプールについてハードの視点で取り上げてみました。
プールのタイプいろいろ
まずは、比較的最近のホテルで見られる特徴的なプールのタイプをピックアップしてみました。どれもこれまでの、あるいはこれからの潮流に何らかの影響を与える可能性を秘めています。
■ワールプール
いわゆるジャクージのことで、ホテルに限ったものではありませんが、競泳用またはリラクゼーション用の大きなプールの脇には、これが併設されることが増えました。
リラックス、マッサージ効果があり、ストレスや体の疲れがすっと引き、心身ともに快適にしてくれます。ホテルのプールには、もはや必須アイテムと言ってよいでしょう。
単に円形のものではなく、露天の岩風呂風にしたり、それ自体が発光して光を湛えたり、様々にデザインを工夫して、ホテルの個性を表現しています。
■インフィニティプール
一時、ホリゾンタルプールとも呼ばれていました。インフィニティエッジ構造のプールのことで、海が背景のロケーション等で、プールの海側の淵をなくし、水をオーバーフローさせて、満々とたたえられたプールの水がその先の海と一体化しているように見せるデザイン手法です。
歴史は古いのですが、昨今のリゾートホテルではお決まりの手法と言えるほどの大流行です。最近は、日本の露天風呂にもよく見られるようになりました。
もともとは、海や湖で使う技ですが、溢れ落ちるプールの向こう側が大都会というのも、これはこれで感激物です。インターコンチネンタルホテル香港のインフィニティプールは、水面がヴィクトリアハーバーにつながり、さらに香港島の超高層ビル街を臨む絶景です。
■ブラックプール
アマンリゾーツの総帥エイドリアン・ゼッカーが、プーケットのアマンプリで最初にプロデュースしたプールです。プールの色は水色がお決まりで、ホテルも例外ではなかった一九八八年当時、黒いタイルをプールの中に敷き詰め、漆黒のプールをつくりました。大自然との相性は抜群に良く、自然に溶けこむアマンリゾートの思想を象徴するようなプールです。
以後、ホテルのプールは水色の呪縛が解かれたように平凡な水色は減り、個性的なものが増えたように思います。
■プライベートプール
高級路線のリゾートでは、プライベートプール付のヴィラや客室が人気です。小さくてもプライバシーの保たれた、自分(達)だけに用意されたプールで、自由気ままに過ごす。高級旅館の露天風呂付客室と同じ、いや、それ以上に贅沢なリゾートライフのひとつの回答だと思われます。最近では値段もこなれてきて、手ごろな予算で泊まれるところも増えたそうです。
大きなプールで他のゲストと一緒に過ごす雰囲気を好まれる方もいるでしょうから、好き好きですが。
プールサイドのアイテム
ホテルのプールサイドには、他では見られない特有のアイテムがけっこうあります。すべて、プールサイドでいかに優雅に、快適に過ごすか、という要求から生まれました。
■デッキチェア
ずいぶん前ですが、海外で飲み物のオーダーの時に立てるフラッグがついたデッキチェアを初めて見た時、スマートな異文化に感動した記億があります。デッキチェアがプールサイドを象徴する花形アイテムなのは、今も昔も変わりません。
特に高級ホテルのデッキチェアは、進化し続けているアイテムのひとつではないでしょうか。ふかふかの防水マットが乗り、移動させやすい車輪が付き(ゲストが動かすものではありませんが)、可動式の天蓋が付き、うっとりさせられるほど洗練されたデザインのものまであります。
さらにタオルの置き方ひとつにも、そのホテルのホスピタリティへのこだわりを感じさせてくれます。
■カバナ
カバナとは、もともと、プールやビーチに直接出られる客室のことを指します。海外でアメリカやメキシコのマリンリゾートによく見られるスタイルです。
プーケットのミレニアムリゾート・パトン・プーケットのカバナルームは、プールとの距離をさらに近づけてしまいました。客室とプールをプライベートテラスで繋ぐ構成で、テラスにはデッキチェアとテーブル・イスのセット、シャワーが完備され、プールへの降り口は、プールと一体化したプライベートジャクージになっています。対岸にある通常のプールサイドからは、羨望の眼差しが痛いほど届きそうです。
日本では、沖縄の喜瀬別邸HOTEL&SPAに、本来の意味でのカバナルームがあります。客室と屋外プールの間に扉ひとつで仕切られたプライベートジャクージとデイベッドがあり、大きなプールに疲れたら、落ち着いたプライベート空間でゆったりと過ごすことも可能です。
そして最近は、プールサイドに置かれる、ベッドを乗せたデッキの上に天蓋をつけ、カーテンなどを下げたプライベート空間もカバナと呼ばれています。小屋に近いものから、テント製の天蓋タイプ、デッキチェアを一、二台カバーする可動式テントまでタイプは様々。立派なものになると、そこでスパトリートメントも行なわれるようです。通常一日単位の予約制で、数が少ないことからレンタル料は高価です。
一例ですが、フォーシーズンズ・リゾート・マウイ・アット・ワイレアのカバナは、ホテルのホームページで次のように紹介されています。「十五平方メートルの豪華なカバナ (有料) には、ワイヤレスヘッドセット付きフラットHDテレビ、有線およびワイヤレスインターネットアクセス、シーリングファン、シャンパンとエヴィアン、スプリッツを貯蔵した小型冷蔵庫、ラップトップ用セーフティーボックス、雑誌、座り心地のよいカウチ、ゆったりとしたラウンジチェアーをご用意しています」。
SLSホテルビバリーヒルズの屋上プールには、スタルクがデザインした、隠れ家風の空間にチーク材の調度品をふんだんにあしらったという、一風変わったカバナが七棟あります。
日本では、ホテルニューオータニ東京のTHE POOL「MAI TAI」が、一棟三十六平米のカバナをフリードリンクサービス付で提供しています。
■フローティング・デッキ
正確な名称はなんというのか分かりませんが、プールの中にデッキチェアやベッドが浮いている(固定されていますが)仕掛けを見かけます。
アイランドリゾートでは、ラウンジチェアが乗ったデッキが本当に海に浮いているのがありますが、あれの簡易版でしょうか。形は、デッキチェアがプールに迫り出しているものからアイランド状のものまで、材質は通常のデッキチェアからWソウルウォーカーヒルの室内プールのような樹脂製のものまで色々です。できるだけ水面に近いところでゴロゴロしたいという気持ちは良く分かりますね。
■スイムアップバー
プールの中に設えられたドリンクバーです。パビリオンタイプや洞穴タイプなどがあり、水面に浮かぶスツールに腰をかけて、冷たいものをいただきます。
これも海外のリゾートでは昔からありますが、残念ながら日本では普及しませんでした。日本の法令ではプールの中での飲食はもってのほか。プールサイドですら基本的には飲食禁止。飲食エリアは、プールサイドとゾーンを明確に仕切ることを指導されます。
最近のシティホテル事例
国内では、最近の高級シティホテルのプール事情には、明らかなひとつの傾向がみられます。
リッツカールトン東京は、二十メートルの屋内温水プール(ジャクージ付)を「ザ・リッツカールトン スパ&フィットネス by ESPA」内にアクア施設として整備。
ペニンシュラ東京は、二十メートルの屋内温水プールとジムをフィットネスとして、「ザ・ペニンシュラスパ by ESPA」と共にウェルネスのメインファシリティにしています。
ザ・キャピトルホテル東急は、二十メートルの屋内プール(ジャクージ付)とジムで「キャピトルフィットネスクラブ」とし、スパ&バーバー「カージュラジャ ティアド」を併設。
シャングリラ東京は、二十メートルの屋内温水プール(ジャクージ付)とジムでヘルスクラブとし、「CHI 氣スパ」を併設しています。
セントレジスホテル大阪はプール・フィットネスはなしでエステティックサロン「IRIDIUM Featuring SOTHYS」のみ。
ウェスティン仙台も、プール・フィットネスはなしで、スパ「flow spaフロー スパ」のみです。
このように、高級スパ・エステが必須ファシリティとなり、プールは屋内化され、残念ながら屋外プールは一つもありません。採算性やフィットネス施設の会員化に起因する時代の流れかもしれませんが、緑に囲まれた都会のオアシスとしての屋外プールこそ、高級シティホテルのプールの醍醐味ではないかと思うのですが。
私は、ホテルオークラ東京の緑に抱かれた屋外プール・グリーンオアシスが特に好きです。水着のままで、テラスレストランのガーデン席で食事も取れます。
一方、海外のシティホテルでは、中高層ビルの屋上に特徴的な屋外プールを設ける事例が目を引きます。
古くはペニンシュラ・ビバリーヒルズ(中層ですが)の、高層ビルを背景にして都市型の高級リゾートを創りあげた屋上プールが有名ですが、進化系はプールの構造自体に工夫を凝らしています。すなわち、エッジをインフィニティプールにしたり、プールの側面をガラス張りにしたりして、開放的な屋上というロケーションを最大限に生かしたデザインです。
シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズは、ホテルの屋上、地上二百メートルの空中庭園にある長さ百五十メートルにわたるインフィニティプールで、シンガポールの街を一望でき、桁違いの開放感を味わえます。
アメリカのダラスのザ・ジュール・ダラスの屋上プールは、ビルから突き出たプールの先端がガラス張りになっていて、プール越しに街を見下ろせ、行き交う人からは注目の的です。
やはりプールは、眺めが良くて開放感のある建物の上の方がふさわしいと思います。そしてできれば屋根はないほうが気持ち良い。日本でも、屋上にこういった素敵なプールがたくさんできて、ルーフガーデンの魅力を競い合う時代が必ず来ると思います。
■変わり種のプール
次に面白い素材のプールを一つ。ジ・オポジット・ハウスは、キャセイパシフィックのオーナーとして知られるスワイヤーグループが、北京で手がけたファッションアベニュー「ザ・ビレッジ」の一角にあるホテルで、隈研吾のデザインです。ここのプールは、なんとステンレス新素材でできています。
最後に、独自の発展を遂げてきたラスベガスのプール事情を紹介します。世界で最もエンターテインメント性の高い豪華プールですが、その中でも変り種をふたつ。
パームス・カジノ・リゾートには、底がガラス張りのプールがあり、その下にはグラス・バーというバーが構えていて、頭上を泳ぐ人々を眺めることができるそうです。今はなき六本木プリンスホテル(厚さ八センチのアクリル板を使っていました)を思い出しますが、その上(下?)を行く試みです。
ダウンタウンのゴールデン・ナゲットのザ・タンクと名付けられたプールは、その中央に生きたサメをはじめとする魚たちが泳ぐ水槽があり、至近距離にサメを見ながら泳ぐというもの。圧巻は、その水槽をウォータースライダーが通り抜けるのだそうです。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.87 掲載特集記事より抜粋。
■ホテルと災害
未曾有の大災害となってしまった東日本大震災。被災された方々、ご家族の皆様には心からお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りしております。
我々の基本的な価値観をも揺るがしたこの大震災を契機に、建物の耐震安全性に対する意識も明らかに変わったのではないでしょうか。
大規模災害が起きた時、ホテルは本当に安全か。
さらにホテルに何ができるのか。
そのためにどんな対策が講じられているのか。
今回は、ハードから見たホテルの防災対策についてお話させていただきます。
災害時のホテル
まずは、地震による被災で、ホテルのハードはどういった状況に陥るか。様々な可能性をあげてみましょう。
■建物はこわれないか?
地震の規模や地盤の状況等にもよりますが、建物の耐震性能を超える地震が来た場合、残念ながら構造が損傷する等の被害は免れません。
建築基準法における耐震基準は、震度6強の地震時に、建物は大破しても人命を守ることが目安となっていますが、昭和五十六年の新耐震基準に変わる前の建物は、この基準が満たされていないものがほとんどですから、構造が損傷する可能性が高いのは事実です。
■天井のシャンデリアは大丈夫か?
躯体が無事でも、仕上げ材や設備等がダメージを受けると、人身事故となったり、ホテル機能が損なわれたりします。
最も危険なのは、天井材やシャンデリア等吊り物の落下です。ホテルのロビーや宴会場のような大空間では、余計に天井が揺すられることから、特に注意が必要です。
■避難階段だってあぶない。
また、階段室の壁の剥離は、ホテルに限らず多くの建物で報告されており、避難の障害となる大きな問題です。
■水害もある。
設備配管の被害も想定されます。スプリンクラー配管や大浴場やプールの循環ろ過の配管が外れて水浸しになった等のトラブルです。
■エレベーターはどうなるか?
エレベーターは、地震時や火災時には管制運転によって運転を停止します。その後、安全が確認されれば動き出しますが、ダメージを受けた可能性がある場合は、メーカーが安全を確認するまで動かせません。
さらに停電になると、保安回路(自家発電源)に組み込まれていない限り動きません。今回の震災では、住宅やホテルでエレベーターが動かず困ったという話をずいぶん聞きました。
■停電になると…。
地震の直接的な揺れによって起こる被害の他に、インフラがやられ停電になると、さらにいろいろな問題を抱えることになります。計画停電の場合も基本的には同じことが起きます。前出のエレベーターが動かない他、こんなことも起きます。
電気錠がうまく機能しない。
予約システムが働かずチェックインの手続きができない。
給水ポンプが動かず必要な場所に水を供給できない。
(これは部屋のトイレが使えないことを意味します)
空調機が動かない。(窓の開かないホテルは大変です)
もちろん、携帯電話の充電もできません。
身の回りの物が、いかに電気に依存しているか、再認識させられます。
後ほど、これらに対していかなる対策が考えられるか説明しますが、何もしなければ、ホテル機能は止まったまま、ただ電気が来るのを待つしかないのです。
ホテルのいろいろな使命
では、ホテルは災害時に備えて、どんな対策を講じているのでしょうか。
最優先は、ゲストの安全を確保するため。次に、被災直後のホテル機能を維持し続け、できれば、長期的には復興に向けて地域に貢献する(これはホテルの運営方針にもよりますが)ための対策です。
最近、事業継続計画(BCP)という言葉が企業経営の中でよく使われます。自然災害やテロ行為などの不測の事態において、企業の事業継続を図るための計画で、それに沿った運営管理手法を事業継続マネージメント(BCM)と呼びます。
ホテルにおけるBCP・BCMの成功例としては、○五年八月、米国史上最悪の自然災害となった、ハリケーン・カトリーナの災害におけるスターウッドホテルの例が知られています。同ホテルは、ニューオリンズ市内にWニューオーリンズ・フレンチ・クォーターなど3つの主要ホテルを運営しています。
これらのホテルは、停電や浸水の被害を受け、ゲストと家を失った従業員とその家族を、数日間ホテルに収容する事態となったそうですが、BCP・BCMの徹底により、最終的に全員を無事に関連ホテルに搬送。あらかじめ準備されていた非常用発電機、除湿器、ディーゼル燃料、ガソリン、食料、水などを、速やかにホテルに搬入し、同市のダウンタウンで最初にホテル営業を再開したそうです。
同時に、公的機関への施設の無料提供など、地域にも貢献しました。
このように、ホテルの防災対策の決め手は、事前の綿密な計画にあり、人の命を与るホテルにとって、BCP・BCMの策定は社会的な責任に違いありません。
ハード面での防災対策
■建物の耐震性に関して
これについては、免震構造や制振構造を採用し、より耐震性能の高い構造としているホテルが増えています。
庁舎等公共施設や病院などと同じレベルの耐震安全性を誇るホテルもあるのです。今後、もっと増えていくように、積極的に社会にアピールしてほしいところです。
逆に、新耐震基準以前の建物は、一刻も早く補強材を入れるなどの耐震改修が望まれます。
■仕上げ材の落下・剥離に関して
今までの国交省の基準対応のみでは十分でないところも見えてきました。場所によっては特別な工法による耐震天井等の採用も考慮すべきでしょう。
■天井の吊り物に関して
豪華なシャンデリアは、ホテルの華ですが、地震時に大きく揺れる姿は、強度的には問題ないとはいっても見ていられません。
あるスーパーゼネコンでは、シャンデリアに制振装置を組み込み、あまり揺れないシャンデリアを開発しています。
■停電に関して
停電時のホテル機能の維持は、自家発電設備の計画次第です。法規的には、二時間の運転が求められるているのみで、それ以上、建物機能の何をどのくらい生かすかは、オーナーの自主性に任されています。それだけに、ホテルの運営方針がストレートに見えるところといえます。
非常用エレベーター(消防が消火・救出活動に使用する)は、通常自家発電源で運転可能ですが、常用エレベーターも何台か動くようにする。給水ポンプやセキュリティ上重要な電気錠扉に保安回路を組み込む。自家発電源が使える自律コンセントを用意する。など、これらの考え方によって、自家発電設備のパワーと燃料の容量が決まるのです。
以前、外資系のホテルチェーンとの打合せで、自家発電の七十二時間対応を求められ、発展途上国ではともかく、日本では過剰ではないかと議論した記憶がありますが、今想えば「日本では過剰」は驕りだったようにも思います。
■空調に関して
停電時には空調設備は動きません。そこで活躍するのが、自然通風・自然採光などの自然エネルギー利用です。通常時のエコ・省エネ効果のみならず、被災時の建物機能の維持にも有効なのです。
■ホテルの地域貢献
安全確保の先にある、機能を維持しているホテルに望まれる姿が、地域貢献ではないでしょうか。
日本では、地域貢献の一環として、ホテルが自治体と災害時支援協定を結ぶケースがずいぶん増えました。ほんの数例をご紹介しましょう。
建替えのために、三月末で営業を終了したグランドプリンスホテル赤坂は、一○年に、災害発生時に要援護者等に臨時避難所としてホテルを提供する協定を千代田区と結んでいました。 そして、同ホテルは営業終了後から六月末まで、福島第一原子力発電所の事故で福島県から避難して来られた方々を無償で受け入れています。
ホテルメトロポリタンエドモントは、○四年、地域で「災害時相互応援協定」を締結し、防災イベントの開催を皮切りに、○八年には千代田区と「災害時における応急協力に関する協定書」を締結して、帰宅困難者避難訓練の一環として、災害時要援護者のホテル内受け入れ訓練を行っています。
そして今回の震災時、都内で発生した大勢の帰宅困難者に対し、多くのホテルはロビーを開放し帰宅難民を受け入れ、毛布や水を提供していました。
そもそもホテルとは、コミュニティ型などと名乗るまでもなく、歴史的に見れば地域に密着した存在だったはずです。ホテルは、元来そうした好ましい企業文化を持ち備えています。
今回の教訓による法整備を
災害時におけるホテルの一時避難拠点としての役割の有効性は、疑う余地はありません。
それを生かす法案として、たとえば、少し長い期間にわたり、被災者に寝床と食料と水を提供できる備蓄とそれを支える自家発電設備を整備するホテルには、基準容積を超えて法で規定する限度まで建設できるようにする(容積緩和)などのインセンティブが与えられれば、防災インフラとしての災害時一時避難拠点を、もう少し長い期間で整備できると思います。
同時に、これはホテルに限ったことではありませんが、電力消費を抑えられる自然エネルギー利用には、今以上に補助金や税制上の優遇措置があって良いと思うのです。
先日、経産省から今年の夏の電気事業法による電気の使用制限が発動されました。ホテルは、安定的な経済活動・社会生活に不可欠な需要設備として制限緩和を受けつつも、十パーセントの電力消費量削減を求められています。どこもこれまで対策を行なってきたうえでの更なる十パーセントで、厳しいです。
ホテルは、本来的にはハレの舞台です。
しかし、本当に辛い時に一緒にいてくれた友(伴侶)のように、社会が混乱をきたしている被災時に、たとえ粗末でも寝床を提供してくれたホテルは、一生忘れられない思い出の場所になるに違いありません。
ホテル愛好家として、ホテルがそういう心温まる存在であってほしいと願っています。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.86 掲載特集記事より抜粋。
■ホテルの家具
ホテルの家具は、通常私たちの身のまわりにある家具と比べて、重厚で、優雅で、あるいは洗練されていて、時に憧れの対象ではないでしょうか。
そのホテルのためにデザインされた特注家具は、インテリアデザインと相俟って、最高に居心地の良い場所をつくります。
そんなホテルの家具は、どのようにしてつくられ、ホテルに納められるのでしょう。
ホテルの建設時、建物に固定されない家具・什器・備品は、FF&E(furniture, fixture & equipment)として括られ、多くの場合、内装を含む建物本体工事とは別に発注されます。
今回は、ホテルの家具を取り上げて、それを取り巻く建築・インテリア業界についてご紹介したうえで、最近のデザインの傾向や事例について触れてみたいと思います。
ホテル家具の特殊性
ホテルの家具の調達・製造には、一般的な家具の調達と比べて様々な特殊性があります。
まずは、既製品でない物を大量に製作することがあること。
椅子、テーブル(デスク)、棚などをトータルでコーディネイトすることが望まれること。
さらに、一部造作家具については、持って来て置くだけではなく、内装工事との調整(現場での造作施工)が求められること、などです。
特に、海外デザイナーが採用されることの多い高級ホテルでは、造り付けの家具によって内装工事との調整が必要不可欠となる傾向があります
そういう訳で、日本におけるホスピタリティ施設の内装・家具工事は、工事と調達の両方に長けた百貨店の建装部が引っ張ってきた歴史がありました。
現在は得手不得手はありつつも、他業界からの進出も進み、ノウハウを蓄積した様々な会社が業務を行っています。
FF&E請負会社
ホテルプロダクトを取り扱う主な会社をご紹介しましょう。
まずは百貨店系としては、三越環境デザイン、高島屋スペースクリエイツ、Jフロント(大丸・松坂屋)など。これらの会社は内装工事も請負えますので、前述の調整役を売りとしています。
次に家具メーカー(代理店)としては、大塚家具、プラススペースデザイン、オリバーなど。メーカーとしての優位性をアピールしています。
商社系では、住商インテリア。また、イリアのようにインテリアの設計・監理・施工から発した施工者系もあります。
中国製全盛期
日本のホテル家具は、十三、四年前頃から人件費の安い中国で作り始められました。 当初は、安かろう悪かろうで、クオリティに問題がありましたが、日本人スタッフによる現地での徹底した品質管理の努力の結果、現在では品質も安定し、ほぼ百%と言ってよいほどホテル家具は中国製になっています。上海などには船便がたくさん出ていることも、ここまで広まった一因のようです。
しかし、その結果、家具の作り方がみな同じで、どこも似たようなデザインになってしまっているとも言われています。その中国も人件費が上がってきたことから、次の生産拠点としてインドネシアやベトナムといった声も聞きますが、ホテルコントラクトとしては、まだリスクが大きいようです。
そんな中、特筆すべきは、和材を使うことの文化的な価値や、迅速なメンテナンス性などから、日本製家具を見直す動きがあることです。メイドインジャパンの優れた技術を後世に伝えるべく、ぜひ、頑張ってほしいものです。
最近のデザイン潮流
家具を含むインテリアデザインのテイストは、個々のホテルのデザインコンセプトに沿って選択されるものですので、基本的には様々なスタイルがあって然るべきですが、現在は依然として、コンテンポラリーなデザインが主流(その前にはヨーロピアンクラシックが流行ったときもありました)です。
後述しますが、あのセントレジスでさえ、過去の様式的なデザインから離れています。
家具は、濃い色で高級感を出し、写真栄えのするコントラストの強いデザインが依然人気のようです。
また、「和」のテイストを持ち込む傾向は、明らかに今後も増えるであろう、最近の潮流といってよいと思います。
技術的な話としては、LED照明の普及は見逃せません。照明を内蔵する家具に対し、大きさが小さいうえ発熱が少なく長寿命なことから、デザインの自由度が飛躍的に向上しました。
レイアウト・アイテム
部屋の大きさに余裕があれば、家具レイアウトを工夫することによって、客室空間はぐっと豊かなものになります。ここでは客室について見てみましょう。
フォーシーズンズの創立者であるイザドア・シャープ氏が書いた「フォーシーズンズ 世界最高級ホテルチェーンをこうした作った」(文藝春秋刊)によると、ライティングデスクを壁に向けて置かないで、窓を背にした置き方やソファコーナーの椅子を二個置かないで、一個だけにし、その代わりオットマンを置く、などという客室のレイアウトは、シャープ氏の奥方(インテリアデザイナー)が初めてやられたものだそうです。
比較的最近では、壁沿いの棚に天板の片側を乗せて、九十度振って配置するライティングデスクも流行りました。最近は、安楽椅子からさらに進んで、大きなカウチソファにティーテーブルを添えるレイアウトも増えています。
また、最近多いビューが売りの高層ホテルでは、大きなガラス面の端から端までいっぱいを長いソファとする例も散見します。
アイテムとしては、具体的な行動を意図して計画された家具や、特殊な機能を持つ家具が増えているように思います。 前出の、思う存分ビューを楽しむための開口部いっぱいのソファ、ベッド以外でもゴロゴロできるカウチソファやオットマン付安楽イス、二人の時間を演出するラブチェア、それにマッサージチェア等です。
また逆に、家具の使われ方をひとつの目的に限定しないで、いろいろな使い方をしてもらおうというアイデアもあります。 大きなライティングデスクでダイニングテーブルを兼ねたり、ライティングデスクにドレッサー機能を付加したりするやりかたです。家具ひとつ取ってみても、凡庸を脱した個性の光るホテルには、そのホテルが提案する過ごし方のアイデアが込められています。
最近の事例から
ザ・キャピトルホテル東急
客室部分は、観光企画設計社のデザイン(パブリックは隈研吾)で、家具は同じ東急系の東急リニューアルが請け負い、百貨店系の会社が協力したそうです。
デザインコンセプトは、旧キャピトル東急ホテルのデザインの流れを汲んだ新しい和のデザインの再構築。
障子の様な仕切り戸、壁の上部を欄間のように開けて開放的に空間を仕切る、といった「和」の空間構成を取り入れると同時に、家具も座った時の視線を重視して低めのものとし、造り付け家具も含め全体を明るい白木系の色調で統一しています。
製作は中国がメインだそうですが、十三部屋のスイートには、イタリアの家具メーカーB&B社製オリジナルを調達し、あるいは同社に特注して、より本物志向の場所を使い分けしているそうです。
スタンダードルームの家具は、化粧塩ビシート貼りを使用していますが、これは木目の均質性などを重視した積極的な採用とのことです。
セントレジスホテル大阪
客室部分のデザインは、イギリスのGAデザイン・インターナショナルが担当し(レストランはグラマラス)、客室家具は家具専門メーカーが納めました。
デザインの原点は、日本の歴史の黄金時代を象徴する大阪文化。和を取り入れた外国人のデザインで、和洋今昔が融合しています。
広いホテルではないことから、高さを重視した空間構成とし、独特の雰囲気を創りあげています。
家具はダークウッドの全艶か七部艶。白い壁をバックに黒光りする重厚な家具は存在感充分です。
客室家具は、植物をモチーフにきめ細かいデザインで邸宅の雰囲気を醸し出しています。家具は、すべて中国製と聞いています。
シャングリラ東京
インテリアデザインは、客室とパブリック全般は米国のハーシュ・ベドナー・アソシエイツ(レストランとエグゼクティブラウンジは香港のデザインスタジオ AFSO のアンドレフー)が手がけました。
家具は、三越環境デザイン(内装工事も担当)が納めています。
最近は、その土地の文化を建築・インテリアのデザインに反映させることが重視されていますが、ここではあえてそうせずに、ブランドイメージを日本に広めることを優先し、従来のシャングリラスタイルをそのまま日本に持ち込んでいます。
吹抜けの大階段、シャンデリア、重厚なカーペットの三つは、世界中のシャングリラの共通アイテムだそうです。
中国人は、石材に対してもともと高級な材料との認識がないこともあり、良質な石材へのこだわりが大変強いと聞きます。スイートとレセプションカウンターのトップに使われているポルトロゴールドという石は、その極みだそうです。製作は中国の他、客室のヘッドボード、クローゼット、TVボードなどに、日本製を採用しています。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.85 掲載特集記事より抜粋。
■客室のトイレタリー
今や世界のお手本とも言われている日本のトイレ。
昨年の上海万博でも日本のトイレメーカーのブースは大人気だったそうです。
人気の秘訣は何なのか。
その技術とノウハウは、ホスピタリティ施設の代表格、ホテルにいかに生かされているのか。
今回は、ホテルの客室のトイレを取り上げてみました。
意匠性重視のパブリックトイレに比べ、もっともプライベートな空間である客室のトイレには、トイレの本質ともいうべきホスピタリティをめぐる世界的な潮流をみることが出来ます。また同時に、そこにはメーカーの本音も見え隠れしています。
背景
世界的にみると、民族、地域の違いによってトイレのあり方は様々で、それぞれが文化的な背景をもって現在のかたちに至っています。
欧米ではバスタブと同じ空間に置かれてきましたし、アジアの多くの国々では紙を使わず水でぬぐいます。
中国では、俗にニーハオトイレといわれるまったく壁のない共同トイレがありますし、ラテン系やイスラム系ではビデが必須です。
トイレの様式の違いは、文化に根ざしたものですので、優劣つけられるものではありませんが、現在のホテル客室のトイレにおける世界的動向は、我々日本人の感性に近いところで生まれているように思われます。
タイプ別客室トイレ事情
それでは、国内ホテルの客室トイレ事情を、水廻りのタイプ別に見ていきましょう。
まずは、ビジネスホテルや普及版ホテルに多い、3点ユニットバスのケースです。
ユニットバスでは、小さめのものと比較的大きめのものではトイレの扱われ方が異なります。
小さめのものにおけるトイレは、中央のベイスンと一体化したカウンターの内部にトイレのロータンクが納まります。ぎりぎりのスペース効率で造られており、トイレは規格化されたユニットバスのパーツの一つといった感じです。トイレの占有面積は1216サイズで0・7平米強といったところでしょうか。このタイプでは、後付けの温水洗浄便座こそ付くものの、節水型をはじめ、多くの最新技術には対応できていません。
少し大きなユニットバス(1620以上)になると、ベイスンとトイレの配置にバリエーションが生まれます。
俗に川の字と言われるのは、バスタブの反対側の壁いっぱいにベイスンカウンターをとり、中央にトイレを置いた配置。存在感のある立派なベイスンカウンターが好まれ、ユニットバス全盛期には中心的な役割をはたしました。
一方、扉を開けると正面がトイレなのを避け、そこに壁掛け型や独立型の特徴的なベイスンを配置するタイプもよくみられます。
最近は川の字からこのタイプへの改修が増えています。これらの配置では、足元はかなり開放的になり、占有面積も1平米を越してきます。
いずれも、トイレは独立して置かれることから、そのフォルムがとても気になるところとなります。
最もフォルムが美しいのは、すっきりしたローシルエットのタンクレスで洗浄便座一体型のトイレです。メーカー各社の最新主力製品はこの仕様で構成されていますが、この製品は洗浄機能をはじめ電気仕掛けが多く、水がかかったり湯気に晒される可能性のあるユニットバスでは使えません。
3点式ユニットの場合、高級ホテルであっても、トイレは一部を改造して防湿性能を確保したものや、仕方なく最新のモデルではないものが使われています。
残念ながらトイレの開発は、ホテルよりも市場の大きさで圧倒的に勝る住居系の商品が先行しており、ホテル用は後回しにされているのが実情のようです。
ユニットを脱し、自由プランの4フィクスチャーワンルームタイプのバスルームや、さらにグレードが上がってバスルームの中でも扉がついた個室型のトイレになると、湿気の問題からは開放されます。 ここでようやく高級住宅用と同じトイレが使われるようになります。
デザインは完結した一つのフォルムにまとめられ、便器や便座の質感や色にまでこだわった製品も現れます。トイレを含むバスルームのデザインは、デザイナーの腕の見せ所で、タブ、ベイスンとの関係性や壁・扉の素材を駆使して、快適かつ独創的なトイレ空間を目指します。
最近はガラス素材を使って、明るさとプライバシーを両立させる事例が増えました。トイレの占有面積は、通常の個室トイレの大きさ、1・4平米規模になります。
海外事情
続いては、海外事情です。
アジア・中東のファイブスターホテルの客室トイレデータについて、TOTOさんからお聞きした内容をベースにしています。
まず、レイアウトは、このクラスになると、そのほとんどが個室化されています。
スペースが許せば、ドライで落ち着ける個室空間が最も快適と考える傾向が見てとれます。洗浄便座対応は約四分の一だそうです。これは海外の状況からすると、かなり高い割合です。今後さらに増えることは間違いないと思います。
デザインはコンテンポラリーなシンプルデザインが主流。また便器自体は大きなサイズで便座、蓋を含めてどっしりとした重厚感があるものが好まれるようです。
便器の性能
温水洗浄便座、暖房便座、脱臭機能は当たり前、最近は蓋が自動で開閉したりと至れりつくせりの機能がついています。
前の3つについては、ようやく世界がその良さに気づいたところ。いずれは世界標準になるでしょう。
節水技術はこの数年で驚くほど進みました。
以前の標準13リットルに対し現在は約5リットルにまで減らしています。最新型は、TOTOは4・8リットル、INAXは5リットルです。
しかしこれが使えるのは最高級ホテルのみ。大方のユニバス仕様のホテルは、やっと6リットル以上にきたところです。
洗浄音が静かであることは客室トイレにとって極めて重要な性能です。これは洗浄方式に関係します。
従来、ロータンクのワンピース便器に使われていたサイフォン式やサイフォンボルテックス式はとても静かな方式でした。が、節水型が主流となると、効果的に水を使うために、洗浄方式を変えざるを得ませんでした。
TOTOのネオレストはトルネード洗浄、INAXのサティスはダイレクトバルブ洗浄で、どちらも水圧で汚れを洗い落とす方式にしましたが、以前と同程度の性能は確保しているそうです。
トイレタリー・メーカー
TOTOは、国内ホテルへのシェア最大で、INAXとの比率では約6:4程度。主力商品はタンクレストイレのネオレストで、国内外の最高級ホテルに多数の実績があります。ユニットバスへの、便座一体型の導入は、まずはローシルエットのタンク型から取り組み始めたところだそうです。
高い技術力で海外でも一流メーカーとして名を馳せ、特に中国では一流ブランドの地位を確立しています。中国の住宅は、基本的にスケルトン(内装仕上げや設備無しの状態)で流通しているので、新興富裕層はこぞって高級外車を購入するようにTOTOの衛生器具を求めているそうで、海外専用の便器も作っています。
INAXは、国内ホテルシェアではビジネスホテル系で前出の数字より少し優位だそうです。主力商品はタンクレストイレでコンパクトなサティス、ラグジュアリークラスのレジオがあります。ユニットバスへは、サティスに改良を加えた防湿型タンクレストイレを用意しています。
また、ISO規格準拠の防汚・抗菌技術SIAAを取得。TOTOが中国ならINAXはベトナムに早くから進出しており、シェア6〜7割を占めるそうです。
パナソニック電工は、便器といえば陶器という常識を覆し、有機ガラス系新素材で成型されたトイレ、アラウーノで、タンクレストイレ市場で大躍進しました。
しかし、ホテルへの導入実績はほとんどなく、ユニットバスにも対応できていない状況です。今後、住宅以外の事務所、店舗などから取り組むそうで、ホテルへの導入はまだ先のようです。
海外のメーカーに目を向けると、アメリカのKOHLER(コーラー)、AmericanStandard(アメリカンスタンダード)、イタリアのCATALANO(カタラノ)、POZZI - GINORI(ポッツィ・ジノリ)、ドイツのDEURAVIT(デュラビット)などが比較的よく知られています。
その中から一社だけ紹介しますと、スペインのROCA(ロカ)は、世界最大のシェアを占める衛生陶器メーカーです。扉のスケッチはロカの「W+W Washbasin + Watercloset」ですが、車と家でキャンピングカーが、パソコンと電話でスマートフォンが生まれたように、ベイスンとトイレで「W+W」のような新しいものが出来たという商品です。ホテルに使われているという話はまだ聞きませんが、こんな楽しいトイレは、バスルームに閉じ込めてはもったいないと思いませんか。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.84 掲載特集記事より抜粋。
■ホテルのパーラー
客室は、時代とともに様々に変化してきました。水廻りは快適性を求めて大きく様変わりしましたし、ベッドやワークスペースも、デザインや機能性において新しいスタイルが生まれてきたように思います。
ところが、パーラーに関しては、依然としてアームチェアとティーテーブルが置かれるだけの、変わり映えのしないホテルが多いのが実情です。お茶をいただくことくらいしかイメージできないパーラーを見るにつけ、ここだけ進化に取り残されてしまったような感じすらします。
今回は、客室内の重要な居場所であるにもかかわらず、これまであまり積極的なデザインの対象として扱われてこなかった(ように思われる)パーラーについて考えてみたいと思います。
パーラーの意味
パーラーとは、もともと居間の意味ですが、狭義のホテル用語ではスイートルームのリビング機能を持つ部屋を指します。しかし、通常、我々は、普通のベッドルームのリビングスペースもこう呼びますので、ここではその意味で使わせていただきます。
ホテルでの滞在期間が長くなれば、じっくりとホテルを楽しむチャンスは増えることでしょう。ホテルを楽しむゲストにとって、客室で過ごす時間は、昔に比べて飛躍的に長くなっていると思います。
大画面の薄型テレビや音の良いオーディオセットが設置されれば、それを寛ぎながら楽しむスペースが求められ、それを提供できるか否かで、ゲストの満足度に大きな差がつくはずです。
ある程度、広さが確保されれば、それ自体がまとまりをもった雰囲気を持つことは、ゆとりや安心感につながります。
ジュニアスイート、スイートと部屋のグレードが上がれば、充実していく対象はパーラーなのですから、パーラーが重要な商品であることは、当然のことでしょう。
そこでゆっくり寛いだり、何かを楽しむには、それに適ったしつらえ(工夫)が必要です。
パーラーとは、うちのゲストはこう過ごすだろう、あるいは、こう過ごして欲しい、といったホテルのコンセプトや戦略が具現化されている場所であってほしいと思うのです。
パーラーの構造
パーラーが窓際に設けられることの多い理由は、気持ちが良いからに他なりません。 外を眺めて時間を過ごす方も多いと思いますが、外壁をギザギザラインや凸型にする工夫は、フォーシーズンズ椿山荘やニューオータニ幕張等多くの事例をみることが出来ます。パークハイアット東京のように他よりも天井を高くするだけでもパーラーの空気は変わります。
ハワイのあるリゾートホテル(コンドミニアムだったかもしれません)では、ベッドエリアとその先のパーラーの間に段差を設け、パーラー部分を五十センチ程低くし、まとまりのある独立感をつくると共に、ベッドからのビューにも配慮していました。建物の躯体に影響することですから簡単なことではありませんが、リゾートに限らず、ビューが売りのホテルでは有効な手法でしょう。
パーラーの位置
パーラーの位置は、窓際とは限りません。京都ブライトンホテルの一部の部屋では、客室に入ってすぐがパーラーで、次に水廻りを挟んで奥をベッドエリアとしています。手前から奥に、パブリックからプライベートの順で空間を並べるのは、とても自然な配置計画だと思います。
ウィズザスタイル福岡にも、同じ配置の部屋があります。三十一ページで取り上げた部屋は別のタイプで、手前にパーラーを配置して、水廻りと共に奥のベッドエリアよりも床を十五センチ程低くしています。水廻りが一番手前ですので、上の序列とは別の考えのようで、民家の土間のような感覚でしょうか。
外壁に沿ってベッドエリアとパーラーが並ぶ場合でも、ザ・マンハッタンがそうであるように、手前にパーラーがくる方がしっくりきます。
パーラーの機能
期待される機能によって、パーラーに置かれる家具は変わります。
外資系高級ホテルをはじめとする最近の大きな客室では窓際いっぱいに長いソファを配したり、美しい形状の大きなカウチソファを置く例が出てきました。コンラッド東京、マンダリンオリエンタル東京、シャングリラ東京のパーラーがこのタイプで、いずれもリラックスして過ごせる、ごろ寝系。エレガントな空間でもごろごろ過ごしたいというホテルの本質を垣間みる思いがします。
機能の充実度では、ペニンシュラ東京は群を抜いています。ジュニアスイート並みのまとまったヴォリュームのうえ、ダイニングテーブルまで置かれています。
個人的には、アームチェアにオットマンの組合せが、リラックス度が高いことに加え、ポジションや場所を手軽に動かせる点で、気に入っています。
DVDやCDを楽しみたい人用には、AV環境にこだわったデザインもありそうです。マッサージチェアなど、それだけで完結した機能を有する家具を置くのも、ひとつのやり方です。
ルームサービス対応を重視するなら、ダイニングテーブルとしても使えそうな高さのテーブルを用意しても良いでしょう。
ハイダー(ハイド・ア)ベッドやソファベッドは、昼間はラブチェアやソファとしてパーラー機能を支え、就寝時にはベッドにしてしまうという多機能家具。ファミリーなどで同室を望む場合には助かりますし、ホテル側にも収容人数を増やせるというメリットがあります。ただし、あまり早い時間にベッドメイクされてしまうと客室内に居場所がなくなってしまいます。
また、部屋が狭い場合は、いっそのことパーラーをやめてしまって、ベッドの上をパーラーと考える、なんていう割り切りもあるかもしれません。
パーラーの照明環境も、改善の余地が大ありです。
ホテルで読書に耽る人は多いにもかかわらず、パーラーにスタンドがなかったり、あっても離れていて十分な照度が得られないことがよくあります。ゲストは些細なことに大きなフラストレーションを感じるものです。当たり前の機能にきちんと対応できているかどうかには、ホテルのグレードが如実に現れるものです。
屋外のパーラー機能
バルコニーは、屋外のパーラーと言えるでしょう。話して良し、飲んで良し、食べて良し、読んで良し、寝て良し、何をしても気持ち良いのですが、特に、清清しい外の空気に触れながら一杯やるのは至福の時。なんて幸せな場所でしょう。
私は、かれこれ二十年前、ハワイのハレクラニのバルコニーで朝食をいただいて以来の、大のバルコニーファンです。
自分のスタイルで思い思いにバルコニーライフを楽しむ欧米人に比べ、日本人にはまだその文化が根ざしていないと言われますが、オープンカフェの気持ち良さを知ってしまったいま、バルコニーの魅力は再評価されるに違いないと思っています。
日本のホテルのバルコニーは小さすぎます。リゾートではなおさら、中途半端な大きさでは、ゆったりと寛ぐことはできません。
大きなバルコニーに面する大きな窓は、はき出し窓(床からの窓)となるので、光が室内にふんだんに入り、明るくなるというメリットもあります。
また、うまく機能すれば、必ずルームサービスの売り上げにも繋がるはずです。
パーラーの今後
パーラーに求められる要求は様々ですが、すべてを満たすことはできません。
バスルームが変化の過程で、ホテルの個性を追求してきたように、パーラーもそのホテルにふさわしいスタイルを模索し始めるはずです。パーラーにも、ホテルの個性を象徴するような、独自性が求められる時は近いと思います。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.80 掲載特集記事より抜粋。
■ホテルのバスタブ
このコラムでこれまで何度か、ホテルのバスルームは、より快適なリラクゼーションスペースを目指して進化し続けてきたことに触れてきました。
快適さに関わる要因は、広さ、採光、使い勝手、デザインなどいろいろありますが、実際に裸の身を包み込むバスタブの果たす役割が重要なことは言うまでもないでしょう。
たかがバスタブと思うなかれ。普段何気なく使っているバスタブにも、実に多くの歴史、思想、技術が潜んでいるのです。体に優しい形状は? 素材は? デザインは?
今回は、バスルームのメインアイテム、バスタブに焦点をあててみました。
形/素材
ホテルはもともと西洋から入ってきたものですので、日本のホテルは洋バスといわれる浅型のバスタブからスタートしました。
バスタブは、元来、体を温めるためのもの。少ないお湯で有効に温められるよう、バスジェルで泡立ててお湯を冷めにくくしたり、バスソルトで温浴効果を高めたりしたわけです。
一方、日本の入浴習慣は、明治以降はたっぷりの湯にザブンと肩まで浸かるやりかたです。そこでホテルでも、足は伸ばしながらも肩まで浸かれる深型のバスタブが登場しました。
深さ四十センチ程度の洋バスに比べ、こちらは深さ五十センチ程度(実際にはオーバーフローが付いて、共に十センチ程度は浅くなります)。入った時の体勢はかなり異なります。
水量で比較すると、三百リットルクラスの深型バスに比べ、洋バスは約二百リットルと節水のうえ、ガスや電気のエネルギー消費も抑えられエコだとか、入浴時の水圧による心臓や肺への負担が抑えられるなどの評価もありますが、日本人にはやっぱり肩まで浸かれる深型が人気のようです。
素材は、一般的にはホーロー、アクリル、FRP、人造大理石、ステンレス、木、ガラスといろいろですが、高級ホテルでは、ホーローとアクリルが圧倒的です。
ホーローは、焼きものならではのぬくもりのある上質な肌ざわりと重量感があります。また傷つきにくく、耐久性に優れています。
アクリルの方は、気品ある透明感ときめ細やかで滑らかな肌ざわりが特徴です。表面のクリア層を厚くして、はられたお湯を美しく見せる工夫もされているそうです。どちらも甲乙つけがたい高級感があり、好みの分かれるところです。
ディテール
埋込み式のバスタブの場合、バスタブ廻りの納まりには、そのホテルの格が見え隠れします。
一般的に、エプロン部分がバスタブと同じ素材→エプロン部分が石やタイル仕上げ→石やタイルのデッキの上にバスタブが乗る→バスタブの上に石のデッキが被さる、の順に高級になるという具合です。
フォーシーズンズ丸の内、マンダリンオリエンタル東京、シャングリラ東京などがこの最後のタイプです。最近は、それ自体で魅せるバスタブが増えてきたので、必ずしもこの通りではないかもしれませんし、またデッキとまったくフラットに納まるユニークなバスタブなども出てきています。
フリースタンディング
フリースタンディングタイプのバスタブもあります。バスタブが寝室内に置かれていた時代からある猫足付バスタブの流れで、クラシックなものに限らず自立しているものを指します。
個人的には、これにとても注目しています。
その理由は、それだけで美しいバスタブは、インテリアのエレメントとして、バスルームの仕切りを越え、客室の自由な位置に設置される可能性を秘めているからです。
もちろん床の防水や、傍にシャワーブースやベイスンなどの機能を持たせることは必須ですが、客室と一体化したオープンなバスルームは、今後の客室プランの潮流の一つになりうると思います。あたかも心地よい陽だまりを求めて猫が移動するように、バスタブも心地よい場所を捜し求めているかのようです。
バスタブメーカー
ほんの一例だとお断りしたうえで、個人的に馴染みの深いメーカーさんをご紹介しましょう。
ドイツの「カルデバイ」は、一枚の鋼板をプレスしてつくる鋼板ホーローバスの開発に成功し、従来の鋳物ホーローバスにとって代わり、世界の一流ホテルに圧倒的なシェアを誇ります。日本では、マンダリンオリエンタル東京、ペニンシュラ東京などに採用されています。
同じくドイツの「ヘッシュ」や「デュラビット」は、世界の著名デザイナーやデザインチームが手がけたバスタブを扱っています
。欧米ではデザイナーが積極的に起用されるプロダクトなのです。イタリアの「アガペ」は、斬新で芸術性を売りにしています。フォーシーズンズ丸の内のワンベッドルームスイートにある、あの個性的なフォルムのバスタブは、ここのスプーンというシリーズです。
アメリカの「ジャクージ」は、ワールプールバスで最もポピュラーな存在です。日本では何故か訛って、ジャクージがワールプールの一般名詞となってしまいました。
国内に目をむけますと、「ジャクソン」は、アクリル製高級バスタブでは、世界に名を馳せるブランドです。海外の超高級ホテルをはじめ、国内ではザ・プリンスさくらタワー東京や名古屋マリオットアソシアホテルなどで使われています。
ラインナップは、八シリーズ、二百五十種を誇ります。フリースタンディングのバスタブをラタン調素材で包んだバルカシリーズは、家具としての完成度も高く、バスタブの新たな可能性を感じさせます。「アルティス」もアクリル製高級バスタブで、「ジャクソン」を追随しています。ステンレスの無垢材から削り出したノズルや手すりは高級感充分です。
「TOTO」は、鋳物ホーロー、アクリルをはじめ多くの素材のバスタブを持っています。国内ホテルへのユニットバスのシェアが大きいこともあり、納入実績は断トツです。 高級ホテルでは、シャングリラ東京、リッツカールトン東京とリッツカールトン大阪、コンラッド東京などに使われています。
「INAX」もユニットバスメーカーとして、ハイアットリージェンシー東京の改修など、国内の多くのホテルで使われています。「ジャクソン」がINAXグループの一員に加わったことで、高級ホテル市場での活躍が期待されます。
オリジナルバスタブ
一部の超高級ホテルでは、そのホテルだけのオリジナルバスタブを造ることがあります。新たな型をつくって成形するわけですから、当然コストはかかりますが、他の何処にもない、私のためにホテルが用意してくれたバスタブは、極上のバスタイムを約束してくれそうです。デザイナーは楽しいだろうと思います。
船のような、ゆりかごのような、繭のような、はたまた子宮回帰なんていうイメージもふくらみそうです。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.77 掲載特集記事より抜粋。
■庭のホテル 東京
一本路地を入るだけで 別世界を演出
小雨のぱらつく中、訪れた庭のホテル 東京。下見板張りの黒い壁を背景に、しっとりと雨にぬれた緑、あえて湾曲させた石畳の小道と石の水盤が、優しくひっそりと迎え入れてくれました。大きなサインを出さずに空間で招き入れるアプローチは、その後の出来事を期待させるに十分な演出でした。
日本的なおもてなしの作法を感じつつエントランスロビーへ。まず目に入るのは、和紙を通し柔らかな光を放つ巨大な行灯です。約五メートルの天井高の大空間を貫通し、その廻りをじゅうたん敷きで方形のベンチが並ぶ、ちょっと腰掛ける溜りゾーンとしています。実は、行灯の中身は、(おそらく行き場を失いロビーに飛び出してきた)エレベーターシャフトなのですが、制約を売りに変えてしまう逆転の発想には感服しました。
間道模様に木漏れ日を織込んだじゅうたんは、畳のように敷かれ、ガラスのオブジェが手元を照らすフロントカウンター、ペンダントライトなどと共に、都会のホテルに上手に和のデザインを取り入れたこだわりの意匠を感じます。ただ、右手の大きなガラス面は、繊細な光と陰影を操る和の空間にしては、ややあっけらかんとした印象を受けました。
和洋二つのレストランに挟まれた中庭は、ホテルの名前が示す通り、このホテルのシンボル的な存在だと思います。小川の流れる小さな雑木林をイメージされた庭は、四季の移ろいを楽しめ、特徴的な石、瓦、玉砂利などによって味付けされています。決して大きくはありませんが、この庭があることで、都会の真ん中にぽつんとできた異次元空間がホテル全体を包み込み、インテリアの洗練された和の意匠と相まってホテルの個性を創りあげているのです。
二つのレストランが、路面店として機能していることは、宿泊主体型ホテルの建築計画的に大変重要です。
客室階共用部の印象は、とてもゆったりとしています。広いエレベーターホールを始め、ファンクションルーム、リフレッシュラウンジ、ワークアウトルームなどもゆったりしています。客室階廊下も広く、客室入り口の足元に配された行灯は、和のおもてなしであると同時に、隣り合った客室扉を心理的に遠ざける効果もあります。
また、このホテルは免震構造を採用していますが、水溝を庭のデザインの一部の掘割りのように見せ、免震クリアランスをうまく使っています。
全体的には、良質の材料を使う本物志向であり、無駄な空間をとことん削り取っていくというつくり方をしていないことが、ゆったりとおおらかな時間が流れる雰囲気に繋がっていると思います。
大通りから一本路地を入るだけで、都会の喧騒を離れた別世界の隠れ家が創れるのですね。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.76 掲載特集記事より抜粋。
■アール・デコのホテル
アール・デコとは、一九二○年代から三○年代にかけて、一世を風靡した装飾スタイルの総称です。アール・ヌーヴォーと同様に、宝飾品、ファッション、家具、建築など、幅広い分野で花開きましたが、アール・ヌーヴォーのように同時代につけられた呼び名ではなく、一九六○年代になってから、一九二五年のパリ万国装飾美術博覧会の略称「アール・デコ博」にちなんで、そう呼ばれるようになったものです。
これまで、モダニズムの影に隠れて、歴史的評価のはっきりしなかったこのスタイルの再評価は、今なお進行形です。最近では、同時代の様々な運動を含む、かなり広い領域を積極的にアール・デコととらえることが多いようです。
装飾的な特徴は、アール・ヌーヴォーが曲線的・植物的・連続的であるのに対し、アール・デコは直線的・鉱物的・非連続的・幾何学的といわれます。
しかし、両者の決定的な違いは、アール・ヌーヴォーが一九世紀末、主に一部の上流中産階級のためのものであったのに対し、アール・デコは二○世紀の大衆社会を背景にした大衆文化を謳歌する消費社会の装飾だったということです。様変わりする新しい時代にふさわしい装い、アール・デコは、新しいライフスタイルのイメージを消費の対象として、膨れ上がっていったのです。
アール・デコの建築は、そうした時代の気運そのものであり、この時代を象徴する百貨店、映画館、ホテル、オフィス、高級マンションは格好の舞台となりました。
ヨーロッパで起こり、アメリカを中心に全世界的に広まったアール・デコ。今回はアール・デコのホテルを取り上げます。
ヨーロッパの事例
ポール・ポワレのファッションが女性の社会進出を促した一九一○年代。この時代、世界中で最も活気に満ち、洗練された都市であったパリにおいて、歴史主義とキュビスム、フォーヴィスム、未来派、シュルレアリスムなどの前衛的なモダンアートが共存する直中、アール・デコは誕生しました。パリのアール・デコは、伝統的要素を残しつつ、総じて優雅で上品なスタイルです。
ホテル・ルテツィアがパリで最初のアール・デコ建築といわれていますが、伝統的な歴史様式とアール・デコがおとなしく調和しています。ミレニアム・ホテル・パリ・オペラのロビーを飾るステンドグラスのドーム天井は、落ち着いたアール・デコ。壁面を飾る噴水を抽象化したデザインは、初期アール・デコの典型例です。プリンス・ド・ガル・パリ・シャンゼリゼは、パティオの外壁を飾るイスラム風モザイクタイルに、情報化が進み、世界中の様式を取りこみ、消化したアール・デコの一面が垣間みられます。
英国では、ロンドンの老舗ホテルクラリッジズで最も贅沢で優雅なヨーロッパのアール・デコの例を見られます。一八九八年築のヴィクトリアンスタイルと一九二○・三○年代の改装によるアール・デコが見事に融合。床の市松模様は、アール・デコ建築によく使われるパターンです。同じくロンドンのパークレーンのラウンジ「パームコート」は、シンメトリーに設えられたバーコーナーやステンドグラスのヴォールト天井をはじめ、格式の高いアール・デコ・デザインです。
スイスでは、ルツェルンのアール・デコ・ホテル・モンタナが、七○年代から九○年代にかけて、建設時のアール・デコに改装されました。階段やバルコニーの手摺、モザイクタイルの床はオリジナルです。
アメリカの事例
アメリカのアール・デコといってまず思い出されるのは、クライスラービルやエンパイアステートビル等アール・デコの摩天楼ではないでしょうか。三○年代、フランスからアメリカにアール・デコ運動の中心が移ると、大量生産や大衆化が進むと同時に、いっそう幾何学的、直線的な傾向を強めていきます。
ニューヨークを代表するホテルウォルドルフ・アストリアは、移転した三一年、アール・デコ摩天楼の巨大ホテルとして生まれ変わりました。金箔で縁取られた漆喰装飾、モザイクタイルの文様をはじめ、随所に見られる華麗なアール・デコ装飾は、まるで宝飾品のようで、究極のアール・デコ建築です。
同じくニューヨークのカーライルの外装は、アール・デコ摩天楼の中でも繊細な美しさが際立っています。
マイアミでは、サウスビーチのアール・デコ地区に、マイアミデザイン保存連盟という政府機構の保護を受けたアール・デコのホテルが数多く残っています。ビーコン・ホテル・マイアミ、三九年築ホテルを改装したザ・ホテル・オブ・サウスビーチ、ラグジュアリーでスタイリッシュなタイズ・ホテル・マイアミなど、これらに共通のデザインは、アール・デコから派生したスタイルとして、マイアミ・デコとか、ストリームライン・モダンといわれています。流線型や長く伸びた水平線を特徴とし、欄干や丸窓によって船や飛行機や列車のイメージを取りこんでいます。
ロサンジェルスにも、アール・デコ時代の建築がたくさん残されています。ハリウッドのランドマークで有名スターの定宿サンセット・タワー・ホテルは、アール・デコの傑作です。サンタモニカの最初の高層建築ジョージアン・ホテルと共に、ロサンジェルス・アール・デコ協会推奨建築物です。
アジアの事例
アール・デコはアジアの各地にも広まりました。
中国では、当時屈指の国際都市だった上海に数多くのアール・デコ建築が残っています。代表格の和平飯店北楼(ピース・ホテル)は、ユダヤ系財閥サッスーンの本拠地「サッスーン・ハウス」として建てられ、五六年にホテルになりました。随所にアール・デコの意匠が施されています。現在、改装休業中ですが、二○一○年には、名物の九つのスイートルームやジャズバーも復活し、忠実に復元されたアール・デコの館としてオープン予定だそうです。
花園飯店(オークラ・ガーデンホテル上海)は、由緒ある旧フランスクラブのクラブハウスを、超高層ホテルのロビー、ボールルームに蘇らせました。新城飯店(メトロポール・ホテル)や上海大廈(ブロードウェイ・マンション)のセットバックした外観は、アール・デコ摩天楼の趣です。
インドにもアール・デコのホテルがあります。インド最後のグランドパレスと呼ばれる、ジョドプールのウマイドバワン・パレスホテルは、インド建築様式とアール・デコの折衷です。マハラジャの子孫が住む邸宅は、その一部を宮殿ホテルとして開放しています。
客船の事例
アール・デコが最も華やかに活躍した舞台は、実は豪華客船のインテリアです。一九二○・三○年代は、グローバル化が進む一方で、旅客機が登場する前の、船旅の黄金時代でした。
カッサンドルのアール・デコのポスターで有名なフランスの「ノルマンディ号」は、贅を尽くしたアール・デコの美術館でした。
そして英国のキュナード社が、ノルマンディ号に対抗して造ったのが、「クイーン・メアリー号」です。現在は、カリフォルニアのロングビーチに繋留され、洋上ホテル兼博物館ホテル・クイーン・メアリー・ロングビーチ・カリフォルニアとなっています。
日本も負けてはいません。氷川丸の内装は、コンペによりフランス人デザイナーのアール・デコ案が採用されました。一等社交室、一等喫煙室、特別室、階段などにアール・デコのデザインが認められます。旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)と並び日本に残る本格的なアール・デコが、共にフランスからの直輸入であることは興味深いことです。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.75 掲載特集記事より抜粋。
■アール・ヌーヴォーのホテル
一九世紀末から二○世紀初頭にかけ、ヨーロッパ全土を席巻した芸術運動、アール・ヌーヴォー。ご存知、ガラス工芸や宝飾品から家具、日用品、ファッション、グラフィック、建築など幅広い分野で花開いたことで知られています。なかでも建築は、一九世紀の新古典主義から脱却し、二○世紀モダニズムへの扉を叩く革命的エネルギーに満ちていました。しかし儚くもわずか二十年余りで終焉を迎えます。
今なお見る者の心をときめかす、魅惑的で物語性を持つ装飾空間。アール・ヌーヴォーを身に纏ったホテルに泊まってみたいと思われる方も少なくないと思います。
今回は、アール・ヌーヴォーのホテルを、同時多発的に発生した地域ごとの多様性に注目しつつ、追いかけてみましょう。
ベルギー・フランス
狭義のアール・ヌーヴォーとは、この二国での運動を呼びます。オルタ、アンカールが活躍した聖地ベルギーと、ベルエポックを謳歌したギマール、ラヴィロット、ナンシー派をかかえるフランスのこと、さぞかしアール・ヌーヴォーのホテルがたくさんあろうと思いきや、これがさっぱり。
ブリュッセルの豪華ホテルメトロポールは、アール・ヌーヴォーで有名ですが、実のところ古典主義とアール・ヌーヴォーの折衷です。パリのホテル・エリゼ・セラミック(1904)は、ラヴィロット作。アレクサンドロ・ビゴのタイルで覆われた魅惑的な外観は、パリ・ファサードコンクール受賞作です。しかしインテリアは、ほとんどコンテンポラリーデザインに変えられています。ナンシーの「ブラッスリー・エクセルシオール」(ホテル付属のカフェ兼レストラン)は、アール・ヌーヴォー色はそれほど強くないものの、当時のナンシーの様子を今に伝えます。
スペイン(カタルーニャ)
バルセロナを州都とするカタルーニャ地方のアール・ヌーヴォーは、モデルニスモと呼ばれます。モデルニスモは、自主独立を目指す運動、カタルーニャ・ルネッサンスとあいまって社会に深く浸透しました。中心的人物はガウディとモンタネール。ホテル・カサ・フステールは、モンタネールの晩年の秀作、カサ・フステール(1908-11)が五ツ星ホテルに生まれ変わったもの。カタルーニャ音楽堂やサン・パウ病院(ともに世界遺産)に比べると多少淡白ですが、インテリアも含め、本物の迫力は十分です。
オーストリア・ドイツ・オランダ
オーストリアではゼツェッション、ドイツではユーゲントシュティール、オランダではニューウェ・クンストと呼ばれます。ようやく見つけた事例、アムステルダムのアメリカン・ホテル(1898-02)は、伝統の煉瓦を使いつつ、合理的で抑制の効いたオランダらしいアール・ヌーヴォーのホテル。1階の「カフェ・アメリケーン」は、今も当時と変わらぬ姿で市民に愛されています。
チェコ・ハンガリー
プラハでは、ボヘミア地方の古典的建築様式とアール・ヌーヴォーが融合したボヘミアン・ヌーヴォーが展開。プラハのホテル・セントラル(1899-1901)は、オーマンの弟子、ドリヤークとベンデルマイエルの作。クローチェク考案の繊細な化粧漆喰がファサードを飾ります。同じこの二人によるホテル・エヴロパとホテル・ガルニ(1903-05)は、プラハにアール・ヌーヴォーのホテルを流行らせました。ベイリッヒによるホテル・パリ(1904)は、ネオゴシックとアール・ヌーヴォーの融合。レストラン「サラベルナール」のインテリアも見ものです。
ブダペストでは、レヒネルを中心に、マジャール文化を取り入れたアール・ヌーヴォーが社会に深く浸透しました。芸術家の溜まり場として名高い伝説の「カフェ・ニューヨーク」が、ネオルネッサンス様式の建物内にオープンしたのは1894年。アール・ヌーヴォーと言えるか少々疑問は残りますが、2006年、ホテルニューヨーク・パレス内に、世紀末のカフェは甦りました。
その他の国
イタリアではスティレ・リバティと呼ばれ、都市国家の伝統ゆえ都市ごとに多様なアール・ヌーヴォーが展開しました。イギリスでは、グラスゴーのC.R.マッキントッシュを除いて、アール・ヌーヴォーとは一線を引いていました。フィンランド、ラトビア等では、ナショナル・ロマンティシズムとして広まりました。ヘルシンキのホテル・リンナ、トゥルクのパークホテルは外装を今に伝えます。
アール・ヌーヴォーに泊まるには
次に続くアール・デコ建築が、消費社会、大衆化社会の進展と歩調を合わせ、工業化、大量生産をある程度受け入れつつ世界中に浸透したのに対し、多くのアール・ヌーヴォーは上流中産階級を社会的基盤とし、手仕事、一品生産を尊びました。そして世間の反応はといえば、その過激さのあまり必ずしも好意的なものばかりでなかったようです。ホテル建築には、永続的な使用に耐える合理性と、商業的に支持されるデザインは必要不可欠。アール・デコに比べ、現存するアール・ヌーヴォーのホテルが極端に少ないという事実は、その特性を如実に物語っているように思います。
アール・ヌーヴォー建築で残っているものは、みな希少で博物館で鑑賞するようなものばかり。現存するホテルでは、客室の多くがコンテンポラリー・デザインに変わっています。アール・ヌーヴォーのベッドに身を沈めたければ、ピエール・カルダンの多彩な芸術コレクションを集めたパリのホテル・レジデンス・マキシム(1982年)で、「サラ・ベルナール・スイート」に泊まる以外ないのかもしれません。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.74 掲載特集記事より抜粋。
■コンバージョンによるホテル
コンバージョン「Conversion」とは、転換、転用という意味から、建築では既存の用途を別の用途に転換することをさします。パリのオルセー美術館は、駅舎からのコンバージョン、ニューヨーク・ソーホー地区のアトリエ付住宅は、倉庫群からのコンバージョンということになります。
コンバージョンによるホテルには、以前の用途が持っていた特徴的な空間や歴史性を、生まれ変わったホテルの魅力に上手に結びつけた、個性的でユニークな事例がたくさんあります。日本もこれからは、スクラップ&ビルドに別れを告げ、ストックの重要性を考えなければならない時代。今回はコンバージョンによるホテルの魅力についてお話させていただきます。
欧米コンバージョン事情
そもそも欧米には、建築物は恒久的なストックとして躯体を生かしながら、内装や設備を更新し、時代の要請に合った建物に用途を転換しながら使い続けてきた土壌があります。よって、宮殿、お城、邸宅などからホテルへのコンバージョン事例は枚挙に暇がありません。
ほんの一例ですが、ウィーンのレーミッシャー・カイザー・ウィーンは、元は宰相のためのバロック式宮殿でしたし、タラソテラピーで有名なフランス、サンマロのグランドテル・ド・テルムも元宮殿。このようなホテルは、元宮殿やお城のもつ、初めからホテルとして建てられたものには成し得ない贅沢な空間と、そこを舞台に繰り広げられた歴史や物語を、ホテルの魅力づくりに生かしています。
また、驚くほど事例が多いのが、修道院からのコンバージョンです。フィレンツエ郊外のホテルヴィラ・サンミケーレは、15世紀初頭に建てられ、ミケランジェロの手によるファサードを残す修道院でした。ホルンバッハのクロースター・ホルンバッハは、8世紀に建てられた廃墟同然の修道院を、保存活用の技法を駆使して見事に蘇らせたものです。ケルンのホッパー・エトセトラは、19世紀末に建てられた修道院に、新しいデザイン要素を対比させ、スタイリッシュなホテルに仕上げられています。かつて修道僧が瞑想に耽った場所で、静謐な時の流れに身を委ねれば、魂の静寂を取り戻し心の底から癒されそうです。
ポウザーダ&パラドールの場合
貴族制度の崩壊と共に荒れ果てていた歴史的建造物である古城、宮殿、修道院などの文化財を、国家の力でホテルに甦らせたのが、ポルトガルの国営ホテルチェーン・ポウサーダと同スペインのパラドールです。
オビドスのポウサーダ・ド・カステロは、元城塞で、歴史的建造物を使った最初のポウザーダです。セトゥーバルのサン・フィリペは、元は断崖に建つ要塞。
マカオに残るポウサーダ・デ・サンチアゴも、ポルトガルの要塞を植民地時代にホテルにしたもの。元要塞は、建物の目的故、海を見下ろす見晴らしは抜群。さらに迷路のような階段と、散策中突然現れる多彩なシークエンスも、元要塞ならではの魅力でしょう。
パラドール・デ・グラナダは、元アルハンブラ宮殿に隣接する修道院。「ハランディージャ・デ・ラ・ベラ」は、15世紀、神聖ローマ帝国皇帝を兼ねたカルロス5世の城塞兼宮殿でした。歴史上の人物が関わった宮殿や城に、実際に泊まれるとは驚きです。これといった観光資源のない土地でも、建物自体がもつ独自の魅力によって、世界中からゲストを集めています。
チェーンホテルの事例
ホテルブランドでは、リッツカールトンはその町のシンボルともいえる由緒ある建物をうまく利用してホテルにしています。
リッツカールトン・サンフランシスコは元保険会社のオフィス、リッツカールトン・フィラデルフィアは元銀行のオフィス、リッツカールトン・ニューオーリンズは、20世紀初頭の百貨店からのコンバージョンです。歴史をもつ建物の価値を認め、建物に親しんできた地元の人々に敬意を表する姿勢がうかがえます。
ユニークな事例
フォーシーズンズ・イスタンブールは、なんと元監獄です。ネオクラシック様式の外観は、ガラス張りの通路以外はそのまま。内装は、建築家シナン・カファダルによって生まれ変わりました。大理石の柱には、囚人が刻んだ文字が今も残されており、重い運命を背負った物語も、コンバージョン故に受け継がれる、独特の空間構成と相まって、確かなホテルの魅力となっています。
ケルンの『ホテル・イム・ヴァッサートゥルム』は、元は古い給水塔です。1872年完成当時、直径34m、高さ35.5mの給水塔はヨーロッパ随一の大きさを誇る塔でした。役目を終えた産業遺産は、アンドレ・プットマンのデザインで、ヒップな高級ホテルに一新されました。
モンテネグロのスベティ・ステファンは、アドリア海に浮かぶ漁師の村、スベティ・ステファン島全体をホテルにしたもの。元々は15世紀に海賊の侵略に備えた要塞として造られた島のため、迷路のような街並みが魅力です。建築家ブランコ・ボンによる、中世の街並みや建物をそのまま残し、内装だけに手を入れる案が採用された結果です。アマンリゾーツにより、今年リニューアルオープンの予定だそうです。
日本の事例
歴史的に建物はある期間で建て替えてきた文化性や、法的な後押しと助成金制度等がまだまだ不十分なことからか、日本でのコンバージョンによるホテルは、とても少ないのが実情です。元紡績工場の倉敷アイビースクエアは町の歴史を継承した秀作。旧小樽ホテは元北海道拓殖銀行小樽支店。ナイジェルコーツのデザインで、栄華の名残が漂う街、小樽に蘇りました。かつて銀行の窓口が並んだ2層の大空間は、雰囲気を伝えつつ素敵なレストランになっていました。残念ながらホテルは幕を閉じています。
歴史を継承し、地域を映す。既存のものをうまく生かしながら、制約をむしろ利用して個性的な空間を創造する。コンバージョンによるホテルは、そのホテルしか持ち得ない魅力を創出できるのです。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.73 掲載特集記事より抜粋。
■変わるホテルのパブリックトイレ
建築を見るとき、そのトイレを見れば設計者の力量がわかるといわれます。ホテルも同様、目立たない場所だからこそ、パブリックトイレには、デザイナーの思い入れや、ホテルオペレーターの細かな心配りの有無が端的に表れているものです。
また、ホテルのパブリックトイレが、それ以外のビルディングタイプのトイレと決定的に違うのは、晴れの舞台に相応しい、ゲストへのホスピタリティに趣がおかれている点です。清潔で機能的であることは言うに及ばず、ゲストの高揚した気分を損なわず、むしろ記憶に残る満足度の高いトイレとは。
今回はホテルのパブリックトイレについて、見所と最近の傾向をお話させていただきます。
アプローチ
パブリックトイレは、便利な場所で、かつひっそりと目立たないところにあってほしいものです。広い空間に出入り口が面しているなどもってのほかで、必ず一歩入った通路からの出入りが原則です。
さらに、アプローチにはチェアが置かれたコーナーや、生花がのる飾り棚等によるおもてなしの演出がほしいところ。こういった地道な計画と心遣いの積み重ねが、最も大切で、ゲストの満足感を大きく左右すると思います。
最近のホテルでは、トイレの出入り口は、扉付きのタイプがほとんどです。開いた状態でも中は見えない平面形にしたうえで、さらに音や気配が漏れるのを嫌っての配慮です。扉なしは、スムーズに人を流す、効率重視の計画。少し前までは、高級ホテルでも扉なしタイプを見かけました。
ライティング
商業施設やオフィスのトイレ空間でも、ホテル並みに豪華なものが出てきましたが、清潔感を大切にした明るいデザインが主流。全体に照度を落として、照明による演出が図れるのは、ムードづくりを優先できるホテルの特権でしょうか。
ライティングに工夫を凝らした事例が増えています。メンテナンスのしにくい箇所に仕込めるLED照明の普及も、ひと役買っているようです。コンラッド東京ではここまで暗くて本当に良いのかと、少々心配になりましたが、暗めのウッドパネルとライティングデザインで幻想的な空間に仕上げています。
パーソナル感
洗面コーナーは、ベッセルタイプの流行と共にデザインの幅が広がり、この10年で独創的な事例がたくさん出てきました。
従来の長い一枚のカウンターに画一的に洗面器が並び、壁全面の大きな鏡にブラケット照明が取り付くタイプ(トラディショナルな様式のホテルは依然これですが)は減り、カウンターが分節、独立していたり、照明を仕込んだ機能的な鏡がついていたりと、総じていえば、一人に一つのアイテムが対応する、パーソナル感の強いタイプが増えたように思います。
パウダーコーナーは日々豪華になり続け、既に寛げる社交の場としての位置づけも期待されているように感じます。シッティングタイプが主流で、豪華な仕上げ材による空間の質からすると、もはやトイレから独立した存在かもしれません。
トイレブースも変化の過程が良く見て取れるパーツです。以前は高級ホテルでも、ブースの上部が大きく開いていて、材料には気を使っていても、見るからにトイレブースといった造りを良く見ました。最近は、扉でない部分の壁は天井まで達しているし、扉上部にも壁が付くか、扉が天井まで達している例も珍しくありません。より落ち着ける完全個室化が進んでいます。
小便器の隔て板も、より仕切られ感が強まる傾向です。ホテルではありませんが、大丸心斎橋店のように半個室化の事例も。ホテルでも流行るかもしれません。
レジデンシャル感
邸宅に招かれたときの暖かなサービスのように、トイレの備品にもサービス側の気配りが感じられるとうれしいもの。洗面コーナーでは、箱入りペーパーより、きれいに並べられたハンドタオルがうれしいし、固定型ソープディスペンサーより、置型タイプのほうがもてなされている気がします。
これは、設備機器でいえば、機器・配管の露出や大げさなものを嫌う感覚に通じていて、昨今のシンプルな壁掛便座は、そんなニーズの賜物でしょう。同様に、天井に付く換気のための排気口をうまく隠す工夫など、気の利いたこだわりの事例に出会うと思わず頬が緩みます。
個性派
マンダリンオリエンタル東京のロビー階にあるトイレは、天井高3・3メートルでフルハイトのガラス窓。さらに、男子トイレでは窓際に外に向かって小便器が一つ一つ自立しています。東京の街並みを見下ろして用を足すのは、なんとも開放的で爽快な気分です。女子トイレは同じ位置に洗面台が外を向いて並びます。男女とも洗面台にビューを妨げる鏡は付けずに、妻面のガラス張りの壁で済ませてくださいといった割りきりには脱帽です。
Wソウルでは、トイレ全体が階段状になっていて、上りきったところに、男子は滝(これが小便器で、何人かで並んでする)が、女子は真っ白なブースが並びます。洗面は階段なりに配置され、照明は男子がブルーで女子がピンク。こんな意表を突く、記憶に残るデザインエレメントが何にもまして求められているホテルもあります。
*情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.72 掲載特集記事より抜粋。
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