LHARDWARE

ホテル情報誌「ホテルジャンキーズ」記事より抜粋


建築コラム
From Architectural Point of View



ホテル設計を手がける建築家であり、
ホテルジャンキーでもある
浅野一行さんによる
ホテルのハードに関するコラムです。


あさの・かずゆき
●1961年生まれ。設計事務所勤務。ホテルジャンキーズクラブ会員。


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  • ■ホテルのクローゼット


    ホテルの客室に設けられたクローゼットは、ふだんはあまり記憶に残らない存在かもしれません。多くのホテルでは、クローゼットは当たり前のように客室の入口近辺の壁に組み込まれていて、どこも大差ないからでしょう。

    しかし、部屋の大きさに余裕のあるラグジュアリーホテルにおいて、ゲストが望む肌理の細かいサービスへの対応を考えた場合や、逆にいわゆるビジネスホテルのように狭いスペースを有効に活用したい場合には、クローゼットはその計画意図に応じて様々に形を変えています。

    そもそも衣類や荷物の収納スペースですので、機能的であることがサービス上のポイントですが、その使い勝手の工夫は、ホテルがお勧めするホテルライフの提案にほかなりません。

    今回は、地味な存在とはいえ、客室のコンセプトを如実に物語る、クローゼットを取り上げてみました。


    大きさ・機能


    クローゼットの収納力は、そのホテルのグレード感を表す、といわれます。ハンガーの数を数えるゲストも少なくないようですし、確かに高級ホテルでは、10以上、中には15を越すハンガーが並ぶクローゼットもあります。スタンダードルームでは、幅1メートル50センチを越すと大きいなという印象でしょうか。通路に沿って2連で設けられた立派なものも珍しくありません。

    また、奥行きは、ハンガーパイプを左右に渡す場合、上着やコートが壁(扉)に触れないためには60センチが目安となります。この寸法は、ライティングデスクの奥行きとリンクします。55センチでぎりぎりといったところです。奥行きが確保できない場合、パイプを奥から突き出すようにしてハンガーを正面に向けて掛けるケースもありますが、掛けられる数は極端に減ってしまい、グレード感を損ねます。

    ちなみに、あるチェーンホテルの高級ブランドにおけるデザインガイドラインでは、幅は42インチ(約107センチ)以上、とあります。あれっと思われるかもしれませんが、高級ホテルでもビジネスユースがメインのホテルでは、それほど大きなクローゼットは必要ないのでしょう。

    これが観光地やリゾートとなると話は違ってきます。滞在期間が長く、お洒落にも気合が入るので衣装も増えます。よって、ハンガーの数がものを言うことになります。

    クローゼットの標準装備としては、ハンガーの他に靴べら、シューケアの布、スリッパ、セイフティボックス、ランドリーサービスのセット、予備の枕やブランケット等があげられます。グレードが上がって、これらにバスローブ(バスルームに見えるようにセットするのも素敵ですが)、アイロンとアイロン台(又はズボンプレッサー)、ホテルのロゴ入り傘、ホテルのロゴ入り紙袋が加わり、セイフティボックスが大きくなってランドリーやシューシャインサービスの袋がビニールから布製になると、心がときめくのは私だけではないでしょう。

    マンダリンオリエンタル東京でヨガマットを見つけた時は興奮し、とりあえず使ってみたものです。クローゼットの中には、バスアメニティと同様に持ち帰りたくなるものも少なくありませんね(もちろん常識の範囲内で)。


    周辺アイテム


    クローゼットの周辺アイテムとしては、チェストやバゲージラックがあります。これらがあちこちに点在しているプランを見かけます。個人的な好みでは、どうも部屋にスーツケースの乗ったバゲージラックがあるのはインテリアの雰囲気を壊すようで好きではなく、これらはクローゼットの中に納まっているのがベターだと思っています。

    通常の壁面組み込みのクローゼットで、面白い例をひとつご紹介します。

    ル ロイヤルメリディアン上海では、通常のクローゼットの横にもう一つ、物入れの抽斗やバゲージラック等とワンセットになったクローゼットが設置されています。そのハンガーパイプは、かなり高いところにおさまるため、取っ手が付いていて、引き寄せると降りてくる仕掛けになっています。さらにその下のバゲージラックも前面にスライドして使いやすい。可動部分を多用したクローゼットです。


    進化したクローゼット


    さて、次はラグジュアリークラスのホテルやリゾートで、ワンクラス上のサービスに対応するために、変化、進化したクローゼットを見ていきましょう。


    ■ウォークインクローゼット

    大きな荷物を抱えてゴージャスな旅を楽しむ方々には、クローゼットの収納力は重大な問題です。

    同時に、多くの荷物は一ヶ所にまとめておきたいし、大きな姿見の前でドレス選びに興じたい。ウォークインクローゼットはそんなニーズに応えています。また、それほど荷物の量が多くなくても、スーツケースを開いてあたり一面散らかすことが出来る気楽さも人気の理由かも知れません。

    グランドハイアット福岡のスタジオ1タイプは、45平米の客室ながら立派なウォークインクローゼットを備えています。ウォークインクローゼットには、ある時間そこに留まっても息苦しさを感じさせない広さが不可欠だと思いませんか。そういう意味では、ただ中に入れるからウォークインクローゼットだという事例にはあまり感心しません。

    ここにさらにドレッサー機能を付加したのが、ドレッシングルームです。

    ペニンシュラ東京では正面にドレッサー、両サイドには全長3メートルはゆうに越すハンガーパイプに布団張りのバゲージラックを備え、バレットボックスまで付いた、約7平米のドレッシングルームを配置しています。

    クローゼット→ウォークインクローゼット→ドレッシングルームは一連の進化として捉えることも出来そうです。


    ■水廻り隣接クローゼット

    クローゼットの使われ方を考えた時、そもそもクローゼットはどこにあると一番便利でしょうか。

    ご家庭の例で考えてみれば、まず着替えやお化粧をする寝室(あるいはドレッサーの近辺)、その次がコート等上着を納める玄関ではないでしょうか。

     ホテルも同様、部屋の大きさに余裕があれば、ドレッサー機能の傍に欲しいはずです。そうすれば、シャワーの後、着飾ってディナーに行く準備をするにも便利だし、親しい間柄でも一定のプライバシーが保て、大切な時間をスマートに振舞うことが可能になります。

    グランドハイアット東京のように、出入口よりも水廻りとの関係を重視し、クローゼットを水廻りの一角にのみ設けた事例もあります。

    客室からウォークインクローゼット、またはドレッシングルーム経由でバスルームに至るプランも時々見かけますが、これも水廻りとの関係を重視したケースといえます。バンコクのスコタイシャングリラ・シンガポールのバレーウィング等がこのタイプです。以前宿泊したホテル西洋銀座の客室もそうでした。


    ■両サイドから使えるクローゼット

    クローゼットを水廻りと出入口へのルートの間に配し、両方に扉を設ければ、先述の2つの問題が両立できます。こうして両サイドから使えるクローゼットが生まれました。

    ドレスアップ時はバスルームサイドから利用し、外出時には出入口サイドから靴を履き替え上着を羽織ることが出来ます。

    ハレクラニグランドハイアット上海シェラトン上海浦東等で採用されています。

    パークハイアット東京ザ・キャピトルホテル東急は、ウォークインクローゼットに先の両サイドから入れるようにしたタイプです。2つの使われ方に対応した使い勝手の向上とともに、ループ動線ができることで、客室に無限の宇宙が生まれます。

    ■簡素化するクローゼット

    逆に、いわゆるビジネスホテルのように、狭い空間を有効に使いたい場合、クローゼットに大きなスペースは割きたくありません。どうせ一泊でハンガーに掛けるのもコートとスーツくらいのもの。であれば、ハンガーボード(ボードにハンガーを掛ける短いバーかフックが付いたもの)で充分と、クローゼットをやめてハンガーボードを客室または客室内通路に露出で設けるケースが増えました。

    二○○一年オープンのホテル近鉄ユニバーサルシティでは、ボードの裏側にハンガーを掛け、衣類の露出は避けていましたが、近年急激に増えているビジネスホテルのケースでは、堂々と表に衣類を掛けるタイプがほとんどです。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.91 2012年4月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルのミニバー


    バトラーに頼めばすぐに何でも手に入るようなホテルは別にして、喉を潤す飲み物くらいは客室内に備えておきたいものです。ルームサービスを頼むほどではない、そんな時、ミニバーが活躍します。ちょっとしたティータイムを部屋で楽しんだり、お休み前に軽く一杯。ミニバーは、ホテルライフに彩りを添えてくれる存在といっていいでしょう。

    従来、ホテルの客室には不可欠なものと思っていましたが、いつの頃からか、客室の冷蔵庫が空のホテルが増えました。運営の合理化ということでしょうが、必ずしもホテルグレードによるとも限らないようで、そのホテルの運営方針がストレートに出ている場所なのです。

    今回は、ホテルのミニバーについてお話させていただきます。


    ミニバー利用事情


    便利なミニバーですが、では、どのくらいの人が利用しているかといえば、残念ながらかなり少ないのが実情のようです。

    ネックになっているのは、その値段。市場価格の二?三倍以上がほとんどですから、普通の人は気軽に手を出せるものではありません。ホテル側からすれば、在庫管理や補充業務とたいへん手間の掛かるサービスなので、仕方のない価格ということでしょう。

    そのうえ、商品の回転が悪いので、ビールが期限切れになっていたなどという話も聞きます。また、ファミリーユースの場合は、実際にほしいものを外で購入したいので、冷蔵庫は空のほうが自由に使えて便利。飲まないリキュールのミニチュアボトルが並んでいてもまったく意味がない。なんていう意見も聞こえてきます。

    これでは、ホテル側がいっそのことやめてしまおうと思うのもわかる気がします。望まれていないサービスをあえてすることはないし、空の冷蔵庫さえ置いておけば、勝手に自販機か近くのコンビニを利用してもらえて、特に苦情にならないというのですから。

    一方、夜中にホテルに到着した場合や、ホテルの周りに何もないような場合、客室は最後の拠りどころとなります。ミニバーの存在は、これほどありがたいものはありません。

    そうでなくとも、部屋で寛いでいて外に出るのが億劫な時、やっぱりミニバーは便利です。すぐに冷たいビールをグイっとやりたい時もあるではありませんか。

    私自身は、あらかじめ外で飲み物を購入してからチェックインするといった用意周到な行動は苦手なうえ、ほしい時は我慢できない性質なので、ついつい利用してしまう、ホテルにとっては良いお客さんです。

    一流ホテルのサービスを想定すれば、もちろんあって然るべきミニバー。煩わしい思いや、要らぬ心配をさせないのもサービスです。

    ホテルによっては、オールフリーでサービスしていますし、ミニバー飲み放題というプランを出しているところもあります。

    ミニバーが、そのホテルのサービスにふさわしいかどうかは、どのレベルで、どういうサービスを行ないたいか、ホテルの考え方次第と言えそうです。

    ミニバーのアイテム


    一口にミニバーといっても、そろえているアイテムはホテルによって様々です。軽装備なものから重装備なものまで、順を追ってみてみましょう。

    まず、冷蔵庫を空にしているところでも、ティーバッグの煎茶・ほうじ茶・コーヒー(有料の場合も)・紅茶などは用意されており、付属器具としては電気ポットとアイスペールは必需品です。このケースでの茶器は、グラスと茶碗、せいぜいカップ&ソーサーがつく程度でしょうか。

    冷蔵庫がビール、ミネラルウォーター、ジュースで満たされると、次はアルコール類の充実が図られます。ウイスキーやリキュール類のミニチュアボトルが用意され、ワインが置かれます。スナック菓子も付くようになります。

    さらに、飲み物が充実してシャンパン、焼酎などが用意されるケースになると、グラスにワイングラスやシャンパングラスが足され、お茶と共に急須と茶碗も上等なものに。カップ&ソーサーは、ブランド物といった具合です。ワインオープナーやソムリエナイフなどの道具も充実してきます。

    近頃では、エスプレッソマシーンを置くホテルもあります。まだ少数ですが、個人的にはとても嬉しいサービスで、増えてほしいと思います。

    そして、ミニバーにお洒落な流しを備えているものは、「ウェット・バー」と呼ばれます。何度も使うグラスやカップを洗うのにも便利ですし、手慣れた方なら、おつまみやカクテルを作って楽しむこともできます。しかし、設備に負担がかかるためか、最近のホテルではあまり見かけなくなりました。

    ところで、ホテルの冷蔵庫には、就寝の邪魔にならないよう静音性が求められます。通常の冷蔵庫は、ガス圧縮式で、コンプレッサーを使う方式なので、皆さんよくご存知の音が出ます。そこで、コンプレッサーを使わないガス吸収式(冷媒にアンモニアなどの液体を使った方式)やペルチェ式(ペルチェ効果という原理を応用した電子冷却方式)という方式が、ホテルの小型冷蔵庫には採用されてきました。それで、あまり見慣れない形が多いのです。最近は一般的なガス圧縮式も音が静かになってきたことから、使われる例が増えてきたそうです。

    ミニバーのいろいろなタイプ


    ミニバーを客室のどこに配置するかについては、ホテルによってさまざまです。

    昔、テレビがブラウン管式だった時代、部屋に露出するのを嫌がった高級ホテルでは、それを収納するアーモアと呼ばれる家具が部屋の中央(ベッドからもパーラーからも良く見える場所)に置かれました。ミニバーは、この意匠上重要な家具の一部に組み込まれることが多かったように思います。

    アーモアが消えた今、ミニバーは、それ自体の大きさにふさわしい場所に、納められるようになりました。

    ■ライティングデスクの一部

    一番コンパクトなのがこの方法です。ホテルディレクトリー等を納める抽斗の下部に冷蔵庫、さらに幅があれば電気ポット、アイスペール、グラスなどを納めます。納まりきらなければ、デスクの上も使うことになります。

    スペースに余裕のないビジネス系のホテルや、出来るだけコンパクトに納めたい場合によく見られます。

    また、ローコストのビジネス系のホテルだと、冷蔵庫に外扉を付けて隠すかどうかが問題にされます。当然、隠した方がデザインコントロールしやすいのですが、昨今の厳しい建設コストゆえ、露出タイプでデザインを頑張る事例も増えています。

    ■専用棚

    壁面の一部に、ワイド60センチ程度で縦一列に専用の棚を用意し、まとめてコンパクトに納める方法です。下から、開き戸内に冷蔵庫、抽斗にミニチュアボトル・スナック菓子・茶器、石の天板に電気ポット・アイスペール・茶器、そして、その上にガラス板を渡してグラス類を並べる事例をよく目にします。

    ウェット・バーにする場合は、このタイプのワイドを広げた天板に流しを組み込むことになります。

    ■専用家具

    ミニバー用に設えられた専用の家具を配置する方法です。ミニバーのアイテムが増えるほど、収納スペースが要り、こうした家具が必要となるわけです。造り付け家具とする場合と、置き家具にする場合の両方があります。

    大きな部屋、ラグジュアリーホテルによく見られるタイプです。

    多くのアイテムをすべてバランスよく一つの家具に収納するのは、運営側との調整はもとより、備品にいたるまで、すべてのデザインを把握したうえでしか出来ないことです。

    大きなテレビの納め方と共に、インテリアデザインの見せ所となります。

    ミニバーを見せるか隠すか


    ヨーロピアンクラシックが流行っていた頃のミニバーは、様式的な意匠を身に纏い、きれいなミニチュアボトルやグラスをミラーに映し、華やかさを演出した、「見せる」デザインが多かったように思います。

    ところが、シンプルモダンのデザインが主流となった現在では、ミニバーは整然と家具の中に納まり、露出度の低いデザインが増えたように思います。

    でも、決して無味乾燥なものになったわけではありません。この辺に入っているかな、と引き出しや扉を開けると、宝石箱を開けたときのように、計算されつくしたレイアウトできれいに並べられたアイテムが出現するのです。思わず頬が緩むのは、私だけではないでしょう。

    ミニバーは、そんな期待を抱かせてくれる存在でもあります。



    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.90 2012年2月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルの床


    ホテルの床といえば、昔は石かカーペットと相場が決まっていて、ロビーはピカピカに磨き上げられたパターン張り(模様を描くように色違いの石種を張り分ける手法)の大理石に、宴会場とレストランはふかふかで大きな柄のカーペット、そして客室階はエレベーターホールから客室にいたるまでずっとカーペット、というホテルがほとんどでした。

    言ってみればこの二つが、西洋からきたホテルというビルディングタイプにおける、豪華さ・高級感を象徴する建築床材だったということだと思います。

    しかし、最近のホテルでは、使われる床材のバリエーションも増え、デザインの指向も多様化していることを感じます。

    今回は、ホテルの床材を取り上げ、性能や最近の傾向など、いろいろな視点で思いつくままにお話させて頂きます。


    様々な床材の傾向


    ホテルでよく使われる床材を種類別に追いながら、最近の傾向などをみていきたいと思います。


    ■石材

    冒頭にも触れましたが、ヨーロピアンクラシック一辺倒だった時代には、光り輝く大理石の床が、物質的な高級感を第一義とするホテルの床材の代表でした。しかし、スタイルが多様化した今の時代では、価値観も変わり、見た目の高級感を超えた、様々な個性的な表現が試みられ、むしろしっとりと落着きのある表情の床が増えてきたように思います。ライムストーンのように、マットで優しい質感を持つ石種も好まれています。逆に大理石のパターン張りは、あまり見かけなくなりました。

    また、表面仕上げの技術も進み、様々な仕上げが可能となっています。たとえば、雨がかりに石を使う場合など、従来は花崗岩をジェットバーナーであぶり表面を荒らす方法が主でしたが、色が白けてしまったり、熱による変色もありました。それが、サンドブラストやウォータージェットなどの方法では、石種本来の色味を生かしながら、滑らない床をつくることができます。

    水磨き(本磨きのように艶は出さずマットに磨かれた仕上げ)のように見えて、大浴場の浴槽の縁に使っても、何故か滑らない不思議な仕上げもあります。


    ■タイル

    タイルは、人工の建材ということもあり、昨今、面白いテクスチャーを持つものがたくさん開発されています。木調をはじめ、織物調、金属調、レザー調など、とても魅力的なものが増えました。大判で立派なものもあり、創作意欲を刺激されるのですが、実は石より安いかといえばそうでもないのが辛いところです。スタイリッシュなホテルでは、石よりもタイルで個性的なデザインを表現しているところも多くみられます。


    ■カーペット

    最も人に優しい素材で、吸音効果もあるカーペットは、ホテルの床ではロビーをはじめ、客室、宴会場、レストランといたるところで使われてきました。ふかふかのカーペットは、普通の人はそう歩くチャンスは多くないでしょうから、高級ホテル特有のおもてなしかもしれません。

    最近では、それほどふかふかでなかったカーペットを使っていたケースは、ビジネス系のホテルを中心に、ほとんどタイルカーペットに変わっています。理由は、安価なうえに、汚れてもその一枚だけ取り替えることができるメンテナンスの容易さです。ただし、毛足が長く、複雑な柄でタイルの境目がほとんど分からず、高級感のあるものが増えましたので、うまく使うとタイルカーペットだと気づかれない方がほとんどだと思います。


    ■フローリング

    他の材料に比べて、ホテルで使われることが飛躍的に増えたのがフローリングでしょう。それは、木の柔らかい質感による、落ち着いた雰囲気や癒しの効果が、ホテルというホスピタリティ施設に相応しいと認められてきた歴史に違いありません。

    その昔、商業施設などでフローリングが多用され始めても、ホテルの客室だけはフローリングを使うのはNGだと言われてた時代もありました。硬いフローリングは、上下階で床の遮音性能を確保できなかったからです。今では、遮音マットなどの技術により、実に多くのホテルの客室でフローリングが使われるようになりました。

    これまでカーペットが使われてきたレストラン等にフローリングが使われる事例が増えたことで、ホテルの床は、総じて硬くなって来ている傾向があります。その上で一日中動きまわられるホテルスタッフの方々には、膝への負担が大きく大変だと聞きます。設計者として多少の責任を感じつつ、インソールの使用などにより、ご自愛頂きたくお願いするしだいです。

    製品としては比較的新しい樹種でもある、竹のフローリングが人気です。客室では
    マンダリンオリエンタル東京に使われました。竹は、防菌、防かび効果に優れた自然素材で、アトピーやシックハウス対策にも最適な、人に優しい材料だそうです。また、成長が早く無尽蔵な天然資源として、地球温暖化対策にも有効なエコマテリアルです。


    ■デッキ材

    バルコニーやオープンテラスが大好きな私としては、リゾートに限らずシティホテルにも積極的に使っていきたいと考えている床材です。テラスや屋上の開放感をホテルの魅力づくりに生かす時、その床は石やタイルよりも優しいデッキ材が相応しいと思います。

    デッキには、天然木デッキと再生木デッキがあります。

    天然木デッキは、文字通り天然の木材で、超硬質高耐久のイペ、レッドシダー、ジャラ・プライムなどが使われます。しかし、紫外線、風雨に晒される環境では、しばらくすると、色は茶色からシルバーグレーに変色します。この経年変化を天然木ならではの味と感じるか、汚いと感じるかは人によりますが、塗り替えなどのメンテナンスがきちんとできる環境であれば、私は天然木がお勧めです。手間はかかっても、本物の木のぬくもりは、何ものにも変え難いものだと思うからです。

    一方、再生木デッキは、木粉をプラスティックに混ぜて作った人工木を使っています。再生材ですので環境に優しい建材で、色の変化はほとんど無く、とげやささくれもできず安心で、メンテナンスも容易。最近人気で、多くの商業施設やホテルで使われるようになっています。


    ■ビニル床シート・タイル

    ホテルでは、石やフローリングの代替品として使われることが増えました。所詮、にせものと言ってしまえばそれきりですが、壁材などに使われる化粧塩ビシートの木目調が、プロが見ても本物と区別がつかないほど良くできているのと同様、硬質のビニル床タイルの木目調は、木の導管までエンボス加工されていて本物と見間違うほどの出来栄えです。

    ユニークなところでは、アドヴァンが扱う、スウェーデン生まれのビニル織物床シート・タイルの「ボロン」があります。塩化ビニルを編んだものをパッキングした構造で、カーペットのような立体的な素材感と肌触りを持ちながら、手入れが簡単で耐久性があるという触れ込みです。近いうちにホテルの床にお目見えすると思います。

    しかし、こうして見てきましたが、個性的なホテルが増えデザインが多様化しているこの時代にしては、何故か新しい床材は少ないな、というのが素直な印象ではないでしょうか。実は、今回は個性的な床材を使っているホテルを実例で紹介しようと考えていたのですが、自分としても期待はずれだったのです。

    これは、ホテルに限ったことではありませんが、壁材に対して、床材はあまり斬新なものが出にくいのです。それは、床材が常に人と接触する部分であるだけに、デザイン性に加えて耐久性・メンテナンス性などの機能が厳しく求められるからだと理解し、納得した次第です。


    床座文化をホテルに


    最後になりますが、ホテルの床について話す時、日本の伝統的な床の文化について触れないわけにはいかないでしょう。ご承知のように、日本人は長い間、靴を脱いで畳に座る床座文化を育んできました。このスタイルの心地良さは、我々のDNAに摺りこまれており、日常生活にテーブルと椅子のスタイルが浸透しても、リビングでは、依然床に直に座るのが一番寛げるという方が少なくないそうです。

    今後は、洗い場付バスを採用するホテルが増えてきたように、靴を脱いで入る客室、さらには床に座ったりゴロゴロできる客室が、もっと増えるに違いありません。

    床座を前提に客室のインテリアデザインを考えると、視線の高さの違いから、椅子に座る椅子座のインテリアとはまったく違ったものが生まれます。TVやアートは当然低いところに収まり、家具の高さはすべて低く抑えられます。窓台が高いのはもってのほかで、当然開口部は大きくなります。

    最近、座面の高さを思い切り低くした、ソファとも座椅子ともつかないような変わった家具がありますが、床座スタイルのホテルでは、こうした新しいタイプの家具が次々に開発され、導入されるでしょう。そう遠い未来ではない気がするのですが。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.89 2011年12月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルのウィンドートリートメント


    ウィンドートリートメントとは、カーテンに限らず、窓廻りすべての演出をさします。

    窓をきれいに飾ることは、昔からインテリアデザインにおいて重要なテーマで、そこには多くの知恵が結集され、様々なアイテムが生み出されてきました。

    今回は、ホテルのウィンドートリートメントを取り上げ、それが時代と共にどう変わってきて、どこに向かっているのかを考えてみました。

    窓は、インテリアとエクステリアの境界であると同時に、プライベートとパブリックの境界です。

    室内の快適性を保つためには、そこには遮光、調光、遮熱、視線の遮蔽など様々な機能が求められます。我々はそれをカーテンやブラインドなど可動式のアイテムで対応してきました。

    ウィンドートリートメントとは、日々刻々変化する環境に対し、適切な方法でその空間に求められる機能を果たしつつ、同時にインテリアの一部として、その空間に相応しい意匠性を獲得することと言えるでしょう。


    窓を飾る基本アイテム


    それでは、まずは基本的なアイテムについて、機能面、意匠面から簡単に解説いたします。


    ■カーテン

    左右に引くタイプ。

    布地には、ドレープ、レース、ケースメントなどがあります。通常、室内側のドレープ(重量感のある太い糸で織った厚手のカーテン地)と室外側のレース(編み機で編まれた光を透過するカーテン地。織り地のものはボイルといいます)のセットで使われます。言うまでもなく、ドレープは遮光、遮熱などの機能を、レースやボイルは視線の制御、調光などの機能を担います。

    ケースメントは、ドレープとレースの中間的な生地で、ざっくりと織られた透かし織りにより調光性と遮光性を兼ね備えたもので、単独で使われることが多いようです。

    カーテンの歴史は最も古く、過去の歴史様式と共に発展し、様々な様式化された意匠が存在します。

    クラシックな様式では、バランス(カーテンの上部につける上飾り)、トリム(カーテンやバランスの縁を飾るテープ状の飾り)、タッセル(カーテンを左右で束ねる房飾り)などにより、装飾性が高まります。

    さらに、プリーツ(ひだ・折り目)やギャザー(プリーツより小さいひだ)をたっぷりと取れば、より装飾的で豪華な設えになります。

    ホテルのデザインは、もともとクラシカルな様式をベースにしたものが多かったこともあり、こうした装飾的なものが多く使われてきました。

    しかし、最近のコンテンポラリーなデザインのホテルでは、バランスは付けずにカーテンボックスとしたり、プリーツを取らないフラットカーテンとしたりといった具合に、いたってシンプルなものが増えてきました。


    ■ローマンシェード

    上にたくし上げるタイプ。

    ローマンシェードは、シンプルなプレーンシェード(ひだやギャザーのないタイプ)やシャープシェード(横方向にステッチとバーを入れ、シャープなラインでたたみ上げる)から、下部にボリュームのあるウェーブを持つバルーンタイプ、全体的に細かいウェーブをたっぷりと取りゴージャスなオーストリアルタイプなどがあります。

    さらに、縦長の窓にはピーコックシェードやムースシェードといった個性的なものも。

    ホテルでは、ロビーやレストランなどの大きな開口部に豪華なバルーンやオーストリアルがよく使われてきました。一方、客室では、昔はあまり見ませんでしたが、この十年位でドレープ、レース共にプレーンシェードやシャープシェードとする事例がとても増えました。カーテンに比べすっきりとした印象になり、特にドレープカーテンとシャープシェードのレースの組み合わせは、大流行です。


    ■ロールスクリーン

    上から巻き取るタイプ。

    最もシンプルな表情をつくります。現代的な大空間の直射制御によく使われていますが、ホテルではビジネスホテル等の比較的小さな開口部に使われています。裏面にアルミ加工を施して、光は通して日射を跳ね返す、省エネ・遮熱スクリーンも製品化されています。

    また、昨今、バスルームの作り方が大きく変わり、外壁やベッドルームとの境界に開口部を持つタイプが増えました。水廻りの視線制御に伴う、新たなウィンドートリートメントに活躍しているのが、ロールスクリーンとブラインド。

    です。共につくりがシンプルで、濡れても手入れが簡単なのが採用の理由でしょう。


    ■プリーツスクリーン

    プリーツスクリーンとは、プリーツ加工したスクリーンを上下に昇降させるシェードです。細かな水平のラインが和の趣を感じさせることから、和紙調の生地がよく使われています。

    ホテルでは和食レストランの他、今後は和風モダンの客室にも、レースの代わりに使われていくのではないでしょうか。


    ■ブラインド

    昨今では、客室のウィンドートリートメントにブラインドも珍しくなくなりました。スラット(羽板)の種類は豊富で、木製でも防炎性能や耐水性能を有するもの、レザーやファブリックで巻き込んだもの、スラットの形状がユニークなものなど、ホテルでの使用にも選択の幅が広がりました。シャープですっきり見せるには、ブラインドに勝るものはないでしょう。特に木製ブラインドは、人気です。


    ■障子・襖(ふすま)・簾(すだれ)

    障子、襖、簾は、日本古来のウィンドートリートメントと言ってよいでしょう。

    ホテルでは、ヒルトンホテルがホテルの地域性を重視し、古くから障子や襖を客室に取り入れてきました。障子は、視線を遮り室内に柔らかな拡散光を導き、襖は完全遮光に寄与します。

    これからは、和のスタイルのホテルが増えると予想されますが、旅館のように簾のようなものが付いたホテルも面白そうです。

    ウィンドートリートメントから少し離れますが、開口部の外側に、簾のように直射を防いだり視線をコントロールするための皮膜をもう一枚設ける手法が一部の建築で試みられています。日本的な環境装置としての皮膜は、エコなホテルの計画において、大変有効な方法に違いありません。


    スタイル別の様式


    次に、ホテルのスタイルごとに、ウィンドートリートメントの違いについて、事例を交えて見ていきましょう。


    ■ヨーロピアンクラシックの場合

    モダンデザイン以前のデザインは、みな装飾を目的とする様式です。ゴージャスな柄のドレープカーテンをバランス、トリム、タッセルなどで飾るスタイルは、無機質な現代デザインとは違った魅力を持ち、いまだ多くのファンに支えられています。

    リッツカールトン大阪の客室ウィンドートリートメントは、重厚なドレープとレースのカーテンに大きなバランスが付いています。典型的な重厚なヨーロピアンクラシックといってよいでしょう。同じリッツカールトンでもリッツカールトン東京は、バランスこそ付いているものの、ドレープもレースもローマンシェードで、現代的なデザインとなっています。

    セントレジス大阪では、バランスをつけずに廻り縁のモールディングの奥にカーテンボックスを隠し、これもクラシックの中では少しすっきり系です。ドレープをベッドの脇にも配して、ドレープの質感でインテリアをまとめています。


    ■シンプルモダンの場合

    シンプルで飽きの来ない都会的で洗練された機能美が特徴です。装飾的な要素を極力排し、シンプルイズベストのデザインです。

    カーテンやシェードの吊り元は、カーテンボックスに隠し、無地の布地を天井から床まで一気にすっきりと下ろします。

    フォーシーズンズ丸の内のウィンドートリートメントは、遮光ローマンシェードとレースのカーテン(共に電動)で、軽快なシンプルモダン。

    シャングリラホテル東京の客室は、重厚なモダンデザイン。レースはローマンシェードですが、ドレープはカーテンとシェードの両方のタイプがあるようです。

    また、モダンデザインでは、ドレープとレースの関係も自由で、ドレープは遮光のためのシンプルなものと割り切って、繊細な意匠性を持つレースを室内側に使った例も増えました。

    グランドハイアット東京は、室外側に遮光スクリーン(レール付き)と室内側にレースのローマンシェード。ペニンシュラ東京は、室外側に遮光スクリーンと室内側にレースカーテン(共に電動)です。

    他にもパネルカーテン、ロールブラインド、ブラインドなどシャープな印象のアイテムはここに分類されます。


    ■アジアンリゾートの場合

    自然素材の質感を生かしたウィンドートリートメントが特徴です。

    ざっくりと織られたファブリック、生成りの色彩、アースカラーや光沢のあるシフォンも使われます。よろい戸や折戸もウィンドートリートメントの一種でしょうか。でも一番特徴的なのは、大きく開け放つことができることかもしれません。

    沖縄のブセナテラスのウィンドートリートメントは、よろい戸にガラスの框戸のみが基本で、部屋によってシンプルなレースのカーテンが付くだけです。ジ・アッタテラスは、バスルームの窓は木製ブラインドで、バルコニーへの開口部はざっくりとしたドレープとレースのカーテンに飾りのよろい戸です。


    ■新しいタイプ

    最近のウィンドートリートメントでは、これまでの既成の概念を離れて、自由な発想で考えられたアイテムがたくさん出現しています。いずれも、窓廻りに求められる機能を的確に備えた上で、装飾的に扱わず、それ自体が織りなす表情や光の質を楽しむものが多いのが特徴です。

    ハンター・ダグラス社(オランダ)のシルエット・シェードという製品は、ロールスクリーンとブラインドが組み合わされたようなもので、上部巻取りのスクリーンが袋状になっていて、ファブリックのスラットを開いたり閉じたりすることで光とプライバシーを美しくコントロールします。

    同じくルミネット・シェードは、それを縦型にしたもの。レースカーテンのような繊細な美しさと機能性を両立させています。

    サイレントグリス社(スイス)は、斬新なデザインによる新たなウィンドートリートメントを多数用意しています。フォールディング・パネル・システムは、V字にたたむことができるスクリーンパネルを、たたんだり移動したりして、様々なシチュエーションに対応可能なシステムです。

    同じく波型形状のバーティカルブラインドシステムは、予測不能な光の空間を創出します。

    また、ペアガラスの間にブラインドが内臓されたサッシや、セラミックプリントされたペアガラスなど、新しい表情や光環境をつくるサッシも見逃せません。ホテルのパブリックや客室で大々的に使われるようになるのは少し先かもしれませんが、多くの可能性を秘めた楽しみなアイテムだと思います。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.88 2011年10月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルのプール


    プールの底にモザイクタイルで描かれたホテルのロゴマーク。リゾートホテル、シティホテルを問わず、洗練されたホテルのは、昔からホテル愛好家の心をしっかりと捉えてきました。

    それでいて、お気に入りのプールは人によって千差万別。こだわるところが違えば、好き嫌いがはっきりわかれる、プールとはそんな施設のようです。

    一方、ホテルへのスパの参入やフィットネスのあり方との兼ね合いで、プールを取り巻く環境は大きく変化しています。

    そんな状況下、昨今の国内外におけるホテルのプールの動向は?

    今回は、ホテルのプールについてハードの視点で取り上げてみました。



    プールのタイプいろいろ


    まずは、比較的最近のホテルで見られる特徴的なプールのタイプをピックアップしてみました。どれもこれまでの、あるいはこれからの潮流に何らかの影響を与える可能性を秘めています。

    ■ワールプール

    いわゆるジャクージのことで、ホテルに限ったものではありませんが、競泳用またはリラクゼーション用の大きなプールの脇には、これが併設されることが増えました。

    リラックス、マッサージ効果があり、ストレスや体の疲れがすっと引き、心身ともに快適にしてくれます。ホテルのプールには、もはや必須アイテムと言ってよいでしょう。

    単に円形のものではなく、露天の岩風呂風にしたり、それ自体が発光して光を湛えたり、様々にデザインを工夫して、ホテルの個性を表現しています。

    ■インフィニティプール

    一時、ホリゾンタルプールとも呼ばれていました。インフィニティエッジ構造のプールのことで、海が背景のロケーション等で、プールの海側の淵をなくし、水をオーバーフローさせて、満々とたたえられたプールの水がその先の海と一体化しているように見せるデザイン手法です。

    歴史は古いのですが、昨今のリゾートホテルではお決まりの手法と言えるほどの大流行です。最近は、日本の露天風呂にもよく見られるようになりました。

    もともとは、海や湖で使う技ですが、溢れ落ちるプールの向こう側が大都会というのも、これはこれで感激物です。
    インターコンチネンタルホテル香港のインフィニティプールは、水面がヴィクトリアハーバーにつながり、さらに香港島の超高層ビル街を臨む絶景です。

    ■ブラックプール

    アマンリゾーツの総帥エイドリアン・ゼッカーが、プーケットのアマンプリで最初にプロデュースしたプールです。プールの色は水色がお決まりで、ホテルも例外ではなかった一九八八年当時、黒いタイルをプールの中に敷き詰め、漆黒のプールをつくりました。大自然との相性は抜群に良く、自然に溶けこむアマンリゾートの思想を象徴するようなプールです。

    以後、ホテルのプールは水色の呪縛が解かれたように平凡な水色は減り、個性的なものが増えたように思います。

    ■プライベートプール

    高級路線のリゾートでは、プライベートプール付のヴィラや客室が人気です。小さくてもプライバシーの保たれた、自分(達)だけに用意されたプールで、自由気ままに過ごす。高級旅館の露天風呂付客室と同じ、いや、それ以上に贅沢なリゾートライフのひとつの回答だと思われます。最近では値段もこなれてきて、手ごろな予算で泊まれるところも増えたそうです。

    大きなプールで他のゲストと一緒に過ごす雰囲気を好まれる方もいるでしょうから、好き好きですが。



    プールサイドのアイテム


    ホテルのプールサイドには、他では見られない特有のアイテムがけっこうあります。すべて、プールサイドでいかに優雅に、快適に過ごすか、という要求から生まれました。

    ■デッキチェア

    ずいぶん前ですが、海外で飲み物のオーダーの時に立てるフラッグがついたデッキチェアを初めて見た時、スマートな異文化に感動した記億があります。デッキチェアがプールサイドを象徴する花形アイテムなのは、今も昔も変わりません。

    特に高級ホテルのデッキチェアは、進化し続けているアイテムのひとつではないでしょうか。ふかふかの防水マットが乗り、移動させやすい車輪が付き(ゲストが動かすものではありませんが)、可動式の天蓋が付き、うっとりさせられるほど洗練されたデザインのものまであります。

    さらにタオルの置き方ひとつにも、そのホテルのホスピタリティへのこだわりを感じさせてくれます。

    ■カバナ

    カバナとは、もともと、プールやビーチに直接出られる客室のことを指します。海外でアメリカやメキシコのマリンリゾートによく見られるスタイルです。

    プーケットのミレニアムリゾート・パトン・プーケットのカバナルームは、プールとの距離をさらに近づけてしまいました。客室とプールをプライベートテラスで繋ぐ構成で、テラスにはデッキチェアとテーブル・イスのセット、シャワーが完備され、プールへの降り口は、プールと一体化したプライベートジャクージになっています。対岸にある通常のプールサイドからは、羨望の眼差しが痛いほど届きそうです。

    日本では、沖縄の喜瀬別邸HOTEL&SPAに、本来の意味でのカバナルームがあります。客室と屋外プールの間に扉ひとつで仕切られたプライベートジャクージとデイベッドがあり、大きなプールに疲れたら、落ち着いたプライベート空間でゆったりと過ごすことも可能です。

    そして最近は、プールサイドに置かれる、ベッドを乗せたデッキの上に天蓋をつけ、カーテンなどを下げたプライベート空間もカバナと呼ばれています。小屋に近いものから、テント製の天蓋タイプ、デッキチェアを一、二台カバーする可動式テントまでタイプは様々。立派なものになると、そこでスパトリートメントも行なわれるようです。通常一日単位の予約制で、数が少ないことからレンタル料は高価です。

    一例ですが、フォーシーズンズ・リゾート・マウイ・アット・ワイレアのカバナは、ホテルのホームページで次のように紹介されています。「十五平方メートルの豪華なカバナ (有料) には、ワイヤレスヘッドセット付きフラットHDテレビ、有線およびワイヤレスインターネットアクセス、シーリングファン、シャンパンとエヴィアン、スプリッツを貯蔵した小型冷蔵庫、ラップトップ用セーフティーボックス、雑誌、座り心地のよいカウチ、ゆったりとしたラウンジチェアーをご用意しています」。

    SLSホテルビバリーヒルズの屋上プールには、スタルクがデザインした、隠れ家風の空間にチーク材の調度品をふんだんにあしらったという、一風変わったカバナが七棟あります。

    日本では、ホテルニューオータニ東京のTHE POOL「MAI TAI」が、一棟三十六平米のカバナをフリードリンクサービス付で提供しています。

    ■フローティング・デッキ

    正確な名称はなんというのか分かりませんが、プールの中にデッキチェアやベッドが浮いている(固定されていますが)仕掛けを見かけます。

    アイランドリゾートでは、ラウンジチェアが乗ったデッキが本当に海に浮いているのがありますが、あれの簡易版でしょうか。形は、デッキチェアがプールに迫り出しているものからアイランド状のものまで、材質は通常のデッキチェアからWソウルウォーカーヒルの室内プールのような樹脂製のものまで色々です。できるだけ水面に近いところでゴロゴロしたいという気持ちは良く分かりますね。

    ■スイムアップバー

    プールの中に設えられたドリンクバーです。パビリオンタイプや洞穴タイプなどがあり、水面に浮かぶスツールに腰をかけて、冷たいものをいただきます。

    これも海外のリゾートでは昔からありますが、残念ながら日本では普及しませんでした。日本の法令ではプールの中での飲食はもってのほか。プールサイドですら基本的には飲食禁止。飲食エリアは、プールサイドとゾーンを明確に仕切ることを指導されます。



    最近のシティホテル事例


    国内では、最近の高級シティホテルのプール事情には、明らかなひとつの傾向がみられます。

    リッツカールトン東京は、二十メートルの屋内温水プール(ジャクージ付)を「ザ・リッツカールトン スパ&フィットネス by ESPA」内にアクア施設として整備。

    ペニンシュラ東京は、二十メートルの屋内温水プールとジムをフィットネスとして、「ザ・ペニンシュラスパ by ESPA」と共にウェルネスのメインファシリティにしています。

    ザ・キャピトルホテル東急は、二十メートルの屋内プール(ジャクージ付)とジムで「キャピトルフィットネスクラブ」とし、スパ&バーバー「カージュラジャ ティアド」を併設。

    シャングリラ東京は、二十メートルの屋内温水プール(ジャクージ付)とジムでヘルスクラブとし、「CHI 氣スパ」を併設しています。

    セントレジスホテル大阪はプール・フィットネスはなしでエステティックサロン「IRIDIUM  Featuring SOTHYS」のみ。

    ウェスティン仙台も、プール・フィットネスはなしで、スパ「flow spaフロー スパ」のみです。

    このように、高級スパ・エステが必須ファシリティとなり、プールは屋内化され、残念ながら屋外プールは一つもありません。採算性やフィットネス施設の会員化に起因する時代の流れかもしれませんが、緑に囲まれた都会のオアシスとしての屋外プールこそ、高級シティホテルのプールの醍醐味ではないかと思うのですが。

    私は、ホテルオークラ東京の緑に抱かれた屋外プール・グリーンオアシスが特に好きです。水着のままで、テラスレストランのガーデン席で食事も取れます。

    一方、海外のシティホテルでは、中高層ビルの屋上に特徴的な屋外プールを設ける事例が目を引きます。

    古くはペニンシュラ・ビバリーヒルズ(中層ですが)の、高層ビルを背景にして都市型の高級リゾートを創りあげた屋上プールが有名ですが、進化系はプールの構造自体に工夫を凝らしています。すなわち、エッジをインフィニティプールにしたり、プールの側面をガラス張りにしたりして、開放的な屋上というロケーションを最大限に生かしたデザインです。

    シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズは、ホテルの屋上、地上二百メートルの空中庭園にある長さ百五十メートルにわたるインフィニティプールで、シンガポールの街を一望でき、桁違いの開放感を味わえます。

    アメリカのダラスのザ・ジュール・ダラスの屋上プールは、ビルから突き出たプールの先端がガラス張りになっていて、プール越しに街を見下ろせ、行き交う人からは注目の的です。

    やはりプールは、眺めが良くて開放感のある建物の上の方がふさわしいと思います。そしてできれば屋根はないほうが気持ち良い。日本でも、屋上にこういった素敵なプールがたくさんできて、ルーフガーデンの魅力を競い合う時代が必ず来ると思います。


    ■変わり種のプール

    次に面白い素材のプールを一つ。ジ・オポジット・ハウスは、キャセイパシフィックのオーナーとして知られるスワイヤーグループが、北京で手がけたファッションアベニュー「ザ・ビレッジ」の一角にあるホテルで、隈研吾のデザインです。ここのプールは、なんとステンレス新素材でできています。

    最後に、独自の発展を遂げてきたラスベガスのプール事情を紹介します。世界で最もエンターテインメント性の高い豪華プールですが、その中でも変り種をふたつ。

    パームス・カジノ・リゾートには、底がガラス張りのプールがあり、その下にはグラス・バーというバーが構えていて、頭上を泳ぐ人々を眺めることができるそうです。今はなき六本木プリンスホテル(厚さ八センチのアクリル板を使っていました)を思い出しますが、その上(下?)を行く試みです。

    ダウンタウンのゴールデン・ナゲットのザ・タンクと名付けられたプールは、その中央に生きたサメをはじめとする魚たちが泳ぐ水槽があり、至近距離にサメを見ながら泳ぐというもの。圧巻は、その水槽をウォータースライダーが通り抜けるのだそうです。

    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.87 掲載特集記事より抜粋。



    ■ホテルと災害


    未曾有の大災害となってしまった東日本大震災。被災された方々、ご家族の皆様には心からお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈りしております。

    我々の基本的な価値観をも揺るがしたこの大震災を契機に、建物の耐震安全性に対する意識も明らかに変わったのではないでしょうか。

    大規模災害が起きた時、ホテルは本当に安全か。
    さらにホテルに何ができるのか。
    そのためにどんな対策が講じられているのか。
    今回は、ハードから見たホテルの防災対策についてお話させていただきます。


    災害時のホテル

    まずは、地震による被災で、ホテルのハードはどういった状況に陥るか。様々な可能性をあげてみましょう。


    ■建物はこわれないか?

    地震の規模や地盤の状況等にもよりますが、建物の耐震性能を超える地震が来た場合、残念ながら構造が損傷する等の被害は免れません。

    建築基準法における耐震基準は、震度6強の地震時に、建物は大破しても人命を守ることが目安となっていますが、昭和五十六年の新耐震基準に変わる前の建物は、この基準が満たされていないものがほとんどですから、構造が損傷する可能性が高いのは事実です。

    ■天井のシャンデリアは大丈夫か?

    躯体が無事でも、仕上げ材や設備等がダメージを受けると、人身事故となったり、ホテル機能が損なわれたりします。

    最も危険なのは、天井材やシャンデリア等吊り物の落下です。ホテルのロビーや宴会場のような大空間では、余計に天井が揺すられることから、特に注意が必要です。

    ■避難階段だってあぶない。

    また、階段室の壁の剥離は、ホテルに限らず多くの建物で報告されており、避難の障害となる大きな問題です。

    ■水害もある。

    設備配管の被害も想定されます。スプリンクラー配管や大浴場やプールの循環ろ過の配管が外れて水浸しになった等のトラブルです。

    ■エレベーターはどうなるか?

    エレベーターは、地震時や火災時には管制運転によって運転を停止します。その後、安全が確認されれば動き出しますが、ダメージを受けた可能性がある場合は、メーカーが安全を確認するまで動かせません。

    さらに停電になると、保安回路(自家発電源)に組み込まれていない限り動きません。今回の震災では、住宅やホテルでエレベーターが動かず困ったという話をずいぶん聞きました。

    ■停電になると…。

    地震の直接的な揺れによって起こる被害の他に、インフラがやられ停電になると、さらにいろいろな問題を抱えることになります。計画停電の場合も基本的には同じことが起きます。前出のエレベーターが動かない他、こんなことも起きます。

    電気錠がうまく機能しない。

    予約システムが働かずチェックインの手続きができない。

    給水ポンプが動かず必要な場所に水を供給できない。
    (これは部屋のトイレが使えないことを意味します)

    空調機が動かない。(窓の開かないホテルは大変です)

    もちろん、携帯電話の充電もできません。

    身の回りの物が、いかに電気に依存しているか、再認識させられます。
    後ほど、これらに対していかなる対策が考えられるか説明しますが、何もしなければ、ホテル機能は止まったまま、ただ電気が来るのを待つしかないのです。


    ホテルのいろいろな使命

    では、ホテルは災害時に備えて、どんな対策を講じているのでしょうか。

    最優先は、ゲストの安全を確保するため。次に、被災直後のホテル機能を維持し続け、できれば、長期的には復興に向けて地域に貢献する(これはホテルの運営方針にもよりますが)ための対策です。

    最近、事業継続計画(BCP)という言葉が企業経営の中でよく使われます。自然災害やテロ行為などの不測の事態において、企業の事業継続を図るための計画で、それに沿った運営管理手法を事業継続マネージメント(BCM)と呼びます。

    ホテルにおけるBCP・BCMの成功例としては、○五年八月、米国史上最悪の自然災害となった、ハリケーン・カトリーナの災害におけるスターウッドホテルの例が知られています。同ホテルは、ニューオリンズ市内にWニューオーリンズ・フレンチ・クォーターなど3つの主要ホテルを運営しています。

    これらのホテルは、停電や浸水の被害を受け、ゲストと家を失った従業員とその家族を、数日間ホテルに収容する事態となったそうですが、BCP・BCMの徹底により、最終的に全員を無事に関連ホテルに搬送。あらかじめ準備されていた非常用発電機、除湿器、ディーゼル燃料、ガソリン、食料、水などを、速やかにホテルに搬入し、同市のダウンタウンで最初にホテル営業を再開したそうです。
    同時に、公的機関への施設の無料提供など、地域にも貢献しました。

    このように、ホテルの防災対策の決め手は、事前の綿密な計画にあり、人の命を与るホテルにとって、BCP・BCMの策定は社会的な責任に違いありません。


    ハード面での防災対策

    ■建物の耐震性に関して

    これについては、免震構造や制振構造を採用し、より耐震性能の高い構造としているホテルが増えています。

    庁舎等公共施設や病院などと同じレベルの耐震安全性を誇るホテルもあるのです。今後、もっと増えていくように、積極的に社会にアピールしてほしいところです。

    逆に、新耐震基準以前の建物は、一刻も早く補強材を入れるなどの耐震改修が望まれます。


    ■仕上げ材の落下・剥離に関して

    今までの国交省の基準対応のみでは十分でないところも見えてきました。場所によっては特別な工法による耐震天井等の採用も考慮すべきでしょう。


    ■天井の吊り物に関して

    豪華なシャンデリアは、ホテルの華ですが、地震時に大きく揺れる姿は、強度的には問題ないとはいっても見ていられません。

    あるスーパーゼネコンでは、シャンデリアに制振装置を組み込み、あまり揺れないシャンデリアを開発しています。


    ■停電に関して

    停電時のホテル機能の維持は、自家発電設備の計画次第です。法規的には、二時間の運転が求められるているのみで、それ以上、建物機能の何をどのくらい生かすかは、オーナーの自主性に任されています。それだけに、ホテルの運営方針がストレートに見えるところといえます。

    非常用エレベーター(消防が消火・救出活動に使用する)は、通常自家発電源で運転可能ですが、常用エレベーターも何台か動くようにする。給水ポンプやセキュリティ上重要な電気錠扉に保安回路を組み込む。自家発電源が使える自律コンセントを用意する。など、これらの考え方によって、自家発電設備のパワーと燃料の容量が決まるのです。

    以前、外資系のホテルチェーンとの打合せで、自家発電の七十二時間対応を求められ、発展途上国ではともかく、日本では過剰ではないかと議論した記憶がありますが、今想えば「日本では過剰」は驕りだったようにも思います。


    ■空調に関して

    停電時には空調設備は動きません。そこで活躍するのが、自然通風・自然採光などの自然エネルギー利用です。通常時のエコ・省エネ効果のみならず、被災時の建物機能の維持にも有効なのです。


    ■ホテルの地域貢献

    安全確保の先にある、機能を維持しているホテルに望まれる姿が、地域貢献ではないでしょうか。

    日本では、地域貢献の一環として、ホテルが自治体と災害時支援協定を結ぶケースがずいぶん増えました。ほんの数例をご紹介しましょう。

    建替えのために、三月末で営業を終了したグランドプリンスホテル赤坂は、一○年に、災害発生時に要援護者等に臨時避難所としてホテルを提供する協定を千代田区と結んでいました。
    そして、同ホテルは営業終了後から六月末まで、福島第一原子力発電所の事故で福島県から避難して来られた方々を無償で受け入れています。

    ホテルメトロポリタンエドモントは、○四年、地域で「災害時相互応援協定」を締結し、防災イベントの開催を皮切りに、○八年には千代田区と「災害時における応急協力に関する協定書」を締結して、帰宅困難者避難訓練の一環として、災害時要援護者のホテル内受け入れ訓練を行っています。

    そして今回の震災時、都内で発生した大勢の帰宅困難者に対し、多くのホテルはロビーを開放し帰宅難民を受け入れ、毛布や水を提供していました。

    そもそもホテルとは、コミュニティ型などと名乗るまでもなく、歴史的に見れば地域に密着した存在だったはずです。ホテルは、元来そうした好ましい企業文化を持ち備えています。


    今回の教訓による法整備を

    災害時におけるホテルの一時避難拠点としての役割の有効性は、疑う余地はありません。

    それを生かす法案として、たとえば、少し長い期間にわたり、被災者に寝床と食料と水を提供できる備蓄とそれを支える自家発電設備を整備するホテルには、基準容積を超えて法で規定する限度まで建設できるようにする(容積緩和)などのインセンティブが与えられれば、防災インフラとしての災害時一時避難拠点を、もう少し長い期間で整備できると思います。

    同時に、これはホテルに限ったことではありませんが、電力消費を抑えられる自然エネルギー利用には、今以上に補助金や税制上の優遇措置があって良いと思うのです。

    先日、経産省から今年の夏の電気事業法による電気の使用制限が発動されました。ホテルは、安定的な経済活動・社会生活に不可欠な需要設備として制限緩和を受けつつも、十パーセントの電力消費量削減を求められています。どこもこれまで対策を行なってきたうえでの更なる十パーセントで、厳しいです。


    ホテルは、本来的にはハレの舞台です。
    しかし、本当に辛い時に一緒にいてくれた友(伴侶)のように、社会が混乱をきたしている被災時に、たとえ粗末でも寝床を提供してくれたホテルは、一生忘れられない思い出の場所になるに違いありません。
    ホテル愛好家として、ホテルがそういう心温まる存在であってほしいと願っています。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.86 掲載特集記事より抜粋。



    ■ホテルの家具


    ホテルの家具は、通常私たちの身のまわりにある家具と比べて、重厚で、優雅で、あるいは洗練されていて、時に憧れの対象ではないでしょうか。

    そのホテルのためにデザインされた特注家具は、インテリアデザインと相俟って、最高に居心地の良い場所をつくります。

    そんなホテルの家具は、どのようにしてつくられ、ホテルに納められるのでしょう。

    ホテルの建設時、建物に固定されない家具・什器・備品は、FF&E(furniture, fixture & equipment)として括られ、多くの場合、内装を含む建物本体工事とは別に発注されます。

    今回は、ホテルの家具を取り上げて、それを取り巻く建築・インテリア業界についてご紹介したうえで、最近のデザインの傾向や事例について触れてみたいと思います。


    ホテル家具の特殊性

    ホテルの家具の調達・製造には、一般的な家具の調達と比べて様々な特殊性があります。
    まずは、既製品でない物を大量に製作することがあること。

    椅子、テーブル(デスク)、棚などをトータルでコーディネイトすることが望まれること。
    さらに、一部造作家具については、持って来て置くだけではなく、内装工事との調整(現場での造作施工)が求められること、などです。

    特に、海外デザイナーが採用されることの多い高級ホテルでは、造り付けの家具によって内装工事との調整が必要不可欠となる傾向があります

    そういう訳で、日本におけるホスピタリティ施設の内装・家具工事は、工事と調達の両方に長けた百貨店の建装部が引っ張ってきた歴史がありました。

    現在は得手不得手はありつつも、他業界からの進出も進み、ノウハウを蓄積した様々な会社が業務を行っています。


    FF&E請負会社

    ホテルプロダクトを取り扱う主な会社をご紹介しましょう。

    まずは百貨店系としては、三越環境デザイン、高島屋スペースクリエイツ、Jフロント(大丸・松坂屋)など。これらの会社は内装工事も請負えますので、前述の調整役を売りとしています。

    次に家具メーカー(代理店)としては、大塚家具、プラススペースデザイン、オリバーなど。メーカーとしての優位性をアピールしています。

    商社系では、住商インテリア。また、イリアのようにインテリアの設計・監理・施工から発した施工者系もあります。

    中国製全盛期

    日本のホテル家具は、十三、四年前頃から人件費の安い中国で作り始められました。
    当初は、安かろう悪かろうで、クオリティに問題がありましたが、日本人スタッフによる現地での徹底した品質管理の努力の結果、現在では品質も安定し、ほぼ百%と言ってよいほどホテル家具は中国製になっています。上海などには船便がたくさん出ていることも、ここまで広まった一因のようです。

    しかし、その結果、家具の作り方がみな同じで、どこも似たようなデザインになってしまっているとも言われています。その中国も人件費が上がってきたことから、次の生産拠点としてインドネシアやベトナムといった声も聞きますが、ホテルコントラクトとしては、まだリスクが大きいようです。

    そんな中、特筆すべきは、和材を使うことの文化的な価値や、迅速なメンテナンス性などから、日本製家具を見直す動きがあることです。メイドインジャパンの優れた技術を後世に伝えるべく、ぜひ、頑張ってほしいものです。


    最近のデザイン潮流

    家具を含むインテリアデザインのテイストは、個々のホテルのデザインコンセプトに沿って選択されるものですので、基本的には様々なスタイルがあって然るべきですが、現在は依然として、コンテンポラリーなデザインが主流(その前にはヨーロピアンクラシックが流行ったときもありました)です。

    後述しますが、あのセントレジスでさえ、過去の様式的なデザインから離れています。
    家具は、濃い色で高級感を出し、写真栄えのするコントラストの強いデザインが依然人気のようです。

    また、「和」のテイストを持ち込む傾向は、明らかに今後も増えるであろう、最近の潮流といってよいと思います。

    技術的な話としては、LED照明の普及は見逃せません。照明を内蔵する家具に対し、大きさが小さいうえ発熱が少なく長寿命なことから、デザインの自由度が飛躍的に向上しました。


    レイアウト・アイテム

    部屋の大きさに余裕があれば、家具レイアウトを工夫することによって、客室空間はぐっと豊かなものになります。ここでは客室について見てみましょう。

    フォーシーズンズの創立者であるイザドア・シャープ氏が書いた「フォーシーズンズ 世界最高級ホテルチェーンをこうした作った」(文藝春秋刊)によると、ライティングデスクを壁に向けて置かないで、窓を背にした置き方やソファコーナーの椅子を二個置かないで、一個だけにし、その代わりオットマンを置く、などという客室のレイアウトは、シャープ氏の奥方(インテリアデザイナー)が初めてやられたものだそうです。

    比較的最近では、壁沿いの棚に天板の片側を乗せて、九十度振って配置するライティングデスクも流行りました。最近は、安楽椅子からさらに進んで、大きなカウチソファにティーテーブルを添えるレイアウトも増えています。

    また、最近多いビューが売りの高層ホテルでは、大きなガラス面の端から端までいっぱいを長いソファとする例も散見します。

    アイテムとしては、具体的な行動を意図して計画された家具や、特殊な機能を持つ家具が増えているように思います。
    前出の、思う存分ビューを楽しむための開口部いっぱいのソファ、ベッド以外でもゴロゴロできるカウチソファやオットマン付安楽イス、二人の時間を演出するラブチェア、それにマッサージチェア等です。

    また逆に、家具の使われ方をひとつの目的に限定しないで、いろいろな使い方をしてもらおうというアイデアもあります。
    大きなライティングデスクでダイニングテーブルを兼ねたり、ライティングデスクにドレッサー機能を付加したりするやりかたです。家具ひとつ取ってみても、凡庸を脱した個性の光るホテルには、そのホテルが提案する過ごし方のアイデアが込められています。


    最近の事例から

    ザ・キャピトルホテル東急

    客室部分は、観光企画設計社のデザイン(パブリックは隈研吾)で、家具は同じ東急系の東急リニューアルが請け負い、百貨店系の会社が協力したそうです。

    デザインコンセプトは、旧キャピトル東急ホテルのデザインの流れを汲んだ新しい和のデザインの再構築。
    障子の様な仕切り戸、壁の上部を欄間のように開けて開放的に空間を仕切る、といった「和」の空間構成を取り入れると同時に、家具も座った時の視線を重視して低めのものとし、造り付け家具も含め全体を明るい白木系の色調で統一しています。

    製作は中国がメインだそうですが、十三部屋のスイートには、イタリアの家具メーカーB&B社製オリジナルを調達し、あるいは同社に特注して、より本物志向の場所を使い分けしているそうです。

    スタンダードルームの家具は、化粧塩ビシート貼りを使用していますが、これは木目の均質性などを重視した積極的な採用とのことです。

    セントレジスホテル大阪

    客室部分のデザインは、イギリスのGAデザイン・インターナショナルが担当し(レストランはグラマラス)、客室家具は家具専門メーカーが納めました。

    デザインの原点は、日本の歴史の黄金時代を象徴する大阪文化。和を取り入れた外国人のデザインで、和洋今昔が融合しています。
    広いホテルではないことから、高さを重視した空間構成とし、独特の雰囲気を創りあげています。

    家具はダークウッドの全艶か七部艶。白い壁をバックに黒光りする重厚な家具は存在感充分です。
    客室家具は、植物をモチーフにきめ細かいデザインで邸宅の雰囲気を醸し出しています。家具は、すべて中国製と聞いています。

    シャングリラ東京

    インテリアデザインは、客室とパブリック全般は米国のハーシュ・ベドナー・アソシエイツ(レストランとエグゼクティブラウンジは香港のデザインスタジオ AFSO のアンドレフー)が手がけました。

    家具は、三越環境デザイン(内装工事も担当)が納めています。

    最近は、その土地の文化を建築・インテリアのデザインに反映させることが重視されていますが、ここではあえてそうせずに、ブランドイメージを日本に広めることを優先し、従来のシャングリラスタイルをそのまま日本に持ち込んでいます。
    吹抜けの大階段、シャンデリア、重厚なカーペットの三つは、世界中のシャングリラの共通アイテムだそうです。

    中国人は、石材に対してもともと高級な材料との認識がないこともあり、良質な石材へのこだわりが大変強いと聞きます。スイートとレセプションカウンターのトップに使われているポルトロゴールドという石は、その極みだそうです。製作は中国の他、客室のヘッドボード、クローゼット、TVボードなどに、日本製を採用しています。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.85 掲載特集記事より抜粋。



    ■客室のトイレタリー


    今や世界のお手本とも言われている日本のトイレ。
    昨年の上海万博でも日本のトイレメーカーのブースは大人気だったそうです。
    人気の秘訣は何なのか。
    その技術とノウハウは、ホスピタリティ施設の代表格、ホテルにいかに生かされているのか。
    今回は、ホテルの客室のトイレを取り上げてみました。

    意匠性重視のパブリックトイレに比べ、もっともプライベートな空間である客室のトイレには、トイレの本質ともいうべきホスピタリティをめぐる世界的な潮流をみることが出来ます。また同時に、そこにはメーカーの本音も見え隠れしています。


    背景

    世界的にみると、民族、地域の違いによってトイレのあり方は様々で、それぞれが文化的な背景をもって現在のかたちに至っています。

    欧米ではバスタブと同じ空間に置かれてきましたし、アジアの多くの国々では紙を使わず水でぬぐいます。

    中国では、俗にニーハオトイレといわれるまったく壁のない共同トイレがありますし、ラテン系やイスラム系ではビデが必須です。

    トイレの様式の違いは、文化に根ざしたものですので、優劣つけられるものではありませんが、現在のホテル客室のトイレにおける世界的動向は、我々日本人の感性に近いところで生まれているように思われます。

    タイプ別客室トイレ事情

    それでは、国内ホテルの客室トイレ事情を、水廻りのタイプ別に見ていきましょう。

    まずは、ビジネスホテルや普及版ホテルに多い、3点ユニットバスのケースです。

    ユニットバスでは、小さめのものと比較的大きめのものではトイレの扱われ方が異なります。

    小さめのものにおけるトイレは、中央のベイスンと一体化したカウンターの内部にトイレのロータンクが納まります。ぎりぎりのスペース効率で造られており、トイレは規格化されたユニットバスのパーツの一つといった感じです。トイレの占有面積は1216サイズで0・7平米強といったところでしょうか。このタイプでは、後付けの温水洗浄便座こそ付くものの、節水型をはじめ、多くの最新技術には対応できていません。

    少し大きなユニットバス(1620以上)になると、ベイスンとトイレの配置にバリエーションが生まれます。

    俗に川の字と言われるのは、バスタブの反対側の壁いっぱいにベイスンカウンターをとり、中央にトイレを置いた配置。存在感のある立派なベイスンカウンターが好まれ、ユニットバス全盛期には中心的な役割をはたしました。

    一方、扉を開けると正面がトイレなのを避け、そこに壁掛け型や独立型の特徴的なベイスンを配置するタイプもよくみられます。

    最近は川の字からこのタイプへの改修が増えています。これらの配置では、足元はかなり開放的になり、占有面積も1平米を越してきます。

    いずれも、トイレは独立して置かれることから、そのフォルムがとても気になるところとなります。

    最もフォルムが美しいのは、すっきりしたローシルエットのタンクレスで洗浄便座一体型のトイレです。メーカー各社の最新主力製品はこの仕様で構成されていますが、この製品は洗浄機能をはじめ電気仕掛けが多く、水がかかったり湯気に晒される可能性のあるユニットバスでは使えません。

    3点式ユニットの場合、高級ホテルであっても、トイレは一部を改造して防湿性能を確保したものや、仕方なく最新のモデルではないものが使われています。

    残念ながらトイレの開発は、ホテルよりも市場の大きさで圧倒的に勝る住居系の商品が先行しており、ホテル用は後回しにされているのが実情のようです。

    ユニットを脱し、自由プランの4フィクスチャーワンルームタイプのバスルームや、さらにグレードが上がってバスルームの中でも扉がついた個室型のトイレになると、湿気の問題からは開放されます。
    ここでようやく高級住宅用と同じトイレが使われるようになります。

    デザインは完結した一つのフォルムにまとめられ、便器や便座の質感や色にまでこだわった製品も現れます。トイレを含むバスルームのデザインは、デザイナーの腕の見せ所で、タブ、ベイスンとの関係性や壁・扉の素材を駆使して、快適かつ独創的なトイレ空間を目指します。

    最近はガラス素材を使って、明るさとプライバシーを両立させる事例が増えました。トイレの占有面積は、通常の個室トイレの大きさ、1・4平米規模になります。


    海外事情

    続いては、海外事情です。
    アジア・中東のファイブスターホテルの客室トイレデータについて、TOTOさんからお聞きした内容をベースにしています。

    まず、レイアウトは、このクラスになると、そのほとんどが個室化されています。
    スペースが許せば、ドライで落ち着ける個室空間が最も快適と考える傾向が見てとれます。洗浄便座対応は約四分の一だそうです。これは海外の状況からすると、かなり高い割合です。今後さらに増えることは間違いないと思います。

    デザインはコンテンポラリーなシンプルデザインが主流。また便器自体は大きなサイズで便座、蓋を含めてどっしりとした重厚感があるものが好まれるようです。

    便器の性能

    温水洗浄便座、暖房便座、脱臭機能は当たり前、最近は蓋が自動で開閉したりと至れりつくせりの機能がついています。
    前の3つについては、ようやく世界がその良さに気づいたところ。いずれは世界標準になるでしょう。

    節水技術はこの数年で驚くほど進みました。
    以前の標準13リットルに対し現在は約5リットルにまで減らしています。最新型は、TOTOは4・8リットル、INAXは5リットルです。

    しかしこれが使えるのは最高級ホテルのみ。大方のユニバス仕様のホテルは、やっと6リットル以上にきたところです。

    洗浄音が静かであることは客室トイレにとって極めて重要な性能です。これは洗浄方式に関係します。

    従来、ロータンクのワンピース便器に使われていたサイフォン式やサイフォンボルテックス式はとても静かな方式でした。が、節水型が主流となると、効果的に水を使うために、洗浄方式を変えざるを得ませんでした。

    TOTOのネオレストはトルネード洗浄、INAXのサティスはダイレクトバルブ洗浄で、どちらも水圧で汚れを洗い落とす方式にしましたが、以前と同程度の性能は確保しているそうです。


    トイレタリー・メーカー

    TOTOは、国内ホテルへのシェア最大で、INAXとの比率では約6:4程度。主力商品はタンクレストイレのネオレストで、国内外の最高級ホテルに多数の実績があります。ユニットバスへの、便座一体型の導入は、まずはローシルエットのタンク型から取り組み始めたところだそうです。

    高い技術力で海外でも一流メーカーとして名を馳せ、特に中国では一流ブランドの地位を確立しています。中国の住宅は、基本的にスケルトン(内装仕上げや設備無しの状態)で流通しているので、新興富裕層はこぞって高級外車を購入するようにTOTOの衛生器具を求めているそうで、海外専用の便器も作っています。

    INAXは、国内ホテルシェアではビジネスホテル系で前出の数字より少し優位だそうです。主力商品はタンクレストイレでコンパクトなサティス、ラグジュアリークラスのレジオがあります。ユニットバスへは、サティスに改良を加えた防湿型タンクレストイレを用意しています。

    また、ISO規格準拠の防汚・抗菌技術SIAAを取得。TOTOが中国ならINAXはベトナムに早くから進出しており、シェア6〜7割を占めるそうです。

    パナソニック電工は、便器といえば陶器という常識を覆し、有機ガラス系新素材で成型されたトイレ、アラウーノで、タンクレストイレ市場で大躍進しました。

    しかし、ホテルへの導入実績はほとんどなく、ユニットバスにも対応できていない状況です。今後、住宅以外の事務所、店舗などから取り組むそうで、ホテルへの導入はまだ先のようです。

    海外のメーカーに目を向けると、アメリカのKOHLER(コーラー)、AmericanStandard(アメリカンスタンダード)、イタリアのCATALANO(カタラノ)、POZZI - GINORI(ポッツィ・ジノリ)、ドイツのDEURAVIT(デュラビット)などが比較的よく知られています。

    その中から一社だけ紹介しますと、スペインのROCA(ロカ)は、世界最大のシェアを占める衛生陶器メーカーです。扉のスケッチはロカの
    「W+W Washbasin + Watercloset」ですが、車と家でキャンピングカーが、パソコンと電話でスマートフォンが生まれたように、ベイスンとトイレで「W+W」のような新しいものが出来たという商品です。ホテルに使われているという話はまだ聞きませんが、こんな楽しいトイレは、バスルームに閉じ込めてはもったいないと思いませんか。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.84 掲載特集記事より抜粋。



    ■インバウンドとホテル

    インバウンド旅行とは、訪日外国人旅行を指します。○四年に政府が観光立国推進を宣言して以来、インバウンドは順調に増加し、○八年には観光庁の発足により、本格的な観光立国への取組みが始まっています。リーマンショック以降の二年間は厳しい状況にありましたが、今後は確実に大きな拡大が期待されているインバウンド旅行。今回は、インバウンドを取り巻く、ホテルのハードに関する状況と課題についてふれてみました。

    幸運にも、いま日本は外国人にとってとてもエキゾチックでクールな存在だそうです。欧米での能、歌舞伎など伝統芸能や禅への関心の高まりや、日本食ブームや温泉ブーム、さらにはアニメや漫画などのポップカルチャーによって、日本に興味を持っている外国人は世界中にたくさんいます。また、会議や研修、イベント参加を目的とするMICE市場のインバウンドにも期待が寄せられています。


    「日本らしさ」を出したデザイン

    旅なれた欧米人や一部アジアの富裕層が求めるのは「日本らしさ」だそうです。地域性、ローカルデザインを重視するのは、昨今のホテルデザインの世界的な傾向とも言えますが、日本でもインバウンドが増加すれば、日本らしさを売りにする、そういうホテルがもっと増えるはずです。

    具体的には、日本建築のもつ格子、障子、襖、行灯、左官壁、網代天井などの要素を上手にデザインに取りこむやりかたです。古くは
    ホテルオークラ東京シェラトン都ホテル東京などに、最近ではペニンシュラ東京ザ・キャピトルホテル東急などにも好例を見ることが出来ます。和の意匠を洗練された形で現代建築に取り入れる手法は、今後、日本のホテルデザインにおけるひとつの潮流になると思われます。

    地域性の重視は、さらに言えば、日本のなかでも地方の観光地であれば、その土地のローカリティを生かした施設づくりが望まれることに繋がります。秘境の宿には、都会的な設備やサービスはいりません。ともすると、日本中どこに行っても利便性と快適性を目指して同じものになりがちな地方のホテル・旅館にとっては、自分たちの本当の魅力に気づかせてくれる良いきっかけになりそうです。

    多くのアジア系の旅行者は、今はまだキンキラで新しいものを好む傾向にあるようですが、いずれは理解されるはずでしょう。


    日本が誇る「水廻り」

    異文化に触れることが旅の醍醐味のひとつだとすれば、生活習慣の違いがハードの違いにあらわれている場所は、最もエキサイティングで旅の記憶に残る場所でもあります。水廻りは、そんな場所の代表格です。

    昨今、日本の水廻りは、海外でもお手本として注目されています。日本式の洗い場付きバスは、水廻りにおけるドライとウェットのゾーンを分離でき、海外でも好評です。トイレ、洗面は、床がビショビショになるバスタブと同じ空間よりも独立してドライな方が気持ち良いと感じる海外の方が増えているからです。

    また、毎回バスタブのお湯を落とさずにすむ日本式の入浴方式は、省エネ、エコに繋がることも評価されています。

    さらに、暖房便座、洗浄便座がこれほど普及しているのは、世界で日本だけです。暖房便座は座る瞬間の不快感がないだけでなく、お尻が離れたくなくなる心地良さでついつい長居に。洗浄便座の気持ち良さが癖になり、これを楽しみに日本に来られる方もけっこう多いのだそうです。


    旅館の文化

    旅館は、日本独自の宿泊施設です。旅館には、日本人が培ってきた文化やホスピタリティが凝縮されています。海外の方々にとってはそこでの体験そのものが旅の目的になりえます。

    特に、露天風呂付き客室などは、日本の文化と情緒を堪能してもらうには、うってつけのスタイルですし、洗練された和の意匠と、きめ細やかな接遇が徹底された高級旅館は、ひとつ上の体験が不可欠のラグジュアリートラベル(富裕層旅行)としても充分通用するのではないでしょうか。


    変わる「もの」のサイズ

    インバウンドの比率が上がれば、それに合わせて自然と変わらなければならないハードもあります。「もの」のサイズに関することは、そのひとつです。

    日本人と欧米人の体格差は歴然です。ところが、これまで一部の国際的なホテルを除いて、グローバリゼーションの荒波にさらされず、日本のホテル・旅館は、日本独自の小さなスケールでつくられ続けてきました。

    もっとも、旅館のような和風建築は、たとえば障子、襖の高さだけ高くすると空間のプロポーションが崩れておかしなことになるので、むしろ伝統を守ることの方に意義があるように思いますが、ホテルはもともと西洋のものですから変化は必至でしょう。

    まず、欧米に比べると、天井の高さ、建具の大きさ(高さ)、共に、明らかに低いのが現状です。客室扉の高さを例にあげれば、日本の高級ホテルの標準は2・1メートル(我々はついついこの高さで良しとしてしまいがちです)。2メートル程のホテルも珍しくありません。ところが、海外の一流ホテルは2・25メートル以上がほとんどです。日本でも、最近の外資系高級ホテルはこの水準ですので、今後はそれに近づくホテルが増えると思われます。

    家具のサイズについても同様です。椅子、テーブルの高さは、体格が変われば適性寸法は明らかに変わります。実際、メーカーものでは、海外標準サイズと日本向けサイズの二つのサイズを用意している製品も少なくありません。

    インバウンドの増加によって、海外標準サイズを選択することが増えていくはずです。あそこの家具は日本人向きでなく、座ると足がブラブラしてしまう、などと日本人のサイズに配慮していないことを笑えるのは、過去のことになってしまうかもしれません。


    誰でもわかるサイン

    インバウンドの増加に対応できていないハードの例としては、サインの外国語表示の問題があります。英語の通じない日本を旅行する外国人旅行者にとって、サインは「言葉の壁」をカバーする最後の砦のはずですが、残念ながら一部の大都市を除いて、整備は不十分なのが実情のようです。

    なかでも、防災・安全に関するサインは、命に関わることですので極めて重要です。特に、地震のない国からの旅行者にとって、地震は大変な恐怖です。我々日本人には別になんでもない揺れでも、パニック状態でロビーに駆け下りてくる方が少なくないそうです。

    サインに世界の言葉をカバーしようと思うと、最低四、五ヶ国語は必要となります。そこで、前号でご紹介した国際観光施設協会では、文字を一切なくしピクトグラムを応用した図のみで表現する客室扉の避難経路図用「安全のしおり」を研究開発しています。

    こうして見ると、インバウンドを考えることは、改めて日本の観光施設の本質的なあり方を再確認することのように思えてきます。

    外からしか見えにくい、我々の見失いがちな価値を再認識した上で、インバウンドに向き合う。日本が観光立国の実現に向けて欠かせないことではないでしょうか。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.83 2010年12月発行号 掲載特集記事より抜粋。



    ■ホテルのエコ

    デザインやインテリアなど、ハードの見た目の印象がホテル・旅館にとっては大変重要なことであるのはもちろんですが、もうひとつ、目に見えない部分で最近大きなテーマになっているのがエコ・省エネ対策です。

    ここ数年、会社の仕事とは別に、社団法人国際観光施設協会(以下、協会)の活動に参加し、公益的な仕事をさせていただいています。協会は、ホテル・旅館等の観光施設に関わる、設計者・メーカー・施工者などの集まりで、国際競争力の高い日本らしい観光施設のあり方や、観光交流空間によるまちづくりについて調査・研究・提言を行う活動を行っています。そこが毎年二月、観光関連の団体等と共催で関係者向けに「国際ホテル・レストラン・ショー」(以下、ショー)を行っていますが、その時々のホテル・旅館業界における関心事がよくわかります。


    最近ホテル旅館がテーマにしていること

    前述のショーでは毎年、時代のニーズや関心の高いテーマに沿った展示が行われていますが、今年度の新企画としては、「ECOホテル・レストランゾーン ECO厨房コーナー」「介護食コーナー」「ブライダル・セレモニー・宴会ゾーン」「産地家具セレクション」のゾーン・コーナーが加わりました。協会も主催者として、毎年会場内にブースを出展し、同時にセミナーの開催を通じ、ショーを盛り上げてきましたが、昨年はホテル・旅館業界を取り巻く省エネ・エコ対策の重要性を受け、「エコ達人村」を立ち上げ、ショーにて「エコ達人村の無料相談」を出展しました。

    「エコ達人村」とは、最先端のエコ技術を有する協会の会員からなる集まりで、設計事務所六社、技術会社十一社のトップエンジニアがエコ達人として登録されています。「エコ達人村の無料相談」は、その達人たちが、各社のエコ技術、得意分野をもって、来場されたホテル・旅館の省エネ相談に無料で応じるという、ユニークな特別企画です。

    昨年度は私も達人側で参加しましたが、一つのホテル・旅館を、様々なジャンルにおける省エネ技術のトップエンジニア約二十人が取り囲んでの相談コーナーは、これ以上ない贅沢な体制で、いかなる問題にもスピーティーかつ的確な助言ができ、相談に来られたホテル・旅館に大好評でした。


    水光熱費をいかに減らすか

    その際にあった具体的な相談内容ですが、水光熱費をいかに減らすか、はホテル・旅館共通の課題です。通常、ホテル・旅館の設備は、最大収容時に合わせて計画されているため、客室稼働率が季節や曜日で大きく変動する、特に温泉地の旅館などは、ふさわしくない規模の設備をかかえてしまっている例が多いのです。

    たとえば水道量は、一般家庭で一人あたり一日の使用量が三百リットル、ビジネスホテルで三百五十リットル程度なのに対し、旅館では千〜千二百リットルにもおよび、電気使用量においては、家庭で一人あたり一日十キロワットに対し、旅館では四十キロワットとなっています。

    このように、もともとのシステムに問題をかかえる多くの事例に、ヒートポンプなどの高い効率のシステム、省エネ型機器、運転制御などの採用や、さらにはその土地の持つ自然エネルギー、たとえば温泉排熱、地中熱や太陽熱などを利用するシステムを紹介しました。 

    そのほか、LED等による省エネ照明、エネルギー使用量を「見える化」する技術なども同時に提案。ある事例では、宿泊客一人あたりの水光熱費約千三百円を目標九百円とする削減計画書を提示しています。


    風・太陽など土地の力を生かす

    「エコ達人村」が推奨する、エコによる省エネの考え方に、土地の力を生かすことがあります。

    代表例は温泉熱、地中熱や井戸水など。その土地特有の恵まれた自然の熱源は、上手に利用すれば、驚くべき効果が期待できます。温泉排熱や地中熱を利用したヒートポンプもその例です。

    その土地特有の風向きがあれば、その風を捕らえる建物形状を工夫したり、都会の真ん中にクールスポットとなりうる緑の塊があればその冷気を取り入れる仕掛けを造ったりする方法も考えられます。

    また、どこにでもある自然エネルギーとしては、太陽熱があります。ホテル・旅館のようにお湯をたくさん使う施設では、太陽熱集熱器を利用した給湯が有効です。太陽光発電に比べて高効率で、特に最近は良いものができているようです。地下水の安定した温度を冷暖房に利用する、地中採熱システム(ヒートポンプ)もあります。

    自然通風・換気も忘れてはいけません。昔の建物では、あって当たり前の機能が、いつの間にやら完全機械空調の建物ばかりになってしまいました。省エネを考えたら、その効果は言うまでもありません。

    ところが、ホテルは特に、自然通風を取り入れることに消極的だったと思います。自然任せの曖昧な環境を嫌い、機械できちっと温度コントロールした方がクレームのない環境を整えることができると考えたからでしょう。

    リゾートホテルでは、徐々に自然の風の心地良さが見直されているように思いますが、都会でも、昼と夜の温度差を利用した換気ができるだけで、その効果は大きいはずです。客室と廊下の間に風の流れをつくるのは、遮音性の問題から厳しいのですが、ロビーなどのパブリック空間ではもっと積極的に自然通風・換気を取り入れて良いと思います。


    コスト意識向上のため「見える化」する

    もうひとつ、「エコ達人村」で推奨しているのが、エネルギー使用量や設備システムの「見える化」です。

    これは、実際に現場でその設備を扱っている担当者が、エネルギー使用量を、毎日あるいは必要に応じて時間ごとに計測し、記録し、グラフ化してそれをながめる。そうすることで、効率的な運転を可能にし、コスト意識が高まり、さらにはシステムや機器の異常にも早期に気づくことができます。

    「エコ達人村」では、「計測」についての実務者講習会を開き、計測メーターの設置場所と設置方法を説明し、計測結果の生かし方を解説しました。

    この無料相談の後、すでに数件の施設で、提言実現のための施策が始まっています。「エコ達人村」が目指すのは、エコの考え方で小エネルギー(小さなエネルギーで運営するシステム)を実現すること。エコと省エネの両立が、普通に受け入れられるようになるまで、達人たちの闘いは続きます。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.82 2010年10月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルとキッズ

    ホテルは基本的に大人の社交場です。子供をホテルに連れて行くなんて、荒れたホテルの象徴? リゾートホテルならともかく、シティホテルではもってのほか。良識ある大人の大半は、こう考えられることでしょう。

    ハレの場の雰囲気は、子供によっていとも簡単に壊されます。ホテルのハードも子供向きにはできていません。大理石の床は走れば滑りますし、内装仕上げは、高級感を求めるとどうしても吸音性能に欠けるものが増え、声や音は響きわたります。家具・調度品にしても破損しやすいものがあちらこちらに。

    ホテルにおけるキッズの迷惑ネタは、星の数ほどあるに違いありません。キッズの存在は、たいていの場合は、迷惑この上ないケースが多いことを認めたうえで、でも少し肯定的にとらえてみたら、ホテルとの付き合い方に深みが増すのではなかろうかと思い、今回は、ホテルとキッズの良好な関係を探ってみました。


    ある超高級ホテルチェーンでの話

    四年前、ロサンゼルス近郊にあるアメリカのある超高級ホテルチェーンに宿泊した際、そこのGMの話を聞くチャンスに恵まれました。その時、チェーンを代表するようなホテルのGMが、以下のように語っていたのを、大変興味深く、同時に驚きをもって聞いたのを思い出します。

    伝統と格式を重んじるホテルチェーンにして、彼はキッズも大切なゲストであり、大歓迎だというのです。伝統を重んじ、子供を連れて来る所ではないと考える古くからの顧客は高齢化して、現在の顧客の大半を占めているのは、子供の時にホテルに連れてきてもらえなかった人たちだそうです。彼らは、昔と違って自分の子供たちを喜んで連れてきてくれる。ホテルは、その新しい顧客のニーズに合わせて変わっていかなくてはならないのだと言われてました。

    欧米人は、大人の世界と子供の世界のけじめに厳しいと信じていたので、これはとても意外なことでした。お気に入りのホテルと一生涯を通じて(家族ぐるみで)付き合っていくうえでは、ホテルとキッズの関係は、もしかしたら積極的に考えねばならないテーマなのかもしれない、と思うきっかけとなった出来事です。


    高級ホテルのキッズ関連プラン

    最近は高級ホテルでも様々なキッズ関連プランが出されています。七十七号まで連載されていた、加藤よしみさんのコラムでも、赤ちゃんとファーストホテルステイを楽しむものから、ベビーシッター付き、添い寝のお子様無料、レストランのキッズメニュー無料などたくさんの事例が紹介されています。

    そもそもこういった企画自体は、特にリーマンショック以降の、ホテル側の厳しい経済的な事情から生まれているのは事実です。なりふり構わぬ売上げ優先主義で、マイナス面を考えると、本当に大切な顧客を失っているのでは、との指摘もごもっともでしょう。

    しかし、なかには上手に利用して、ホテルとの新しい良好な関係を築いている方もいらっしゃいます。現在の悲劇は、まだスタートを切ったばかりの手探り状態故で、いずれマナー意識は向上し、関係は改善されていくと考えるのは、楽観的すぎるでしょうか。


    過去の冒険事例

    最近は、「キッズスクウェア」や「ポピンズ」といった託児所が入った、あるいは隣接しているホテルが増えました。そもそもは、結婚式などへの出席に際し、子供を家に置いてこられない方へのサービスですが、通常のホテルステイや食事にも利用できます。親の勝手だと言われてしまえばその通りですが、せめて数時間の食事やスパを周りに気を使うことなく楽しみたいと思うのは、ホテルジャンキーの性。

    実は、私も少々の後ろめたさを感じつつ、十年程前、妻とまだ一・二歳児の娘を連れて泊まりにいった経験があります。

    たった一度の冒険の場所は、
    ホテル日航東京 。今は知りませんが、当時託児所はなかったので、一番の目的だったスパを楽しむ数時間、その頃お願いしていたシッターさんにホテルまで来ていただきました。ディナーは娘と一緒にレストランで頂きましたが、ベビーチェアーを用意してもらったうえ恐縮するほど様々なスタッフにいろいろと気にかけていただきました。 

    実際には、預けていても一緒にいても、そわそわひやひや、ホテルを満喫できたかどうかは疑問ですが、滞在中ずっと、子連れだからこそ、サービスを超えた人のやさしさに触れられた思いがして、優しい気持ちでホテルを後にしたことを覚えています。


    テーマパーク周辺ホテルの場合

    ここからは、ホテルにキッズはふさわしくないなどとは言っていられない、キッズを含むファミリーが主役で、キッズとの共存を前提としたホテルの話です。ディズニーリゾートやユニバーサルスタジオジャパン周辺のホテルがこれにあたります。

    興味のない方々には無縁かもしれませんが、この地域のホテルには、汚れ(され)にくい仕上げ材料、子供に安全な家具、ハイハイにも比較的衛生的な床仕上げ、ファミリー(キッズ)向けのルームプランやバスルームプランなど実に様々な子連れファミリーにやさしいハードのノウハウが蓄積されています。比較的最近、2005年にオープンした新浦安のホテルエミオン東京ベイの一部客室のリニューアルで、キッズコーナーのあるファミリールームを提案しました。扉のスケッチがそのプランです。キッズの安全面、衛生面に配慮し、靴を脱いで上がるスタイルとし、奥行きの長い平面に対し、手前からフローリングの床にマットレス直置きのベッドコーナー、座卓の置かれる畳コーナー、オモチャ箱をひっくり返せるコルク床のキッズコーナーを並べた計画です(実際に何室か施行されていますが最終的な姿はスケッチとは異なるようです)。

    子連れファミリー向きの気取らない実用的な客室には、靴を脱ぐスタイルはもってこいだし、最近流行のホテルのような旅館に逆からアプローチしている感じでしょうか。


    ハードとソフト

    こうしたホテルで培われてきたノウハウを、一般のホテルが場所限定で取り入れられても面白いと思います。

    たとえば、レディースフロアのようにキッズフロアを設け、安全や安心(他のゲストに迷惑をかけないことを含む)に配慮したハードを用意する。

    同時に時間帯によって行動エリアを規制するソフトのルールも必要でしょう。わかりやすい例では、レストランやプールの利用可能時間の設定などです。キッズ向けのサービスを提供しながら、場所と時間で他のゲストとの棲み分けを図る。

    大切なことは、これらハードのサービスとソフトの制約を、ホテルとゲストがお互いのためだと、自然に理解し合える関係を築くことではないでしょうか。


    今後の展望

    ホテルとキッズの問題は、無関係な方々にとっては、全くはた迷惑な話でしかありません。

    いくらホテルが門戸を開いてくれているとはいっても、そのことを理解したうえで、マナーを守った行動が求められます。

    その先、上手にお付き合いできれば、今まで知らなかった、ホテルの別の魅力(楽しみ方)が見えてくるかもしれません。

    苦渋の決断とはいえ、ホテルが積極的にキッズを受け入れてくれる。もしかしたらこんなチャンスは、もう二度とやって来ないかもしれません。

    将来、いやー、あの時代はひどかったと、悪い面ばかりが強調され、キッズが完全に締め出される。そんな寂しいことにならないように、緊張感を保ちながらホテルとキッズの共存可能な関係が築けたらすばらしいし、それに取り組めるチャンスは、今をおいてはほかにないとも思うのです。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.81 2010年8月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルのパーラー

    客室は、時代とともに様々に変化してきました。水廻りは快適性を求めて大きく様変わりしましたし、ベッドやワークスペースも、デザインや機能性において新しいスタイルが生まれてきたように思います。

    ところが、パーラーに関しては、依然としてアームチェアとティーテーブルが置かれるだけの、変わり映えのしないホテルが多いのが実情です。お茶をいただくことくらいしかイメージできないパーラーを見るにつけ、ここだけ進化に取り残されてしまったような感じすらします。

    今回は、客室内の重要な居場所であるにもかかわらず、これまであまり積極的なデザインの対象として扱われてこなかった(ように思われる)パーラーについて考えてみたいと思います。


    パーラーの意味

    パーラーとは、もともと居間の意味ですが、狭義のホテル用語ではスイートルームのリビング機能を持つ部屋を指します。しかし、通常、我々は、普通のベッドルームのリビングスペースもこう呼びますので、ここではその意味で使わせていただきます。

    ホテルでの滞在期間が長くなれば、じっくりとホテルを楽しむチャンスは増えることでしょう。ホテルを楽しむゲストにとって、客室で過ごす時間は、昔に比べて飛躍的に長くなっていると思います。

    大画面の薄型テレビや音の良いオーディオセットが設置されれば、それを寛ぎながら楽しむスペースが求められ、それを提供できるか否かで、ゲストの満足度に大きな差がつくはずです。
    ある程度、広さが確保されれば、それ自体がまとまりをもった雰囲気を持つことは、ゆとりや安心感につながります。

    ジュニアスイート、スイートと部屋のグレードが上がれば、充実していく対象はパーラーなのですから、パーラーが重要な商品であることは、当然のことでしょう。
    そこでゆっくり寛いだり、何かを楽しむには、それに適ったしつらえ(工夫)が必要です。

    パーラーとは、うちのゲストはこう過ごすだろう、あるいは、こう過ごして欲しい、といったホテルのコンセプトや戦略が具現化されている場所であってほしいと思うのです。


    パーラーの構造

    パーラーが窓際に設けられることの多い理由は、気持ちが良いからに他なりません。
    外を眺めて時間を過ごす方も多いと思いますが、外壁をギザギザラインや凸型にする工夫は、
    フォーシーズンズ椿山荘ニューオータニ幕張等多くの事例をみることが出来ます。パークハイアット東京のように他よりも天井を高くするだけでもパーラーの空気は変わります。

    ハワイのあるリゾートホテル(コンドミニアムだったかもしれません)では、ベッドエリアとその先のパーラーの間に段差を設け、パーラー部分を五十センチ程低くし、まとまりのある独立感をつくると共に、ベッドからのビューにも配慮していました。建物の躯体に影響することですから簡単なことではありませんが、リゾートに限らず、ビューが売りのホテルでは有効な手法でしょう。

    パーラーの位置

    パーラーの位置は、窓際とは限りません。京都ブライトンホテルの一部の部屋では、客室に入ってすぐがパーラーで、次に水廻りを挟んで奥をベッドエリアとしています。手前から奥に、パブリックからプライベートの順で空間を並べるのは、とても自然な配置計画だと思います。

    ウィズザスタイル福岡にも、同じ配置の部屋があります。三十一ページで取り上げた部屋は別のタイプで、手前にパーラーを配置して、水廻りと共に奥のベッドエリアよりも床を十五センチ程低くしています。水廻りが一番手前ですので、上の序列とは別の考えのようで、民家の土間のような感覚でしょうか。

    外壁に沿ってベッドエリアとパーラーが並ぶ場合でも、ザ・マンハッタンがそうであるように、手前にパーラーがくる方がしっくりきます。

    パーラーの機能

    期待される機能によって、パーラーに置かれる家具は変わります。

    外資系高級ホテルをはじめとする最近の大きな客室では窓際いっぱいに長いソファを配したり、美しい形状の大きなカウチソファを置く例が出てきました。コンラッド東京マンダリンオリエンタル東京シャングリラ東京のパーラーがこのタイプで、いずれもリラックスして過ごせる、ごろ寝系。エレガントな空間でもごろごろ過ごしたいというホテルの本質を垣間みる思いがします。

    機能の充実度では、ペニンシュラ東京は群を抜いています。ジュニアスイート並みのまとまったヴォリュームのうえ、ダイニングテーブルまで置かれています。

    個人的には、アームチェアにオットマンの組合せが、リラックス度が高いことに加え、ポジションや場所を手軽に動かせる点で、気に入っています。

    DVDやCDを楽しみたい人用には、AV環境にこだわったデザインもありそうです。マッサージチェアなど、それだけで完結した機能を有する家具を置くのも、ひとつのやり方です。

    ルームサービス対応を重視するなら、ダイニングテーブルとしても使えそうな高さのテーブルを用意しても良いでしょう。

    ハイダー(ハイド・ア)ベッドやソファベッドは、昼間はラブチェアやソファとしてパーラー機能を支え、就寝時にはベッドにしてしまうという多機能家具。ファミリーなどで同室を望む場合には助かりますし、ホテル側にも収容人数を増やせるというメリットがあります。ただし、あまり早い時間にベッドメイクされてしまうと客室内に居場所がなくなってしまいます。

    また、部屋が狭い場合は、いっそのことパーラーをやめてしまって、ベッドの上をパーラーと考える、なんていう割り切りもあるかもしれません。

    パーラーの照明環境も、改善の余地が大ありです。
    ホテルで読書に耽る人は多いにもかかわらず、パーラーにスタンドがなかったり、あっても離れていて十分な照度が得られないことがよくあります。ゲストは些細なことに大きなフラストレーションを感じるものです。当たり前の機能にきちんと対応できているかどうかには、ホテルのグレードが如実に現れるものです。

    屋外のパーラー機能

    バルコニーは、屋外のパーラーと言えるでしょう。話して良し、飲んで良し、食べて良し、読んで良し、寝て良し、何をしても気持ち良いのですが、特に、清清しい外の空気に触れながら一杯やるのは至福の時。なんて幸せな場所でしょう。
    私は、かれこれ二十年前、ハワイのハレクラニのバルコニーで朝食をいただいて以来の、大のバルコニーファンです。

    自分のスタイルで思い思いにバルコニーライフを楽しむ欧米人に比べ、日本人にはまだその文化が根ざしていないと言われますが、オープンカフェの気持ち良さを知ってしまったいま、バルコニーの魅力は再評価されるに違いないと思っています。

    日本のホテルのバルコニーは小さすぎます。リゾートではなおさら、中途半端な大きさでは、ゆったりと寛ぐことはできません。

    大きなバルコニーに面する大きな窓は、はき出し窓(床からの窓)となるので、光が室内にふんだんに入り、明るくなるというメリットもあります。

    また、うまく機能すれば、必ずルームサービスの売り上げにも繋がるはずです。

    パーラーの今後

    パーラーに求められる要求は様々ですが、すべてを満たすことはできません。

    バスルームが変化の過程で、ホテルの個性を追求してきたように、パーラーもそのホテルにふさわしいスタイルを模索し始めるはずです。パーラーにも、ホテルの個性を象徴するような、独自性が求められる時は近いと思います。

    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.80 2010年6月発行号掲載記事より抜粋。



    ■ホテルのベッド

    どこそこホテルのベッドの寝心地は最高だ。旅なれたホテル愛好家にとって、ベッドの寝心地は、重大な関心事のひとつだと思います。「眠り」に対する関心が、かつてないほど高まっている昨今、「安眠」をサービスの根幹とするホテルでは、なおさらのこと。ベッドや寝具に、様々な工夫を凝らしています。高級ホテルでの目覚めは、いつもすっきりです。体も軽く、ぐっすり眠れた充実感で満たされます。

    では、家庭用のベッドと何が違うのでしょう。実は、ホテルのベッドは、一般に市販されているベッドとは異なる特別仕様でつくられています。また、流通ルートも異なるので、ホテルと同じベッドが欲しくても、なかなか手に入りません。あの極上の寝心地の秘密は何か。今回はホテルのベッド事情を探ってみましょう。


    ベッドレイアウト

    ベッドの向きについて気にされたことがあるでしょうか。一般的には窓面に平行に壁を向いて置かれています。これは、ツインベッドをスタンダードに考えた場合、このほうが客室の間口寸法を抑えられるからです。たくさんの部屋を並べるには効率的ですが、足元に空間の広がりは期待できません。足元側の壁は離れていたほうが、ベッドに入ったときに広さを感じられるものです。

    特に、リゾートホテルや高層ホテルでビューを売りにしているホテルなどでは、大きな窓に向けてベッドを置いてほしいものです。目覚めたときに、最初に目にする風景は、そこの魅力的なロケーションであって欲しいから。リゾートホテルなどでは、ちょっと斜めに振れているレイアウトもあります。


    マットレス

    眠りの質を左右する最も重要なファクターは、マットレスです。理想の寝姿とは、スッとまっすぐに立っている状態だといわれていますが、その姿勢を無理なくサポートするのがマットレスの役割です。体圧分散という言葉が使われますが、体の曲線に沿ってマットレスが沈むことで、体に無理な力が生じないように支える感じです。マットレスのスプリングには、大きく2つのタイプがあります。

    ボンネルコイルタイプは、コイル状のスプリングを螺旋状のコイルで連結したマットレスで、連結されたスプリングの面で支える方式です。従来はこのタイプが主流で、高級ホテルでも基本的にこのタイプが使われてきました。

    それに対し、最近特に増えているのが、ポケットコイルタイプです。これは、スプリングのひとつひとつを不織布の袋で包み、独立した状態で並べたもの。体全体をポケットコイルの点で支え、体圧を分散することで体にフィットし、さらに振動が横に伝わったり、横揺れしたりすることがないそうです。一緒に寝ている方が寝返りを打っても気づきにくいと言われています。ポケットコイルは、アメリカのシモンズ社が最初に商品化したものですが、そのカタログに載っている、マットレスの上に並べたボーリングのピンのすぐ横にボールを落としてもピンが倒れないという実験は、ポケットコイルの特徴を上手に説明しています。追従する他のメーカーが、こぞってハイグレードの商品にポケットコイルを採用したり、昨今の高級ホテルへの納入実績において圧倒的なシェアを誇ることからも、今のところポケットコイルの優位性は確かのように思われます。

    また、最近の新素材として、低反発系ウレタンを使ったマットレスがあります。スプリングとの組合せのタイプと無垢のタイプがあるようですが、この素材のピローは多くのホテルに広まった感があるものの、マットレスはいくつかのホテルで試験的に導入されているにすぎないようです。

    マットレスの下には、ボトムと呼ばれる土台があります。多くの高級ホテルでは、中にコイルが組み込まれているボックススプリングボトムを採用し、ダブルクッションとすることが一般的に行われてきました。最近では荷重を分散する技術の進歩とともに、クッション性のないスチールボトムとして、すっきりしたデザインと清掃のしやすさを選択されるホテルも増えつつあるようです。


    ベッドメーカー

    それでは主なメーカー別に製品の特徴と工夫をみていきましょう。

    シモンズは、世界初のマットレスを世に送り出して以来、研究を重ね、ポケットコイルを開発。コイルの素材・硬さ、コイルの袋、コイル配列・数など独自の技術によりポケットコイルをリードしています。スターウッドと共同開発したヘブンリーベッドは、あまりにも有名になりました。最近は、マイナスイオンを発する素材を使った商品も扱っています。
    ウェスティン東京 グランドハイアット東京 マンダリンオリエンタル東京 ペニンシュラ東京 などで使われています。

    シーリーベッドは全米シェアナンバー1を誇り、ベッド業界最大スケールの研究所を有しています。かかる荷重に応じて反発力が変化し、軽い部分は柔らかく、重い部分はしっかりとサポートするポスチャーテックコイル・マットレスは秀逸です。フォーシーズンズ丸の内コンラッド東京リッツカールトン東京などで使われています。

    サータは、日本ではあまり知られていないメーカーですが、全米ホテルシェアは、ナンバー1です。シモンズ、シーリー、サータの三社を米国のスリーエスと呼ぶそうです。安全性に配慮し、難燃素材を使ったファイヤーブロッカーを標準装備しています。三井ガーデンホテルズ、オークラホテルグループ、リーガロイヤルホテルグループで使われています。

    日本ベッドの歴史は、日本のベッドの歴史そのものといえます。シルキーポケットは、ポケットコイルを従来の約二倍組み込んだ、超密度のポケットコイル。レムホテルとの共同開発・シルキーレムは、さらに場所によってコイルの硬さを変えています。ビーズポケットは、密度を高めたうえで千鳥組みでコイルが並べられているもので、多くの実績を誇ります。パークハイアット東京帝国ホテルホテルオークラ、迎賓館などで使われています。 フランスベッドは、ブライトンホテルとドリームジャーニーベッドを共同開発し、浦安ブライトンホテルに納めています。また、英国高級ベッドメーカー、スランバーランドと提携しています。 ドリームベッドは、自社ブランド以外に多くの海外メーカーと代理店契約を持つメーカーです。サータの納入ほか、実績は多数あります。

    テンピュールは、ご存知NASAが、ロケット打上げ時の宇宙飛行士にかかる強烈な加速重力の緩和と座席の快適性を目的に開発した新素材です。前述のようにホテルへの実績はいまひとつですが、建て替え前のキャピトル東急ホテルで使われていました。


    寝具

    新しいホテルでは、シーツで包んだブランケットの上にベッドスプレッドをかけるスタイルは、あまり見かけなくなりました。今どきは、中に羽毛が織り込まれていて、それ自体が布団の役割をになうコンフォーターか、羽毛布団を使うデュベのスタイルが主流です。これらは、ターンダウン・サービスを省略できるスタイルでもあります。

    最近、特に多いのがデュベスタイルです。スタイリッシュな上に、日本の羽毛布団と同じ感覚で使え、軽くて暖かい。従来の三方をベッドに挟み込んだ窮屈な空間に体を潜らせるうっとうしさもなく、毎回カバーを取り替えるので、何より清潔なのがうれしいです。 

    ベッドメイクは、足元側のみマット下に巻き込んで、両サイドはふんわりと垂らし、ベッドスローでアクセントをつけます。

    ベッドスローは、もともと、靴を履いたままでベッドに横になっても、ベッドカバーを汚さないという目的で生まれたようですが、白系のデュベカバーに組み合わせて、インテリアの重要なアクセントとして使われています。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.79 2010年4月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルのセイフティ

    ホテルの「安全」を考えるとき、この施設には防災的に見ていくつかの特徴があります。まずは、就寝という夜間利用の施設であること。そして利用者は、ご老人やお子様さらには障害者の方々など弱者を含む不特定多数なこと。ほとんどの場合、利用は一過性で建物のことをよく知らないこと。さらに酒気を帯びている可能性が高いなどの一般的な特徴のほかに、複合大型ビルに組み込まれたり、超高層ビルの上層階に位置したりといった事例も多く、防災上不利な条件を抱えています。

    今回は、そんなホテルのセイフティ、中でも火災に対する防災上の安全をとりあげ、特にゲストの皆さんが直接目にしたり関わったりしている防災設備についてお話させていただきます。ふだん、何気なく見過ごしているものがほとんどだと思いますが、なるほどと思っていただければ幸いです。


    外部開口部

    防災に関する規定の一つに、地域や用途による構造の制限があります。防火地域や準防火地域内の一定規模以上のものや、階数や規模が該当するものは、耐火建築物または準耐火建築物とし、延焼の恐れのある部分の開口部は防火戸もしくは防火設備とすることが求められます。

    都市部のホテルで、客室の窓に網入りガラスが入っていて、うっとうしいなと感じたことはありませんか。透明ガラスならもっと眺めが良いはずなのに。これは、その窓が延焼の恐れのある部分(隣地境界線および道路中心線から1階で3メートル以下、2階以上で5メートル以下の部分)にかかっていて、窓が防火設備になっていたからだと思われます。たとえ目の前に隣の建物が建っていない場合でも、将来、隣接して建った時に、火災が延焼しないための規定です。

    また、それほど規模が大きくないホテルで、主に道路に面する客室の窓に、赤い逆三角形のマークが貼られているのを目にしたことがありませんか。これは代替進入口といって、大きなバルコニーを有する非常用進入口の代わりとなる開口部で、消防隊によるはしご車での消火、救出活動に使われる窓です。赤い逆三角形マークは位置を示す印で、その窓を破って消防士が建物に入ります。3階以上31メートル以下の各階に外壁10メートル区切りに1ヶ所ずつ設けることになっています。


    内部建具・シャッター

    防火区画という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ホテルに限らず、火災時に建物内部の火災の延焼を防ぎ、避難を容易にするために設けられる区画のことです。いくつか種類がありますが、面積区画は、一定面積ごとに定められた区画で、耐火建築物(ほとんどのホテルはこれにあたります)では千五百平米以内ごと、そこにスプリンクラー等が設置された場合は三千平米以内ごとに、区画となります。規模の大きなロビーや宴会場では、どこで区画を成立させるか苦労するところです。

    竪穴区画は、建物を縦に貫く空間を区画するもので、吹抜け空間、階段、エレベーターシャフトなどがその対象です。いずれも必要性能を有する防火設備である防火戸やシャッターなどで区画します。

    しかし、往々にして、空間デザインやゲストの使い勝手から区画をまたがって連続した空間が求められることが多々あります。そこで、常時は開いていて、火災時に感知器と連動して閉まる防火扉やシャッターが使われます。設計者は、その仕掛けがインテリアのデザインを壊さないように苦心します。開いた状態で壁に組み込まれた扉に、インテリアに合わせた石材や木パネルといった仕上げ材を貼り付けたり、フラットバーといわれる鉄の板を使って扉枠をできるだけ小さく見せたり、といった具合です。上手な設計は、防災計画に充分配慮しつつ、防災的な仕掛けを感じさせません。

    木製防火戸は、客室扉をはじめホテルではかなり一般的に使われるようになりました。一般的に木は燃えやすい素材と考えられがちですが、断面の大きな木材は、表面が燃えると炭化層を作りこれが断熱材の役割を果たし、なかなか燃えないのだそうです。もちろん鉄扉にはない、天然木の温かくやさしい風合いは魅力です。

    通常、客室部分は百平米以内に防火区画し、排煙設備の免除を受けています。よって百平米を超えるスイートルームは、客室内に防火区画が発生します。そんな時木製防火戸で一部を区画。コストもこなれてきて使いやすくなりました。


    避難経路

    客室階の廊下の幅員は、両側に居室がある場合は1・6メートル以上、片側の場合は1・2メートル以上と定められています。1・6メートルというのは両手を広げるととどいてしまう幅です。残念なことに、高級ホテルでもこの規制ぎりぎりの事例が多いのです。避難に支障があるわけではありませんが、廊下の広いホテルに出会うと、それだけでゆったりした気分に浸れます。

    さて、避難は階段を使うわけですが、ほとんどのホテルでは、階段を2つ以上設置すること、すなわち2方向避難が義務付けられます(規模、階数による)。さらに階段までの歩行距離が定められ、2つの階段までの重複距離はその半分以下。東京都では、安全条例で行き止まり廊下の禁止も盛込まれています。これら条件を満たすように客室基準階プランはつくられるのです。

    階段の構造も大切です。地上部では、一般に5階以上14階までへの直通階段は避難階段、15階以上の階への直通階段は特別避難階段としなければなりません。避難階段とは、耐火構造の壁に不燃材の仕上げで、明かり窓か予備電源を有し、出入り口に防火設備(防火戸)のついたもの。特別避難階段は、さらに排煙設備のついた附室と呼ばれる前室がつきます。階段は安全に造られているのですが、通常のホテル利用で階段を使うことはまずないでしょう。

    使うのは当然エレベーターです。でも有事の際には、ご存知のようにエレベーターは使えません。

    いざという時のため、客室扉の裏側に貼られている避難経路図で、避難階段の位置を確認する習慣を身につけておいたほうが良いと思います。私の場合、客室基準階のプランがどうになっているかは、客室プランと同じくらい興味のあるところで、避難経路図をまじまじと眺めますので階段の位置は自然に頭に入ってしまいます。


    客室

    最後に客室の防災設備についてです。多くは天井についていますが、おそらくまじまじと部屋の天井を見たことがある人は少ないと思います。シーリングライトがあるかないかはホテルのデザインによりますが、そのほかに何があったか思いつきますか。

    通常は、スプリンクラー、自動火災報知設備の感知器、非常警報設備の非常放送スピーカー、非常用照明などがついています。

    スプリンクラーは初期消火用の自動散水装置です。感知器は煙や熱で火災を感知し、非常放送スピーカーはあらゆるスピーカーに優先して火災を知らせてくれます。非常用照明は有事の時に停電しても床面照度1ルクス以上で足元を照らしてくれます。このほか懐中電灯も装備されていますので、必ず位置を確認されることをお勧めします。

    こうして見てみると、ホテルの身の回りの防災設備については、意外と知らない(知らされていない)事柄が多いのではないでしょうか。防災設備を少し身近な存在に感じていただき、有事の時にも比較的冷静に行動できますよう、少しでも安全なホテルライフを楽しんでいただければと思います。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.78 2010年2月発行号 掲載記事より抜粋。



    ■ホテルのバスタブ

    このコラムでこれまで何度か、ホテルのバスルームは、より快適なリラクゼーションスペースを目指して進化し続けてきたことに触れてきました。
    快適さに関わる要因は、広さ、採光、使い勝手、デザインなどいろいろありますが、実際に裸の身を包み込むバスタブの果たす役割が重要なことは言うまでもないでしょう。

    たかがバスタブと思うなかれ。普段何気なく使っているバスタブにも、実に多くの歴史、思想、技術が潜んでいるのです。体に優しい形状は? 素材は? デザインは?
    今回は、バスルームのメインアイテム、バスタブに焦点をあててみました。

    形/素材

    ホテルはもともと西洋から入ってきたものですので、日本のホテルは洋バスといわれる浅型のバスタブからスタートしました。
    バスタブは、元来、体を温めるためのもの。少ないお湯で有効に温められるよう、バスジェルで泡立ててお湯を冷めにくくしたり、バスソルトで温浴効果を高めたりしたわけです。

    一方、日本の入浴習慣は、明治以降はたっぷりの湯にザブンと肩まで浸かるやりかたです。そこでホテルでも、足は伸ばしながらも肩まで浸かれる深型のバスタブが登場しました。

    深さ四十センチ程度の洋バスに比べ、こちらは深さ五十センチ程度(実際にはオーバーフローが付いて、共に十センチ程度は浅くなります)。入った時の体勢はかなり異なります。

    水量で比較すると、三百リットルクラスの深型バスに比べ、洋バスは約二百リットルと節水のうえ、ガスや電気のエネルギー消費も抑えられエコだとか、入浴時の水圧による心臓や肺への負担が抑えられるなどの評価もありますが、日本人にはやっぱり肩まで浸かれる深型が人気のようです。

    素材は、一般的にはホーロー、アクリル、FRP、人造大理石、ステンレス、木、ガラスといろいろですが、高級ホテルでは、ホーローとアクリルが圧倒的です。

    ホーローは、焼きものならではのぬくもりのある上質な肌ざわりと重量感があります。また傷つきにくく、耐久性に優れています。

    アクリルの方は、気品ある透明感ときめ細やかで滑らかな肌ざわりが特徴です。表面のクリア層を厚くして、はられたお湯を美しく見せる工夫もされているそうです。どちらも甲乙つけがたい高級感があり、好みの分かれるところです。

    ディテール

    埋込み式のバスタブの場合、バスタブ廻りの納まりには、そのホテルの格が見え隠れします。

    一般的に、エプロン部分がバスタブと同じ素材→エプロン部分が石やタイル仕上げ→石やタイルのデッキの上にバスタブが乗る→バスタブの上に石のデッキが被さる、の順に高級になるという具合です。

    フォーシーズンズ丸の内マンダリンオリエンタル東京シャングリラ東京などがこの最後のタイプです。最近は、それ自体で魅せるバスタブが増えてきたので、必ずしもこの通りではないかもしれませんし、またデッキとまったくフラットに納まるユニークなバスタブなども出てきています。

    フリースタンディング

    フリースタンディングタイプのバスタブもあります。バスタブが寝室内に置かれていた時代からある猫足付バスタブの流れで、クラシックなものに限らず自立しているものを指します。

    個人的には、これにとても注目しています。
    その理由は、それだけで美しいバスタブは、インテリアのエレメントとして、バスルームの仕切りを越え、客室の自由な位置に設置される可能性を秘めているからです。

    もちろん床の防水や、傍にシャワーブースやベイスンなどの機能を持たせることは必須ですが、客室と一体化したオープンなバスルームは、今後の客室プランの潮流の一つになりうると思います。あたかも心地よい陽だまりを求めて猫が移動するように、バスタブも心地よい場所を捜し求めているかのようです。

    バスタブメーカー

    ほんの一例だとお断りしたうえで、個人的に馴染みの深いメーカーさんをご紹介しましょう。

    ドイツの「カルデバイ」は、一枚の鋼板をプレスしてつくる鋼板ホーローバスの開発に成功し、従来の鋳物ホーローバスにとって代わり、世界の一流ホテルに圧倒的なシェアを誇ります。日本では、マンダリンオリエンタル東京ペニンシュラ東京などに採用されています。

    同じくドイツの「ヘッシュ」や「デュラビット」は、世界の著名デザイナーやデザインチームが手がけたバスタブを扱っています

    。欧米ではデザイナーが積極的に起用されるプロダクトなのです。イタリアの「アガペ」は、斬新で芸術性を売りにしています。フォーシーズンズ丸の内のワンベッドルームスイートにある、あの個性的なフォルムのバスタブは、ここのスプーンというシリーズです。

    アメリカの「ジャクージ」は、ワールプールバスで最もポピュラーな存在です。日本では何故か訛って、ジャクージがワールプールの一般名詞となってしまいました。

    国内に目をむけますと、「ジャクソン」は、アクリル製高級バスタブでは、世界に名を馳せるブランドです。海外の超高級ホテルをはじめ、国内ではザ・プリンスさくらタワー東京名古屋マリオットアソシアホテルなどで使われています。

    ラインナップは、八シリーズ、二百五十種を誇ります。フリースタンディングのバスタブをラタン調素材で包んだバルカシリーズは、家具としての完成度も高く、バスタブの新たな可能性を感じさせます。「アルティス」もアクリル製高級バスタブで、「ジャクソン」を追随しています。ステンレスの無垢材から削り出したノズルや手すりは高級感充分です。

    「TOTO」は、鋳物ホーロー、アクリルをはじめ多くの素材のバスタブを持っています。国内ホテルへのユニットバスのシェアが大きいこともあり、納入実績は断トツです。
    高級ホテルでは、シャングリラ東京リッツカールトン東京リッツカールトン大阪コンラッド東京などに使われています。

    「INAX」もユニットバスメーカーとして、ハイアットリージェンシー東京の改修など、国内の多くのホテルで使われています。「ジャクソン」がINAXグループの一員に加わったことで、高級ホテル市場での活躍が期待されます。

    オリジナルバスタブ

    一部の超高級ホテルでは、そのホテルだけのオリジナルバスタブを造ることがあります。新たな型をつくって成形するわけですから、当然コストはかかりますが、他の何処にもない、私のためにホテルが用意してくれたバスタブは、極上のバスタイムを約束してくれそうです。デザイナーは楽しいだろうと思います。

    船のような、ゆりかごのような、繭のような、はたまた子宮回帰なんていうイメージもふくらみそうです。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.77 掲載特集記事より抜粋。



    ■庭のホテル 東京


    一本路地を入るだけで
    別世界を演出



    小雨のぱらつく中、訪れた
    庭のホテル 東京。下見板張りの黒い壁を背景に、しっとりと雨にぬれた緑、あえて湾曲させた石畳の小道と石の水盤が、優しくひっそりと迎え入れてくれました。大きなサインを出さずに空間で招き入れるアプローチは、その後の出来事を期待させるに十分な演出でした。

    日本的なおもてなしの作法を感じつつエントランスロビーへ。まず目に入るのは、和紙を通し柔らかな光を放つ巨大な行灯です。約五メートルの天井高の大空間を貫通し、その廻りをじゅうたん敷きで方形のベンチが並ぶ、ちょっと腰掛ける溜りゾーンとしています。実は、行灯の中身は、(おそらく行き場を失いロビーに飛び出してきた)エレベーターシャフトなのですが、制約を売りに変えてしまう逆転の発想には感服しました。

    間道模様に木漏れ日を織込んだじゅうたんは、畳のように敷かれ、ガラスのオブジェが手元を照らすフロントカウンター、ペンダントライトなどと共に、都会のホテルに上手に和のデザインを取り入れたこだわりの意匠を感じます。ただ、右手の大きなガラス面は、繊細な光と陰影を操る和の空間にしては、ややあっけらかんとした印象を受けました。

    和洋二つのレストランに挟まれた中庭は、ホテルの名前が示す通り、このホテルのシンボル的な存在だと思います。小川の流れる小さな雑木林をイメージされた庭は、四季の移ろいを楽しめ、特徴的な石、瓦、玉砂利などによって味付けされています。決して大きくはありませんが、この庭があることで、都会の真ん中にぽつんとできた異次元空間がホテル全体を包み込み、インテリアの洗練された和の意匠と相まってホテルの個性を創りあげているのです。

    二つのレストランが、路面店として機能していることは、宿泊主体型ホテルの建築計画的に大変重要です。

    客室階共用部の印象は、とてもゆったりとしています。広いエレベーターホールを始め、ファンクションルーム、リフレッシュラウンジ、ワークアウトルームなどもゆったりしています。客室階廊下も広く、客室入り口の足元に配された行灯は、和のおもてなしであると同時に、隣り合った客室扉を心理的に遠ざける効果もあります。

    また、このホテルは免震構造を採用していますが、水溝を庭のデザインの一部の掘割りのように見せ、免震クリアランスをうまく使っています。

    全体的には、良質の材料を使う本物志向であり、無駄な空間をとことん削り取っていくというつくり方をしていないことが、ゆったりとおおらかな時間が流れる雰囲気に繋がっていると思います。

    大通りから一本路地を入るだけで、都会の喧騒を離れた別世界の隠れ家が創れるのですね。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.76 掲載特集記事より抜粋。



    ■アール・デコのホテル


    アール・デコとは、一九二○年代から三○年代にかけて、一世を風靡した装飾スタイルの総称です。アール・ヌーヴォーと同様に、宝飾品、ファッション、家具、建築など、幅広い分野で花開きましたが、アール・ヌーヴォーのように同時代につけられた呼び名ではなく、一九六○年代になってから、一九二五年のパリ万国装飾美術博覧会の略称「アール・デコ博」にちなんで、そう呼ばれるようになったものです。

    これまで、モダニズムの影に隠れて、歴史的評価のはっきりしなかったこのスタイルの再評価は、今なお進行形です。最近では、同時代の様々な運動を含む、かなり広い領域を積極的にアール・デコととらえることが多いようです。

    装飾的な特徴は、アール・ヌーヴォーが曲線的・植物的・連続的であるのに対し、アール・デコは直線的・鉱物的・非連続的・幾何学的といわれます。

    しかし、両者の決定的な違いは、アール・ヌーヴォーが一九世紀末、主に一部の上流中産階級のためのものであったのに対し、アール・デコは二○世紀の大衆社会を背景にした大衆文化を謳歌する消費社会の装飾だったということです。様変わりする新しい時代にふさわしい装い、アール・デコは、新しいライフスタイルのイメージを消費の対象として、膨れ上がっていったのです。

    アール・デコの建築は、そうした時代の気運そのものであり、この時代を象徴する百貨店、映画館、ホテル、オフィス、高級マンションは格好の舞台となりました。

    ヨーロッパで起こり、アメリカを中心に全世界的に広まったアール・デコ。今回はアール・デコのホテルを取り上げます。



    ヨーロッパの事例


    ポール・ポワレのファッションが女性の社会進出を促した一九一○年代。この時代、世界中で最も活気に満ち、洗練された都市であったパリにおいて、歴史主義とキュビスム、フォーヴィスム、未来派、シュルレアリスムなどの前衛的なモダンアートが共存する直中、アール・デコは誕生しました。パリのアール・デコは、伝統的要素を残しつつ、総じて優雅で上品なスタイルです。

    ホテル・ルテツィアがパリで最初のアール・デコ建築といわれていますが、伝統的な歴史様式とアール・デコがおとなしく調和しています。ミレニアム・ホテル・パリ・オペラのロビーを飾るステンドグラスのドーム天井は、落ち着いたアール・デコ。壁面を飾る噴水を抽象化したデザインは、初期アール・デコの典型例です。プリンス・ド・ガル・パリ・シャンゼリゼは、パティオの外壁を飾るイスラム風モザイクタイルに、情報化が進み、世界中の様式を取りこみ、消化したアール・デコの一面が垣間みられます。

    英国では、ロンドンの老舗ホテルクラリッジズで最も贅沢で優雅なヨーロッパのアール・デコの例を見られます。一八九八年築のヴィクトリアンスタイルと一九二○・三○年代の改装によるアール・デコが見事に融合。床の市松模様は、アール・デコ建築によく使われるパターンです。同じくロンドンのパークレーンのラウンジ「パームコート」は、シンメトリーに設えられたバーコーナーやステンドグラスのヴォールト天井をはじめ、格式の高いアール・デコ・デザインです。

    スイスでは、ルツェルンのアール・デコ・ホテル・モンタナが、七○年代から九○年代にかけて、建設時のアール・デコに改装されました。階段やバルコニーの手摺、モザイクタイルの床はオリジナルです。


    アメリカの事例


    アメリカのアール・デコといってまず思い出されるのは、クライスラービルやエンパイアステートビル等アール・デコの摩天楼ではないでしょうか。三○年代、フランスからアメリカにアール・デコ運動の中心が移ると、大量生産や大衆化が進むと同時に、いっそう幾何学的、直線的な傾向を強めていきます。

    ニューヨークを代表するホテルウォルドルフ・アストリアは、移転した三一年、アール・デコ摩天楼の巨大ホテルとして生まれ変わりました。金箔で縁取られた漆喰装飾、モザイクタイルの文様をはじめ、随所に見られる華麗なアール・デコ装飾は、まるで宝飾品のようで、究極のアール・デコ建築です。 同じくニューヨークのカーライルの外装は、アール・デコ摩天楼の中でも繊細な美しさが際立っています。

    マイアミでは、サウスビーチのアール・デコ地区に、マイアミデザイン保存連盟という政府機構の保護を受けたアール・デコのホテルが数多く残っています。ビーコン・ホテル・マイアミ、三九年築ホテルを改装したザ・ホテル・オブ・サウスビーチ、ラグジュアリーでスタイリッシュなタイズ・ホテル・マイアミなど、これらに共通のデザインは、アール・デコから派生したスタイルとして、マイアミ・デコとか、ストリームライン・モダンといわれています。流線型や長く伸びた水平線を特徴とし、欄干や丸窓によって船や飛行機や列車のイメージを取りこんでいます。

    ロサンジェルスにも、アール・デコ時代の建築がたくさん残されています。ハリウッドのランドマークで有名スターの定宿サンセット・タワー・ホテルは、アール・デコの傑作です。サンタモニカの最初の高層建築ジョージアン・ホテルと共に、ロサンジェルス・アール・デコ協会推奨建築物です。


    アジアの事例


    アール・デコはアジアの各地にも広まりました。

    中国では、当時屈指の国際都市だった上海に数多くのアール・デコ建築が残っています。代表格の和平飯店北楼(現フェアモント・ピース・ホテル)は、ユダヤ系財閥サッスーンの本拠地「サッスーン・ハウス」として建てられ、五六年にホテルになりました。随所にアール・デコの意匠が施されています。現在、改装休業中ですが、二○一○年には、名物の九つのスイートルームやジャズバーも復活し、忠実に復元されたアール・デコの館としてオープン予定だそうです。

    花園飯店(オークラ・ガーデンホテル上海)は、由緒ある旧フランスクラブのクラブハウスを、超高層ホテルのロビー、ボールルームに蘇らせました。新城飯店(メトロポール・ホテル)上海大廈(ブロードウェイ・マンション)のセットバックした外観は、アール・デコ摩天楼の趣です。 インドにもアール・デコのホテルがあります。インド最後のグランドパレスと呼ばれる、ジョドプールのウマイドバワン・パレスホテルは、インド建築様式とアール・デコの折衷です。マハラジャの子孫が住む邸宅は、その一部を宮殿ホテルとして開放しています。


    客船の事例


    アール・デコが最も華やかに活躍した舞台は、実は豪華客船のインテリアです。一九二○・三○年代は、グローバル化が進む一方で、旅客機が登場する前の、船旅の黄金時代でした。

    カッサンドルのアール・デコのポスターで有名なフランスの「ノルマンディ号」は、贅を尽くしたアール・デコの美術館でした。

    そして英国のキュナード社が、ノルマンディ号に対抗して造ったのが、「クイーン・メアリー号」です。現在は、カリフォルニアのロングビーチに繋留され、洋上ホテル兼博物館ホテル・クイーン・メアリー・ロングビーチ・カリフォルニアとなっています。

    日本も負けてはいません。氷川丸の内装は、コンペによりフランス人デザイナーのアール・デコ案が採用されました。一等社交室、一等喫煙室、特別室、階段などにアール・デコのデザインが認められます。旧朝香宮邸(東京都庭園美術館)と並び日本に残る本格的なアール・デコが、共にフランスからの直輸入であることは興味深いことです。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.75 掲載特集記事より抜粋。



    ■アール・ヌーヴォーのホテル


    一九世紀末から二○世紀初頭にかけ、ヨーロッパ全土を席巻した芸術運動、アール・ヌーヴォー。ご存知、ガラス工芸や宝飾品から家具、日用品、ファッション、グラフィック、建築など幅広い分野で花開いたことで知られています。なかでも建築は、一九世紀の新古典主義から脱却し、二○世紀モダニズムへの扉を叩く革命的エネルギーに満ちていました。しかし儚くもわずか二十年余りで終焉を迎えます。

    今なお見る者の心をときめかす、魅惑的で物語性を持つ装飾空間。アール・ヌーヴォーを身に纏ったホテルに泊まってみたいと思われる方も少なくないと思います。
    今回は、アール・ヌーヴォーのホテルを、同時多発的に発生した地域ごとの多様性に注目しつつ、追いかけてみましょう。



    ベルギー・フランス


    狭義のアール・ヌーヴォーとは、この二国での運動を呼びます。オルタ、アンカールが活躍した聖地ベルギーと、ベルエポックを謳歌したギマール、ラヴィロット、ナンシー派をかかえるフランスのこと、さぞかしアール・ヌーヴォーのホテルがたくさんあろうと思いきや、これがさっぱり。

    ブリュッセルの豪華ホテル
    メトロポールは、アール・ヌーヴォーで有名ですが、実のところ古典主義とアール・ヌーヴォーの折衷です。パリのホテル・エリゼ・セラミック(1904)は、ラヴィロット作。アレクサンドロ・ビゴのタイルで覆われた魅惑的な外観は、パリ・ファサードコンクール受賞作です。しかしインテリアは、ほとんどコンテンポラリーデザインに変えられています。ナンシーの「ブラッスリー・エクセルシオール」(ホテル付属のカフェ兼レストラン)は、アール・ヌーヴォー色はそれほど強くないものの、当時のナンシーの様子を今に伝えます。


    スペイン(カタルーニャ)


    バルセロナを州都とするカタルーニャ地方のアール・ヌーヴォーは、モデルニスモと呼ばれます。モデルニスモは、自主独立を目指す運動、カタルーニャ・ルネッサンスとあいまって社会に深く浸透しました。中心的人物はガウディとモンタネール。ホテル・カサ・フステールは、モンタネールの晩年の秀作、カサ・フステール(1908-11)が五ツ星ホテルに生まれ変わったもの。カタルーニャ音楽堂やサン・パウ病院(ともに世界遺産)に比べると多少淡白ですが、インテリアも含め、本物の迫力は十分です。


    オーストリア・ドイツ・オランダ


    オーストリアではゼツェッション、ドイツではユーゲントシュティール、オランダではニューウェ・クンストと呼ばれます。ようやく見つけた事例、アムステルダムのアメリカン・ホテル(1898-02)は、伝統の煉瓦を使いつつ、合理的で抑制の効いたオランダらしいアール・ヌーヴォーのホテル。1階の「カフェ・アメリケーン」は、今も当時と変わらぬ姿で市民に愛されています。


    チェコ・ハンガリー


    プラハでは、ボヘミア地方の古典的建築様式とアール・ヌーヴォーが融合したボヘミアン・ヌーヴォーが展開。プラハのホテル・セントラル(1899-1901)は、オーマンの弟子、ドリヤークとベンデルマイエルの作。クローチェク考案の繊細な化粧漆喰がファサードを飾ります。同じこの二人によるホテル・エヴロパホテル・ガルニ(1903-05)は、プラハにアール・ヌーヴォーのホテルを流行らせました。ベイリッヒによるホテル・パリ(1904)は、ネオゴシックとアール・ヌーヴォーの融合。レストラン「サラベルナール」のインテリアも見ものです。

    ブダペストでは、レヒネルを中心に、マジャール文化を取り入れたアール・ヌーヴォーが社会に深く浸透しました。芸術家の溜まり場として名高い伝説の「カフェ・ニューヨーク」が、ネオルネッサンス様式の建物内にオープンしたのは1894年。アール・ヌーヴォーと言えるか少々疑問は残りますが、2006年、ホテルニューヨーク・パレス内に、世紀末のカフェは甦りました。


    その他の国


    イタリアではスティレ・リバティと呼ばれ、都市国家の伝統ゆえ都市ごとに多様なアール・ヌーヴォーが展開しました。イギリスでは、グラスゴーのC.R.マッキントッシュを除いて、アール・ヌーヴォーとは一線を引いていました。フィンランド、ラトビア等では、ナショナル・ロマンティシズムとして広まりました。ヘルシンキのホテル・リンナ、トゥルクのパークホテルは外装を今に伝えます。


    アール・ヌーヴォーに泊まるには


    次に続くアール・デコ建築が、消費社会、大衆化社会の進展と歩調を合わせ、工業化、大量生産をある程度受け入れつつ世界中に浸透したのに対し、多くのアール・ヌーヴォーは上流中産階級を社会的基盤とし、手仕事、一品生産を尊びました。そして世間の反応はといえば、その過激さのあまり必ずしも好意的なものばかりでなかったようです。ホテル建築には、永続的な使用に耐える合理性と、商業的に支持されるデザインは必要不可欠。アール・デコに比べ、現存するアール・ヌーヴォーのホテルが極端に少ないという事実は、その特性を如実に物語っているように思います。

    アール・ヌーヴォー建築で残っているものは、みな希少で博物館で鑑賞するようなものばかり。現存するホテルでは、客室の多くがコンテンポラリー・デザインに変わっています。アール・ヌーヴォーのベッドに身を沈めたければ、ピエール・カルダンの多彩な芸術コレクションを集めたパリのホテル・レジデンス・マキシム(1982年)で、「サラ・ベルナール・スイート」に泊まる以外ないのかもしれません。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.74 掲載特集記事より抜粋。



    ■コンバージョンによるホテル


    コンバージョン「Conversion」とは、転換、転用という意味から、建築では既存の用途を別の用途に転換することをさします。パリのオルセー美術館は、駅舎からのコンバージョン、ニューヨーク・ソーホー地区のアトリエ付住宅は、倉庫群からのコンバージョンということになります。

    コンバージョンによるホテルには、以前の用途が持っていた特徴的な空間や歴史性を、生まれ変わったホテルの魅力に上手に結びつけた、個性的でユニークな事例がたくさんあります。日本もこれからは、スクラップ&ビルドに別れを告げ、ストックの重要性を考えなければならない時代。今回はコンバージョンによるホテルの魅力についてお話させていただきます。



    欧米コンバージョン事情


    そもそも欧米には、建築物は恒久的なストックとして躯体を生かしながら、内装や設備を更新し、時代の要請に合った建物に用途を転換しながら使い続けてきた土壌があります。よって、宮殿、お城、邸宅などからホテルへのコンバージョン事例は枚挙に暇がありません。

    ほんの一例ですが、ウィーンのレーミッシャー・カイザー・ウィーンは、元は宰相のためのバロック式宮殿でしたし、タラソテラピーで有名なフランス、サンマロのグランドテル・ド・テルムも元宮殿。このようなホテルは、元宮殿やお城のもつ、初めからホテルとして建てられたものには成し得ない贅沢な空間と、そこを舞台に繰り広げられた歴史や物語を、ホテルの魅力づくりに生かしています。

    また、驚くほど事例が多いのが、修道院からのコンバージョンです。フィレンツエ郊外のホテルヴィラ・サンミケーレは、15世紀初頭に建てられ、ミケランジェロの手によるファサードを残す修道院でした。ホルンバッハのクロースター・ホルンバッハは、8世紀に建てられた廃墟同然の修道院を、保存活用の技法を駆使して見事に蘇らせたものです。ケルンのホッパー・エトセトラは、19世紀末に建てられた修道院に、新しいデザイン要素を対比させ、スタイリッシュなホテルに仕上げられています。かつて修道僧が瞑想に耽った場所で、静謐な時の流れに身を委ねれば、魂の静寂を取り戻し心の底から癒されそうです。


    ポウザーダ&パラドールの場合


    貴族制度の崩壊と共に荒れ果てていた歴史的建造物である古城、宮殿、修道院などの文化財を、国家の力でホテルに甦らせたのが、ポルトガルの国営ホテルチェーン・ポウサーダと同スペインのパラドールです。

    オビドスのポウサーダ・ド・カステロは、元城塞で、歴史的建造物を使った最初のポウザーダです。セトゥーバルのサン・フィリペは、元は断崖に建つ要塞。

    マカオに残るポウサーダ・デ・サンチアゴも、ポルトガルの要塞を植民地時代にホテルにしたもの。元要塞は、建物の目的故、海を見下ろす見晴らしは抜群。さらに迷路のような階段と、散策中突然現れる多彩なシークエンスも、元要塞ならではの魅力でしょう。

    パラドール・デ・グラナダは、元アルハンブラ宮殿に隣接する修道院。「ハランディージャ・デ・ラ・ベラ」は、15世紀、神聖ローマ帝国皇帝を兼ねたカルロス5世の城塞兼宮殿でした。歴史上の人物が関わった宮殿や城に、実際に泊まれるとは驚きです。これといった観光資源のない土地でも、建物自体がもつ独自の魅力によって、世界中からゲストを集めています。


    チェーンホテルの事例


    ホテルブランドでは、リッツカールトンはその町のシンボルともいえる由緒ある建物をうまく利用してホテルにしています。

    リッツカールトン・サンフランシスコは元保険会社のオフィス、リッツカールトン・フィラデルフィアは元銀行のオフィス、リッツカールトン・ニューオーリンズは、20世紀初頭の百貨店からのコンバージョンです。歴史をもつ建物の価値を認め、建物に親しんできた地元の人々に敬意を表する姿勢がうかがえます。


    ユニークな事例


    フォーシーズンズ・イスタンブールは、なんと元監獄です。ネオクラシック様式の外観は、ガラス張りの通路以外はそのまま。内装は、建築家シナン・カファダルによって生まれ変わりました。大理石の柱には、囚人が刻んだ文字が今も残されており、重い運命を背負った物語も、コンバージョン故に受け継がれる、独特の空間構成と相まって、確かなホテルの魅力となっています。

    ケルンの『ホテル・イム・ヴァッサートゥルム』は、元は古い給水塔です。1872年完成当時、直径34m、高さ35.5mの給水塔はヨーロッパ随一の大きさを誇る塔でした。役目を終えた産業遺産は、アンドレ・プットマンのデザインで、ヒップな高級ホテルに一新されました。

    モンテネグロのスベティ・ステファンは、アドリア海に浮かぶ漁師の村、スベティ・ステファン島全体をホテルにしたもの。元々は15世紀に海賊の侵略に備えた要塞として造られた島のため、迷路のような街並みが魅力です。建築家ブランコ・ボンによる、中世の街並みや建物をそのまま残し、内装だけに手を入れる案が採用された結果です。アマンリゾーツにより、今年リニューアルオープンの予定だそうです。


    日本の事例


    歴史的に建物はある期間で建て替えてきた文化性や、法的な後押しと助成金制度等がまだまだ不十分なことからか、日本でのコンバージョンによるホテルは、とても少ないのが実情です。元紡績工場の倉敷アイビースクエアは町の歴史を継承した秀作。旧小樽ホテは元北海道拓殖銀行小樽支店。ナイジェルコーツのデザインで、栄華の名残が漂う街、小樽に蘇りました。かつて銀行の窓口が並んだ2層の大空間は、雰囲気を伝えつつ素敵なレストランになっていました。残念ながらホテルは幕を閉じています。

    歴史を継承し、地域を映す。既存のものをうまく生かしながら、制約をむしろ利用して個性的な空間を創造する。コンバージョンによるホテルは、そのホテルしか持ち得ない魅力を創出できるのです。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.73 掲載特集記事より抜粋。



    ■変わるホテルのパブリックトイレ


    建築を見るとき、そのトイレを見れば設計者の力量がわかるといわれます。ホテルも同様、目立たない場所だからこそ、パブリックトイレには、デザイナーの思い入れや、ホテルオペレーターの細かな心配りの有無が端的に表れているものです。

    また、ホテルのパブリックトイレが、それ以外のビルディングタイプのトイレと決定的に違うのは、晴れの舞台に相応しい、ゲストへのホスピタリティに趣がおかれている点です。清潔で機能的であることは言うに及ばず、ゲストの高揚した気分を損なわず、むしろ記憶に残る満足度の高いトイレとは。

    今回はホテルのパブリックトイレについて、見所と最近の傾向をお話させていただきます。



    アプローチ

    パブリックトイレは、便利な場所で、かつひっそりと目立たないところにあってほしいものです。広い空間に出入り口が面しているなどもってのほかで、必ず一歩入った通路からの出入りが原則です。

    さらに、アプローチにはチェアが置かれたコーナーや、生花がのる飾り棚等によるおもてなしの演出がほしいところ。こういった地道な計画と心遣いの積み重ねが、最も大切で、ゲストの満足感を大きく左右すると思います。

    最近のホテルでは、トイレの出入り口は、扉付きのタイプがほとんどです。開いた状態でも中は見えない平面形にしたうえで、さらに音や気配が漏れるのを嫌っての配慮です。扉なしは、スムーズに人を流す、効率重視の計画。少し前までは、高級ホテルでも扉なしタイプを見かけました。

    ライティング

    商業施設やオフィスのトイレ空間でも、ホテル並みに豪華なものが出てきましたが、清潔感を大切にした明るいデザインが主流。全体に照度を落として、照明による演出が図れるのは、ムードづくりを優先できるホテルの特権でしょうか。

    ライティングに工夫を凝らした事例が増えています。メンテナンスのしにくい箇所に仕込めるLED照明の普及も、ひと役買っているようです。
    コンラッド東京ではここまで暗くて本当に良いのかと、少々心配になりましたが、暗めのウッドパネルとライティングデザインで幻想的な空間に仕上げています。

    パーソナル感

    洗面コーナーは、ベッセルタイプの流行と共にデザインの幅が広がり、この10年で独創的な事例がたくさん出てきました。

    従来の長い一枚のカウンターに画一的に洗面器が並び、壁全面の大きな鏡にブラケット照明が取り付くタイプ(トラディショナルな様式のホテルは依然これですが)は減り、カウンターが分節、独立していたり、照明を仕込んだ機能的な鏡がついていたりと、総じていえば、一人に一つのアイテムが対応する、パーソナル感の強いタイプが増えたように思います。

    パウダーコーナーは日々豪華になり続け、既に寛げる社交の場としての位置づけも期待されているように感じます。シッティングタイプが主流で、豪華な仕上げ材による空間の質からすると、もはやトイレから独立した存在かもしれません。

    トイレブースも変化の過程が良く見て取れるパーツです。以前は高級ホテルでも、ブースの上部が大きく開いていて、材料には気を使っていても、見るからにトイレブースといった造りを良く見ました。最近は、扉でない部分の壁は天井まで達しているし、扉上部にも壁が付くか、扉が天井まで達している例も珍しくありません。より落ち着ける完全個室化が進んでいます。

    小便器の隔て板も、より仕切られ感が強まる傾向です。ホテルではありませんが、大丸心斎橋店のように半個室化の事例も。ホテルでも流行るかもしれません。

    レジデンシャル感

    邸宅に招かれたときの暖かなサービスのように、トイレの備品にもサービス側の気配りが感じられるとうれしいもの。洗面コーナーでは、箱入りペーパーより、きれいに並べられたハンドタオルがうれしいし、固定型ソープディスペンサーより、置型タイプのほうがもてなされている気がします。

    これは、設備機器でいえば、機器・配管の露出や大げさなものを嫌う感覚に通じていて、昨今のシンプルな壁掛便座は、そんなニーズの賜物でしょう。同様に、天井に付く換気のための排気口をうまく隠す工夫など、気の利いたこだわりの事例に出会うと思わず頬が緩みます。

    個性派

    マンダリンオリエンタル東京のロビー階にあるトイレは、天井高3・3メートルでフルハイトのガラス窓。さらに、男子トイレでは窓際に外に向かって小便器が一つ一つ自立しています。東京の街並みを見下ろして用を足すのは、なんとも開放的で爽快な気分です。女子トイレは同じ位置に洗面台が外を向いて並びます。男女とも洗面台にビューを妨げる鏡は付けずに、妻面のガラス張りの壁で済ませてくださいといった割りきりには脱帽です。

    Wソウルでは、トイレ全体が階段状になっていて、上りきったところに、男子は滝(これが小便器で、何人かで並んでする)が、女子は真っ白なブースが並びます。洗面は階段なりに配置され、照明は男子がブルーで女子がピンク。こんな意表を突く、記憶に残るデザインエレメントが何にもまして求められているホテルもあります。


    *情報誌「ホテルジャンキーズ」Vol.72 掲載特集記事より抜粋。



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